伝えたい言葉
部屋から治療を終えた医者たちが出てきた。
皆、無言で浮かない顔をしている。
「あ…あの…大丈夫ですよね。」
リランは出てきた医者たちに縋るように声をかけた。
「アラン様…それはご自分で」
部屋からフロレンス家の執事のチャーリーが出てきた。
「いえ、彼はリランです。俺がアランです。」
アランはチャーリーの前に出て言った。
「それは…失礼しました。」
チャーリーはアランに頭を下げた。
「あの…」
アランもチャーリーを縋るように見た。
「…あと我々にできることは無いです。」
チャーリーはそう言うとアランの肩を叩いた。
リランはそれを聞いて部屋に飛び込んだ。
アランもチャーリーに礼をして慌てて飛びこんだ。
ベッドに横たわるヒロキとその横に座るジン。
ヒロキは苦しそうに呼吸をしているが意識は無いようだ。
ジンはそんなヒロキの方を呆然と向いていた。
リランもとうとう顔から血の気が失せた。
「嘘だろ…」
リランは泣きそうな顔をアランに向けた。
アランは何も言えなかった。
チリンチリン
鈴の音が響いていた。
「可愛い音。」
ミラは嬉しそうに鈴を鳴るのを聞いていた。
「跳ねたりはしないほうがいいよ。お尻痛くなるから。」
ライガは嬉しそうにはしゃぐミラを見て、幸せを感じていた。
チリン
辺りはもう暗くなってきた。
流石にもう動くのは危険だ。
「じゃあ、今日はこの辺で休もう。」
少し森の中に入り、屋根代わりになる木を探した。
そんな都合に良いものはなかったが、休むのには丁度いい木の窪みは見つけられた。
勿論ポチの水を確保してからその場に荷物を広げた。
枝を集めて、草や葉を敷いてお尻を痛めたであろうミラへの配慮を見せた。
ミラは少し浮かない顔をしていた。
「お尻痛いの?そんなに。」
ライガは軽い気持ちで言っていたが、ミラがそんなに痛いなら明日の馬の道はなだらかなところを心がけようと考えていた。
「違うよ!!…これ…」
ミラは浮かない顔をしていた。
「あ…」
ライガはミラが浮かない顔をしている理由が分かった。
「…鈴落ちちゃったんだな…」
ライガはどこで落としたのか考えたが、場所の確保に意識がいっていたため憶えていない。
「恋人同士が離れないための鈴なのに…」
ミラは困ったように呟いた。
「今度、別の買うよ。」
ライガはミラに申し訳なく思い、頭を下げた。
「そんな、落としたのは私なんだから…せっかくもらったのに、鈴を落とすなんて…」
ミラもライガに頭を下げた。
頭を上げ合った二人は頭を上げると顔を見合わせて笑った。
「鈴が無くても、俺達は離れないから。大丈夫。」
ライガはミラの額に軽くキスをした。
「そうだよね。」
ミラは不安を振り払うように強く何度も頷いた。
マルコムは小屋の前で、一人で立って、少し笑っていた。
「…ライガ。俺、君を殺すために死のうと思っていたけど…死ねなくなったよ。」
マルコムは自嘲的な笑みを浮かべていた。
「何物騒なことを言っているんだ?」
マルコムの前にアレックスとサンズ、そして数名の騎士が来た。
マルコムは姿勢を正した。
「お疲れ様です。…サンズさんはミヤビを追っていたのでは?」
マルコムはサンズを見て首を傾げた。
「途中で皇国の邪魔が入った。弓使いだったから俺の単独行動の方が危険だからやめろと次期団長に言われた。」
サンズは横のアレックスを指して言った。
「お前も同じ判断をするだろ。ミヤビは弓使いだがサンズは違う。単独行動は圧倒的にサンズの方が危険だ。」
アレックスはマルコムを見て訊いた。
マルコムは頷いた。
「全くそうです。弱いあいつのせいでサンズさんが危険に晒される必要は無いです。」
マルコムは嫌悪を表わすように顔を歪めた。
アレックスもそのマルコムの様子には困ったような顔をした。
「…それよりも、二人とも中へ…」
マルコムは二人が連れてきた数人の騎士に見張りを頼み、サンズとアレックスと共に小屋に入った。
「ヒロキさんは…」
アレックスはマルコムを見て訊いた。
縋るような目であったのは言うまでもない。
「自分は…外にいたので。」
マルコムは目を伏せた。
「…」
サンズはアレックスの肩を叩いて、ヒロキたちのいる部屋をノックした。
誰かが返事をするわけでないが、一応形式的に間をおいてから扉を開いた。
部屋の中には変わらずベッドに横たわるヒロキとそれを呆然と見るジン、その様子を泣きそうな顔をして見ているアランとリラン、その近くに白衣の医者と執事のような恰好をした男がいた。
ヒロキは変わらず苦しそうだった。
呻き、呼吸も絶え絶えだった。
アレックスはジンの傍に寄った。
「…アレックスか…王都は…いいのか?」
ジンはアレックスに気付いたのか、声を震わせながらもいつも通りのような言葉をかけた。
「それどころではないですよ。」
アレックスはジンを見た。
「…ライガを追わなくていいのか…?ミヤビは追っているのだろう…」
ジンは部屋に集まっている面々を見て言った。
皆何も答えずに俯いていた。
「団長…今は…」
アレックスはヒロキを見た。
呼吸が心なしか弱くなってきている。
血の気が失せた顔で、必死に苦しそうに息をしている。
ヒューヒュー
という音が
ヒュ…ヒュ…
と断片的になってきた。
ジンはヒロキを見た。
「ダメだ…ダメだ。」
ジンはヒロキを叱咤するように言った。
ジンの声に反応したのか、ヒロキが重そうに瞼をゆっくりと開いた。
「ジン…」
ヒロキが呻きながら呟いた。
「ここにいる。」
ジンはヒロキの手をそっと握った。
「自由に…あんたは」
ヒロキは薄目を開いてジンを見た。
「話すな。いいから、お前は」
ジンが優しく叱るように言うと、ヒロキは目を細めてジンを見た。
ヒロキの頭の中には、ジンに手を引かれる前のことが蘇っていた。
ジンと出会って数年経ったある夜のことだ。
前団長のレイとジンが来ていた。
夜寝る前にこっそりと覗き見た光景だった。
彼等に父と母が頭を下げていた。
「あの子を…皇子から、皇国から逃がしてください。」
母は泣きそうになりながら必死に頭を下げていた。
「私はもう守れない。図々しいと思うかもしれないが…頼む。」
父も必死に頭を下げていた。
普段プライドが高く、軽々しく人に頭を下げない父と、ゆとりを持った表情しかしない母のそんな顔に俺は何があるのか気になった。
だけど、わかった。
父も母も、自分を守るために頭を下げていた。
それに応えたのが前団長のレイとジンだ。
言えなくなる前にジンに言わないといけない。
だが、何から言えばいいのかわからない。
目の前に包帯を巻いたジンの顔があった。
そんな風だと顔が分からない、お前は今どんな顔をして居る?
上手く言葉を発せられないから手を顔にどうにか当てると、ジンは頷いてゆっくりと包帯を外した。
口を歪めて、何かを堪えている。
自分を助けてくれたジンには、彼を苦しめるしがらみから解放されて欲しい。
結構一緒にいて楽しかったのもある。
お前は俺を過保護にし過ぎだとも言いたい。
とにかく言いたいことが多い。
だけど、一番言わないといけない言葉があった。
言えるだろうかわからない。
あの日、火の中を逃げた日。
ジンはヒロキが顔に手を伸ばすと、包帯を取った。
ヒロキ以外には顔が見えない状況だが、その行動は他の者にとって衝撃だった。
彼の行動が、ヒロキの状況を示している。
「ジン…」
ヒロキは、どうにか声を震わせて名前を呼んだ。
ジンは首を振った。
「無理をするな。」
ジンは声を震わせていた。どっちが死にかけているのかわからないほどだった。
「あの日…」
ヒロキはジンの言葉を無視して、声を発した。
ヒューヒューという呼吸音が震えて響く。
「俺の…」
ヒロキは手をジンの手に伸ばした。
ジンはその手を取った。
「ダメだ…ヒロキ。」
ジンは首を振った。
「俺の…手を引いてくれて…」
ヒロキは手を震わせながらジンの手を握った。
ジンもその手を握り返した。
それを確認するとヒロキは微笑んだ。
痛みや苦しみでなのか、目に涙が浮かんでいた。
「…ありがとう。」
ヒロキは目を細めて笑った。
細めた目から涙が零れた。
ヒューヒューと呼吸音が弱まってきた。
「ダメだ!!ヒロキ!!」
ジンはヒロキに叫んだ。
ヒロキは目をジンの後ろのアレックス、サンズ、マルコム、アラン、リランの順に向けた。
そして、最後にジンを見た。
彼等にヒロキは口元に笑みを浮かべた。
そのまま、そのままの表情でヒロキは動かなくなった。
ジンはヒロキの手を握っていた。
強く握っていた。
「…逝くな…嫌だ…嫌だ嫌だ!!」
ジンはヒロキの手を引いた。
アレックスがジンを宥めるように止めた。
「団長…これ以上は…」
アレックスはそっとジンの顔を見た。
だが、彼の顔を見てアレックスは悲痛な表情をして目を伏せた。
サンズはあまりにも痛ましくてジンのことが見ていられなくなり、アランとリランを見た。
二人も呆然としていた。だが、表情は呆然としているが目からは涙が流れていた。
「嘘だ…」
リランは信じられないことのように、願うように呟いていた。
彼は気が付いたらヒロキが怪我をしていた状況だからなおさらだろう。
「俺の…」
アランはまだ自分を責めているようだ。
いや、もう彼が自分を責めないでいられなくなることはなくなった。
「皇国の犬め…」
マルコムも悲痛な表情をしていた。そして、彼は何かに怒るような、憎むような顔をしていた。
「…団長殿…失礼します。」
医者がヒロキの首に手を当てた。
「…お亡くなりになりました。」
医者が言うとジンはその場で崩れ落ちた。
彼の叫び声が部屋に響いた。
ライガ:
主人公。帝国騎士団の精鋭部隊に所属する。小さいころからミラを守る立場にいた。短い栗色の髪をした茶色の目をした青年。ミラと深く愛し合っており、彼女が絡むことには若干頭に血が上りやすい。ミラと逃げる。彼女に求婚し晴れて結ばれる。父が前騎士団団長で行方不明。
ミラ:
ヒロイン。「お宝様」と呼ばれ、鑑目を持つ少女。真っ黒な髪と真っ黒な目をしている。王子に嫁ぐことが決まっていた。ライガと深く愛し合っており、彼と逃げる。晴れてライガと結ばれる。
ジン:
帝国騎士団団長。歴代最強と言われた前騎士団団長であるライガの父を決闘で破り、最年少で団長に就く。栗色の長い髪を束ねており、瞳の色は顔にかかる包帯のせいで分からないが、色が白く線の細い輪郭をしている。剣の腕はまさに帝国一と言われるほどである。王族の人間だが、王族に対して冷ややか。副団長のヒロキに精神的に依存している。団長から退く決意をする。
ヒロキ:
帝国騎士団副団長。精鋭部隊の副隊長でもある。長い濃い茶色の髪で切れ長の目をしている。女性顔負けの端麗な容姿故に飾り物と陰口を言われることが多い。ジンとは付き合いが長い。流れるような剣術で他の騎士に比べて非力だが、目の良さと器用さがあり、確かな実力を持っている。皇国の元大臣の息子。一族の失脚の際、ジンとライガの父に命を助けられた。
マルコム(マルコム・トリ・デ・ブロック):
精鋭部隊の一員。瞳も髪も茶色で中性的で幼い顔立ち。オールバックの髪型で、優し気な眉毛とたれ目をしている。国境の貴族ブロック伯爵の息子。槍使いで、顔からは想像し難いほど筋肉質で自分の力に自信を持っており誇っている。サンズに継ぐほどの力がある。普段は穏やかでわからないが、強いものを無条件で尊敬する反面、自分より弱い者に対してはその意識はかなり低い。ライガに激怒していたが、今は何か思うところがある様子。
リラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。アランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は赤。アランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。ライガの裏切りにそこまで怒っておらず、少しだけ好意的。兄。
アラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。リランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は黒。リランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。ヒロキが襲撃を受けたことを自分のせいだと責めている。ライガの裏切りにそこまで怒っておらず、少しだけ好意的。弟。
サンズ(サンズ・デ・フロレンス):
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。硬そうな短い黒髪をして目も黒く、彫が深くて眉が太く骨骨しい輪郭をしている。見た目通り力が強く、騎士団一の怪力を誇る。王都の貴族で父が公爵だが階級意識が無い騎士団を好む。文学青年でロマンチスト。先輩のアレックスと親友。精鋭では数少ない戦場経験者。
ミヤビ:
精鋭部隊の一員。隊の紅一点。赤みがかかった金髪で、目はグレーで中々の美人。厚みのある唇がチャームポイント。剣の腕は他の精鋭に比べると劣るが、弓の名手。ライガに片思いをしていた。ライガの裏切りに激怒し、非常に荒れ、暴走しがちになっている。
アレックス
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。ジンの代理で全体の指揮を任され、新団長として指名される。長い金髪と緑色の瞳で顔立ちがはっきりしている。普段の生活態度とは違い、堅実で手堅い戦い方をする。また、派手な様子からは察せられないほどの苦労人。サンズ同様に戦場経験者。
チャーリー:
フロレンス家の執事。医者と共に市場に駆けつける。
アシ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。大きい目と大きい鼻が特徴的な顔の造りをしている。小刀を使う。ライガの逃亡に協力的だが、真意が測れず怪しい。ヒロキに剣で追い詰められたことや、彼の様子から何か思うところが出てきた。
イシュ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。彫が深く、目が細く鋭い。弓を使う。襲撃の際、ミヤビに肩を射抜かれたが、サンズ並みのガタイのお陰で深手にならず、弓も引ける様子。
シューラ:
隣国の皇国の者。白い髪と赤い目をしている。牙のような八重歯が特徴的。長い刀を使う。襲撃時、マルコムの攻撃を受けて肩と腰の筋を痛めた。彼の攻撃を真に受けたことにプライドが傷ついた様子。
モニエル・デ・ブロック(ブロック伯爵)
皇国との国境を統治する地方貴族。皇国の事情に詳しい。マルコムの父親。
コマチ:
ヒロキの母でヒロキそっくり。皇国前大臣の妻。傾国の美女と言われるほどの美貌を持っていた。ヒロキが見ているところで首を刎ねられ死亡する。現在も皇国の支配層に影響力があるらしい。
レイ・タイナー:
元帝国騎士団団長。ライガの父。ジンとの決闘に敗れ団長を退いたが、歴代最強と言われるほどの剣士だった。団長時代は敵国である皇国の大臣と交流を持つなど帝国の命令から反する行動をしていた。現在行方不明。




