小屋の中
アシは信用できないが、逃げる手助けとして噂を流したのは本当だろう。
わざわざ知らせて来る得が無いからだ。
ただ、精鋭が近づきつつあるというのは、変わらないことだ。
眠るミラを横目にライガは馬を人目につかないよう、小屋の中に入れた。
とりあえず数日の食料と水、調理道具などの最低限の一式は用意できた。
旅道具をそろえるためにこの小屋に来た。
明日にでも出て、精鋭たちが向かった方向とは別に向かおうと考えた。
手配書が届くのも時間の問題であり、近くの市場を通っているのなら、ライガの外見はもう知れ渡っている可能性がある。
そうなったら、下手に市場には行けない。
博打打のように、運任せに方向を決めるのもいいが、今はミラと逃げている。
彼女と一緒にいるのが優先である。度を過ぎるほど慎重であるべきなのだ。
追手はこの国最強の布陣だ。
「ライガ…私も手伝う。」
ミラが起きたようで、逃走の準備をして居るライガの後ろにいた。
「ミラ。あまり無理しないで。」
ライガは厳しい表情を悟られないようにミラに笑いかけた。
「無理させておいて、それは無いでしょ。」
ミラは口を尖らせて言った。
「何も言い返せません…」
ライガは素直にミラに頭を下げた。
その様子を見てミラはキャッキャと笑った。
旅の道具と、使い方、これからの予定が不安定なことを改めてミラに話した。
ミラは真面目に聞き、覚悟を決めたように何度もライガに頷いた。
「ライガ。他に何かあったんじゃないの?」
ミラはライガの様子に気付いていた。
ライガは観念したようにアシが来たことと言われたことを話した。
ミラは大人しく聞いて、ライガの方を見た。
「ライガ。」
パシン
ミラは、ライガの頬を軽く張った。
「え?」
予想外のことにライガは混乱した。
「私は手段を選ばない覚悟はしているって言ったの。そのアシって人がいるときは、私に引き合わせて話して。彼によってもたらされた情報が本当か、私たちに関わるの。私の鑑目は逃げるために利用するの。ライガが自分の腕を振るうのなら私だって、同じだけ負担させて。」
ミラはライガを真っすぐ見て言った。
「ミラ…」
「私も一緒逃げるの。二人の力で逃げるの。今度から誰かに会うときは私も一緒だからね。」
ミラは眉間にしわを寄せて、しかめっ面を作った。
「わかった。」
ライガは心が少しずつ沈んでいるような気がした。
それは、決して心地悪いものではなく、後戻りのできない淀みに着実にはまりつつあるものだった。
だが、ライガは元より戻る気も無い。
ただ、より心がかつてに戻れないだけだった。
マルコムは目を皿のようにして、市場に置いて不穏な空気を放っている者を探した。
マルコムは貴族だが、国境地方で育ったため、警戒心は人一倍強い。
人を騙すのではなく、自分を守るために物腰は柔らかい方がいい。
あまり好きではないが、彼の父が彼に教えたことだ。
三人兄弟だが、そんな環境で生きていたら仲が悪くなるのは必須だ。
マルコムは末っ子であり、彼自体が武術にはまってしまったため、後継ぎ争いからは退き、騎士の道を歩んでいる。
ちなみに兄二人は結局、国境で生きていくには力不足だったようで、領地を見回っているときに二人とも死んだ。
だからと言って、家族に怒ったり悲しむような心をマルコムは持ち合わせていない。
彼のその心は騎士である方に向いているからだ。
純粋に自分より強い者を尊敬し、ついていく。
だから、家族が死んだとき以上に、いや、比べ物にならないくらいライガの裏切りはマルコムの逆鱗だった。
数人の男達がなにやら話し込んでいるのが目に入った。
あの顔は自慢をするときか、何か武勇伝を話すときの顔だ。
マルコムは数人の男の後を追い、市場の中にあるこじんまりとした小屋についた。
どうやら娯楽施設のようで、中からはまだ日も出ているというのに盛んな声が聞こえる。
そんなことで顔を赤らめることはなく、マルコムは小屋に入って行った。
「あら…可愛いお客さん。迷ったのかしら?」
小屋の中にいた化粧の濃い女性がマルコムを見つけて微笑んだ。
「違います。先ほどここに来た男に用事があって…いますか?」
マルコムは出来る限りにこやかに訊いた。
「ごめんなさい。お客さんのことは…」
女性がやんわりと断ろうとすると
マルコムは表情を変えた。
「帝国騎士団だ。隠すと任務妨害とみなす。」
低い声で女性以外には聞こえないように言った。
女性は表情を変えて人差し指を立ててマルコムを小屋の奥に案内した。
「あの…女の子だけでも、先に退散させてくれないかい?」
女性はどうやら接客中の女性を気にしているようだ。
「男さえ残ればいい。」
マルコムは低い声で言った。
女性はマルコムに軽く礼を言うと、動き出した。
女性が動き出してもマルコムは安心したような表情を見せず、ただ、周りを見ていた。
彼は女性だから疑わないなどは考えない。
誰も彼も平等に脅威であるのだ。
目的を阻むのなら。
味方するのならそれはそれでいいが、確実になるまでは信用しない。
「俺は、団長たちを信用していませんから。」
マルコムは追跡に消極的なジンとヒロキを思い出した。
二人とも強く確かに尊敬しているが、今回の騒動に関しては、信頼していなかった。
ただ、自分の頭に血が上っていることは分かりきっているため、効率化としてサンズの申し出は納得している。
これが今回の騒動としてのマルコムの騎士団の評価だ。
更に言うなら、マルコムは自分より弱い騎士の評価はしない。
数人の女性が小屋から慌てて出行く。
マルコムは支給された武器を汚す気になれず、近くの掃除用具を持った。
ゴロツキ程度なら素手でも大丈夫だと普段はたかをくくっているが、今回は万一怪我でもして、この後の追跡に影響してはいけないので素手は止めた。
女性の声も気配もなくなったところでマルコムは小屋の奥に踏み込んだ。
部屋を片っ端から開けていき、目的の男を見つけると掴み上げて、動けなくなるまで痛めつけた。
無関係の客は小屋から追い出し、外で心配そうに見ている女性たちにマルコムは声をかけた。
「市場にいる騎士二人を呼んで来て。」
マルコムは金貨を数枚女性に持たせた。
「…は、はい!!」
女性は人通りの多い、市場の表に走り出した。
ライガ:
主人公。帝国騎士団の精鋭部隊に所属する。小さいころからミラを守る立場にいた。短い栗色の髪をした茶色の目をした青年。ミラと想い合っており、彼女が絡むことには若干頭に血が上りやすい。ミラと逃げる。彼女に求婚し晴れて結ばれる。父が前騎士団団長で行方不明。
ミラ:
ヒロイン。「お宝様」と呼ばれ、鑑目を持つ少女。真っ黒な髪と真っ黒な目をしている。王子に嫁ぐことが決まっていた。ライガと思い合っており、彼と逃げる。晴れてライガと結ばれる。
ジン:
帝国騎士団団長。前騎士団団長であるライガの父を決闘で破り、最年少で団長に就く。精鋭部隊の隊長でもある。栗色の長い髪を束ねており、瞳の色は顔にかかる包帯のせいで分からないが、色が白く線の細い輪郭をしている。剣の腕はまさに帝国一と言われるほどであり、酒場の喧嘩も強い。王族の人間だが、王族に対して冷ややか。団長から退く決意をする。
ヒロキ:
帝国騎士団副団長。精鋭部隊の副隊長でもある。長い濃い茶色の髪で切れ長の目をしている。全体的に細長い印象のある顔の造りをしている。ジンが気を許している数少ない人物。流れるような剣術で他の騎士に比べて非力だが、目の良さと器用さがあり、確かな実力を持っている。皇国の元大臣の息子。前団長に拾われた。ジンと共に騎士団から退く決意をする。
マルコム:
精鋭部隊の一員。穏やかな青年。瞳も髪も茶色で中性的で幼い顔立ち。オールバックの髪型で、優し気な眉毛とたれ目をしている。国境の貴族ブロック伯爵の息子。槍使いで、顔からは想像し難いほど筋肉質で自分の力に自信を持っており誇っている。サンズに継ぐほどの力がある。ライガの裏切りに激怒し、非常に荒れている。
ミヤビ:
精鋭部隊の一員。隊の紅一点。赤みがかかった金髪で、目はグレーで中々の美人。厚みのある唇がチャームポイント。剣の腕は他の精鋭に比べると劣るが、弓の名手。ライガに何か想いがある。ライガの裏切りに激怒し、非常に荒れている。
アラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。リランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は黒。リランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。弟。
リラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。アランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は赤。アランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。式典の乱入者の追跡を任される。兄。
サンズ:
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。硬そうな短い黒髪をして目も黒く、彫が深くて眉が太く骨骨しい輪郭をしている。見た目通り力が強く、騎士団一の怪力を誇る。貴族の出。精鋭では数少ない戦場経験者。
アレックス
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。ジンの代理で全体の指揮を任され、新団長として指名される。長い金髪と緑色の瞳で顔立ちがはっきりしている。普段の生活態度とは違い、堅実で手堅い戦い方をする。サンズ同様に戦場経験者。
アシ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。大きい目と大きい鼻が特徴的な顔の造りをしている。小刀を使う。
イシュ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。彫が深く、目が細く鋭い。弓を使う。襲撃の際、ミヤビに肩を射抜かれた。
シューラ:
隣国の皇国の者。白い髪と赤い目をしている。牙のような八重歯が特徴的。長い刀を使う。襲撃時、マルコムの攻撃を受けて肩と腰の筋を痛めた。




