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遺産

唹話透は死んだ。

齢十七の短い人生だったが満足だった。

なにせ死を悲観するほど必死に生きていなかった。周りによく見られるために、自分が一番楽をするために、嘘だけを積み上げて作った砂の塔に鎮座するだけの王様。その楽園に自分を信じ群がる民衆を最後は砂の塔ごと波に流したのだ。ピエロよりも道化じみた王様にはお似合いすぎる終わりである。

(今さら悔やんでも仕方ないことだ)

少しだけ清々しさを感じている透はふと疑問を抱いた。

(死んだというのに随分しっかりと考えられるものなんだな)

死語の世界とは色々な考えとともに様々な世界が描かれていた。しかし、どれが正解かなんてわからないし、日本人なら大抵閻魔様に下を引っこ抜かれるのがおちだと考えていた透。

恐る恐る、視界を閉ざす瞼を開けてみる。

すると、目の前には金銀に光る雲の床と真っ白な壁に包まれた部屋があった。すごく窮屈に見える正方形の部屋。手を伸ばせば届きそうな壁だが、どんなに手を伸ばしても距離感は変わらない。床もしっかりと踏ん張れるのに、手で触れようとすると空を切る。

なんとも不思議な部屋だ。

「天国っていうより牢獄だな」

「あながち間違えてはないぞ」

声のいきなりの襲来に透ははね上がった。

パッと振り替えるとそこにはフリフリなレースや金銀のリボンで飾られたドレスに身を包む金髪の幼女がそこにたっていた。

その幼女は背中になんとも中二心のくすぐられるメカメカしい翼をはやし、頭にはガラスでできたティアラを被っている。

「なんじゃきょとんとして」

その容姿を見つめる透に首をかしげ、可愛らしく訪ねる幼女。透は幼女に向かって素直な気持ちを吐き出した。

「せめてお姉さん系に拷問されたかったです。チェンジで」

無言で殴られた。

やはり壁は透を受け止めてはくれず、見た目からは考えられないパワーで透は何メートルも転がっていった。

「ぷぎゃ~」

「親子揃って失礼な」

「ん」

ぷんすかぷんすかと時代錯誤な効果音を出しながら怒る幼女からありえもしない言葉が聞こえた。

「おい、コスロリ」

「コスロリとはなんじゃ」

「コスプレしてるロリ。んなことどうでもいいんだよ。お前、親父を知っているのか」

「ふん、失礼なガキに教える義理はない」

答えなんてものは透にはどうでもよかった。感覚もつかめない雲の床に崩れ落ちる透。彼は涙を流しながら叫んだ。

「親父がロリコンだったなんて」

「なっ⁉」

顔を真っ赤にして怒ろうとした幼女だったが、心のそこから悲しんでいる透に怒りを通りすぎて呆れのため息を吐く。

「親が親なら子も子だな。お前の親父、健介もお前のように騒がしかった」

幼女はこほんと一つ咳払いをし、改めて透の前に立つ。

「我が名はアスカ。お前の父、健介と契約した女神だ」

「って設定なのか」

透は再度殴り飛ばされた。

「黙って聞け愚民。お前の父健介との契約により、お前を異世界に転生させてやろう」

「はぁ?」

あの世に来てもどうやら頭のネジが緩んだ使いはいるらしいと透は眉間にシワを寄せる。内心わかっていたが、地獄行きの電車に乗ったらしい。この意味のない文言を永遠と聞かされるのは確かに苦痛に違いないと自分のこれからへの不満がため息となってこぼれていく。そんな透の姿を呆れたように見下ろすアスカはありもしない胸の谷間から一枚の封筒をとりだす。

「それをやっていいのは巨乳のお姉さんだけぞ」

「なんだ、死んだというのに死にたいらしいのお前」

プルプルと震えるアスカににっかりと笑いかける透。アスカはすこし怪訝そうな表情をつくるが、話をもどした。

「お前の父親からお前へだ」

アスカから封筒を受けとる透。少し掲げて表裏を見てみる。罠が無いかの確認。別にアスカを疑っているわけではないが、透の性分でやってしまう。

端々が削れ、日に焼けた部分が年期を感じさせる。裏面には健介のものと思わせるサインが。

「おい、コスロリ」

「その不敬な呼び方をやめるのじゃ。アスカ様と呼べ」

「んなのどうでもいい。親父は死んだのか」

アスカはこたえず、顎先で封筒を指す。

透の父親、唹話健介(よばなしけんすけ)は考古学者という肩書きを持った冒険家だった。出した論文のほとんどが旅行日記のようなもので、学者らしさなんてものは持ち合わせていなかった。そんな感じが常時運転だったのに子一人が難なく育つまでの資金を調達できるだけ評価されていたのだ。幸運に愛されていたのだろう。

そんな健介だったが、幸運に嫉妬した不幸が鎌を首にかけた。七年前。父親の健介から連絡が途絶えた。健介の詳細が解らなくなって一年消息不明なんてことはよくあった。なので、透はあまり心配をしていなかった。

それから二年が過ぎ、流石に連絡のとれない健介にむかっ腹を立てていた透の元に一人の男が訪れた。

ジェームズ・クランプトン。

健介とよく遺跡をまわっていた冒険仲間だ。英語なのかはたまた違う国の言語なのか幼かった透にはよくわからなかった。しかし、彼は悲しそうにこちらを見つめ、透の頭を優しく撫でた。彼の握っていた健介が愛用していた懐中時計を見て、透は察した。

(なるほど。それは連絡はとれないな)

透は自分でも驚くほど落ち着いていた。

そこから健介の知り合いをあたり、ジェームズの話を聞いてもらい、調査に出ていた遺跡で原因不明の事故が起こり、健介が生き埋めになったらしい。二年間、調査隊の必死な検索も実らず、死体も見つからずに健介は死亡扱いにされた。透は実感もつかめずに空気が横たわる棺桶を火にくべた。

幸いなことに、健介が残した貯金と自身にかけていた保険金、保証人として名前を貸してくれたジェームズのおかげで透は高校まで不自由なく生活ができた。ジェームズは一緒に外国で生活をしようと言ってくれたが透はたった十年弱だが、自分の家に愛着を持っていたし、それにひょいっと何の気なしに健介が顔を出すのではないかと思っていた。とても自由で大人とも思えない父親だったが、透が信じられる数少ない人だった。

手にあるボロボロの手紙。それがその幽かな希望の切り札を、絶望に変えようとしていた。

「はよするのじゃ」

アスカに煽られ、ごくりと喉をならし封を切る。

『透へ

先に言っておこう。

俺に幼女嗜好はないぞ。たまたま引き当てたのが幼女だってだけだ。

多分、この手紙をお前を読んでるってことはお前が死んだって事だろう。

十年後か、二十年後か、もしかして俺より年寄りか?

孫はできたか?結婚できたか?そもそも彼女はできたか?


人を愛せるようになったか


透は視線を便箋から外す。酷いめまいと吐き気が透を襲った。目の前にスクリーンに映し出されたかのように蘇る記憶たち。目を閉じてもそれは消えることなく、透を笑うかのように何度も何度も繰り返された。

「目をそらすな」

アスカがそう言うと、見えない何かに引っ張られ、手紙に視線を戻される。

『お前は悔いているのか。それとも嘆いているのか。なら、父さんがもう一度、チャンスをやる。

もう一回、人生を謳歌してみろ。

そこで失敗も後悔も嫌だってほどするだろう。何せ俺らは世界でもっとも愚かで賢明な人間なんだから。

それでも最後は笑って死んでみろ。

そのチャンスが父さんが残せる最初で最後の贈り物だ』


文章はそこで終わっていた。

じわじわと滲む視界。胸の奥から熱いものがこみあげてくる。

嗚咽をもらしながら、透は手紙をくしゃくしゃなることなど厭わずに抱き締めた。

それから数分。透は小さな感謝をこぼしながら手紙を抱きしめた。

「父との別れは満足したか」

透が顔をあげるとアスカが下らないと言わんがばかしの表情で透を見下ろしていた。

「そこにかいてある通り、このわしがもう一度人生を与えてやろう」

どや顔でそう叫ぶアスカ。透はいたたまれない者を見る目で優しく微笑んだ。

「なんじゃなんじゃその目は!この最強最高の女神アスカ様にかかればそんなことお茶の子さいさいなんだぞ」

透はついてもいない砂ぼこりをズボンから払いながら立ち上がる。

「んで」

「ん?」

「人生をくれるっていってもなにしてくれんだよ。最強の魔法が使えるとか、あり得ない能力を持たせて違う世界に転生でもしてくれんの」

「はっ」

透の言葉にアスカは嘲笑を浮かべふんぞり返る。高圧的な態度に出たかったのだろう。しかし、身長差のせいで頑張って見上げてる子供のようなポージングに。そのことに気づく様子もなく、話続ける。

「アニメの見すぎじゃ。現代っ子かお主は」

「そうですよ」

「人の才能というのは魂の両に比例する。寿命などの命という話ではなく、単純にその者の根本の輝きという意味でな。神であろうとその輝きを変えようとすれば無理が生じる。異世界に転生すれば最強のヒーローになれるなんてものは夢物語じゃ」

アスカがパチンと指を鳴らすとどこからともなく宙を浮かぶホワイトボードが現れた。

「例えるならこうじゃな。魂の両をコップに例えよう。そこに入れられる水の両がお主らがよく言う才能と言うものだ。そこに一杯積ませたいからといって氷を山のように積めたとしよう。一時はそれで天才と呼ばれるものなれるかもしれない。しかし、その氷もとけ水は魂をこえて溢れる。その水は必ず世界を壊す毒となるだろう」

アスカの言葉にあわせてペンがかわいらしい絵をすらすらと描いていく。

どうじゃとさらにふんぞり返るアスカ。呆れた顔で乾いた拍手を送る透。それに満足したのか嬉しそうに笑うアスカに透は挙手をする。

「女神さま質問」

「なんじゃ。全知全能のわしが答えてやろう」

「じゃあ、俺に何をしてくれんの」

「お前はバカか」

心のそこから素直に出た言葉だろう。今のいままでにそんな話はなかったと記憶してる透にはその反応こそわからない。アスカは呆れたように手を肩まで上げ、わざとらしくため息を吐き出す。

「最初に言ったじゃろ。もう一度人生を歩む機会をやる」

「というと、俺はなにも変わらず異世界にいくだけと?」

「そうじゃ」

(え?なにこの自称女神。マジ使えねぇ)

透はあきれ果てた。いくら尊敬する父からの贈り物でも案内役がすこしぞんざいすぎないだろうか。期待はずれにもほどがある。透はそんな気持ちをため息として吐き出した。

そんな態度が気にくわないのかアスカは無言で透の脛を蹴る。

「・・・」

「地味に痛いっすよ、女神」

「様をつけろ無礼者。転生なんぞそうそうできないんだぞ。わしも健介との契約がなきゃこんな面倒なことしないわ」

「感謝してます。感謝してますから泣き所を的確に絶妙な力加減で蹴るのマジやめて」

アスカはふんと鼻を鳴らし、透から離れ雲の床に手を突っ込む。そして、なにかを探るように何回か腕を回し床から一つの巻物を引っこ抜いた。

「さて、おぬしを転生させるわけじゃが、おぬしにはやってもらうことがある」

「断る」

「まだ、なにもいっておらんじゃろ。これだから最近の若いもんは」

「ロリがなにを言いなさる」

「黙れ。・・・ごほん。話を戻すぞ。転生先でわしを見つけろ」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味じゃ。わしの封印は健介が解いてくれた。だが、この箱を抜けるには世界に散らばったわしの力を回収する必要がある」

「その力を集めろと」

「そういうことじゃ。父親同様、探検をしてくれればいいというだけじゃ」

(ここで拒否ってもすねられても仕方ない)

透は心でそう理由付けて自分を納得させた。父親のように冒険する。その言葉にひかれたが、それを自分で認めるのは恥ずかしく、自分にたいしての言い訳である。

「了解。でも、期待はすんなよ」

「もとからそのつもりよ。そんな気負わなんだ」

くくっとなにか含みのある笑いをこぼすアスカ。不安が背後をはしり、透はその原因の確認をとろうとしたときには遅かった。

「楽しめ。新たな命を」

雲の床が抜け、透は超高度の空に投げ出された。

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