感謝の礼嬢
天歴1229年。
ジャグラ帝国の突然の宣戦布告により、シャガハ王国は滅亡の危機に瀕していた。
度重なる侵攻はシャガハ王国の民に疲弊を与え、そこに追い打ちのように雷が轟くような音と共に地面が大きく砕く新兵器の登場によって前線は大きく後退した。
領土は帝国によって削り取られ、奪われた大地の民は人としての尊厳すらも奪われるような扱いを受けた。
帝国の魔手は刻一刻と迫り、シャガハ王国十八代目国王、ザンジバハール・シャガハは王都決戦を覚悟していた。
自らは王としての責務を全うする為、何よりも死した民たちの為にも最後まで帝国に剣を振るう覚悟だった。
しかしながら、二人の子供には生きて欲しいと願っていた。
王としてはいずれシャガハ王国を再興して欲しいと思っていたが、一人の親としては無事に生き延びて幸せになって欲しいと考えていた。
ザンジバハールは玉座に座り、息子であるアルドラスと娘であるエルディアーテたちと面と向かうと自分の想いを告げた。
「私は王として最後まで帝国と戦う。民や騎士たちの前では言えんが、王国に勝ち目はない。だからこそ、お前たちには生き延びて欲しいのだ。王族として教育を受けたお前たちにとってはこれからの逃亡生活は辛く苦しいものになるだろう。だが、それでも生きて欲しい。王としてはお前たちに王国再興を誓わせ、帝国をうち滅ぼせと言うのが正しいのだろう。だがお前たちの父、ザンジバハールとしては帝国の事なども忘れて生きて欲しいと思っている」
ザンジバハールの二人の子供たちは各々で反対の反応を示した。
アルドラスは滅び行く王国に涙し、父の覚悟に震え、帝国への怒りを燃やした。
エルディアーテは死に行く父に涙し、父の優しさに感謝し、帝国への恐怖に震えた。
「父上、私は必ずや王国を再興し、帝国を討ち滅ぼします!」
「……そうか。ならば力を蓄え雌伏の時を過ごせ。今は帝国に抗うことは不可能であろうが、いずれ時は来るだろう。……ドラウカイン」
ザンジバハールは己の騎士の名を呼んだ。
控えていたドラウカインは己の主の意図を察した。
「ドラウカインよ。お前には我が最愛の息子を任せる。これが私からの最後の命になるでろう」
「……御意」
「父上……!必ずや王国を再興致します……!」
そう言ってアルドラスとドラウカインはザンジバハールの前から立ち去った。
ここでエルディアーテと共に逃げずに、時間をズラすのは少しでも王族の血を残す為だった。
ザンジバハールはエルディアーテの方を向いた。
俯いていたエルディアーテの目元は赤くなっていた。
「お父様、私はお兄様のように強くはありません。私は帝国が恐ろしいです。民の幸せを奪い、お父様を奪う帝国が、憎むよりも恐ろしいと思ってしまうのです」
ザンジバハールはエルディアーテに優しく微笑む。少しでも我が娘が安心できるようにと。
「エルディアーテ、それで構わぬ。私は先ほども言ったがお前たちには生きて欲しいのだ。アルドラスは復讐を自らの意思で誓ったが故、何も言わなかった。私はここに来てお前たちに強制することはない。ただ、私は王でもないお前たちの父親として、我儘を言っているだけだのだから」
エルディアーテは零れ落ちる涙を拭わず、ただザンジバハールな抱きついた。
ザンジバハールは震える愛娘の肩を抱きしめた。
「エルディアーテ、お前は臆病さと優しさを忘れるでないぞ」
「……はい」
ザンジバハールはドラウカインと対をなす騎士を呼ぶ。
「ガリウス」
「御前に」
「我が娘を頼む」
「御意」
「お父様……」
何度も何度も振り返り、立ち止まりながらその背をガリウスに押され去りゆくエルディアーテの背中を見送り、ザンジバハールは戦いに備えた。
それから一週間の後に王都は陥落、シャガハ王国は滅亡した。
王の首は討ち取った騎士の持った槍の穂先に串刺しにされ、生き残ったシャガハ王国の騎士たちに晒された。
さて、ここで二人の子供たちの未来を少しだけ語ろう。
王国再興と帝国へ復讐を誓ったアルドラス。
帝国を恐れ、父の望み通り幸せに生きることにしたエルディアーテ。
アルドラスはシャガハ王国の王族としての誇りを忘れなかった。しかし、貴族としてのプライドを捨て切ることは出来ず、また己の王族として他者よりも上位者であるという認識が邪魔をし、最後は平民によって殺されることになる。
ドラウカインも居たが、多勢に無勢ではどうすることもなく殺される、二人とも身包みを剥がれて無残に打ち捨てられたまま腐り果てた。
エルディアーテは王族としての誇りは捨てた。父の願う、子供の幸せを叶えるべく動いた。
何度も何度も苦難にぶつかった。民を助け、時には助けられ、エルディアーテは王族ではなく、ただ一人の人間として生きていた。
その姿勢少しずつ彼女の同行者の心を動かしていった。いつしか彼女は聖女として崇められていくことになる。
そして、人々を救う内に人々の幸せを守るには帝国の現状を変えねばならないと考えるようになる。
多数の協力者を得て、エルディアーテはシャガハ王国を再興。
数多の国の協力を得て、国土が広がり未だ土地を安堵できずにいた帝国に圧力をかける。
何度か衝突はあったもののエルディアーテは一度も帝国に侵攻することなく帝国の力を削ぎ、やがて力を失った帝国とすら和平を結ぶこととなる。
エルディアーテは語る。
「私は力もないただの子供でした。ですから、恩を受けたら忘れず、そして感謝の気持ちを伝えてきました。そして、私は助けられる立場だったからこそ、今度は助ける立場になったのです。私は臆病で弱虫でした。だからこそ『ありがとう』は忘れずにいたのです。そうしたらいつの間にか私の周りには人が沢山いました。これからも私は数多の人たちに感謝し続けるでしょう」
彼女はそう言って膨らんだお腹を撫でる。その隣には彼女を守り続けてきた騎士ガリウスの姿があった。
父の願う幸せに向かうまでにエルディアーテは遠回りをしてしまったが、彼女は『感謝の礼嬢』と呼ばれ、歴史に名を残すこととなったのだ。
二人の子供の命運を変えたのは一つ。
極限の状況下で、立場などなく感謝の気持ちを持っていたかいなかったかであった。




