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好きでもないのに彼女になるだと?  作者: しーたけの手
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誘ってもないし断られたデートに来てしまった

「いーやーだー!!!」


「いけません、お嬢様!いい加減、お淑やかになさってください!」


 黒塗りの高級車の扉が開くや否や、そんなやりとりが聞こえて来て俺はげんなりした。


「でも!今からでもお家に帰れるかも知れないじゃ無い!諦めることはないわ!きっと道は開けるはずよ!」


「帰れません!それにお嬢様、コウの方に失礼だとは思わないのですか!?ほら、観念なさってください!」


 車の中では一進一退の攻防が続いている。


 俺は休日で賑わっている駅前で、死んだ目をしていた。


「………」


 こんなことなら、朝にあんなに葛藤することはなかったのかも知れない。


 どうして俺は図々しくも、理事長の娘とのデートを宣言してしまったのだろうか、とか。


 今からでも、間に合うからこんな大それたことやめるべきでは無いのだろうか。だって、理事長の娘とは言えど好きでも無い奴とデートとかかわいそうだし、とか。


 でも、不幸になってマイホームがバーニングなのも嫌だし、とか。


 俺なりに色々悩んだのだ。


 だが、今朝の駆け引きを見て気がついた。


 こいつに気遣いは無用だ。


「藤原!あんた、ただじゃおかないわよ!」


「なんとでもおっしゃってください。私はお嬢様の教育係も申しつかっております故、多少の無礼はご主人様より許されております」


 相変わらず、ムキムキマッチョの怖いお兄さんにしか見えないのに、あの口調は本当に違和感しかない、俺はそう思いながら、明後日の方向へと顔を背けた。


 あんななの関係者だと思われたらたまったもんじゃない。


 関係者じゃないのだ、そう、あれはただの迷惑な奴らだ。


「きぃぃぃーーー!!!」


 うわぁ、あの『お嬢様の悔しがる声』リアルで初めて聞いたよ……。


 そんなこんなで、黒塗りの高級車から引きずり出されたお嬢様の服はくしゃくしゃになっていた。


「………」


「………」


 不機嫌そうに俺を睨みつける彼女だったが、俺も俺で死んだ目を彼女に向けていた。


「………」


「………ねぇ……」


「なんだよ」


「……さっさと、エスコートしなさいよ」


 ついに諦めたのか、ボサボサになった頭で彼女はそう行った。


 俺は、大きなため息を一つこぼしてこう言った。


「とりあえず、鏡を見て出直してこい」

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 疎らに客が歩き、子供が所々で騒いでいる。


 薄暗い道の周囲に広がっているのは真っ青な水槽で、雰囲気はいい感じに出ていた。


 彼女はもうそろそろ暑くなって来ているのに、白いワンピースの上に茶色い上着を来ているという少し暑そうな格好をしていた。


 だが、まぁ、彼女は美人だから正直何を着ても映えるし、どうせ、俺にはファッションセンスのかけらもないから正直何を着られても違いとかわからないんだよな。


 まぁ、お手洗いから帰ってきた彼女を見て、生唾を飲み干した。


 気遣い無用だと思った俺の存在を即座に忘れさせるほどには可愛かった。


 だが。


「………」


「………」


 俺はただ一つ重大な事実を忘れていた。


 クソモブ童貞の俺はデートの経験がゼロであるということだ。


 ギャルゲーなら選択肢が勝手に俺を導いてくれるはずなのだが、そんな便利な機能は現代にはまだ実装されていない。


 だが、何もしないわけにはいかないので、なんとか話題を探してみた。


「さ、魚が、いるなぁ……」


「何言ってるの?当たり前でしょ?」


 俺たちは足を進める。


「……綺麗だなぁ」


「いや、少なくともそのダンゴムシの亜種みたいな奴が綺麗だとは思えないけど……」


 俺たちはまた足を進める。


「……幻想的だぁー」


「お土産コーナーの前で言うことじゃないわ」


「…………」


「…………」


 無情にも出口はそこまで来てしまった。


「だぁ!もう、うるせぇ!俺が雰囲気を出そうとしているのに邪魔をするんじゃねぇ!」


「いや、さすがに今ので怒られる謂れはないでしょう!」


 ぐぅ、今回ばかりは正論だ。


 どうしようもなくなった俺は、何をとち狂ったのか、順路を逆走しながら言い訳を並べることにした。


 理事長の娘はそれを特に咎めるでもなく、ついて着た。心なしか目線が冷たい気がしたがそれはきっと気のせいだろう。


 幸い客は少ない。逆走しても迷惑にはなるまい。


「というか、俺は見ての通りオタクのリア充じゃ無い部類の人間なんだ!デートのプロであるお嬢様を楽しませられるスペックは端からないんだよ」


「……、あんた、見上げたクズね……。少しは努力しようとかないの?」


「うるさい、俺の努力はさっきので底をついたよ」


「はぁ……。まぁ、さすがに私が水族館程度で満足しないのは当たり前だけど、それでも誠意くらい見せて欲しかったわ」


 はじめから無理ゲーであることを告げられて俺は不毛な努力を是非とも返して欲しい気分になったが、確かに俺も俺で酷すぎるのでなかなか強く出られない。


「うるさいな、そもそも俺がデートプランを練ったわけでもなく、いきなり水族館まで連れてこられたんだぞ、俺にどう誠意を見せろっていうんだよ」


「いや、その、たとえば……、手を、繋いだり……、恋人らしくくっついてみたり……」


 理事長の娘は俯いて、少しつま先を地面に突き刺してグリグリと回しながらそう言った。


「は、はぁ!?お前はそんなことされていいのか?あんなに嫌がってたのに!?」


「嫌だけど……、嫌なんだけど……」


 彼女の拳はふるふると固められていた。


 俺は彼女のそんな様子に俺は今日何度目になるのかわからないため息をついた。


「なら軽々しくそんなこというなよ。女の子は本当に好きな奴とそういうことをするもんだ。妥協すんじゃねぇよ」


「何よ、人生に妥協してるオタクのくせに!」


「俺も半端な気持ちでオタクやってんじゃねぇ。女の子にあんまり評判良くないのも知ってるし、一定数見下してくる奴もいる。ちょうどお前みたいにな。そんなリスクがあんのに軽い気持ちでやってられるかよ」


「……何それ、かっこいいと思っていってるの?」


「別に。俺の人生観がかっこいいと思えるならそれはそれで末期だよ」


 俺はそれでも、と一拍おいて彼女の目をしっかり見た。すごく綺麗な目だった。つい目を逸らしそうになる俺の弱いの心を必死に殴り飛ばした。彼女の瞳は大きくて、でもそれは少し潤んでいるようにも見えた。


「俺は自分が好きだと思ったことを堂々と好きだって言える俺が気に入ってる。反面、お前はどうだ?窮屈そうな生活をしてるじゃないか。俺は仮にどんなにイケメンになれるとしても、どんなに金持ちになれるとしたってこれだけは手放す気にはなれねぇ」


 その言葉を聞くと、理事長の娘はその目でキッと俺を睨みつけた。


「お気楽なあんたに分かられてたまるかってのよ。理事長の娘としてどんなプレッシャーに晒されているのかも、金持ちがどんなシガラミに縛られてるのかもよく知らないあんたなんかに」


「あぁ。悪いが俺は庶民だからお前をよくわかってやれないよ」


「何よ!そこは男らしく慰めてくれるところでしょう?」


「生憎女の子のご機嫌とりは得意じゃないんだ。一度告った相手には包容力がないから無理って言われたくらいだし」


 俺はそういうと、水槽に目を移した。


 巨大なジンベイザメは窮屈そうに水槽を泳いでいた。


 王者のような風格も全部台無しにされているように感じた。


「あっそ。最初からあんたに期待なんてしてないわよ」


「俺もお前にはあんまり期待してないぞ?ツンデレのデレ抜きだなんて現実では常識だしな」


 そういうと、俺は入り口のゲートを飛び越えた。


「帰ろうぜ、お前の言葉を借りるなら、俺ごときにお前に時間を割かせるなんて罪なことなんだろうしな」


 そういうと俺は彼女に背を向けて歩き出した。


「ちょっと待ちなさいよ!」


 そう、後ろから声が掛かった。


「なんだよ」


 俺はだるいのを我慢して後ろを振り向いた。


「デートはまだ終わってないわ、私をしっかり楽しませてよ!そこは出口じゃなくて入り口!お家に帰るまでがデートなのよ!」


 そんな遠足チックなデートがあってたまるか。


 俺はそんなツッコミを飲み干して彼女に再び説教を垂れる。


「はぁ、お前俺の言ったこと聞いてたか?妥協すんな、好きな奴とデートに来いって言ったんだぞ?」


「私もそうしたいのは山々だけど、あんたの言葉に従うのが気に入らないの!それに私はやり始めたことを途中で投げ出すほど、やわな女じゃないわ。だって、私はあのカリスマ理事長の娘なんだから!」


「……」


 俺は暫く無言でいたが、また、深いため息をついて言った。


「分かった。ならさっさと駅まで行こう」


「それに、まだ、私楽しませて貰ってない!私も一応努力はしてたのよ?」


「……え、どこが?」


「はぁ!?あんた、私が我慢してあんたなんかの隣を歩いてたり、喋ったりしてたじゃない?」


「あ、努力ってそこからなんだ……」


 俺はげんなりすると、再び入口の方からこちらへ入ろうとまたゲートを飛び越えた。


 すると、なぜだか知らんが、ブザーが鳴った。


「へ?」


 そのブザーとともに、水族館の職員の方々がゾロゾロと出てきた。


「お客様、困りますよ……、本日は部外者立ち入り禁止なんです!今日は貸切なんですから」


 そう言って、彼らはどんどん俺を遠くの方へと押しやっていく。


「ちょ、待って!?俺一応関係者!?た、助けてお嬢様ー!」


「……だ、ダサすぎる……」


 そう言うと彼女は俺に背を向けて歩き始めた。


「お家に帰るまでが遠足じゃなかったのかよ!?」


「私、脱落者は見捨てる主義なの」


 冷淡にそう言い放つとやがて彼女も入り口も見えなくなっていった。

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