第十八刀 部屋の引っ越し完了しました~解放日記2~
昔の、前の世界の、幼いころの俺が目のまえの庭を走っている。そしてその後ろを幼い萌、広人が追いかけている。
…これは昔の記憶か…
確かここはじいちゃんの家の庭だ。でもなんでこんな夢を…俺はさっきまで…
何をしていた?家で何かをしていた。そうだ名前、名前を考えていたんだ。でもここはなんだ?確かに俺の記憶だろうが庭で遊んでいる子供は4人。幼馴染は3人しかいないはず。だって村に俺たちと一番年が近いのが4つ上の人だけだ。ましてや年下なんて9つも下なんだ。この身長だと小学校1,2年生くらいのときだろうか。誰だろう。そこの四人目。よく目を凝らす。会話は聞えないが唇は読める。
『な…。次…何し…か。』
『ザリ…釣り。』
『えー、萌…それば…りじゃ…か。ゆ…は何がしたい?』
おしい、もう少しでさっきの子の名前がきけたのに。
『…きはねー、まさ…お兄…となら何でもいいよ。』
おい、いま「お兄ちゃん」て言ってなかったか?俺に妹なんていないぞ。誰だ、誰なんだ。
『…づ…は本当にお…ちゃん子ね。お嫁に…い…いわよ。』
『いい…。ゆづ…は…と結婚…するん…ん。』
何気に怖い会話だな、おい。まあ子供だから仕方ないか…
それよりおそらくあの子の名前は「ゆづき」。そんな名前聞いたことはない。けど懐かしい響きだ。昔から使っていたかのようななじみがある。そう思ったあと目の前が暗くなり何も考えられなくなった。
「正也、どうしたの?いきなり口を閉じてぼーっとしちゃって。」
隣には今のもえがいる。この感じだとさっきの出来事は一瞬だったのだろう体感時間では30分くらいだったのに…
「いや、なんでもない。とっさにいい名前なんて思いつかないといいかけたけどさっきいい名前が浮かんでな。」
「なるほど。居眠りしてたわけじゃないんだね。してたらキ…で…」
後半はよく聞き取れなかったがまあいいや。
「さてとみんなすまん。最後の子の名前なんだけど…」
それでもその子は顔を上げるだけ。表情は変わらない。
「優月、でどうだろうか。」
はっと息をのむのが聞こえた。その音の発生源はなんと萌と広人さらに琵琶子だ。
「どうしたんだ?3人声そろえるなんて。」
「その…お、覚えてるの、正也は?」
「覚えてるって何を?もしかして幼馴染みは4人でした的なオチか?」
ピクリと3人が反応する。と言うかなんで琵琶子まで反応してるんだ?訳が分からない。
「残念だけどそういうのは全然記憶にない。幼馴染みは俺達3人だけだ。」
「…そう…。」
今は俺の記憶が正しいかどうかなんていいんだ。
「とにかく優月は俺の妹田中優月として家で引き取る。」
……………………………チーン。
この間に萌は「えっえ」っとあわてふためいていて、広人は笑いを堪えている。泰氏と他全員はポカーンとしてる。そんなにおかしいか?
「な、な、な、な、な、何を考えているのー!?私と言う者がいながらー!何、義妹設定がそんなに欲しいか。妹がそんなに好きかー!」
「ばっ、萌!何言ってんだ!記憶が戻るまでだ!戻ったら本名に戻せばいいだろ。元奴隷の人のアフターケアまでが俺達の仕事だ。」
「それはそうだけど…妹じゃなくても親戚で通せばいいじゃないの。」
「確かに無理矢理親戚としてねじ込んで貰う事もできないことも無いけど…」
「けど?」
「杞憂ならいいが禁架と言う組織をいまいち信用できない。比叡さんには申し訳ないけどな。」
「どういう点で信用出来ないの?」
「まず最初に疑ったのは初めての戦闘訓練の時だ。とその話は後でにしよう。とりあえず今はあんまり竹中先生達には頼りたくない。そうすると田中家、つまり俺の義妹として引き取って俺達自身で手続きした方がいいような気がするんだよ。」
「うー、納得できない。」
「あくまで表面上だけだからな。他意はない。」
「…ならしかたないわね…」
萌はこれでよし。
「という訳で今日からお前は田中優月。俺の妹だ、よろしく。」
そう言って中腰になり目線を合わせ頭を撫でる。少し嬉しそうに顔を赤らめ目を逸らす。
「よ…ろ…しく。」
初めて声を聞いたな。
「さてと、みんなを部屋に案内しよう…鈴谷と撫子はどうする?一応ふたり部屋もあるしひとり部屋もあるけど。」
「私は誰かと一緒がいい…」
と撫子が言う。
「私はお兄さんと一緒がいいなー。」
と、いう鈴谷さん…
どうしよ…
「あー、なんで俺とがいいのかな、鈴谷?」
「私たちを解放するのは嘘じゃないって分かってるんだけど時々嘘が混じってて嘘ではないけど本当でもないところもあったよ。例えば高校生って言ったとことか、平民出身の貴族ってこととか。」
「なぜ嘘って言うんだい?」
「私、昔から心を読めるの。と言っても条件があるんだけどね。」
ってことは今俺が考えていることはわかるのか?
「うん、わかるよ。その第一条件は人であること。特に後ろに何かもやもやしたオーラ?見たなのがある人は読みやすいの。ただそこの琵琶子さんと千条院さんはオーラが全く見えないんだけど。」
なるほど、八百万の神を有する者、ね。
「へー、そうなんだ。後で詳しく教えてよ。」
「それはいいが第一条件って言ってたよな?他にも条件があるのか?」
「第二条件は心を開いてくれている人。一つ答えたからこっちからも一つ質問。この能力を知った人は基本的に私に心を閉ざすの。でもお兄さんたちは閉ざさない。なんで?」
「それはまあ。今は別に読まれても問題がないからかな。別に嘘をついたわけじゃないんだ。こっちではそういう設定になっているけどこれ以上聞くと厄介なことに巻き込まれる可能があるからあんまり言いたくない。」
これは本心だ。出来れば厄介ごとに他人を巻き込みたくない。
「聞きたいなら後で個人的に来てくれ。それと俺からの最後の質問だけど、第三の条件もあるんじゃないのか?」
「あるけど特に今は関係ないよ。ある程度仲良くなるとテレパシーが使えるってくらいかな。」
「そりゃあ便利な能力だ。」
テレパシー能力なんて応用したらあれやこんなシーンに役立つ…
「あのお兄さん?話の本題からずれてるけど…」
「あっ、わりぃ。部屋だったな。俺の荷物を四人部屋に移動させようか。鈴谷と撫子と優月が同室でいこう。」
「すとーーーーっぷ。なんでそんな話になってるのよ!」
萌がいきなり立ち上がる。
「そりゃあ、別に断る理由ねーしやっぱり年齢近い奴が同室の方がいいかと思って…」
「いやいや、正也と同室は私で…」
「それがあるからダメなんだよ!こいつらならそういう心配はないからな。」
ぷーとほほを膨らませるが
「駄目だ。」
「まあ、正也のいうことは一理あるかな。それと、萌そういう話は風紀的にどうかと思うけどなね。」
広人が珍しく口を開く。萌はそれにしぶしぶ従う。
「さてと、他の人たちは個人、二人、四人どれがいい?うちは何故か部屋が大量にあるんだ。」
みんな個人部屋に憧れはあるらしいが一般家庭は一人っ子を除けば個人部屋はないらしく少し抵抗があるらしい。それで、まずは四人部屋を三人で様子を見ることにした。
「よし、引っ越し完了。手伝いありがとな。」
これから同室になる鈴谷、撫子、優月が荷物運びを手伝ってくれた。あとでお菓子でも買ってやろう。
「いいよ、そんなの。私たちはお兄さんに恩返しがしたいのよ、救ってもらったね。」
2人がうなずく。
「子供はそんなこと考えなくていいんだよ。学校行って友達と遊んで勉強に頭を抱えてって楽しいことだけ考えとけ。周りのことは俺たちに任せとけ。」
「ごめんなさい。そういうことあそこで売られるまでに色々教えられたから...」
「...そうか。」
俺はそれくらいしか答えられない。そういう世界にいなかったからな。
「みんなには後々言うけど俺たちはこの世界とは別の世界から来た。俺たちの世界には魔法はなくて科学のみが発展して身分制とかはなかったんだ。だからお前たちを知らない間に傷つけるかもしれない。」
「…そう…なんだ。」
「向こうで俺は大学生つまり20歳を超えていたんだけどな。だから鈴谷には嘘に聞こえたんだと思う。」
「でも今は15歳なのね。それよりも一つ質問いい?」
「いいよ。何が聞きたい?向こうでの生活とかかな?」
「いろいろかな?まずは、お兄さんのいた世界には自由ってあった?」
「あるといえばあったがないといえばない。自由なんて個人が決めることだ。少なくとも人は何かに縛られている。それに気づけば自由でない。」
「あーごめんなさい。哲学的なことじゃなくて普通に結婚とかのこと。」
少しはずいぞ…
俺はコホンと咳払いをしてからいう。
「結婚、住居、発言、出版とかある程度は自由を保障されていたけどまあ建前だな。抜け道なんていくらでもあったな。この発言は社会倫理に反するとかで撤回させられた事例もある。結婚なんて未成年は親の許可なしにはできないし成人であっても親の未承認結婚は周りからはよく見られなかったりすることが多い。」
「そう…やっぱりどの世界でも自由はないのかな?」
「なんでそんなに自由を求めるんだ?」
「…私ね、一番長く売り場にいたの…、要するに売れ残り。能力のせいで人を見るたびに恐怖だった。毎晩震えてた。その時ふと自由って何だろうって…。昔の友達に本を持っている子がいてね、あっ本って知ってる?」
「ああ。知ってるぞ。向こうだと5,600円で買えるな。」
「へーそんなに安いんだ。こっちでは5000円は軽く超えるわ。でね、その本が身分違いの恋を描いたものだったのよ。最後は駆け落ちしてめでたしだったの。この世界じゃあ恋愛も生きる自由もない。」
「結婚できる出来ないなんて話向こうにでもざらにあったさ。身分がなかろうと生活力、職種とかいろんなことでそういうのがまともにできないやつもいるんだ。」
「やっぱりね。私いやなの、こんな世界。私を売った親、ろくな人間でない売り人、貴族。みんな大嫌いなの、後悔してるでしょ、お兄さん?」
「なんでだ?」
「だって心覗かれて世界が嫌いでめんどくさいと思わないの?」
「あほか、どうして俺がめんどくさがるんだ?俺はさっき言ったよなアフターケアまでが俺たちのやるべきことでやりたいことだ。この世界を変えるために。そのための第一歩だ。」
「…世界を…変える?」
「ああ、とある人物から依頼されてね。俺自身平和に暮らしたいんだけどな、この世界に呼ばれたからにはなんか意味があるはずなんだ。あの人は意味ないことはしないと思う。」
俺はベッドに腰掛ける。今更だが部屋はダブルベッド二つ、机四つ、本棚で撫子の要望で部屋の窓側隅にベッドをくっつけ四人でシェアする形になり反対の壁に三人の子供机と本棚、空いたところに俺の机だ。そして今撫子、優月は椅子に鈴谷は立っている。
「それとな、鈴谷。お前はまだ世界を知らなさすぎる。少し前までは奴隷だったかもしれないが今は、鈴谷だ。俺たちの家族で年少組の一人だ。つらいときは泣け。困ったときは相談しろ。そして子供らしく楽しめ。お前たちのためなら俺がある程度何とかする。金とか関係なくな。」
「なんで?なんでそこまで優しくなれるの?」
「そりゃあまあ、俺も似たような時期があったんだよ。そん時じいちゃんが言ってたんだ。『お前は傷ついた。だからこそ、立ち直って似たような人を助けろ。』ってな。」
「ははは...お兄さん、私は泣いていいの?」
「ああ。俺が一緒にいてやる。」
「心覗かれるよ?」
「覗かれたっていいよ、家族だからな。」
「私…本当に家族なの?」
だんだんと鈴谷の目が潤んでくる。
「何度も言ってるだろ。今日一緒に飯食ってこれからも一緒だよ。もしこの家を出て辛くなった時帰ってきていいんだ。」
「…あり…がと…う」
そういって俺の胸に飛び込んできた。よっぽど今までが辛かったのだろう。無理もない。あんなところにしかも能力を抱えた子が1か月もいたんだ。俺には想像もできない恐怖があったのだろう。この涙がそれを物語る。
俺は鈴谷の頭を抱えて撫でてやる。そうだ。これが本来あるべき形なんだ。子供は見栄を張らず、そして大人が子供を支えてやる。それが理想なんだ。そんな世界があればいい。この世のすべてが、こんな世界ではない。それはこの世の摂理だ。だからこそ、俺はこの家に作った俺の理想的な世界を壊すやつを絶対に許さない。俺は今日、心の中でひそかにそう決めたのだ。
鈴谷の病み方が甘かったかなと思いますが自分には無理な領域なんでこんな感じになってしまいました。
本当に作家さんてすごいですよね。
いろいろな性格を理解しとかなきゃいけないのが…
コホン
改めまして、今回はまあお約束的展開ですねー。意味が分からなかった方も多いでしょうが今回はこういう感じです。(ネタバレ注意)
鈴谷のこれまで
二か月奴隷としてのあれこれを教えられる。→市場に出される。→一か月放置
の間に自由って何だろうと思ってしまったんですね。それで精神崩壊した(はずですよね?書けてますよね?)んです。そこを正也が言いくるめたと。
以上今回のあらすじ。わかりましたか?わからなかったらすっとばしてください。引っ張らない予定なんで。
さて、次回「解放日記3」です。