背後に迫る
馬をアランに持っていかれたため、ヒロキは一人、市場に置いた馬を拾いに歩いていた。
如何せん小屋から少し離れたところでライガと手合わせをしたため、少し距離が開いた。
「…張り切り過ぎたか…」
思った以上にライガとの手合わせに疲れていることに、自分の軟弱さを感じた。
ザリ
かつての部下との別れにセンチメンタルな気持ちになっていたが、それをかき消すような音が耳に届いた。
「…いつからだ?」
ヒロキは音の主に、苛立つような声をかけた。
ザザ
少しずつ音は近付いてきた。
「お前がライガと闘い終わったあたりだ。見たかったが、どんな闘いだった?」
音の主である、褐色の男、アシはヒロキの前に姿を現した。
「別に…なんだ?負けたことを冷やかしに来たのか?」
「だから終わったところしか見ていない。…見たからもう一度戦ってくれるのか?」
アシは顎でライガたちの滞在している小屋の方を指して言った。
「いや、疲れたからもういいや。」
ヒロキはそういうと、アシを無視するように歩き出した。
「考えてくれたか?」
アシはヒロキを呼び留めるように叫んだ。
「何がだ?」
ヒロキは足を止めずに、アシに訊き返した。
「皇国に来ないか?ということだ。そう言えばきちんと誘っていなかったな。」
アシは思い出したように言った。
「今更皇国も無い。俺はあんなところに戻る気は無い。」
ヒロキは手をひらひらと振って言った。
アシは表情を変えた。
「…それは困ったな…」
「だいたい、お前等の目的は鑑目だろ?ライガが邪魔で俺たちをぶつけようと画策したんだろ?」
ヒロキは足を止めずに言った。
「それは困ったな…」
アシはヒロキの後を追い、走り始めた。
ヒロキは剣に手をかけて、引き抜いた。
キイン
アシの小刀とヒロキの剣がぶつかった。
「鑑目に加えて、お前も持ち帰れば、皇帝陛下を操れると思ったのにな…」
アシはヒロキに笑いかけた。
「だから、逃げ出したやつを政治の道具にするな。」
ヒロキはアシを睨んだ。
ガキン
二人は剣を弾き合い、距離を置いた。
「お前もあのライガも価値を分かっていない。鑑目のあの力…あれがあれば、皇国も力を取り戻す。」
アシは何かを思い出すようにうっとりとした。
「知るかよ。俺は関係ない。」
ヒロキは剣を構え直しながらアシを睨んだ。
「大ありだ。皇国を立て直すのに、皇帝陛下を動かせなかったら意味が無い。…そこでお前だ。」
アシはヒロキに刀を向けた。
「俺の言うことを皇帝が聞くと思うのか?」
ヒロキは呆れたように言った。
「間違いなく聞く。未だに自分で手にかけたコマチの幻影を追い続けているからな。そっくりのお前が来れば…皇帝陛下はお前の言いなりだろうな。」
アシは確信した様にヒロキを見た。
「悪いが、俺は皇国に興味も無い。」
アシはヒロキに斬りかかった。
ヒロキはそれを流すようにいなし、足を滑らせるように回り反撃の態勢を整えた。
「こっちは興味津々だがな!!」
アシも足を組み替え、ヒロキの反撃に備えた。
「裏切った上に得もないことに乗るわけないだろ!」
ヒロキは流れるように剣を回し、下から掬いあげるように斬り上げた。
キイン
「元々こっちの人間だろ?それに今と変わらないだろ?」
アシは嘲るようにヒロキを見た。
少しヒロキの攻撃で足を崩したが、体勢を整えた。
「今と?」
ヒロキは眉を吊り上げた。
「ああ。団長の人形か、皇帝の人形かの違いだろ?」
アシは小刀の持ち手を向けてヒロキに向かった。
ヒロキはそれを剣の刃先で刺して、アシの手から小刀を捻り離させようとした。
「!?」
アシはヒロキの攻撃により、手からずれた小刀に気を取られた。
ガッ
ヒロキはそこに足蹴りを繰り出した。
「ぐ!!」
アシはそれを食らい地面に転がり落ちた。
「油断してくれて助かる。」
ヒロキは転んだアシに斬りかかった。
アシは咄嗟に小刀を構えて斬りつけた。
振り下ろすのがヒロキの方が速かった。
ドス
ザッ
何かが貫かれた音が響いた。
それの少し後に、何かが斬られた音も続いた。
カラン
金属の何かが地面に落ちる音も響いた。
ポタポタと辺りに血が跳ねた。
「…はあ…は…」
アシは滴る血と自分の小刀を見つめた。
そして、目の前の人物を見た。
「…クソが…」
ドサ
前にいたヒロキは恨めし気にアシを見て、地面に倒れ込んだ。
「人形の…前言撤回だ…あんた、強いよ。」
アシは息を荒げて倒れたヒロキを見た。
彼の背には矢が突き刺さっていた。
「仲間がいなかったら、俺が殺されていた…」
アシは血まみれの小刀を見て呟いた。
ヒロキは、地面を這うように起き上がろうとした。
「動かないでくれよ。できれば生きた状態で皇帝に渡したい。」
アシはヒロキの背に刺さった矢を引っこ抜いた。
「がああ」
ヒロキのうめき声と血しぶきが辺りに広がった。
アシはうめくヒロキに気にせず、彼を仰向けにして様子を見た。
わき腹の鎧の継ぎ目のところを刺したため、そこから血が流れている。
「…皇国には、行かない…」
痛みに呻きながらも、ヒロキはアシを睨んだ。
「顔にけがは無いな。」
アシはヒロキの顔を掴み、ケガが無いかを確認した。
「あんた、男でよかったな。」
アシは同情するようにヒロキを見た。
ヒロキはアシを睨んだ。
ザッザッザ
と馬が近づいてきた。
「おい!!こっちだ。」
アシは馬で近付いてきた仲間のイシュに手を挙げた。
アシたちの傍まで寄ったイシュはヒロキの様子を見て顔色を変えた。
「お前矢を抜いたのか?」
イシュは慌ててヒロキのケガを見た。
「ああ。だって、仰向けに…」
「アホ!!これやばいって。はやく処置を…」
イシュはヒロキから鎧を脱がし、傷を見て、止血用なのか、何か布を出した。
ヒューヒューと、ヒロキの呼吸音に何やら異音が混じった。
顔は真っ青で、意識も朧気のようだった。
「アシ。とにかく俺が抑えているから、お前は俺の馬を引いてくれ。」
イシュは軽い処置を終えたヒロキを抱え上げ、傷口を抑えたまま馬に乗ろうとした。
ヒュン
矢が飛んできて、乗ろうとした馬に刺さった。
ヒヒン
と馬は泣くと走り出した。
乗り損ねたイシュはヒロキを抱えたまま矢の方向を見た。
「あの女…」
イシュは自分の肩を貫いた、帝国騎士の女性を見て苦い顔をした。
彼女の横には馬に乗った二人の騎士がいた。
大柄な男とはイシュは対面したが厄介だった。その横の大柄でない青年も仲間のシューラが負傷するほど厄介な相手だ。
アシは舌打ちをした。
「アシ。こいつは諦めるぞ。」
イシュは手短に言うと、地面にヒロキを置いて、少し未練がましそうにしているアシを引っ張った。
馬をやられた二人は森の方に飛び込んだ。
二人を追跡しようと女性は森に飛び込もうとした。
「待て!!」
大柄な男がヒロキに気付いて、女性を止めた。
横たわるヒロキに気付いた三人が、止まった。
怒り心頭だったマルコムとミヤビもさすがに足を止めた。
「…え?」
マルコムは慌てて馬から降りて、横たわるヒロキに駆け寄った。
「出血が多い。早く治療をしないと。」
マルコムはヒロキの傷の様子を見て舌打ちをした。
「…後ろから矢で射ている。…正面だと勝てないからか…クソ皇国のやつめ…」
マルコムは基本的に正面勝負を好む。
無条件で強い騎士に尊敬するため、ヒロキやサンズ、アレックスはその対象だった。そして、その対象がその正面勝負でない方法で重体に陥っていることに苛立ちを見せた。
「何で?…何でヒロキさんが…」
ミヤビは怒り以外の感情を久しぶりに見せた。だが、それは戸惑いだった。
「ぼーっと立っていないで早くしろよ!!お前と訳が違うんだ!!」
マルコムはミヤビに怒鳴った。
普段は優しいマルコムだが、自分より弱い者に関してはじつは冷淡な感情を持っている。
自分よりも力量の劣るミヤビには少し当たりが強いようだ。
「な…なによ!!」
ミヤビは怒られたことよりも、マルコムが自分をぞんざいに扱ったことに怒っているようだ。
「今はそれどころじゃない!!早くミヤビは助けを呼びに行け!!あの小屋に医者を呼べ!!その後団長たちにも知らせろ!!」
サンズはとにかくミヤビとマルコムを離すことが最善と思った。
その彼の判断は正しい。
「わ…わかった!!」
ミヤビは急いで馬を走らせた。
サンズはとりあえずの処置をされているヒロキの様子を見て少し不思議に思ったが、皇国の連中にやられたのは確実だった。
引き抜かれた矢が落ちており、その矢じりはジンを狙ったものと同じだった。
「皇国の連中はやっぱり、こっちに来ていたのか…」
サンズは舌打ちをした。
「…リランが追って行ったのは、たぶんダミーですね。…帝国内に協力者がいますね。」
マルコムは深刻な顔をしていた。
「リランが戻ったら事情を聴こう。…とにかく、ヒロキさんを治療しないと…頼むから、死なないでください。」
サンズは真っ青な顔をして、呼吸も絶え絶えのヒロキを見て願うように言った。
サンズの頭の中には、アレックスに言われたことが蘇っていた。
『…何か少し危うい気がして、…嫌な予感がする。』
「…頼むから…よ。」
サンズは縋るように呟いた。
ライガ:
主人公。帝国騎士団の精鋭部隊に所属する。小さいころからミラを守る立場にいた。短い栗色の髪をした茶色の目をした青年。ミラと想い合っており、彼女が絡むことには若干頭に血が上りやすい。ミラと逃げる。彼女に求婚し晴れて結ばれる。父が前騎士団団長で行方不明。
ミラ:
ヒロイン。「お宝様」と呼ばれ、鑑目を持つ少女。真っ黒な髪と真っ黒な目をしている。王子に嫁ぐことが決まっていた。ライガと思い合っており、彼と逃げる。晴れてライガと結ばれる。
ジン:
帝国騎士団団長。歴代最強と言われた前騎士団団長であるライガの父を決闘で破り、最年少で団長に就く。栗色の長い髪を束ねており、瞳の色は顔にかかる包帯のせいで分からないが、色が白く線の細い輪郭をしている。剣の腕はまさに帝国一と言われるほどである。王族の人間だが、王族に対して冷ややか。団長から退く決意をする。
ヒロキ:
帝国騎士団副団長。精鋭部隊の副隊長でもある。長い濃い茶色の髪で切れ長の目をしている。ジンとは付き合いが長く、妖しい間柄。流れるような剣術で他の騎士に比べて非力だが、目の良さと器用さがあり、確かな実力を持っている。皇国の元大臣の息子。前団長に拾われた。ジンと共に騎士団から退く決意をする。
マルコム(マルコム・トリ・デ・ブロック):
精鋭部隊の一員。穏やかな青年。瞳も髪も茶色で中性的で幼い顔立ち。オールバックの髪型で、優し気な眉毛とたれ目をしている。国境の貴族ブロック伯爵の息子。槍使いで、顔からは想像し難いほど筋肉質で自分の力に自信を持っており誇っている。サンズに継ぐほどの力がある。普段は穏やかでわからないが、強いものを無条件で尊敬する反面、自分より弱い者に対してはその意識はかなり低い。ライガの裏切りに激怒し、非常に荒れている。
ミヤビ:
精鋭部隊の一員。隊の紅一点。赤みがかかった金髪で、目はグレーで中々の美人。厚みのある唇がチャームポイント。剣の腕は他の精鋭に比べると劣るが、弓の名手。ライガに何か想いがある。ライガの裏切りに激怒し、非常に荒れている。
アラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。リランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は黒。リランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。ライガの裏切りにそこまで怒っておらず、少しだけ好意的。弟。
サンズ:
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。硬そうな短い黒髪をして目も黒く、彫が深くて眉が太く骨骨しい輪郭をしている。見た目通り力が強く、騎士団一の怪力を誇る。貴族の出。精鋭では数少ない戦場経験者。ミヤビとマルコムを抑えるため行動を共にする。
アシ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。大きい目と大きい鼻が特徴的な顔の造りをしている。小刀を使う。ライガの逃亡に協力的だが、真意が測れず怪しい。
イシュ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。彫が深く、目が細く鋭い。弓を使う。襲撃の際、ミヤビに肩を射抜かれた。
シューラ:
隣国の皇国の者。白い髪と赤い目をしている。牙のような八重歯が特徴的。長い刀を使う。襲撃時、マルコムの攻撃を受けて肩と腰の筋を痛めた。
リラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。アランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は赤。アランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。式典の乱入者の追跡を任される。兄。
アレックス
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。ジンの代理で全体の指揮を任され、新団長として指名される。長い金髪と緑色の瞳で顔立ちがはっきりしている。普段の生活態度とは違い、堅実で手堅い戦い方をする。サンズ同様に戦場経験者。他の精鋭とは別に王都に残る。
モニエル・デ・ブロック(ブロック伯爵)
皇国との国境を統治する地方貴族。皇国の事情に詳しい。マルコムの父親。
コマチ:
ヒロキの母。皇国前大臣の妻。傾国の美女と言われるほどの美貌を持っていた。ヒロキが見ているところで首を刎ねられ死亡する。現在も皇国の支配層に影響力があるらしい。
レイ・タイナー:
元帝国騎士団団長。ライガの父。ジンとの決闘に敗れ団長を退いたが、歴代最強と言われるほどの剣士だった。団長時代は敵国である皇国の大臣と交流を持つなど帝国の命令から反する行動をしていた。現在行方不明。




