王都に向かう者たち
皇国の国境付近からよくここまで馬を飛ばしたなと思うほど長くリランは馬に乗っていた。
勿論、ここまで無茶をしてくれる馬には感謝している。
だが、リランは国境で応戦したあともずっと休まずに走っているような状況だ。
休んだと言えば、ブロック伯爵と話している間くらいだ。
ただ、ライガが利用された可能性や、皇国の動きについて早く知らせたかった。
夜明け前には王都に着けそうで安心していた。
この場合は、誰に報告すべきだろう。
数日くらいしか離れていないのに、精鋭の仲間が恋しく思った。
というよりかは、昔の状況が恋しくなった。
戻れないだろうと分かっているからなおさらだ。
「…でも、ライガが利用されていたことを知れば…きっと」
リランは事態が少しでも緩和されることを願った。
巨大な王城が見え始め、塀に囲まれた王都が見え始めた。
大きな帝国の象徴。
リランは若いため皇国に行ったことも無いし、そもそも異国に行ったことは無い。
いつか行くのかわからないが、帝国の王城は他国に負けないほど立派だと思っている。
ただ、中身に関しては別だが。
「伯爵も言っていた通り…そろそろ王家も力も弱まってきているのか…」
政治に疎いリランでも、王族が躍起になってジンを団長にしていることは分かっている。
彼の実力は認めているし、団長としてふさわしい。
ただ、何か裏がありそうで仕方ないのだ。ライガの父親の話も、きっとそれだけでは済まないはずだ。
王族が力を無くした時、誰が帝国を引っ張るのだろうか。
王家だけ傀儡として上げられ、貴族階級が糸をひくのだろうか?
リランは、王族の力が無くなる前提で考えていた。
お宝様は戻らないだろう。
ライガはきっと渡してくれない。二人がどういう関係だが詳しくは知らないが、ライガがあんな行動をしたのだからよほどなのだろう。
この国の体制はどうなるかわからないが、騎士団の精鋭部隊の力は確実だ。
全員がこの国のトップレベルの騎士だ。
「…みんながいれば。」
きっと大丈夫。
リランは自分の得た情報が、希望になると信じて王都に急いだ。
アランは夜が明けつつことに焦っていた。
日が昇るのは当たり前のことなのに、いつもよりも時間が早い気がした。
全然そんなことは無いのだ。だが、自分にヒロキの命がかかっているとアランは考えている。
「俺のせいだ…俺が…」
何度目かになるかわからない後悔を呟いた。
ライガの裏切りで壊れた精鋭の仲間が本当にいなくなる。
アランはその不安でいっぱいだった。
絶対に死なせてはいけない。
大切な仲間たちだ。
全て捨てたと言われても、アランにはライガも大切な仲間だ。
その全員が生きていて憎み合うのは悲しいが、死んでしまうのはだめだ。
とにかく死んでしまうのはだめだ。
馬が早いせいか、さきほどから涙が止まらない。
「いやだ。いやだ。…いやだ。」
アランは後悔の呟きから不安の呟きに変わっていた。
もう仲直りはどうでもいい。ただ、全員が生きていて欲しい。
マルコムだって、そう思っているだろ?
だからミヤビを殴ったんだろ?
わかるはずもない仲間の心情を自分の都合のいいように想像して自分を慰める。
とても馬鹿らしいことだが、そうでもしないと今のアランは罪悪感と不安で心が壊れそうだった。
アランも騎士として沢山剣を振ってきた。
自分の実力に自信もある。その自信の裏付けのように確かに手を汚したこともある。
そんなアランでも、若いからかまだ仲間の死というのに会ったことが無い。
精鋭部隊だったからだろう。他の部隊ではたまにあったようだが、自分には他人事だと思っていた。
今、それが近くにある。
「死なないでください。…ヒロキさん。」
アランは涙を拭う力も惜しく、ひたすら馬の手綱を握った。
初めて経験するほどの怒涛の書類作業。
アレックスは普段の仕事が楽だったことに気付いた。
「団長凄いな…」
改めてジンを尊敬した。
そもそもアレックスは市民階級であるため、貴族や王族に比べて文字に弱い。
教育に関してはやはり敵わないのだ。
アレックスはましてや幼いころから働いていた。
騎士として安定したのも二十手前だ。
市民階級でもアレックスはやや貧しい家庭で育ち、母親一人に育てられた。
その母親も病気がちで、精鋭に着く前に看取ったが、騎士として安定した収入を得られるようになった後だったので、十分な介護や治療を受けさせることができた。
要は、アレックスは幼いころから苦労していた。仕事の片手間に出来る勉強よりも騎士として鍛錬し、安定することを優先した結果、他の市民階級出身の騎士よりも少し書類仕事に弱いのだ。
「早く戻って来いよー。サンズ。」
アレックスは副団長を頼んだサンズに助けを呟いた。
厳つい容貌をしているが、サンズは文学青年だ。特に恋愛小説を好む。
とにかく彼は文字に強い。
人間としてもあるが、サンズのそんなところが副団長に指名した理由がある。
ちなみにマルコムも考えたが、若すぎるのと、今現在の彼の様子と、政治的な面でいつかは王都から離れる必要がありであることから除外した。
一人息子でもサンズは王都の貴族である。王都に駐在させればいいが、マルコムは国境のしかも問題の絶えない地域の貴族の跡取りだ。
騎士団に来たばかりのころはそうではなかったが、相次いでマルコムの兄が亡くなったため彼を役職に就かせないで欲しいと影で言われたのだ。
「あーあー…俺も逃げたいな…」
一人だから呟ける不謹慎なことをアレックスは呟いた。
ミヤビとマルコムの大荒れのお陰でアレックスを始めとした騎士たちは冷静になった。
王族の力が弱まっているのもあるが、騎士は力主義が大きい。
力のあるライガは尊敬されている。
そんな彼が想い人を力づくで国から奪うことは、まあ赦せないかもしれないが、目くじら立てるほどではないのだった。
たまにはいるが、少数だ。
それに加え、お宝様が嫁ぐ王子は糞の屑の下種野郎と言われる素晴らしい評判をもつ。
例え王族の仲間に入れるとしても、あいつだけは絶対に嫌だ。
と更なる付加価値を町の娘たちや侍女からももらっている。
王族は慌てているが、町の者達はライガたちのことを早速記事にして、それこそサンズの好きな恋愛小説のように書き、囃し立てている。
「気持はわからんでもないけどな…」
アレックスは、今日、目を輝かせた町の者からもらった新聞を読んでため息をついた。
たぶんミヤビとマルコムは切れる。
ジンとヒロキの様子を見ると、きっとライガの追跡はうやむやに終わるはずだ。
その場合、あの二人を落ち着かせるのが一番の仕事だと思っている。
王族や貴族に関してはサンズの力を借りるつもりだし、貴族はこれを機にお宝様の力を王族から離そうとしている。
「みんな剣で解決できればいいのに…」
アレックスは考えるのが面倒くさくなって、自分の考えやすい方向で考えることにした。
うん。騎士団が勝つな。
今、王都の警備を騎士団が止めたら帝国は終わるだろう。
そう考えると、優越感を覚え、少し心が楽になった。
「…もし何かあったら、ストライキしてやる。」
アレックスはそうならないことを願いながらも、攻撃的なことを呟いた。
アランはとにかく王都一の医者を呼ぼうとしたが、自分の力だけでは門前払いの可能性がある。
サンズの言った通り、彼の名の力を借りることにした。
サンズは貴族の出身であり、しかも父親が公爵だ。
サンズ・デ・フロレンス
それがサンズの名前だ。
一人息子の彼は跡取り確実であるため、未来の公爵様である。
そんな彼の力を借りるため、今はサンズの実家の前にいる。
王都の貴族街、その中でも比較的大きな屋敷。
門構えも立派だ。
まさかあのサンズが生まれ育った家とは思えないほど、庭は少女趣味だった。
今はそんな彼の実家の感想を思い浮かべている最中ではない。
アランは門を全速力でくぐり、家の扉を叩いた。
「フロレンス夫人!!自分は帝国騎士団団長直下部隊のアランです。頼みがあってきました!!」
アランは叩きながら全力で叫んだ。
近所迷惑ももう無視だ。
他の屋敷の警備がアランを見て少し顔を顰めているが、アランが言ったことを聞いて表情を変えた。
やはり、精鋭部隊は違う。
扉が開かれ、屋敷の執事のようなものが顔を顰めて出てきた。
「聞こえております…もう少し静かに…」
執事はアランを五月蠅そうに見た。
「それどころではありません。夫人は…」
アランは屋敷の奥に視線を向けた。
「無礼な…ここをどこだと…」
「サンズさんの命で来ました。」
アランは執事を睨んだ。
「通しなさい。チャーリー」
奥から女性の声が響いた。
女性に声に執事は姿勢を正し、恨めし気にアランを見て、不本意な様子で屋敷の奥に案内した。
案内された先は、まあ豪華な装飾のされた部屋であり、王都の貴族でもサンズの家は結構力があるのだなと感心するほどだった。
だが、それどころではない。
「あら、あなたがアラン君ね。サンズから聞いているわ。可愛らしい。」
アランを呼んだ声の主である女性は、彼を見て嬉しそうに目を細めた。
「…無礼を承知で参りました。」
アランは女性に姿勢を正した。
「いえいえ。可愛い可愛い息子の部下よ。こっちこそ無礼をごめんね。」
女性はフロレンス公爵夫人。サンズの母親だ。
きっとサンズは父親似なのだろう。
夫人は黒髪だが、ふっくらとした輪郭となだらかな顔の造りをしており、目はぱっちりとしているが、眉が下がっていることから全然攻撃的な顔の造りではなかった。
「王都一の医者を急いで手配して欲しいのです。」
アランは夫人の前に跪いた。
夫人はアランの様子を見て彼がとても急いでいることに気付いたようだ。
表情を変えて、真剣な顔つきでアランを見た。
「何があったの?」
夫人は鋭い声色でアランに訊いた。
「…副団長のヒロキさんが重体です。早くいい医者に見せないと…」
アランは夫人に縋るような目を向けた。
「ヒロキさんが…それは大変ね。」
夫人は先ほどの執事を手招きで呼んだ。
「チャーリー。うちの専属医を呼びなさい。馬車はうちで用意して。」
夫人はどうやら医者を用意してくれるようだ。
「ありがとうございます!!」
アランは夫人に頭を下げた。
「サンズの上司の方よね。彼から聞いているわ。助けるのは当然よ。」
夫人はアランの方に駆け寄り、彼の肩を叩いた。
「ありがとうございます。」
アランはまた夫人に深く頭を下げた。
執事に市場の場所を伝えると、直ぐに向かってくれると言うのでアランは少し安心した。
そのせいか、力が抜けたようにその場にへたり込んだ。
「あらあら…」
夫人は慌ててアランの元に駆け寄り、心配そうに様子を見た。
正直、王都の貴族はアランのような市民階級出身の者に対して冷たいと思っていたので、彼女の心配する姿勢には驚いた。
「俺は市民階級出身ですよ。…公爵夫人がそんな俺に…」
アランは慌てて夫人と距離を置いた。
「何言っているの?今更…私だって馬鹿じゃないのよ。それに、あなたのことはサンズから聞いているって言ったでしょ?みんなの話も聞いているのよ。私たち家族はね、あなたたち精鋭部隊の子、みんな大好きよ。」
夫人はアランに笑いかけた。
夫人は居なくなった執事の代わりに侍女を数人呼んで何やらお茶を用意し始めた。
「お医者様は、腕は間違いない人よ。だから、あなたは少し休みなさい。」
夫人はアランにお茶を勧めた。
アランはマルコムに言われたことを思い出した。そして、ヒロキの容態もだ。
「すみません。闘っている仲間がいるので…それに、俺にはまだ仕事があります。」
アランは丁重にお茶を断った。
「そう。…じゃあ、また今度ね。」
夫人は少し寂しそうに言ったが、笑顔だった。
「はい。次はサンズさんと来ます。」
アランは夫人に頭を下げると、屋敷を後にした。
リランを呼ぶ必要がある。
リランは今どこにいるのかわからない、それに、たぶんアレックスの元に行くのが一番だと考え、王城内の騎士団詰め所に向かった。
ライガ:
主人公。帝国騎士団の精鋭部隊に所属する。小さいころからミラを守る立場にいた。短い栗色の髪をした茶色の目をした青年。ミラと想い合っており、彼女が絡むことには若干頭に血が上りやすい。ミラと逃げる。彼女に求婚し晴れて結ばれる。父が前騎士団団長で行方不明。
ミラ:
ヒロイン。「お宝様」と呼ばれ、鑑目を持つ少女。真っ黒な髪と真っ黒な目をしている。王子に嫁ぐことが決まっていた。ライガと思い合っており、彼と逃げる。晴れてライガと結ばれる。
ジン:
帝国騎士団団長。歴代最強と言われた前騎士団団長であるライガの父を決闘で破り、最年少で団長に就く。栗色の長い髪を束ねており、瞳の色は顔にかかる包帯のせいで分からないが、色が白く線の細い輪郭をしている。剣の腕はまさに帝国一と言われるほどである。王族の人間だが、王族に対して冷ややか。団長から退く決意をする。
ヒロキ:
帝国騎士団副団長。精鋭部隊の副隊長でもある。長い濃い茶色の髪で切れ長の目をしている。ジンとは付き合いが長く、妖しい間柄。流れるような剣術で他の騎士に比べて非力だが、目の良さと器用さがあり、確かな実力を持っている。皇国の元大臣の息子。前団長に拾われた。ジンと共に騎士団から退く決意をする。
マルコム(マルコム・トリ・デ・ブロック):
精鋭部隊の一員。穏やかな青年。瞳も髪も茶色で中性的で幼い顔立ち。オールバックの髪型で、優し気な眉毛とたれ目をしている。国境の貴族ブロック伯爵の息子。槍使いで、顔からは想像し難いほど筋肉質で自分の力に自信を持っており誇っている。サンズに継ぐほどの力がある。普段は穏やかでわからないが、強いものを無条件で尊敬する反面、自分より弱い者に対してはその意識はかなり低い。ライガの裏切りに激怒し、非常に荒れている。
ミヤビ:
精鋭部隊の一員。隊の紅一点。赤みがかかった金髪で、目はグレーで中々の美人。厚みのある唇がチャームポイント。剣の腕は他の精鋭に比べると劣るが、弓の名手。ライガに何か想いがある。ライガの裏切りに激怒し、非常に荒れている。
アラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。リランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は黒。リランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。ライガの裏切りにそこまで怒っておらず、少しだけ好意的。弟。
サンズ(サンズ・デ・フロレンス):
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。硬そうな短い黒髪をして目も黒く、彫が深くて眉が太く骨骨しい輪郭をしている。見た目通り力が強く、騎士団一の怪力を誇る。貴族の出。精鋭では数少ない戦場経験者。ミヤビとマルコムを抑えるため行動を共にする。
アシ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。大きい目と大きい鼻が特徴的な顔の造りをしている。小刀を使う。ライガの逃亡に協力的だが、真意が測れず怪しい。
イシュ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。彫が深く、目が細く鋭い。弓を使う。襲撃の際、ミヤビに肩を射抜かれた。
シューラ:
隣国の皇国の者。白い髪と赤い目をしている。牙のような八重歯が特徴的。長い刀を使う。襲撃時、マルコムの攻撃を受けて肩と腰の筋を痛めた。
リラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。アランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は赤。アランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。式典の乱入者の追跡を任される。兄。
アレックス
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。ジンの代理で全体の指揮を任され、新団長として指名される。長い金髪と緑色の瞳で顔立ちがはっきりしている。普段の生活態度とは違い、堅実で手堅い戦い方をする。サンズ同様に戦場経験者。他の精鋭とは別に王都に残る。
モニエル・デ・ブロック(ブロック伯爵)
皇国との国境を統治する地方貴族。皇国の事情に詳しい。マルコムの父親。
コマチ:
ヒロキの母。皇国前大臣の妻。傾国の美女と言われるほどの美貌を持っていた。ヒロキが見ているところで首を刎ねられ死亡する。現在も皇国の支配層に影響力があるらしい。
レイ・タイナー:
元帝国騎士団団長。ライガの父。ジンとの決闘に敗れ団長を退いたが、歴代最強と言われるほどの剣士だった。団長時代は敵国である皇国の大臣と交流を持つなど帝国の命令から反する行動をしていた。現在行方不明。




