親の跡
装備を整えたリランは、滞在させてもらった詰め所にまで見送りに来てくれたブロック伯爵に丁寧に礼を言った。
「いや、いいんだ。…ところで、マルコムは…」
ブロック伯爵はどうやらマルコムが心配だったようだ。
リランはなんらかんら言って親子なのかと少し微笑ましい気持ちになった。
「今回の仲間の裏切りに対してとても怒っていますが…体は元気です。」
リランは式典で見たマルコムの様子を思い出して、なるべく滑らかに言った。
「いや、彼は騎士を辞めそうか?」
ブロック伯爵はリランが思っていたことではない心配をしていたようだ。
「え?…わかりませんけど、彼は騎士団の大きな戦力ですし、結構賢いので、自分から辞めない限りは辞めることは…」
「そうか。いや、後を継ぐとしたらそろそろ戻って、仕事を色々任せたいと思っているのだが、そうだな。今は、まだ難しいか…」
リランは、彼の物言いに少しもやっとした気持が生まれたが、市民出身の自分にはわからない貴族の問題なのかと思うことにした。
「しかし、兄が死んでも感情的にならなかったマルコムが、仲間の裏切りで怒るとは…」
ブロック伯爵は驚いたように言った。
兄が死んでいる?
それは初耳だった。
「マルコムに兄弟が居たんですか?」
「知らないのか?ここ数年で二人とも死んでしまったが、あいつは家の話をしないのか。」
ブロック博士は感慨深そうに言った。
マルコムが話をしないのがショックなのではなく、ただ、知らなかったことを知ったような感じであった。
それよりもマルコムの兄弟に対する想いが薄いことが分かった。
双子でずっと一緒にいるリランとアランは、もうお互いが自分の分身であり、一緒にいないと落ち着かず、大切なのは言うまでもないのが当然だった。
同じく姉妹がいるサンズはよく姉の話をする。
ただ、兄弟に限らず家族に対する想いはあるはずだ。
アレックスやミヤビ、ライガにしろ亡くなった親のお墓参りにはよく行っているはずだ。
マルコムは家族に対しての向ける想いを騎士団に向けているのではないか
リランはその結論にたどり着いた。
怒っているのは分かったが、マルコムは腕が立つ。
精鋭は皆そうだが、彼は自分やアラン、ミヤビとは違う。
力が強く、頭がいい。
誰も敵に回したくないが、マルコムはその最たるものだ。
「ブロック伯爵、その…マルコムはとても優秀な騎士です。おそらく、いつかは団長か副団長になれるほどの…」
リランはお世辞でなく本音を言った。
そもそも精鋭は騎士団内で実力だけ見た上位である。まだ若いリランも含め、未来の団長副団長候補であるのは変わりない。
ただ、未来的にマルコムがその地位に就くのは当然な気がした。
リランは正直、家を継ぐよりも騎士団に残って欲しいと思う。
「彼の嗅覚と切り換えは国境で生きていくのに必要な能力だ。腕も立つ。後継ぎ争いに参加はしなかったが、私はマルコムを後継ぎにしようと思っていた。死んでしまった二人には少し悪いがな…」
ブロック伯爵はマルコムを評価しているようだが、リランはそれよりも彼が自分の息子の死に関して、全くショックを受けていない様子であったことが引っかかった。
「…そうですか。マルコムはまだ若いです。」
リランは下手に口を開くと、伯爵との噛み合わない認識について苛立ちを口にしそうだった。
「聞いたが、今回裏切ったのは、前団長の息子らしいな。それに関して皇国が絡んでいるとか…」
ブロック伯爵はリランの表情の変化に気付いたのか、別の話をし始めた。
「伯爵…自分はこれで王都に戻らないと…」
リランは伯爵とこれ以上話すと、感情のボロが出ると思い、早く切り上げようとした。
「ライガ君の父、レイ・タイナーは、皇国と隠れて通じていた。その息子が皇国の力を借りて裏切るとは、なんという因果かと思う。」
ブロック伯爵はどうやらリランに言いたいことがあるようだ。
明らかに彼が気になるであろう話題を強調した。
ブロック伯爵の思惑通り、彼の言ったことはリランにとって気になることだ。
「ライガのお父さんが?皇国と…?」
「聞いていないのか?前団長とお宝様の悲劇…まさか息子が同じ轍を踏むとは思っていなかっただろうが…」
「いや、何ですか?それ…」
リランはブロック伯爵に無礼と知りながら掴みかかった。
伯爵とリランの様子を見ていた伯爵の私兵がリランを抑えようとしたが、伯爵はそれを制した。
「いや、いい。当然の反応だ。」
伯爵はリランに胸倉を掴まれたまま言った。
「す…すみません。」
リランは慌てて手を離した。
「だから当然の反応だ。王家も因果と思わざる得ないことに笑いが止まらないだろう。…いや、笑いが止まらないのは私か…」
ブロック伯爵は楽しそうに笑い始めた。
思った以上に彼の笑い方が、マルコムの素の笑い方に似ていた。
やっぱり親子なのかと思ったが、そんなことを感慨深く思っている場合じゃない。
「ライガのお父さんって、どういうことですか?」
「別にそのままだ。前団長は若い時にお宝様と想い合っていた。結局引き裂かれたが、彼は一族を帝国から逃がすために皇国とつるんだ。といっても、皇国の大臣とだがな。いい結末は得られなかったが、騎士団と一族の繋がりは密接になった。それがきっかけか…今の団長が一族と王家のパイプ役を担っている。結局は王家のいいように進んでいるが、そんな男の息子が皇国の者の手を借りてお宝様と逃げる。何か思わないか?」
ブロック伯爵はリランに何か回答を求めているようだ。
「何か思うもないです。伯爵はライガが皇国の者の力を借りたのは確実だと思うんですか?」
「彼は知らないが、皇国は間違いなく手を貸そうとするだろう。」
ブロック伯爵は曖昧ないい方だが、確信しているようだった。
「何でですか?」
「皇国が鑑目を欲しがっているからだ。前団長が半端に大臣に鑑目を見せたせいで皇帝が躍起になったらしい。今の状況を見ると、皇国と帝国の諍いは鑑目の行方で決まりそうだからな。」
「皇国と帝国…そんな政治的な…」
「帝国の王家も落ち目だが、皇国も同じだ。現皇帝がいかれ野郎でな。いつも頭蓋骨を持ち歩いているらしい。何でも昔殺した女とか聞いたが、そんな奴がまともな政治を行えるとは思えない。お互い上には悩んでいるのは万国共通のようだ。」
ブロック伯爵は両手を広げて他人事のように笑った。
「じゃあ、ライガは協力されたけど、利用された可能性も…」
「むしろそっちだろうな。団長を殺そうとしたのは帝国の大臣だろうけど、雇われ暗殺者として皇国の者を使ったのは間違いだったな。最初から皇国の目的は鑑目を持つお宝様だ。」
伯爵は嘆くように言った。
「それは、報告は…」
「言っただろ?どの国も上に悩まされる。私の話など聞くはずない。」
ブロック伯爵は当然のことのように言った。
「じゃあ、今俺たちは、ライガを追跡するのもあるけど、彼を守らないといけない…」
リランは呟いた後ブロック伯爵を見た。
「ああ。あと、団長殿も守ってやるといい。彼が一族と深いつながりをもつ役目であるのは比較的知られている。彼も狙われているのには変わりない。」
ブロック伯爵は言いたいことは言い終えたのか、リランから離れた。
もっと素直に教えることは出来ないのかと思ったが、彼がマルコムの父親であると考えるとなんとなく納得できた。
「ありがとうございます。」
リランはブロック伯爵に頭を下げた。
「そうだ。君。将来何かあったらうちで雇ってやらんでもない。」
ブロック伯爵はリランに笑いかけた。
親子関係などに思うところはあるが、やっぱり、彼はマルコムに似ていた。
リランは雇う話については丁寧に断って、行きに乗った馬に乗り、王都に走り出した。
「早く、みんなに教えないと…」
リランは追跡の者達がどうなっているのか知らず、呟いた。
ライガ:
主人公。帝国騎士団の精鋭部隊に所属する。小さいころからミラを守る立場にいた。短い栗色の髪をした茶色の目をした青年。ミラと想い合っており、彼女が絡むことには若干頭に血が上りやすい。ミラと逃げる。彼女に求婚し晴れて結ばれる。父が前騎士団団長で行方不明。
ミラ:
ヒロイン。「お宝様」と呼ばれ、鑑目を持つ少女。真っ黒な髪と真っ黒な目をしている。王子に嫁ぐことが決まっていた。ライガと思い合っており、彼と逃げる。晴れてライガと結ばれる。
ジン:
帝国騎士団団長。歴代最強と言われた前騎士団団長であるライガの父を決闘で破り、最年少で団長に就く。栗色の長い髪を束ねており、瞳の色は顔にかかる包帯のせいで分からないが、色が白く線の細い輪郭をしている。剣の腕はまさに帝国一と言われるほどである。王族の人間だが、王族に対して冷ややか。団長から退く決意をする。
ヒロキ:
帝国騎士団副団長。精鋭部隊の副隊長でもある。長い濃い茶色の髪で切れ長の目をしている。全体的に細長い印象のある顔の造りをしている。ジンとは付き合いが長く、妖しい間柄。流れるような剣術で他の騎士に比べて非力だが、目の良さと器用さがあり、確かな実力を持っている。皇国の元大臣の息子。前団長に拾われた。ジンと共に騎士団から退く決意をする。
マルコム:
精鋭部隊の一員。穏やかな青年。瞳も髪も茶色で中性的で幼い顔立ち。オールバックの髪型で、優し気な眉毛とたれ目をしている。国境の貴族ブロック伯爵の息子。槍使いで、顔からは想像し難いほど筋肉質で自分の力に自信を持っており誇っている。サンズに継ぐほどの力がある。ライガの裏切りに激怒し、非常に荒れている。
ミヤビ:
精鋭部隊の一員。隊の紅一点。赤みがかかった金髪で、目はグレーで中々の美人。厚みのある唇がチャームポイント。剣の腕は他の精鋭に比べると劣るが、弓の名手。ライガに何か想いがある。ライガの裏切りに激怒し、非常に荒れている。
アラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。リランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は黒。リランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。ライガの裏切りにそこまで怒っておらず、少しだけ好意的。弟。
サンズ:
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。硬そうな短い黒髪をして目も黒く、彫が深くて眉が太く骨骨しい輪郭をしている。見た目通り力が強く、騎士団一の怪力を誇る。貴族の出。精鋭では数少ない戦場経験者。ミヤビとマルコムを抑えるため行動を共にする。
アシ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。大きい目と大きい鼻が特徴的な顔の造りをしている。小刀を使う。ライガの逃亡に協力的だが、真意が測れず怪しい。
イシュ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。彫が深く、目が細く鋭い。弓を使う。襲撃の際、ミヤビに肩を射抜かれた。
シューラ:
隣国の皇国の者。白い髪と赤い目をしている。牙のような八重歯が特徴的。長い刀を使う。襲撃時、マルコムの攻撃を受けて肩と腰の筋を痛めた。
リラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。アランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は赤。アランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。式典の乱入者の追跡を任される。兄。
アレックス
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。ジンの代理で全体の指揮を任され、新団長として指名される。長い金髪と緑色の瞳で顔立ちがはっきりしている。普段の生活態度とは違い、堅実で手堅い戦い方をする。サンズ同様に戦場経験者。他の精鋭とは別に王都に残る。
モニエル・デ・ブロック(ブロック伯爵)
皇国との国境を統治する地方貴族。皇国の事情に詳しい。マルコムの父親。
コマチ:
ヒロキの母。皇国前大臣の妻。傾国の美女と言われるほどの美貌を持っていた。ヒロキが見ているところで首を刎ねられ死亡する。現在も皇国の支配層に影響力があるらしい。
レイ:
元帝国騎士団団長。ライガの父。ジンとの決闘に敗れ団長を退いたが、歴代最強と言われるほどの剣士だった。団長時代は敵国である皇国の大臣と交流を持つなど帝国の命令から反する行動をしていた。現在行方不明。




