ディミヌ「カナタは、そろそろ強くなったかな……?」
試練を終えた俺たちは、この一年間住処にしていた洞穴の中でこれからのことを、考えていた。
「これからどうすっか、って話なんだが……どうしたい!」
「どうしたいって、言われても」
「やっぱり、ほかの英雄のとこに弟子入りに行っちゃうの……?」
「やっぱ、そうするべきなのかな」
俺は、一年間一緒にいたこともあり、この二人と過ごす時間が気に入っていた。
役目を考えれば、一刻も早くほかの英雄のところに行くべきなのだろうけど、この二人ともっと一緒にいたいという思いもある。
「まあ、そうだな。小僧には、早く強くなってもらわないと。いざって時に、使い物になりませんでしたじゃ、話にならねえからな」
「だよな……」
「えっと、嬢ちゃん、こっから一番近いところにいる英雄は誰で、どのくらいだ」
「えっと……」
リーリアは、ステータス画面を表示し、英雄たちの居場所を調べる。
「ここからだと、一番近いのが……ディミヌさんと、アクセラさんです。割と近くにいますね、西の方に歩いて行ったら一ヶ月くらいかな?」
「ふむ……二番目は」
「コクランさんと、ギリシャさんです。こちらも、西の方ですけど、距離は……とっても遠いです。魔法とか、特殊な移動手段を使わないと、どれだけかかるか分かりません」
「なるほどな、じゃあ、なんにせよ、西に向かって進むか。一ヶ月くらいの旅になるな。あと一ヶ月、仲良くしようぜ小僧」
「付いてきてくれるのか?」
「当たり前だろ、道中で死なれちゃたまらねえからな!」
「そうですよ!まったく!カナタさんにはまだまだ、私たちが必要なんです!」
「……ありがとう」
よかった、一ヶ月はまだ、この二人と一緒に居られるようだ。
「じゃあ、とりあえず、明日は近場の街に行くか。旅の支度と、情報収集をかねてな」
「街か、そういえば、俺初めて行くな」
「あー、そういえばそうですね。私とマキシムさんが交代で買い出しなどには行ってましたからね」
そう、俺はこの一年間、街などの異世界に触れることを許されなかったのだ。
マキシムにその理由を聞くと、お前は余計なこと考えてないで修行に集中してろ、と言われた。
お金などは、適当に魔物を買って稼いでいたらしい。
もちろん俺は、魔物とも戦っていない。
理由は、聞かせてもらってない。
「なんか、便利な移動手段でも見つかりゃいいけどな」
「そうですね。私たち、ずっと修行してて、この世界の文化なんてほとんど知りませんからね」
「敵の神の使いとか、魔王とか、どうなってるのかな……」
「さあな、街を歩いてくるくらいじゃ、最近魔物の動きが活発だーくらいしか、話を聞かねえからな。そこらへんも、明日、調べるべ」
そこまで言うと、マキシムは、横になった。
「じゃ、おやすみ。また明日な」
目を閉じると、その瞬間マキシムは眠りに落ちる。
眠るのも修行のうちだと、言っていた。
眠ろうと思えば眠れて、起きようと思えば起きれるらしい。
自分の身体を十全に操れている証拠だ。
「ねえ、カナタさん」
リーリアも、コロンと寝転びながら話しかけてくる。
「今日で修行は終わりました」
「ああ」
「明日からは、私たちもカナタさんのことを弟子としてではなく、ちゃんと、戦士として扱います」
「ああ」
「もちろん、魔物が出たら戦ってもらいますし、悪と対峙したらそれを切ってもらいます」
「ああ」
「カナタさんには……」
そこで、リーリアは懐かしむような顔をして告げる。
「命を奪う覚悟は、ありますか?」
「…………」
命を奪う。
ああ、そっか、だから、魔物と戦わせてくれなかったのか。
俺は、普通の高校生だった。
動物も殺したことがない。
ましてや、人なんてもってのほかだ。
現世では、それが普通でよかった。
でも、ここでは、違う。
魔物を殺して金を稼がなければいけない。
必要とあらば、人も切らなければいけない。
命を奪う覚悟、それが、俺にあるのだろうか。
「昔の話です。私は、魔法で簡単に魔物だって殺せちゃうから、命を奪ってるっていう自覚が薄いままで、いっぱいの魔物を殺めてきたんです。自分の手を血に染めることなく、遠くからドーンって」
リーリアの音が、ゆっくりと、体の中に響く。
「でも、ある時。一緒に戦っていた仲間が殺されてしまいました。そのとき、相手が言ったんです」
「『オトウトノカタキ!』と」
「その瞬間は、私は仲間が殺されたことで頭がいっぱいで、とっさに、魔法を発動して、そいつを虫の息にしました」
「そして、私も仲間の仇とばかりに、仲間の使っていた剣でとどめを刺そうとしました」
「しかし、そのとき、その魔物は、ゴメンナ、ゴメンナと言いながら涙を流していたんです」
リーリアは、なんともいえない表情で話をしていた。
「そのとき、先ほどの発言も思い出して、私、気づいてしまったんです」
「この魔物にも、家族がいて、この魔物にも、死を恐れる心がある。彼らも、生きているのだ、と」
「そうしたら、とても、剣なんて振り下ろせませんでした。私、どうしていいかわからなくなったんです」
「やがて、その魔物はとどめを刺されることなく、ゆっくりと生き絶えました」
「それから、しばらくは戦うことが怖くなりました。でも、戦わなければならなかった。それが、私の使命だから」
「今でも、時々考えますよ。これが正しいことなのかどうか」
「でも、私はちゃんと、命を奪うことを自覚した上で、彼らを殺しています。それが生きていくためになるし、誰かのためになるから」
途中から、フードを深くかぶって顔はよくみえなくなった。
「長くなっちゃいましたね。でも、カナタさんにも、考えて欲しかったから。えっと、おやすみなさい、また明日」
そう言って、リーリアは眠りについた。
「命を奪う、覚悟」
お遊び気分じゃいられないことは、一年間の修行の中で自覚した。
戦いは、そんな甘いものじゃない。
チートスキルだー、などと、浮かれている余裕なんてない。
そんな真剣さを、この二人の英雄と過ごすうちに、自覚した。
しかし、だからこそ、重くのしかかる問い。
命を奪えるのか。
世界のために戦うこと。
それが、俺にとっての、命を奪う理由になるのかどうか。