奥に潜む
ライガとミラは、未だ森の洞窟にいた。
マルコムの連れた馬を一匹先に放して、ミラとライガは洞窟で息を潜めていた。
追手が洞窟の前を過ぎるのはわかるが、全く入ってこないのはおそらくマルコムがライガは遠くに行ったようなことを言ったのだろう。
ミラは心配そうにライガを見ていた。
汲んできた水はまだまだあり、数日は洞窟内で過ごせそうだ。
何よりもライガの怪我では簡単に動けない。
ミラには悪いが、少し横にならせてもらっている。
「ライガ…すごい顔も腫れて…」
ミラはライガの怪我に薬草を刷り込みながら言った。
「前もミラに腫れた顔を晒したことがあったな…」
ライガは以前、酒場の喧嘩に巻き込まれた時のことを言った。
その時に、彼女に白い花の髪飾りを渡したのだ。
「…あの時よりももっとひどい…だって、身体だって、すごい熱…」
ミラはライガのわき腹をさすった。
「命がけだったから…勝ったけど、怪我は重いと思う…」
ライガはわき腹をさすり、呼吸が苦しいことから数本骨を折っていると睨んだ。
マルコムが鎧を着せなければ、間違いなく死んでいる。
それはマルコムもだが、今は鎧に感謝している。
その鎧は、今は、どこかで馬に乗せられているだろう。
「休んで。…元気になったら逃げよう。」
ミラはライガの顔を撫でた。
「ああ。ありがとう…」
ライガはミラの手を握った。
ミラは軽く触れるだけの口づけをライガにした。
「…元気になるまで、これだけね。」
ミラはライガに微笑んだ。
「早く…元気になりたいな…」
ライガはミラに口を尖らせて言った。
アランとリランは、サンズの実家、フロレンス家でチャーリーと向き合っていた。
「いいですか?お二人は警備関係で貴族街に来ていると…深く動きたいときは私を通してください。」
チャーリーは二人を見て、念入りに貴族街での動き方を教えていた。
「わかっています。…けど、ヒロキさんが死んだのは、大臣のせいだ。」
アランは目を吊り上げていた。
自分の責任ということを感じていたため、アランは企み事をしたと予想される大臣に対して敵意をむき出しだった。
「問題は、皇国との接点ですよ。」
アランと対照的にリランは、慎重な様子を見せた。
「そうです。…あなた方は情報を集めることを指示されただけです。…攻撃的になるのは、まだですよ。」
チャーリーはサンズにどうやら二人を抑えろと言われているようだ。
「第一…怒りを感じているのは、あなた方だけではないです。」
チャーリーは二人を睨むように見た。
「…団長…か。」
アランは少し悲しそうな顔をした。
「…皇国との…」
リランは何か思いついたようだ。
彼の様子を見てチャーリーとアランは首を傾げた。
「マルコムの父親だ。あの人に訊けば…わかるはずだ。」
リランは目を輝かせていた。
「マルコム殿の…ブロック伯爵ですか?」
チャーリーは険しい顔をした。
「そうです!!だって、あの人…そうだ!!皇国の皇帝のことも知って…そうだよ!!」
リランは何かが分かったように頷いた。
アランとチャーリーはリランが何を納得したのか分からないようだ。
「どうしたんだ?」
アランは首を傾げていた。
「俺、伯爵から聞いたんだよ。皇帝陛下が殺した女の頭蓋骨を持っている、いかれた奴だって…それ、きっと殺されたヒロキさんの母親だ!!」
リランは自分の中で繋がった事実に納得し、少しの満足を感じた。
「でも、どうするんだ?」
アランは少し不安そうな顔をした。
「…俺、伯爵に会いに行くよ。」
リランは決心したように言った。
「あの人は止めた方がいい。」
チャーリーは険しい顔をしていた。
「可愛い息子の後輩ですから…それに、この前会った時、いい人とは思わなかったけど、マルコムに似ていたから…」
リランはもう、決めたことのように動き出した。
「ダメだってリラン!!」
アランはリランの前に立った。
「俺達は指示されたことをやるべきだ…今度こそ俺は…」
アランはジンの指示を守らずヒロキから離れたことを引きずっているようだ。
「なら、お前はここに残れ。」
リランはアランの肩を叩いた。
「単独行動は、ダメだ!!」
アランは首を振った。
「俺は大丈夫だ。だって、向こうの方にはアレックスさんが騎士を沢山派遣しているはずだ。」
リランはアランを説得するように諭すように言った。
「私も、ブロック伯爵は…正直…止めた方がいいです。」
チャーリーは変わらず険しい顔をしていた。
「あの人、いい人でないと思うけど…マルコムのことを心配していたし、大丈夫だ。」
リランは止める二人の声を聞かず、屋敷から飛び出した。
「リラン!!」
アランはリランを追った。
「後でな!!俺は大丈夫だから!!」
リランは貴族街では思わしくない、よその屋敷の庭に飛び込んで行った。
「おい!!」
アランも飛び込もうとしたが、屋敷の方から騒ぐような声が響いて、大ごとにならないようにした方がいいとチャーリーに止められた。
アランもリランも街中を飛び回るのは得意だ。
だからアランはわかる。
王都でリランを捕えるのは難しいと。
「…でも、何でチャーリーさんはそこまでブロック伯爵との接触を?」
アランは不思議に思ったことを訊いた。
知り合いなのかもしれないが、一執事がそこまで険しい顔をするのは不思議だった。
「…噂と言うべきか…これは、サンズ様から聞いた話なので…」
チャーリーは首を振って言うことを拒んだ。
「でも、リランを止めるのには、必要かもしれないです。」
アランはチャーリーに頭を下げた。
「…そうですね…、言うべきでしたね…」
チャーリーは、諦めたように言った。
「言うべき…とは?どんな事ですか?」
アランはチャーリーを見た。
「…ブロック伯爵には、マルコム様の他に二人の息子がおりました…しかし、二人とも亡くなりましたが…」
チャーリーは、アランを見た。
「そんなことマルコムは…」
アランは初めて聞いたマルコムの兄弟の話に驚いた。
「…あの家は、家族の繋がりが…あまりですからね…」
チャーリーは言葉を選ぶように言った。
「そしたら、もしかして…伯爵は息子の死で何かを恨んでいるとか…?まさか、それが騎士団とか?」
アランは不安そうな顔をした。
「違います。」
チャーリーは首を振った。
「なら、何が…」
「二人の息子とも…父親である伯爵の策略により、亡くなった可能性があるからです。」
チャーリーは嫌悪を示すような顔をしていた。
「は?…どうして?自分の子供なのに…」
アランは理解できないことのようだった。
「伯爵は…マルコム様を跡取りにしたかったようです。なので、上の兄が邪魔だったと…あくまでも、聞いた話です。」
チャーリーは最後を強調して言った。
アランは、顔を真っ青にして、彼も屋敷を飛び出した。
だが、貴族街は騒がしくなっていた。
どうやら、リランがあちこちの庭園を近道として利用したようだ。
警備の者達も集まっていた。
「あ!!あいつよ!!」
警備の者に説明をしていた、よその家の夫人らしきものがアランを指さした。
「え?」
アランは驚いたが、別に不自然ではない。
二人は瓜二つなのだから。
警備の者達はアランの元に来た。
彼等はアランを囲んで、彼を探るように見た。
「…お前、帝国騎士団だな。…とにかく、一度こっちに来い。」
警備の者達はアランを拘束しようと、肩を掴んだ。
アランは条件反射で彼の手を払い、捻り、他の警備に向けて足払いをした。
あまりに鮮やかにやってしまった。
それを見た他の警備達は目の色を変えて、武器を構えた。
アランは、今は丸腰だった。
勝てないことは無いが…あまりに無駄な争いになりそうだった。
「…俺は帝国騎士団精鋭部隊のアランだ。さっきのは、リランだ。」
アランは両手を上げて言った。
警備達は納得したような顔を見せたが、アランが手を出してしまったのが響いたようだ。
「…こちらに来てもらおう。」
彼等はアランを囲んで、貴族街の外に連れて行った。
その様子をチャーリーは不安そうに見ていた。
アレックスは、苦い顔をして小屋まで這って戻ってきた。
数人の騎士にジンの追跡を頼んだが、おそらく無理だろう。
ジンは剣もだが、やはり全体で騎士団のトップなのだ。
色んな分野が飛びぬけている。
ジンに勝つとしたら、腕力でサンズとマルコム、身体能力でマルコム、声の大きさでアランとリランだろう。
「俺がしっかりしないといけないのに…」
アレックスは溜息をついた。
騎士団の行動拠点となった市場の小屋も、新しく設置したテントも今は沈んでいた。
さきほど、数人の騎士がミヤビの死を報告したからだ。
ヒロキに続き、ミヤビもとなると、ライガに対して温厚な反応だった騎士たちも変わってきた。
皇国の者は勿論憎いが、そのきっかけを作ったライガを憎む声が上がっている。
ただ、同じ隊のアレックスたちを気遣う声もあるのは有難いことだ。
正直、今の騎士たちを取りまとめることは不可能だ。
仲間の死に対して皆、頭に血が上っている。
ここまで来ると、上層部も下手に止められないだろう。
アレックスはふとそんなことを考えたが、直ぐに考えたことを嫌悪した。
まるでミヤビの死がいい機会と思う様で、嫌だった。
マルコムのことも心配だし、ライガもだ。
アレックスはいわゆる中年に足を踏み入れている。
早ければ、アランやリランくらいの子供がいてもいいくらいの年だ。
自分よりも若いヒロキやミヤビの死は、かなり堪えている。
実力はジンやヒロキの方が上だが、アレックスは二人よりもずっと年上だ。それはサンズもだが、アレックスは精鋭での一番の年長者だ。
「クソガキが…」
アレックスはうなだれて呟いた。
「…もう、誰も死ぬなよ…」
アレックスは一人、願うように呟いた。
ライガ:
主人公。帝国騎士団の精鋭部隊に所属する。小さいころからミラを守る立場にいた。短い栗色の髪をした茶色の目をした青年。ミラと深く愛し合っており、彼女が絡むことには若干頭に血が上りやすい。ミラと逃げる。彼女に求婚し晴れて結ばれる。父が前騎士団団長で行方不明。
ミラ:
ヒロイン。「お宝様」と呼ばれ、鑑目を持つ少女。真っ黒な髪と真っ黒な目をしている。王子に嫁ぐことが決まっていた。ライガと深く愛し合っており、彼と逃げる。晴れてライガと結ばれる。
ジン:
帝国騎士団団長。歴代最強と言われた前騎士団団長であるライガの父を決闘で破り、最年少で団長に就く。栗色の長い髪を束ねており、瞳の色は顔にかかる包帯のせいで分からないが、色が白く線の細い輪郭をしている。剣の腕はまさに帝国一と言われるほどである。王族の人間だが、王族に対して冷ややか。副団長のヒロキに精神的に依存しており、彼の死に対して、手段を問わず復讐することを決意する。
マルコム(マルコム・トリ・デ・ブロック):
精鋭部隊の一員。瞳も髪も茶色で中性的で幼い顔立ち。オールバックの髪型で、優し気な顔立ちをしている。国境の貴族ブロック伯爵の息子。槍使いで、顔からは想像し難いほど筋肉質で高い身体能力を持っており誇っている。強いものを無条件で尊敬する反面、自分より弱い者に対してはその意識はかなり低い。尊敬していたライガの裏切りに激怒していたが、騎士として彼に戦いを挑み彼に敗れたことから、何かを決心し騎士を辞めることを決める。
アレックス
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。ジンの代理で全体の指揮を任され、新団長として指名される。長い金髪と緑色の瞳で顔立ちがはっきりしている。普段の生活態度とは違い、堅実で手堅い戦い方をする。また、派手な様子からは察せられないほどの苦労人。サンズ同様に戦場経験者。ジンの様子がおかしいことを心配する。
サンズ(サンズ・デ・フロレンス):
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。硬そうな短い黒髪をして目も黒く、彫が深くて眉が太く骨骨しい輪郭をしている。見た目通り力が強く、騎士団一の怪力を誇る。王都の貴族で父が公爵だが階級意識が無い騎士団を好む。文学青年でロマンチスト。先輩のアレックスと親友。精鋭では数少ない戦場経験者。
リラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。アランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は赤。アランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。ライガの裏切りにそこまで怒っておらず、少しだけ好意的。兄。アランと二人で王都の情報収集に動く。
アラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。リランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は黒。リランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。ヒロキが襲撃を受けたことを自分のせいだと責めている。ライガの裏切りにそこまで怒っておらず、少しだけ好意的。弟。リランと二人で情報収取に動く。
チャーリー:
フロレンス家の執事。医者と共に市場に駆けつける。精鋭部隊に協力的。
アシ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。大きい目と大きい鼻が特徴的な顔の造りをしている。小刀を使う。ライガの逃亡に協力的だが、真意が測れず怪しい。ヒロキに剣で追い詰められたことや、彼の様子から何か思うところが出てきた。
イシュ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。彫が深く、目が細く鋭い。弓を使う。襲撃の際、ミヤビに肩を射抜かれたが、サンズ並みのガタイのお陰で深手にならず、弓も引ける様子。ミヤビを追っているサンズを襲撃するなど、単独行動を助長させる。ライガとマルコムの潰し合いを望み、隙を見てミラを奪おうと画策したが、バレて二人に返り討ちにされ重傷を負う。
シューラ:
隣国の皇国の者。白い髪と赤い目をしている。牙のような八重歯が特徴的。長い刀を使う。襲撃時、マルコムの攻撃を受けて肩と腰の筋を痛めた。彼の攻撃を真に受けたことにプライドが傷ついた様子。
モニエル・デ・ブロック(ブロック伯爵)
皇国との国境を統治する地方貴族。皇国の事情に詳しい。マルコムの父親。三人の息子がいたが、マルコム以外を亡くす。彼を跡取りにするため、アレックスに交渉するなど動いていた。
レイ・タイナー:
元帝国騎士団団長。ライガの父。ジンとの決闘に敗れ団長を退いたが、歴代最強と言われるほどの剣士だった。団長時代は敵国である皇国の大臣と交流を持つなど帝国の命令から反する行動をしていた。現在行方不明。
ヒロキ:
帝国騎士団副団長。精鋭部隊の副隊長でもある。長い濃い茶色の髪で切れ長の目をしている。女性顔負けの端麗な容姿故に飾り物と陰口を言われることが多い。ジンとは付き合いが長い。流れるような剣術で他の騎士に比べて非力だが、目の良さと器用さがあり、確かな実力を持っている。皇国の元大臣の息子。一族の失脚の際、ジンとライガの父に命を助けられた。アシたちの襲撃を受けて死亡。ジンに看取られる。
ミヤビ:
精鋭部隊の一員。隊の紅一点。赤みがかかった金髪で、目はグレーで中々の美人。厚みのある唇がチャームポイント。剣の腕は他の精鋭に比べると劣るが、弓の名手。ライガに片思いをしていた。ライガの裏切りに激怒し、非常に荒れ、暴走していた。ミラを襲ったことをライガに憎まれ、それに耐えられず自死する。
コマチ:
ヒロキの母でヒロキそっくり。皇国前大臣の妻。傾国の美女と言われるほどの美貌を持っていた。ヒロキが見ているところで首を刎ねられ死亡する。現在も皇国の支配層に影響力があるらしい。




