誘ってもいないデートを断られたんだが?
昼休み。
俺はまたもや彼女に屋上に呼び出された。あ、girlfriendじゃなくてsheだから、そこんとこ勘違いすんなよ?
屋上には相変わらず誰もいない。
もしかしたらあの理事長の娘だし、人払いを金で済ませているのかもしれない。金払いのいい理事長の娘にきっとみんな騙されたのだ。
「で、なんで俺が呼び出されてんの?」
「あんた聞いてない訳じゃないでしょ?」
高圧的な態度で聞く彼女に昨日のレディーの面影はない。
相変わらずの口の悪さなら代わりにあるのだが。
「もしかしてで、でで、デートの話しか?」
おっといけない、緊張のあまり素が出てしまった。
「キモい……。ほんとキモすぎる……。性格に一縷の望みをかけた私が馬鹿だったわ……」
「ほんと、俺の心を抉るのやめて」
「キモさが顔に出てるのよ」
「顔に出てるの!?」
心外だ。俺はいつも紳士な顔面を心がけているというのに。
「ったく、なんでこんなやつと……。呪いなんて聞いてないわ。ほんとは俊樹くんを呼び出すはずだったのに……」
「いや、俊樹はリア充だって言ってるだろ?」
俊樹の彼女は幽霊だなんて話はさすがにするわけには行かないので俺はその程度に留めておいた。
「あのさ、それ未だに信じられないんだけど?これでも私俊樹君の監視は続けてるのよ?」
堂々とそう宣言する彼女にもはや恥じらいや罪悪感は感じられない。もう、バレた以上どうでもいいのかもしれない。だけど、それ、犯罪だから。
「続けるなよ。それにあいつがリア充なのは本当だぞ。もう一ついうと、お前どうせ俊樹の前じゃまともに話せないじゃないか」
俺はため息まじりにそう言った。
「う、うるさいわね!好きな人なんて初めてできたんだし……」
そういうと彼女はその透き通った肌を真っ赤に染めて俺の方から顔をを背けた。
「お前、意外と初だったんだな」
「なによ、文句ある!?」
こんな風に可愛い拳を握りしめて半分涙目になっている彼女に惚れない男はいないと俺は思った。俺はつい彼女に悪いことをしたように錯覚 してしまって少し目を逸らしながらこう言った。
「別に。応援してやってもいいくらいだ」
俺の言葉に意外そうに目を丸くして一瞬彼女は黙ったが、思い出したかのように彼女はこう言った。
「……いや、ダメでしょ?あんたも私も結婚できなきゃ共倒れでしょ?それに仮にも嫁候補のこの私に少しは夫候補として独占欲とかないわけ?」
意外な返しに少し驚いて俺は少し言葉に詰まったが、俺には珍しく良い返しが思いついた。
「……俺が女の子一人頭あたり何人と幸せを共有していると思っているんだ?独り占めなんて言い出したらそのコミュニティで行き場を失うだけだぞ」
「あんたの二次元の嫁と私を一緒にするんじゃないわよ!」
「なんだ、話しが通じるじゃないか、少なくとも俊樹よりかは」
「はっ、しまった!」
そういうと彼女は傷一つない綺麗な手で耳まで真っ赤になっている顔を覆って縮こまった。
オタクが嫌いすぎる癖になんで知識があるのやら。毒を持って毒を制すとかそんなくだりだろうか?
「まぁ、なんでもいいが俺はお前に今まで通りのお嬢様キャラを貫き続けることをオススメするね、じゃないと失言のせいでお前も俺たちの仲間入りだ。」
「おたくの分際で、私に口出しするだなんて……!身の程を知らなさい身の程を!」
しゃがんだまま彼女は人差し指でビシィとでも効果音のつきそうなほどの勢いで俺を指差した。
「……どうやったらここまで人を見下せる人間が育つのだろうか……」
「なんか言った?」
「いんや、別に」
俺はそういうとため息を吐いた。
最近こいつの言葉に傷つかなくなってきた自分を成長したというべきなのか、屈したというべきなのか少々悩みどころである。
「それで、話を戻すけどね!」
「たしか、で、デートの話だな」
「キモ」
「さっきのくだりをまた繰り返すつもりか?」
「いや、時間の無駄だわ。話を進める。それで、行き先は近くの水族館で、集合は8:00。場所は駅前のワンコ像……な筈だったんだけどね」
歯切れの悪い物言いに俺は首を傾げた。
「筈だったってなんだよ」
「中止にしたいの」
彼女は仁王立ちでそう言った。オマケに嬉しそうな笑みをくっつけて。
「なんだそれ!?」
こいつの横暴っぷりに俺はつい大きな声を出してしまった。
「何、もしかして悔しいの?惜しかったわねー、私とデートできなくて」
「うるせぇ、悔しいとかこれっぽちしか思ってねぇ」
「思ってるんだ、うわぁ……」
ちくしょう、こんなに美少女に罵倒されてるのに全然嬉しくない……。二次元なら最高なのに……。
俺は彼女の罵倒を無視すると、質問を続けた。
「で、中止にしたいってどうやってだよ」
「んー、そうね……。じゃあ私は逃げるわ」
「はぁ……?」
「高飛びするのよ。そうねー、ヨーロッパで優雅に1週間過ごすのも悪くないかしら?」
「………」
俺は金持ちの言うことに軽く閉口ならぬ、開口していた無口になった。
「何よ、その惚けた顔は?馬鹿にしてるの?」
「いや、うん、庶民と金持ちの違いを見せつけられて何も言えなかっただけさ。悔しくなんか、ないさ……」
「なによ、哀れな顔をしても恵んであげないわよ」
「俺、そこまで酷い顔をしてません」
「まぁ、いいわ。それで、私は地球の裏側で優雅に過ごすからあんたは、富士の樹海に行ってちょっと失踪しててほしいの」
「やめろ、俺を殺す気か!?」
「いや、本気よ。これでもデートを中止にするためなら人死も厭わない覚悟だわ」
「厭ってください、お嬢様!それに結婚できないと共倒れになるって言ったのはお前の方じゃないか!」
「うるさい!戸籍上結ばれていればきっと大丈夫よ!」
あまりの横暴さに俺は頭を抱える。
それに、懸念事項が消えるわけではない。むしろ他の不安要素を思い出して俺は彼女にこう伝えた。
「でも、なんか俺が他の女の子のこと考えてたら酷い頭痛に襲われたんだぞ!それなのに、1週間も離れたら何が起こるかわかったものじゃない!」
「はぁ!?なら、私は俊樹くんのことずっと考えてるのに、どうして呪いの罰を受けないのよ……」
「そんなもん、俺が知るかよ……」
「とにかく、私は行くからね、絶対に!」
「おい待て、ふざけんな!あの理事長の提案だぞ!そう簡単に逃れられるはずはないぞ!」
そんな俺の言葉を無視して彼女は携帯で一言二言指示を出す。
「じゃあ、私は今から行くから。さっさとそこ退かないとヘリが来るから、死んじゃうわよ」
「はぁ?」
俺がそう言っている内にヘリの音が頭上に響き始めた。
「ほら来た」
徐々に強くなる風圧に俺は現実的な死の恐怖を意識させられ全速力でその場から逃げる。
「うわぁぁぁぁぁぁあああああ」
俺はダッシュで屋上を飛び出した。
潰されたらひとたまりも無いのは事実だが、それに加えて、下手をしたら本当に富士の樹海のど真ん中に投下されるかもしれない。
だから俺は振り返らずに教室まで戻った。
誰も俺を例の自殺スポットまで連れて行くために追いかけて来ていないことを確認して俺はほっと一息つくことができた。
だが、現実はそう甘くはない。
チャイムは既に鳴っており、改めて教室を見渡すと、有り難いことにクラスの全員から奇異の視線を頂いていた。
「高槻、遅刻だ。減点」
挙げ句の果てに、先生からの留めの一撃を貰い俺は撃沈した。
なんか、俺、総量で見ると不幸になっているような気がしてならない。
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放課後。
下校しようと学内バス停へと足を進めていたのだが、俺はなんだか聞き覚えがある声響いているのに気がついた。
「いやぁぁぁああ!!!来ないで!来ないでよぉぉぉ!!!」
「この、ちくしょう!お前たち取り押さえろ!」
声の方を見ると、黒服に取り押さえられそうになりながら、追いかけっこをしている理事長の娘を発見した。
そして、俺は運の悪いことに理事長の娘と目があってしまった。
「オタクぅぅぅ!!!助けてぇぇぇ!!!」
うわ、なんだこの安っぽい展開は。
そんなことを考えながら俺は夕方5時のアニメと未来の嫁(泣)とを天秤にかけて遠い目をしていた。
そうこうしている内に、バスが来ているのが目に入った。
よし、心が決まった。
帰ろう!
俺は首を元の方へ戻して足を進めた。
「ちょ、帰ろうとするなぁぁぁぁぁ!!!」
理事長の娘の声の切実さについ足を止めてしまった。
「いや、でも俺に勝ち目なんてないしなぁ……」
夕日は山の端に差し掛かり、俺の帰りたい心をどんどん刺激している。
「でも、お爺ちゃんも女の子大切にしろって言ってたし……。仕方ない、のか……?」
俺は、いまいち納得しないままに、普段使い慣れていない体に鞭を打って走り出した。
そういえば、中二病が一番酷かったときに覚えた護身術が使えるかもしれないな。いや、生兵法は大怪我の元だしな。
そんな風にぼんやりと考えている内に黒服の怖いお兄さんたちの方へとたどり着いてしまった。
「おい、てめぇ、誰だ!?」
「邪魔すんなら学生でも容赦しねぇぞ?」
うわぁぁぁ。やっぱ無理そうだ。なんでここに来たんだ、俺のアホ!そう思ってももう遅かった。
体術なんてレベルで敵うような人たちじゃなさそうなのは一目で分かったのに、一体俺は何をしているのか自分でも理解できなかった。
だから、仕方なく俺は俺ができる最大限のことだけをすることにした。
「本当、すいませんでした!こいつの言動や行動にあなた方を刺激してしまうようなことがあるなら俺が謝ります!土下座でもなんでもします。それに、殴ってもらっても構わない。だから、女の子にひどいことだけはしないでください」
俺は理事長の娘を背に黒服とのあいだに割り込み、すかさず頭を下げた。
そして、そのまま膝をつき、俺は、地面に頭をつけた。
日本の伝統DOGEZAである。
「はぁ?」
黒服の野太い声が響いた。
足止めとしては成功というところか。
唖然とした黒服は一瞬でも俺に注意が向いて、理事長の娘は逃げる時間ができたことだろう。
「きゃ!離せ!!!離しなさい!!!」
前言撤回だ。
全くもって役に立ってない。
「お嬢様 !これ以上ご主人様のお手を煩わせるのはおやめください!」
「は?」
今度、腑抜けた声を上げたのは俺の方だった。つい、下げた頭を上げて見ると黒服に捕まっている理事長の娘が見えた。
「うるさい!藤原!あんたいつ私に触れていいって言われたのよ」
理事長の娘はお姫様抱っこをいかついお兄様にされてジタバタしているが、黒服も慣れてしまっているのか彼女が全く逃げ出せる気配がない。
「ご主人様に許可は頂いております」
なるほど、なるほど……。
こいつらは要するに理事長の命令でその娘を捕まえに来たんだな。
だが、どうして……。
「お嬢様!無断で海外出奔など考えられません!万が一お嬢様の身に何かございましたら一体どうなさるおつもりです!?」
あ、ヨーロッパに高飛びする計画がバレたのか。
「うるさい!私は私の好きなように生きるの!いい子ちゃんのふりをするのはお父様の前だけで十分よ!」
日が沈んですっかり暗くなり、照明が照らすようになった敷地内で俺は一人空気感から取り残されていた。
そして、なんとなく、黒服のグラサンの割に言葉遣いのギャップがやばいなとか適当に考えていた。
もう帰っていいだろうか。
「お気持ちはお察ししますが、危険なことに変わりはありません!それに二時間も制服で敷地内を全速力で駆け回るなどはしたのうございます」
二時間!?
どんな体力してやがんだ?それに全速力だと?改造人間こいつは?
その事実に驚きすぎて、お気持ちを察しやがったことをつい見過ごしてしまった。
「うるさいうるさい!私はこんなやつとデートなんか嫌よ!」
その言葉に、俺がこの場所にいる意義を見失ってしまった。心臓がチクチクと痛むのを俺は必死でこらえた。
「ふむ?あぁ、こちらが例の方でしたか。先ほどは失礼しました。こちらも少々お嬢様を追いかけ続けて少々神経質になっておりまして……」
あたりを見渡すと、疲労で倒れてしまっている黒服が何人もいた。
いや、黒服もすごいがやっぱこの体力おばけは一体何者なのだろう。
「は、はぁ。あの、じゃあ俺はこれで失礼します」
俺はあまりにも場違いなことをした恥ずかしさがようやく追いついて来て、さっさと消えてしまいたかった。
らしくない。女の子を助けるなんて本当にらしくない。
そんなこと、イケメンのやることで俺のようなしがないオタク風情がやることではない。
「お待ちください。こちらにも礼儀というものがあります故、お礼申し上げなくてはなりません、お嬢様が 」
だが、そんな俺の気持ちも露知らず、黒服は俺を引き止めた。
「はぁ、ふざけないで!なんで私がこんなやつなんかに!」
そう不満の声を遠慮なく言う理事長の娘を見て、なんか覚悟決めて飛び込んだことは間違いだったと気がついた。
「礼なんかいらない、俺は情けなく土下座しただけでそれもなんの意味もなかったしな。かっこ悪いし、無駄で余計なお世話だったろうよ。関わってごめんな、これからはお前の気に障らないように気をつけるよ……」
俺はそう吐き捨てると、背を向けてバス停に向かった。
距離にして5メートルほどの。そして次のバスまで20分弱。
捨て台詞を吐いたのに、退場させてもらえないなんて、神様はいい性格をしてやがる。
「……ぷぷ……。あはははははははは」
数秒は耐えていたようだったが、すぐに我慢の限界は来てしまったらしい。
ダムが決壊して黒服の腕の中でジタバタし始めた。
「な、何が面白いんだよ!」
「だっさぁ!あはははは!!!いや、だって、近い!近いんだもん!!!」
「ちくしょう、絶対に許さねぇ!!!こうなったら意地でもお前の嫌なデートに連れて行ってやる!」
「あははは、あはははははは!!!!!」
その笑い声は、15分後、次のバスが来るまでずっと続いた。