文字の遊園地
一、観覧車に閉じ込められた話を聞かされた話
ポツリポツリと降り出した夕立。地面は濡れて側溝に色気のないせせらぎ。どうせ流れるならば熱も共に流れてしまえば良いものを、日暮れになっても暑さの消える気配はなし。汗だか雨だかで濡れたワイシャツが肌に貼りついて気持ち悪い。
駅までは歩ける距離。けれども雨宿りをしたのはバス停、そのままバスを待つことにする。夕立はしばらく止みそうにない。
雫を避けて屋根の下、長いベンチの端に中折帽を被る老齢の男、ぼんやりとしている。その視線の先には観覧車のシルエット。遊園地ですよ。
「はい?」
誰かに声を掛けられた気がして、そう聞き返す。
「遊園地ですよ」
それは男の声。まあ、隣に座りなさい。
言われた通り男の横に座る。すると男が語り出す。
「さて、話を始めましょうか……」
三点リーダが二つ並び、少しく間が空いたという演出。
あそこにね、観覧車が見えるでしょう? 廃園になった遊園地なのですよ。いいえ、つい先程までは開いていたのですが、今この瞬間に廃園になりました。
要領を得ない設定。
首を傾げて男の顔を覗き込む。その顔は雨に濡れてドロリドロリ。それでも歪んだ口元はなおも話を続ける。
「廃園になった遊園地に様子を見に行きますと、観覧車から声がしたのです。『出して……』と。どうやら観覧車の中に人が閉じ込められているようでした」
「それは大変じゃないですか。助けてあげないと」
「ええ。私もそう思ったのですが、果たして閉じ込められているのは観覧車の中の人なのか私なのかが分からなくなりましてね。便宜上、観覧車の『中』の人と表しはしましたが、もしかすれば内側はこちらかも知れない」
この男は何を言っているのだろう。声がした観覧車の中、そちらが内側に決まっている。こちら側の広々とした空間が内側の訳がない。
そんなことを考えていると、男が小さく頷く。
「こちら側は広いですか? あなたは物語が始まってから、ずっとバス停にいるではないですか。私達はね、閉じ込められているに等しい」
「なぜ考えていることが分かっ……」
「上に書いてあるからです。仮にここに書かれていることを読んでいる人物が観覧車の中にいるとしたら、内側はこちらで、外側は観覧車の中です」
「あんたは何者?」
私はね、ウサギですよ。異界への案内人にはウサギが相応しい。
「どう見てもあんたはウサギじゃない」
はて、そうでしょうか? ならば私が今から述べることを頭の中で復唱してみると良い。『すると、男の顔はウサギに変化した。』と。
男の言う通りにする。
すると、男の顔はウサギに変化した。
ウサギ面の男は立ち上がり、両腕を広げて大声を発する。
「さあ、話をはじめましょうか」
気が付くと、真白な空間に放り出されている。
そこに『謎の人影』が現れる。
二、美女との会話
△:「わたしは美女です」
▼:「自分で言うかい?」
△:「ここには描写がないもの。言わないと美女かどうか分からないわ」
▼:「ここ?」
△:「ここはサービスの章。望むまま、わたしに何をしても良いのよ」
▼:「残念だが私の性別は明らかになっていない。美女で喜ぶだろうか」
△:「あなたは男性を想定して描かれているわ。冒頭で肌に貼りついたのはワイシャツでしょ? 女だったらブラウスか長い髪が肌に貼りついているもの」
▼:「私は男だったのか」
△:「さあ、あなたの望むまま物語を紡いで。ここは本編とは違う時間軸、そして今のところ場所も設定されていない。好きにしても良いのよ」
▼:「ホラーでも良いのかな?」
△:「勘違いしないで。ここで言う『あなた』とは、あなたではなくて、この文章を読んでいる『あなた』よ。さあ、灯りを消すわね」
暗転
三、表のミラーハウス
この画面に叩きつけられる景色は、
欲望や妄想を映したものだ。
現在、脳内は真白。
なるほど、故に真白な世界か。
では花を添えてみて欲しい。
花。花。花。花。花。花。
華やかな舞台は整ったようだね。
それでは物語を進めよう。
未だ『謎の人影』は姿を定めていない。
くれぐれも『殺人鬼が現れた』なんてことは
考えないでくれ給え。
四、美女との会話
△:「調子はどう?」
▼:「また君か。話が進まないよ」
△:「読者サービスは大事よ」
▼:「そうは言うけれど、肝心の部分は描かれないんだろう?」
△:「あなたは気付いていないかも知れないけど、わたし、服を着ていないの」
▼:「言われてみれば全裸だ。しかし、私が『素敵な服だね』とでも言えば、服を着ていることになる」
△:「言わなければ良いのよ。描かなければみんな全裸よ」
▼:「それはつまり、小説において服装の描写がない人物は全裸ってことかい?」
△:「そうよ」
▼:「世の中はサービスで溢れていたんだな」
五、文字の遊園地
殺人鬼が現れた。
それは幼い少女。フリルドレスにクルリと巻かれたツインテール。いかにも少女然とした姿。風船でも持たせておこう。
「助けてくれ!」
叫ぶが、口角を引き上げて襲い掛かってくる少女。勢い良く振り上げられた右手の凶器、街灯の光を反射してヌラヌラと輝く。
もう駄目だ。そう思うのはお約束。思った直後に攻撃をされるのもお約束。振り下ろされる右手の凶器、激しく身体を打つ。ただしそれは風船。
「風船では殺せないわ」
「顔に押し付けて窒息というのはどうだろう」
「絵的に地味ね。それに、なんでわたしが殺人鬼?」
「そう言われても困るよ」
腕を組んで辺りを見回す。ここは廃園になった遊園地。といっても、用意されているアトラクションは今のところ観覧車のみ。せっかくならば舞台を活かした死に方が望ましいだろう。観覧車ならば落下して死亡か。
「それか、観覧車の中に閉じ込められて餓死かしら」
「それこそ地味だ」
「もっと激しいアトラクションを選べば良かったのよ」
協議の末、ジェットコースターを作ることにする。
廃園になった遊園地に様子を見に行きますと、ボロボロのジェットコースターがあったのです。どうやら、廃園の原因はそのジェットコースターらしいですよ。かつて無残な事故があったとか……
そんな話を老齢の男に聞かされたという設定。
薄気味の悪い少女は微笑を浮かべて近付いてくる。足は動いていないが、まるで風船のようにフワリ浮かんで移動をしている様子。全力で逃げようと、すぐさま追いつかれ、やがて辿り着いたのはジェットコースター。これに乗れば彼女を振り切ることも出来るのではないかと考える。すると、ギギギと音がしてジェットコースターの安全バーが上がる。席に着けということだろう。
聞いた話によれば、ここではかつて事故があったとのこと。嫌な予感はするものの背後には殺人鬼、一か八か乗ってみるか。
発車ベルが鳴り、動き出すジェットコースター=3
六、裏のミラーハウス
七、美女との会話
▼:「どうやら私は死んでしまったようだ」
△:「あら、じゃあここは回想シーンってことになるのね」
▼:「ところでこの小説は一人称? 三人称?」
△:「そんなことどうでも良いでしょう?」
▼:「大事なことさ。ここは読者サービスの章。つまり、これから気持ちの良いことをするんだろう? だったら一人称のほうが感度が良さそうだ」
△:「作者は二人称小説を書こうとして、すぐに断念したそうよ」
▼:「おい、それは言ってはいけない」
△:「そう思うなら喋れないように唇を唇で塞いで」
▼:「人目が多いな」
△:「観覧車に乗って、その中でならどう?」
▼:「残念。観覧車は消してしまったんだ」
△:「それならお預けね」
▼:「こんなことなら観覧車で餓死しておけば良かったよ。やり直そうかな」
△:「そして、『出して……』って言うの?」
▼:「ああ。そして、その声を聞いた誰かの物語を、誰かが描くんだよ」
△:「その声が実は色欲に負けた男の声だなんて思いもしないでしょうね」
▼:「全てコントに早変わりさ。ああ、また雨が降ってきた……」
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文字の遊園地 了