親友の言うことにゃ
異世界に行きません
中学に入ってからの付き合いだから、もう4年。そして5年目に入ったツレの様子がおかしいのは先日から気付いていた。
「で、どうしたんだよ?」
改めて、そのツレ――結城の家に呼び出された俺は前置きもなくそう聞いた。
結城は結城で早く話しを進めたかったのだろう、その俺の唐突さに躊躇することも無く、こんな言葉を返してくれた。
「眞田、落ち着いて聞いてくれ……。この世界は俺の前世の小説の中で、そしてお前はその登場人物だ。脇だけどな」
ヤベェ、こいつ、厨二病だ。もう高二なのに。
「で、つまりお前は前世の記憶を持つ転生者です、と」
「そしてお前が小説のキャラで、直ぐに死んでしまうチョイ役だ、と」
結城と顔を突き合わせて情報を整理する。
以下、結城の話(と頭)が正しかったとしての話となるが。
この世界は小説の中の世界であるそうだ。と言っても、実はこの世界に魔法がある、得体の知れない化け物が生息している、ゾンビが発生する、等はなく。極普通の現代社会のようである。つまらん。まぁ結城の読んだ小説に出てこなかっただけで存在している可能性はあるが。
そんな世界で俺が死んでしまうような事が起こる、という事はなく。どうもその小説で異世界召喚が行われるそうなのだ。俺のクラスごと。
そして召喚された異世界にて、俺は最初期にかませ犬のようにあっさり死ぬ。ぐああああああ! 眞田ダイーンっ!!
それを今まで俺に伝えなかったのは、小説の『眞田』というキャラクターに外見の描写がなく、また書かれているのが苗字だけなので特定出来なかったこと。まぁ最初期に死ぬかませ犬の下の名前まで記載のあるのも珍しいだろうな。苗字があっただけ御の字か。
そして、何より結城が、この世界が小説の世界だと思いもよらなかった、ということだそうだ。現在、高校二年生の四月であるが、先日の始業式、そこで分かった二年のクラス分けによって見覚えのある名前が並んでいた事、そしてクラスメイトの何人かの容姿や特徴が小説に出てくるものと一致したことから気付きを得たのだそうだ。確かに銀髪やらピンクの髪、学内にファンクラブを持つヤツやら皇帝とか呼ばれてる、なんて突飛な設定?
設定は確かに小説の登場人物っぽい……少なくとも他でリアルに聞いたら指を指して笑うレベルである。なんて納得は結城に毒されているのか。聞くと連中はメインキャラだそうだ。更に納得が進む。
でもアイツらの特徴なんて一年の時から一緒じゃん? クラスでまとめて見てみないと気付かなかったですか、そうですか。
なお、結城自身は小説には出てこないそうだ。転生系の介入キャラか。二次創作でよくあるパターンだな。俺としては同じく二次創作でよくある、序盤で死ぬキャラが生き延びるパターンを希望するんだが。いやいや、いやいや。
それもこれも結城の言ってる内容が電波でない事が前提である。最近暖かくなったからねぇ……なんて母の言いそうな台詞が頭を過ぎる。
だが、結城の目は真剣だ。少なくともコイツ本人はそのトンデモも信じているようである。だからこそ深刻な異常である可能性もなくはないが。
「で、どうするんだよ……?」
最初の言葉と似たような台詞を発する。ただし対象が異なる。今度の台詞は自分に向かって、だった。こんな話を聞かされてどうしろと。
だがそれを聞いていた結城は、自分に対して聞かれたと思ったのだろう。こう返事をした。
「召喚されないように対策するのと、万一召喚されてしまった時の為の準備だろ」
いや、俺はお前が妄想を吐くようになってしまった事に対する対策と、万一深刻化してしまった時の為の逃げる準備をしたい。そんな言葉は結城の真剣な目を前に出す事が出来なかった。
それから俺は、あくまでも転生したと主張する結城から、話のタネとして生まれてから今までの軌跡を聞いたりしつつ、召喚、異世界への対策を練っていった。へー、前世の知識をひけらかさないように自重していたんですか。でも普通にお前、賢くないと思うけどなー。
どうやら異世界とやらにはこちらの世界に戻って来れるような手段はないらしく、向こうに浚われてしまうと二度と帰れないらしい。主役キャラ達も最後は異世界に定住する事になるそうだ。俺は死んでるそうだが。
召喚の時期は、どうやら二年に上がってそんなに間がないらしい。正確な日付までは分からないが、制服が冬服出会った事、まだクラスメイト達がお互いに慣れていない描写があったからの推測だそうだ。まぁ間違ってないように思うが、それって準備とやらの時間がないって事だよな?
俺はこの与太話に、どこまで付き合えばいいんだろうか。結城は可哀想なヤツである、として切ってしまってもいいのだが……万一、いや億が一に本当だった場合に、何の準備もなければ俺は死んでしまうと言われてしまうとそうも出来ない。それに俺も健全な男子高校生として異世界とかに憧れがあるので本当だったらいいなー、くらいには思っている。いや、死ぬのはごめんだが。
ちなみに俺の死因についても聞いてみたが、異世界で準備不足の状態で魔物(が居るらしい、そもそも召喚される原因は定番の魔王退治だそうな)に挑む事だった。そして主役達に異世界の厳しさと準備の大切さを知らしめる役だと。その役目は大事だよね、死ぬのが俺じゃなければ。
まぁ結城の話が確かならば4月、長くても5月(6月から夏服に移行だしな)には終わるはずなので、それまでは付き合うかー、という気持ちで一緒に準備をする。結城も、小説では召喚されなかったが(そりゃ存在すらないのだから当然だが)、同じクラスにいる以上、まとめて召喚されてしまうだろう、ということとで一緒に対策を練っている。というか結城の案に従って動いているだけなんだが。自分から案を出すほど積極的にはなれなかった……。
そして、その時が、来た。
それは数学の授業中だった。一年の時なら貴重な睡眠時間となっていた科目だが、結城の証言による数学の教師も一緒に異世界に転移していた=数学の授業中に召喚が行われた可能性が高い、という懸念から起きて受けるようにしていた。……少なくとも4月中は。起きたら異世界なんて昼寝は避けたいからな。
しかしそれでも真面目に受ける気にはなれず、教科書の隅に落書きしつつ早く終わらないかー、なんて思っていた時、それは起こった。
「な、なんだ……?」
それはクラスの誰の言葉だっただろうか、俺と結城でなかった事は確かだったが。
しかしそんな声が上がるのも当然である、教室の中が突如として光り出したのだから。そして、よく見ると床に不可思議な模様が浮かび上がってきているのが分かる。
人は、思いもよらない状況に陥った時、咄嗟に動く事なんて出来ない。多かれ少なかれパニックに陥るからだ。その手の訓練を受けていない、平和な日本に暮らしている高校生なら尚の事である。教師も一人いるが。
しかしそれは思いもよらない、想像も予想もしていなかった事象が発生した場合の事である。それが起こる事を半信半疑であれ、可能性に入れていた俺はその範疇に含まれなかった。いや、実際には1割も信じてなかったけどな。
マジかよ、なんて感想を抱きながらも身体は動いていた。このままでいると自分が死ぬ可能性がある、その思いが俺を動かしていた。幸いというか努力の結果というか、俺の席は廊下へと繋がるドアの傍を得ていた為(席替えの際に色々交渉した)に廊下に転がり出る事が出来た。しかも超高速に。我ながら信じられない思いだ。
そんな俺の様子を見た、隣の席のヤツ(残念ながらまだ名前は覚えていない)も俺に続こうとしたが、その身体は教室から出ようとしたところで弾き返された。床の模様(多分、魔法陣だろう)の輝きが大きくなり、その中に閉じ込められてしまったようである。ギリギリだった、その思いが俺の中に残る。
結城はっ!?
廊下を見渡すが、誰の姿もない。教室には扉が2つあり、俺と結城はそれぞれ別の扉から一番近い席を確保出来た為、それぞれ別に脱出出来るはずであったのだが。逃げ遅れたのかっ?
俺はもう一つの扉の前に急ぐ。隣の席のヤツのように閉じ込められているのなら、外に居る俺が引っ張ればもしかすると出られるかもしれない、なんて事までこの時考えていた訳ではない。ともかく結城の姿を確認しておきたかった。
かくして、結城は教室の中に居た。しかしそれは逃げ遅れた為ではなかった。アイツは自分の席に座ったまま、廊下に居る俺の方を見ていたからだ。
「なんで逃げない……っ!?」
中の連中は大分騒いでいるのだろう、右往左往して色々怒鳴っているような様子が見える。しかしそれが俺の耳に届く事はない。この魔法陣によって、音が遮断されているのだろう。だから俺の声もアイツに届くとは思えない。それでも俺は溢さずにはいられなかった。
そんな俺の様子を見ていた結城は、俺の言いたい事が分かったのか分かってないのか、ニヤリと笑って小さなカバンを掲げる。その中には結城(と俺も若干手伝った)が揃えた、異世界で生きる為に必要と思われる色々な物を詰め込んでいる。大きな荷物を持って授業を受ける訳にもいかないので、その中身は厳選されたものであったが。
「馬鹿が……っ!」
アイツは、結城は行くつもりなのだ、異世界に。
俺には死ぬ可能性があるからと遠ざけた癖に(そして俺もそんな場所に行くつもりはないが)、自分は往くというのか、そんな場所へ。考えもしなかった、アイツは俺と同じく逃げるのだと思っていた。カバンに詰めたあれこれは、逃げる事に失敗した時の非常用だと考えていた。まさか、結城にとってそちらがメインだったとは……っ!
今から止めようとして止められるものではない。もう既に道は違えた。戻る事は出来ないのだ。それでも俺は何とかしようとして。その瞬間、教室の中の光が大きく、いや爆発したように溢れた。眩しくて目を開けていられない。思わず目を瞑り、手で覆った時にはもうその光は消えていた。音もなく、衝撃もなく、消えた。結城だけでなく、他のクラスの連中(+教師一名)と一緒に。目に焼き付いていた光の残像が消え、ようやくまともに見えるようになった時、教室には誰も居らず、何も残っていなかった事を見て、おれはそれを悟ったのだった……。
その後は大変だった。何せ、教室から人が消えたのだから。それも一クラス分。
最後の爆発的な光は他のクラスからも見えたのだろう、様子を見に来た教師が見たのは何も無くなった教室と、その前に佇む俺。そんな俺に何が起こったのかを聞くのは当然の事だろう。
「俺はトイレから戻ったらこんなになってて……」
だが俺は、俺と結城はきっとこのような状態になるだろう事を予測して、そんな言い訳を用意していた。俺は偶々トイレに行っていたのだ、だから何も知らない、無関係なのだ、と。
唯一の懸念として、俺と結城が授業中に連れ立ってトイレに行っているというのは不自然である、何よりホモホモしいと誤解さるのではないか?
という点があったのだが(周囲の認識は高校生にとっては死活問題である)、図らずもその問題も解決してしまった。俺しか居ないのだから誤解も六回もない。それでも俺は、結城に居て欲しかった……。
現代の集団神隠し、集団失踪か?
等の大騒ぎとなり、警察が、新聞が、テレビが、ネットが取りざたす事態となった。しかし人だけでなく、教室内に一切合財、机や椅子までもが消えているのだ。事件の異様さに拍車をかける結果となった。
俺は唯一、難を逃れた人間として様々な好奇の視線に晒された。インタビューなんてのも何度も受けた。お前のせいだ、居なくなったヤツを返せと責められた事もある。最後のに関してはそんな事言われても……、という気分である。召喚される可能性がある、なんて話を他のクラスメイトにもしておけばよかった?
そんな事信じられるものか。何より俺が信じてなかったというのに。それでも心に重いしこりが残った。
世間では様々な憶測が流れた。中には、きっと異世界に召喚されたんだっ!
なんて意見もあったが、そんな馬鹿げた話は黙殺され、与太の一つとして流されるだけだった。その与太が実は正しいのか、それは俺にも分からない。何せ俺は結城から話を聞いただけだったのだから。
それから俺はクラスで唯一残った人間としてそのまま暮らしていく事は出来なかった。先に述べた周囲の視線が痛かったからだ。俺だけはじゃなく両親にまでその影響はあり、結果として引越し、転校することとなった。
転校先でも事件については話題に上っていたが、まさか転校してきた俺がその事件の唯一の生き残り(というのは言葉が悪いが俺としてはそのままの意味である)である等とは思われず、穏やかな学生生活に戻る事が出来た。ようやくだ。
あれから、結城の事を考える事がある。
アイツは一体何であったのか、と。本当に転生者であったのだろうか。前世の記憶なんてあったのだろうか。アイツの言う小説なんてのはあったのか、そして俺が本当に出てきていたのだろうか。かませ犬として。
それが真実であったとしても、アイツは何を好んで異世界なんかに。事前の準備があれば自分でも無双が出来ると思ったのだろうか。転生して、人生経験が俺より豊富であると嘯いていたアイツが。
もしくは全ては真っ赤な嘘で、実はアイツがクラスの皆を攫っていた、なんて可能性はないだろうか。もしくは一部はあっていて、本当は俺がその小説の主人公であって、アイツは俺の立場に成り代わった、そんな可能性すら思い浮かぶ。
いや、結城は真実俺の親友で、俺が抜けた事によって小説のあらすじが変わってしまう事を恐れて向こうに渡ったのだ。またはアイツが召喚される代わりに俺は召喚される事を免れたのだ……。
仮定はいくつでも思い浮かぶ。突拍子のないものから突拍子のないものまで。何せ、起こった事が突拍子もなかったのだ。想像だってそうなる。
しかしそれらの仮定の内、何が本当の真実であるかを確かめる術は俺にはない。もう俺は二度と、結城に逢う事がないからだ。
アイツの言った小説の、聞けなかったタイトルすらも確かめられぬまま。
死ななかったからハッピーエンド