森の翳り
亡くなって二日経つヒロキは、処置を施され、棺に入れられた。
サンズの家の執事や、医者の手伝いたちが協力してくれた。
いや、おそらくそれを想定していたのかもしれない。
ジンは、今は別室で何やら考え事をしている。
ジンの言う通り、ヒロキの遺体は美しかった。
彼の出自が分かった今は、ジンが守ろうとしていたのもよくわかる。
医者の手伝いたちも、不謹慎だが何度か見惚れていた。
アレックスは、別室のジンのことや、単独行動をしているマルコムやミヤビ、彼等を追っているサンズとアランとリランを思った。
誰も納得しないかもしれないが、アレックスはここから全員で撤退するのが一番だと思っていた。
ライガも皇国も放っておけばいい。
生きているのが大事なのだ。
「誰も失いたくないんだよ。」
アレックスは呟いた。
ヒロキが死ぬ前なら戻れただろうが、もう無理だろう。
アレックスは撤退を一番だと思っているが、それを選ぶかどうかは別だ。
放っておくのがいいと思いながらも、一矢報いたい、いや、企み事潰したいと思っている。
「俺も…馬鹿だよな。」
アレックスは自嘲的に笑った。
自分が乗るのは間違いなく泥船だ。
沈むのが早いか、沈まされるのが早いかのものだ。
急に部屋の扉が開かれて、アレックスは驚いた。
目の前には、いつも通り包帯を巻いたジンがいた。
「アレックス…ヒロキは?」
ジンは辺りを見渡してヒロキを探していた。
「ヒロキさんは…棺に入れられました。」
アレックスは躊躇いながら言った。
今更だが、棺ということで彼の死を本格的にジンに言っていると思えたのだ。
「…そうか。」
ジンは悲しそうに俯いた。
「…どうされましたか?」
「…サンズはいるか?」
ジンは辺りを見渡した。
「いえ。先ほど話した通り、サンズはアランとリランを連れてマルコムの追跡に行っています。」
アレックスは姿勢を正して言った。
「マルコムは単独行動をしていると言ったな…」
「はい。怒りが収まっている様子だったので…目を離すべきではなかったです。」
アレックスは申し訳なさそうに言った。実際にすごく後悔している。
「…戻ってきたらマルコムと話そう。」
ジンは何やら考え込んで言った。
「わかりました。」
アレックスは頷いた。
「…おそらく、マルコム「は」、戻ってくる。」
ジンは何やら意味深に呟いた。
「…団長…?」
アレックスはジンが何を考えているのか、自分は彼に対して楽観的でいるのではないかと思いはじめた。
森の夜は暗い。
だが、その分火が目立つ。
イシュは、明かりの方を眺めていた。
「…まさか、自殺なんてな…」
イシュは次に、明かりとは別方向を見た。
「…まあ、鑑目を殺そうとしたから…不穏分子になりかねないから…」
イシュは少し何かを惜しむように言った。
「…いい弓使いだったのにな。」
イシュは肩を押さえて呟いた。
ふと、彼は明かりでない方に目をやった。
「…お前はシューラの獲物なのにな…」
イシュは目を細めて何やら動く影を見ていた。
背負った弓を構え、いつでも矢を放てるような体勢を取った。
「…まあ、ライガを倒してくれるなら…願ったりだ。」
イシュは腰に差した剣をチラリと見た。
「…あのバカ力のせいで、俺は剣で戦う羽目に…」
イシュは、サンズとの戦いを思い出していた。
イシュは溜息をついて、また明かりの方を見た。
「…せいぜい、潰し合ってくれ。」
彼は口元に笑みを浮かべていた。
パチパチ
燃える火が夜の森の中でひときわ目立った。
「ライガにとって、ここは…さっきの人達との思い出の…」
ミラは寝転がるポチに寄りかかって、洞窟を見た。
「…そうだ。…けど、俺はそれを捨てたんだ。」
ライガは呟くと悲しくなった、が、後悔はしていない。
何度も思う。
後悔はしてない。
ブルルル
ポチが何やら騒ぎ始めた。
ライガとミラは立ち上がり、周りを見た。
ヒュン
風切り音と共に矢が飛んできた。
ほぼ同時だ。
矢は焚火に刺さった。
薪が飛ぶわけでもなく、矢は鋭く刺さった。
バキン
ブチン
何かが壊れる音と、切れる音が聞こえた。
「…ッチ」
舌打ちする声もだ。
ライガは剣を構えた。
矢は、ミヤビの矢だ。
おそらく引いた弓はミヤビの弓だろう。
ミラはポチを立ち上がらせて荷物をまとめ始めていた。
「そんな警戒しないで…お宝様。」
暗闇から声がした。
ライガはその声に聞き覚えがあった。
それはミヤビと同じくずっと傍にいた。
「…俺は君には興味ないから。」
闇の中から壊れた弓を持ったマルコムが出てきた。
彼は馬を二頭連れていた。
「…マルコム…」
ライガは険しい顔をした。
「やあ、ライガ…」
マルコムは穏やかな顔だった。
ヒロキたちから怒り狂っていると聞いていたし、ミヤビのこともある。
なので彼の様子には拍子抜けした。
「…その弓、ミヤビのだよな。」
ライガはマルコムが持っている壊れた弓を見て言った。
「ああ。彼女の傍にあった。弓は得意じゃない。…だって、折れるし、弦もすぐ切れるからね。」
マルコムは壊れた弓を地面に捨てながら言った。
彼があまりに冷静なことから、何を考えているのかわからなかった。
「…ミヤビの死…仲の良かったお前は、やっぱり俺を憎むか?」
ライガはマルコムを感情的にしようと、彼が怒りそうなことを言った。
「はは…」
マルコムは鼻で笑った。
「…俺は殺してないが…彼女が死んだのは…」
「何言っているんだい?」
マルコムは呆れたようにライガを見た。
「え?」
「彼女はどう見ても自殺だよ。君のせいかもしれないけど…一番は、彼女が弱かったからだよ。」
マルコムは笑いながら、嘆くような素振りを見せた。
「弱いと思っていたけど…ここまでだったなんて、幻滅だよね。」
マルコムは落胆するように言った。
「…あなた、仲間なのに…だって、ライガとも同期で…」
ミラは驚いた顔をしていた。
裏切ったライガよりもショックを受けた様子を見せないマルコムが分からないようだ。
「お宝様。なんなら俺の目を見ますか?」
マルコムは興味なさそうにミラに目を向けた。
「騎士であったから、彼女と繋がりがあった。…さらに言うなら…」
マルコムはライガを見た。
「俺とミヤビの繋がりは…君だったんだよ?」
マルコムは目を細めてライガを見た。
「俺の裏切りを…憎んでいるだな。」
ライガはマルコムがライガに怒っていることを確信した。
だが、何で彼がこんなに冷静なのかわからなかった。
マルコムは指を立てた。
「強いて言うなら…皇国なんかと手を組んだお前に幻滅した。」
マルコムはふと、周りを見渡した。
「…なんだ。みんなも来ているのか?」
ライガもマルコムと同じく周りを見渡した。
「邪魔だからいないよ。…俺はね、君と騎士として…最後の戦いをしに来たんだ。」
マルコムは背負っている槍の一本を取り出した。
ライガは、嫌というほどマルコムが厄介なことを知っていた。
手合わせでも彼とは五分五分だ。
なによりも彼は力が強い。小柄だか身体能力も高い。
サンズよりは少し不器用だが、槍のリーチを加えると、気にならないほど強い。
というよりかは、かなり強い。
「邪魔だから…なんだけどね…」
マルコムはまた、周りを見た。
「なんだ…」
「ライガ。俺が連れてきた馬を盾にお宝様を洞窟に隠しな。」
マルコムは自分が引いてきた馬をライガの方に寄せた。
「…?」
「気兼ねなく戦いたいのに…邪魔がいるんだ。」
マルコムは舌打ちをした。
「邪魔…?」
「後でぶっ殺してあげるから、今は協力した方がいい。」
マルコムは馬をミラに渡した。
そのとき、何やらミラに囁いた。
ライガはその様子に剣を構えた。
「別に興味ないから。」
マルコムはそんなライガを横目で見た。
ミラは不思議そうにマルコムを見た。
「何が…あるの?」
ミラはマルコムを見て訊いた。
「皇国のやつらが、俺とライガが戦って弱ったところを狙っている。お宝様を取るつもりでね。」
マルコムはライガに何やらかさばる荷物を渡した。
「!?」
ライガは渡された荷物を見て驚いた。
「今はそれを着た方がいい。相手は…皇国の弓使いだ。」
マルコムは顎でそれを指した。
マルコムから渡されたのは、帝国騎士団の鎧だった。
「…俺はもう…」
「君の意見は聞いていない。俺はただ、騎士として君と最後の戦いがしたいと言った…その前に死なれると困るんだよ。」
マルコムは変わらず冷たい目で言っていた。
「…ライガ。」
ミラはライガを見た。
「何も仕掛けていないよ。お宝様の目を見て言おうか?」
マルコムは周囲の警戒モードに入っていた。
「…わかった。」
ライガは頷き、数日ぶりの騎士団の鎧に身を包んだ。
懐かしいが、寂しかった。
マルコムは焚火の薪を一つ取り、なにやらどこかに投げた。
「…木の位置は、覚えているか?」
マルコムは辺りを見渡して訊いた。
「…少しは。」
ライガも周りを警戒し始めた。
「地の利は俺らにある。」
マルコムは完全にライガと協力に切り替えていた。
「何で…俺に協力を…?」
ライガはマルコムを不思議そうに見た。
「騎士として、君と戦うからだ。皇国のやつの影で背中を気にするのは君にとって、嫌だろう。俺も嫌だ。」
マルコムは皇国の者に対して嫌悪感を持っているようで顔を歪めていた。
「…わかった。」
ライガも完全にマルコムと協力に切り替えた。
ライガ:
主人公。帝国騎士団の精鋭部隊に所属する。小さいころからミラを守る立場にいた。短い栗色の髪をした茶色の目をした青年。ミラと深く愛し合っており、彼女が絡むことには若干頭に血が上りやすい。ミラと逃げる。彼女に求婚し晴れて結ばれる。父が前騎士団団長で行方不明。
ミラ:
ヒロイン。「お宝様」と呼ばれ、鑑目を持つ少女。真っ黒な髪と真っ黒な目をしている。王子に嫁ぐことが決まっていた。ライガと深く愛し合っており、彼と逃げる。晴れてライガと結ばれる。
ジン:
帝国騎士団団長。歴代最強と言われた前騎士団団長であるライガの父を決闘で破り、最年少で団長に就く。栗色の長い髪を束ねており、瞳の色は顔にかかる包帯のせいで分からないが、色が白く線の細い輪郭をしている。剣の腕はまさに帝国一と言われるほどである。王族の人間だが、王族に対して冷ややか。副団長のヒロキに精神的に依存しており、彼の死に対して、手段を問わず復讐することを決意する。
マルコム(マルコム・トリ・デ・ブロック):
精鋭部隊の一員。瞳も髪も茶色で中性的で幼い顔立ち。オールバックの髪型で、優し気な眉毛とたれ目をしている。国境の貴族ブロック伯爵の息子。槍使いで、顔からは想像し難いほど筋肉質で自分の力に自信を持っており誇っている。サンズに継ぐほどの力がある。普段は穏やかでわからないが、強いものを無条件で尊敬する反面、自分より弱い者に対してはその意識はかなり低い。ライガに激怒していたが、今は何か思うところがある様子。
リラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。アランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は赤。アランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。ライガの裏切りにそこまで怒っておらず、少しだけ好意的。兄。
アラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。リランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は黒。リランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。ヒロキが襲撃を受けたことを自分のせいだと責めている。ライガの裏切りにそこまで怒っておらず、少しだけ好意的。弟。
サンズ(サンズ・デ・フロレンス):
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。硬そうな短い黒髪をして目も黒く、彫が深くて眉が太く骨骨しい輪郭をしている。見た目通り力が強く、騎士団一の怪力を誇る。王都の貴族で父が公爵だが階級意識が無い騎士団を好む。文学青年でロマンチスト。先輩のアレックスと親友。精鋭では数少ない戦場経験者。
アレックス
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。ジンの代理で全体の指揮を任され、新団長として指名される。長い金髪と緑色の瞳で顔立ちがはっきりしている。普段の生活態度とは違い、堅実で手堅い戦い方をする。また、派手な様子からは察せられないほどの苦労人。サンズ同様に戦場経験者。
チャーリー:
フロレンス家の執事。医者と共に市場に駆けつける。
アシ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。大きい目と大きい鼻が特徴的な顔の造りをしている。小刀を使う。ライガの逃亡に協力的だが、真意が測れず怪しい。ヒロキに剣で追い詰められたことや、彼の様子から何か思うところが出てきた。
イシュ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。彫が深く、目が細く鋭い。弓を使う。襲撃の際、ミヤビに肩を射抜かれたが、サンズ並みのガタイのお陰で深手にならず、弓も引ける様子。ミヤビを追っているサンズを襲撃するなど、単独行動を助長させる。
シューラ:
隣国の皇国の者。白い髪と赤い目をしている。牙のような八重歯が特徴的。長い刀を使う。襲撃時、マルコムの攻撃を受けて肩と腰の筋を痛めた。彼の攻撃を真に受けたことにプライドが傷ついた様子。
モニエル・デ・ブロック(ブロック伯爵)
皇国との国境を統治する地方貴族。皇国の事情に詳しい。マルコムの父親。
レイ・タイナー:
元帝国騎士団団長。ライガの父。ジンとの決闘に敗れ団長を退いたが、歴代最強と言われるほどの剣士だった。団長時代は敵国である皇国の大臣と交流を持つなど帝国の命令から反する行動をしていた。現在行方不明。
ヒロキ:
帝国騎士団副団長。精鋭部隊の副隊長でもある。長い濃い茶色の髪で切れ長の目をしている。女性顔負けの端麗な容姿故に飾り物と陰口を言われることが多い。ジンとは付き合いが長い。流れるような剣術で他の騎士に比べて非力だが、目の良さと器用さがあり、確かな実力を持っている。皇国の元大臣の息子。一族の失脚の際、ジンとライガの父に命を助けられた。アシたちの襲撃を受けて死亡。ジンに看取られる。
ミヤビ:
精鋭部隊の一員。隊の紅一点。赤みがかかった金髪で、目はグレーで中々の美人。厚みのある唇がチャームポイント。剣の腕は他の精鋭に比べると劣るが、弓の名手。ライガに片思いをしていた。ライガの裏切りに激怒し、非常に荒れ、暴走していた。ミラを襲ったことをライガに憎まれ、それに耐えられず自死する。
コマチ:
ヒロキの母でヒロキそっくり。皇国前大臣の妻。傾国の美女と言われるほどの美貌を持っていた。ヒロキが見ているところで首を刎ねられ死亡する。現在も皇国の支配層に影響力があるらしい。




