激情の周り
アランは自室で一人寝転がっていた。
夜が明けて来ても、いつも騒がしく起こしに来てくれるミヤビもマルコムもライガも来なかった。
目が開いて、眠気も何も無いのに、頭は靄がかかったようになっていた。
「俺は、今までが好きだったのに…」
アランは寝返りを打って、双子で同室にさせてもらっている向いのベッドを見た。
ベッドはいつもいるのに、今はいない。
リランも仕事でいないのは仕方ないと思っていたが、今までの状況が好きだったアランには、急激なこの変化はついていけないものだった。
アレックスが団長になるのもいずれはと考えていた。
ただ、ジンもヒロキもアランが、好きでいた今までから抜けたがっていたことと、逃げることを選んだライガ、そして、それによって狂い始めたマルコムとミヤビ。
「みんないなくなるのか。嫌だよ。」
アランは誰も来ないのに、扉が開くのを待ち続けていた。
王都の門の前でアレックスは数人の騎士を従えて立っていた。
「馬はまだか?」
アレックスの問いに他の騎士たちは申し訳なさそうに頭を下げた。
「リランはどうやって追ったかわかったか?」
アレックスは周りを見渡して訊いた。
「はい。彼はどうやら馬車の馬を借りたようです。ですが、一人だからできることです。」
騎士は、恐る恐るといった調子で報告した。
「そうか…あと数時間はかかるな。まったく夜が明けちまった。」
アレックスは目をこすりながら溜息をついた。
「お休みになられては?」
「バカ。俺は追跡のメンバーじゃないから休む必要は無い。」
アレックスは断言したが、門の内側から歩いてきた人物を見て苦い顔をした。
「だから、追跡のメンバーは休むべきだと言っている。」
溜息をついてアレックスは言った。
「よお。次期団長。」
出てきたのはサンズだった。
「だから、お前は休めよ。」
アレックスは呆れたようにサンズに言った。
「俺は休んだ。というよりは休めないな。どうも目が冴えて仕方ない。休んでいるのはアランぐらいだ。マルコムとミヤビはずっと訓練場にいる。団長とヒロキさんはどうだった?」
サンズはどうやらマルコムとミヤビにそうとう参っているようだ。
「ああ。団長は団長でなくなるのが嬉しいようだった。」
アレックスはジンが嬉しそうにしていたのを思い出して少し微笑ましく思っていた。
「そうか。あの人は強すぎたからな。俺たちは数少ない前団長を知っている年齢層だけど、前団長も今の俺らでも及ばない実力者だった。それを破ったなら問答無用だった。王族からの押しもすごかったらしいからな。」
サンズは少し同情するように言った。
「団長がお宝様の子供であったのは初耳だった。」
アレックスは他の騎士たちの様子を見て、状況の変化はしばらく見込めないと判断したのか歩きだした。
「俺もだ。たぶん王族の中でもわずかしか知らないんだろうな。」
サンズも歩き出した。
二人は王都の塀周りを巡回するように歩いていた。
「そうだ。副団長にはお前を置きたい。」
アレックスは思い出したように言った。
「俺は構わないけど、やっぱりヒロキさんは団長と一緒に退くのか?」
サンズは首を傾げていた。
「ああ。そうらしい。俺は衝撃の真実を知ったが、ヒロキさんは団長が無理やり副団長にしたらしいんだ。」
アレックスは残念そうに言った。
「意外だな。あの人は俺や先輩よりも強いよな?」
サンズはやはり首を傾げていた。
「ああ。だが、あの二人はもう騎士団から外れると考えてもらっていい。」
アレックスはやはり残念そうだった。
「そうか。それよりも、気になっていた二人の会話って聞けたか?」
サンズは以前から気にしていたジンとヒロキの会話のことを訊いた。
その瞬間アレックスの顔が曇った。
「やっぱり悪口なのか?」
サンズは疑うように見た。
「…俺たちが思っている以上に仲が良くて驚いたというよりは少し引いたけど…」
アレックスは更に表情を曇らせた。
「どうした?」
「…団長がヒロキさんにすごく依存していることがわかった。…それが、何か少し危うい気がして、…嫌な予感がする。」
言いながらもアレックスは自分でもよくわかっていないようで首を傾げていた。
「危うい…?嫌な予感…?」
「ああ。まあ、俺もよくわからん。」
アレックスは首を振って振り払うように言ったが、まだ表情は晴れなかった。
皇国との国境付近にある騎士団詰め所では、リランが数人の旅人から話を聞いていた。
どうやら何かの目撃情報が入ったようだ。
「それは間違いないんですね。」
リランは昨日の豪華な鎧からは変わって、普段の騎士団の鎧を身に纏っていた。
リランの問いに旅人たちは頷いた。
「ああ。見かけない三人組が皇国に向かうのを見た。」
旅人たちはしっかりと頷いていた。
「いつ頃です?」
リランは多少威圧的に訊いた。
旅人たちは少し驚いた様子を見せたが、お互いが顔を見合わせて頷き合った。
「さっきですよ。ここに来る途中で…」
旅人は外を指さした。
「ありがとうございます。」
リランは立ち上がり駆け出した。
「あ、リラン様!!」
騎士たちは、詰め所から飛び出したリランを慌てて追いかけた。
「その人たちに更に裏付けを取ってくれ。俺は直ぐに行く。」
リランは用意されていた馬に駆け寄った。
が、何か思いついたのか、騎士たちの方に戻って行った。
「…国境の貴族、ブロック伯爵に連絡を取ってくれ。」
リランが言った言葉に騎士たちは少し震えあがった。
「精鋭部隊のマルコムの実家だ。きっと聞いてくれる。事情を説明しておいてくれ。」
リランは騎士たちの様子に気付きながら気に留めないようにしてまた、馬に向かった。
きっと後でマルコムに怒られるだろう
といつもは思うのだが、今は不思議とそんなことが考えられなかった。
訓練された馬のようで、リランが乗ってもすぐに動いてくれた。
「皇国の領地に入られたら、手が出せなくなる。」
リランは馬を走らせながら呟いた。
ふとリランの頭には、目的を達成できなかった暗殺者がなにもせずにただ逃げるだけなのか?
とよぎった。
だが、先ほども呟いた通り、皇国の領地に入られてしまうと手出しができなくなる。
「…俺は、追えばいいんだ。」
リランは深く考えずに馬を走らせるほうを選んだ。
赦せない
ミヤビはがむしゃらに剣を振っていた。
手が痛かろうが、何かを攻撃をし続けないと彼女は落ち着かなかった。
騎士団での女性は辛い立場だ。
やれ恋愛をするために来ただの言われた。
そういう風に言う輩は言うほど強くない。
それに、彼女自身も沢山の騎士たちに言い寄られた。
恋愛するために来たのはどっちだか
その度ミヤビは内心笑った。
ただ、彼等の言うことは半ば当たっていたのかもしれない。
ミヤビは事実ライガに惹かれていた。
彼の傍にいるのは自分であり、自分が選ばれると思っていた。
だからだろうか、選ばれなかった悲しさと悔しさ。
仲間を裏切ったという事実よりもそっちの方が先に来る。
全てまとめて、ミヤビが吐き出す言葉は、ただ一つだった。
「…赦せない。」
「むちゃくちゃだね。」
あざ笑うような声がかけられた。
ミヤビは舌打ちをして声の主を見た。
ミヤビよりもひどい表情をしているその人物は、鎧を脱ぎ捨て、普段は隠している肉体を露わにしていた。
いや、鎧は脱ぎ捨てたのではなかった。
式典用の豪華な鎧は彼の鍛錬に耐えられず壊れた。
ミヤビと同様攻撃する時間が惜しく、脱ぎ捨ててそのままにしただけだ。
「俺は疲れて、やっと休みたいと思ったよ。」
酷い表情なのに彼は努めて穏やかに笑おうとしていた。
「服着れば?あと、臭そう。」
ミヤビは彼の様子を見て冷たく言った。
「俺は懸命に平静でいようとしているのに、ミヤビは荒れたままなんて、子供だね。」
いつもの表情でいようと必死な彼は、またさらにひどい顔をした。
「隠せていないわよ。マルコム。」
ミヤビは自分よりも暴力的になっているマルコムを見て、皮肉なことに落ち着き始めていた。
「僕が殺すから。」
マルコムは笑顔で言った。
「私が殺す。」
ミヤビは断定的なマルコムの口調に少し苛立った。
「いや、君には無理だよ。」
マルコムは呆れたように笑った。だが、その顔はひどかった。
「なんで?」
「ライガを殺せるの?…気持ちも剣も彼に負けている君が?」
マルコムは嘲笑うように言った。
「あんただって、剣は怪しいでしょ。」
「俺…槍だよ。」
マルコムは変わらずひどい顔だった。
ライガ:
主人公。帝国騎士団の精鋭部隊に所属する。小さいころからミラを守る立場にいた。短い栗色の髪をした茶色の目をした青年。ミラと想い合っており、彼女が絡むことには若干頭に血が上りやすい。ミラと逃げる。彼女に求婚し晴れて結ばれる。父が前騎士団団長で行方不明。
ミラ:
ヒロイン。「お宝様」と呼ばれ、鑑目を持つ少女。真っ黒な髪と真っ黒な目をしている。王子に嫁ぐことが決まっていた。ライガと思い合っており、彼と逃げる。晴れてライガと結ばれる。
ジン:
帝国騎士団団長。前騎士団団長であるライガの父を決闘で破り、最年少で団長に就く。精鋭部隊の隊長でもある。栗色の長い髪を束ねており、瞳の色は顔にかかる包帯のせいで分からないが、色が白く線の細い輪郭をしている。剣の腕はまさに帝国一と言われるほどであり、酒場の喧嘩も強い。王族の人間だが、王族に対して冷ややか。団長から退く決意をする。
ヒロキ:
帝国騎士団副団長。精鋭部隊の副隊長でもある。長い濃い茶色の髪で切れ長の目をしている。全体的に細長い印象のある顔の造りをしている。ジンが気を許している数少ない人物。流れるような剣術で他の騎士に比べて非力だが、目の良さと器用さがあり、確かな実力を持っている。皇国の元大臣の息子。前団長に拾われた。ジンと共に騎士団から退く決意をする。
マルコム:
精鋭部隊の一員。穏やかな青年。瞳も髪も茶色で中性的で幼い顔立ち。オールバックの髪型で、優し気な眉毛とたれ目をしている。地方貴族の出。槍使いで、顔からは想像し難いほど筋肉質で自分の力に自信を持っており誇っている。サンズに継ぐほどの力がある。ライガの裏切りに激怒し、非常に荒れている。
ミヤビ:
精鋭部隊の一員。隊の紅一点。赤みがかかった金髪で、目はグレーで中々の美人。厚みのある唇がチャームポイント。剣の腕は他の精鋭に比べると劣るが、弓の名手。ライガに何か想いがある。ライガの裏切りに激怒し、非常に荒れている。
アラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。リランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は黒。リランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。弟。
リラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。アランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は赤。アランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。式典の乱入者の追跡を任される。兄。
サンズ:
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。硬そうな短い黒髪をして目も黒く、彫が深くて眉が太く骨骨しい輪郭をしている。見た目通り力が強く、騎士団一の怪力を誇る。貴族の出。精鋭では数少ない戦場経験者。
アレックス
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。ジンの代理で全体の指揮を任され、新団長として指名される。長い金髪と緑色の瞳で顔立ちがはっきりしている。普段の生活態度とは違い、堅実で手堅い戦い方をする。サンズ同様に戦場経験者。
アシ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。大きい目と大きい鼻が特徴的な顔の造りをしている。小刀を使う。
イシュ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。彫が深く、目が細く鋭い。弓を使う。襲撃の際、ミヤビに肩を射抜かれた。
シューラ:
隣国の皇国の者。白い髪と赤い目をしている。牙のような八重歯が特徴的。長い刀を使う。襲撃時、マルコムの攻撃を受けて肩と腰の筋を痛めた。




