物語裏方事情〜モブの日常〜
時は現代。舞台は東京。
そこには、女の子と入れ替わったり、常にけだるげに行動している訳でもない、ごく普通の男子高校生がいた。
もちろん、やれやれだぜ、だのと言いながら吸血鬼を倒すハードボイルドな男でもなければ、バスケで活躍する影の薄い幻のなんちゃらでもない。
言葉の通り、普通の高校生である。しかし、彼の周りを取り巻く環境は少し変わっている。
そんな彼の日常の一部を紹介しよう。
◇◆◇
―――ピッ、ピピッ! ピピッ! ピピピッ! ピピピッ! ピピピピピピピピピ!
ガシャン!!
「五月蝿い……。後五分寝よ」
彼は朝に弱い。既にこの作業を五回近く繰り返している。
すぐに起きなければ、間違いなく学校に遅刻するであろう時間にまだ寝続けようとする彼の図太さに一種の驚嘆すら感じるは気のせいだろう。
そんな彼を遅刻から守っているのは、両親ではなく一つ下の妹。
「お兄ちゃん。起きて」
そんな優しく起こされた記憶は彼の中に一度たりとも存在しない。
「起きろー!(ドゴンッッ!)」
「へぶっ! なんだ!?」
某ギャグアニメのウサギのぬいぐるみを殴りつける女の子も青ざめるであろう威力と勢いで彼の腹の辺りを殴りつけた。
なんとも言いがたい刺激的な朝を迎えた彼は、寝ぼけた頭を使い状況を確認した。
「……妹よ。次からはもう少し優しく起こしてくれ。俺の体がもたん」
「え? やだよ。一回で起きないもん。こっちの方が確実だし、ストレス発散にもなってちょうどいいし」
「前半はともかく、後半は聞き捨てなら無いぞ。ストレスなら違うところに吐き出してくれ。大体なんで朝からストレスがたまってるんだよ。俺じゃなくて父さんにでもぶつけてこいよ」
「年頃の女の子の前で吐き出すとか言うのやめてよ汚い」
「都合の悪いところは無視すんですかああそうですか」
「それでお兄ちゃん時間もう無いけど、そんなに余裕ぶっこいてていいの?」
「言葉遣いはどうした……。まて妹よ、今何時何分だ?」
「八時十五分」
「ギリギリじゃねーか!」
「ふぁいとー。先に行ってるからね」
(あと十五分で校門をくぐってなきゃならんのに……! 時間が足りん!)
高校まで、全力で走っても十分はかかる距離に位置するため、準備をして家を出るまでの猶予はほぼ無い。
(飯は諦める! トイレは……行かなくても死にゃあしないしこれもなし。顔洗って歯を磨けば後はもう良いや。財布だけは忘れないようにしよう。昼飯まで抜きになったら泣ける)
以上の思考時間、僅か0・五秒。大してない脳をフル回転させながらYシャツの裾に腕を通した。
◇◆◇
三秒の差で何とか校門をくぐり、遅刻を回避した彼は息を整えながら教室に入った。
「遅かったじゃん。寝坊か?」
「まあな。妹に起されたんだが、時間がギリギリ過ぎてマジびびったわ」
「ご愁傷様。ま、自力で起きないのが悪い。自業自得だ」
「んなこと分かっとるちゅうねん。あー、朝から背中が汗で気持ち悪いとか最悪だ」
「はいはい。お疲れさん」
―――ガラガラガラ
「お前らー、席に着けー。今日は転入生を紹介するからなー」
担任の言葉でクラス内が一瞬だけシンと静かになった。一同は黙って自分の席に向かい、背筋を伸ばして転入生の紹介を待つ。むしろ担任早く紹介しやがれと言わんばかりの目線を送っているのはご愛嬌。
「先生そんな熱い視線送られても困るからやめれー。それじゃあ。入って来いー」
―――ガラガラガラ
教室に入ってきたのは、アイドルと言われても信じるような女の子だった。
「自己紹介よろしくー」
「はいっ。君島藍華です。前の学校ではバドミントン部に所属してました。二年生の途中という中途半端な時期での転校で、皆と過ごす時間は少ないですけれど、皆と仲良くなりたいです。これから宜しくお願いしますっ」
盛大な拍手が沸き起こる。
一礼をして、クラス内を見渡していると、一点を見て動きが止まった。ちょうど今朝遅刻しかけた彼の方を向いて……。
「あー! あんたは今朝の!」
教室内がザワつく。アニメのような展開を作ったのは誰だ。
「やっぱりあん時の食パン女!」
隣の奴のようだ。
「知り合いかー。仲良くしろよー。んで、君島の席だが……空いてる席に座ってくれ」
少女は担任の言う通りに空いてる席に座った。……アニメ展開野郎と反対側の隣に。
「(……絶対に許さないからっ!)」
「(……知るか! だいたい曲がり角で食パンくわえながら走ってくる女がいるとは誰も思わないだろうが!)」
(実際に見たわけじゃねーのに、なぜが鮮明にイメージ出来るわぁ。このイメージ多分あってんだろうな……。なにこれラブコメでも始まんの? つーか、俺を挟んで小声で口喧嘩すんのやめろ! 全部聞こえてんだよ! 気まずいだろうがっ)
担任がいなくなった途端に、更なる不幸が降ってきた。
君島とその友人(?)である友人、中田たちに対する質問タイムが始まったため、急激に彼の周りの人口密度が上がったのだ。
「どこから来たの?」
「中田君とはどういう関係?」
「髪綺麗だねー。手入れとかどうしてるの?」
君島に対する質問はテンプレなものばかりだ。
一方、中田の方はというと……。
「中田……貴様、我等の誓いを破ったな!」
「裏切り者には死を!」
『死を!』
「鉄槌を!」
『鉄槌を!』
どこぞのFクラスのような状態になっていた。
普通レベルにうらやんだり、妬んだりしない代わりに、気持ちの篭ったお呪いの言葉が送られる。
「さらば!」
今までに何人もの被害者を見てきた中田は、すぐさま逃亡を謀った。
「はっ、バカめ。あと一分もしない内に授業が始まる。貴様は当分我々から逃れられないと思え」
「くそ! だいたいなんで顔を知ってるだけで、殴られなきゃならねーんだよ!」
『俺達にはそれすらないんだよ!』
「お、おう……なんかすまん」
微妙な雰囲気になったまま、教科担当の教師が教室に入ってきた。
「授業始めんぞー! 席に着け!」
「先生。用事が出来ましたので早退してもよろしいでしょうか?」
「いつものか。お前も大変だな。気を付けろよ」
「はい」
(おいおい、なんでこの時間に早退すんだよ。まだ一限目始まってないぞ。てかなんだよ用事が出来たって。おかしいだろ)
思っていたとしても回りは一切違和感を感じてないようで、何事もなかったように授業が始まった。
……始まりはしたが、クラスメイトの珍行動は止まらない。
ガタン!
大きな音が教室内で響く。
「この気配……まさか!」
無断で教室を去る男子生徒がいたり、
「なんだ!? 魔方陣ってまさ……!?」
と言っていきなり消える数人の生徒がいたりとなかなかユニークな授業風景となっている。
(気配感じ取るとかお前何者だよ! てか急に立ち上がんじゃねぇ! びびったじゃねぇか! つか、人が一人消えたんだぞ! なんで皆知らん顔して授業受けてんだよ!)
―――ピカッ!
「帰って来たのか……」
「私達の戦いは終わったのね」
「久しぶりの教室だな」
「魔法は……あ、使えた」
(いろいろツッコミどころ満載だけど一つだけ言わせろ。今授業中!)
昼休み辺りにやっと登校してくる輩もいる。
制服はボロボロ、口の端から血を流し、よく見ると制服のいたるところに血が付いている。
まさしく満身創痍といった状態だが、単なる喧嘩で付くような傷ではない。
(なんでその格好で登校してきた!? せめて着替えてからこいよ!)
突っ込むところはそこじゃないだろう。
その大怪我の原因についてツッコミを入れなくなったのは、ツッコミ疲れが理由だろうか?
まだまだ不思議現象は続く。放課後になるまで彼の気苦労は絶えない。