それは呪いか祝福か
翌日、靴箱に手紙が届いた。
理事長からのラブレターだ。
ピンクの封筒にご丁寧にテープを貼ってからハートのシールをつけている見た目とは裏腹に、律儀にも脅迫状としっかり達筆で書かれているのだからもうなんかツッコむ気が失せた。娘のためにプライドとか大人の優しさとかその他諸諸の大事なもんを全力で捨てに行ってやがる。
俺はその親バカ度合いにかなりげんなりしながら、なんとなく端の方から丁寧に封を切る。うわ、カミソリの刃がついてる……!?
「ったく、何で危ない仕込みをしてるんだ……。怪我するところだった……」
本当に危なかった。
中身が気になって、乱雑に開けていたらと思うとゾッとする。
たまたま、気分的に丁寧に開けようと思わなかったらと思うと自分の幸運に感謝したい気持ちにもなった。
そのとき、俺はなんとなく違和感を感じていた。
言い表せないような、何か微妙な感覚である。
「なんか、嫌な予感がするな……。まぁいいや、とにかく読もう」
そう言って何気なく封筒を逆さにして手紙を出した。
その手紙の端には小さな釣り針のようなものが無数につけられていた。趣味の悪いことにかえしもしっかりついていた。
俺は冷や汗を背中に伝せる。
危なかった。
そのまま手紙を摘んでいたら保健室行きだった。
「ちょっと趣味悪すぎないか?」
そう言って、俺は針に気をつけて読み始めた。
『この手紙を君が読んでいるということは、君が一連の行動を終える時間を計算してセットした小型爆弾が起爆しなかったということだね。おめでとう、君も晴れて私たちの呪いを受ける仲間になったということだ。仲良くやっていこう』
出だしからぶっ飛んでいた。
俺は相変わらず止まらない汗を無視して読み進める。
『君には私からの渾身のトラップを仕掛けたのだが、全く起動しなかった。その意味がわかるかな?まぁ、考えてもらってもいいのだが、君の悩む顔も見られないことだし、さっさと答えを出すよ。君は我々の神に選ばれたのだ」
だんだん内容が宗教臭を帯びてきやがった。
なんだか、理事長の娘がああ育った意味がなんとなくわかった気がする。
『どうせ信じて無いな?言っておくが本当だ。私はこのトラップで何人もの要人を葬ってきた……というのは流石に嘘だが普通の人間ならただでは済まなかったということはわかるだろう?それが三度も連続した。そんなものを普通の幸運だと片付けられるかな?」
冗談が全然笑えねぇよ。
そんな風に思いながら先ほど感じた嫌な予感の正体が見えてきた。
こんなことは思いたく無いが、本当に癪だが。
しかし、それでも心の隅ではこう思った。
あれ、これって理事長の娘に告られたおかげじゃね?と。
『そろそろ気づいたかな?そうだ。これが我が家に伝わる呪いだ。まぁ、君を認めるつもりはまだ無いが、頑張ればこんな特典も付いてくるのだと分かればモチベーションも上がるのでは無いかな?まぁ、ヘタレなりに頑張ってくれたまえp.s.娘とのデートを手配しておいたのでそのつもりで』
誰が……。
「誰がヘタレだコンチクショー!!!」
そう行って俺は玄関口からその脅迫状をフリスビーの要領で投げた。
思ったよりも遠くまで飛んだな、と自分で満足していたらその途端に手紙が爆発した。
「ひ、ひぃぃぃぃぃいいいい、まじであの理事長俺を殺す気だぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
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「ったく、大変な目にあった」
あの理事長のお茶目ないたずらのせいで午前の授業に全く身が入らなかった。
そういえば、ヘタレの文字にばかり目が行っていたが、最後にデートを手配したとか書いてあったことを思い出した。
勘弁してほしい。俺だって相手を選ぶ権利はあるはずだ。外見を補って余りある訳のわからん性格をしてやがる理事長の娘の相手を逃げ道なしでし続けなければならないなんてある意味地獄だ。
「どうした、霊感ボーイ?クラスでちょっと浮いたからって何を今更気にしてるんだ?いつも通りのことじゃ無いか?」
ズガズガと悪口を連発するこいつは俺の幼馴染の俊樹だ。
俺のツップスモードの白旗を無視して精神を抉ってきやがる。
「うるせぇ、あれは不意打ちだったんだよ」
そう言って俺は体を起こした。
「全く、場所を弁えろっての。まぁいいや。昨日はどうして学校の中央のあの豪華なビルに呼び出されてたんだ?」
文句は俺に言わず、ミナに言ってほしいものだ。そう思いながら俺は昨日のことを適当に説明する。
「なんというか、めんどい任務を押し付けられたのさ。お前には悪いがややこしくなるからいえない」
「なんだと?俺が信用ならないのか?」
「いや、信用とかではなくほんと話がややこしくなるんだよ。だから全部終わったら教えてやるから楽しみにしとけ」
「なんだよ、冷てぇやつだな!まぁいいや。俺が調べる」
いつもながらに怖いことをおっしゃる。
『じゃじゃーん!ミナちゃん参上!』
「げぇ!?出やがった!?」
俺はクラスで少し浮く原因となったミナをみて変な声を上げてしまった。
「おう、珍しいな。いつもなら家なのに」
と何気なく俊樹はミナに話しかけている。
『いやー、よくよく考えたら私もそろそろ出席点がやばいかなーと思って』
おかしいな。たしか、お化けにゃ学校も試験もなんにもないはずなんだが。
「それで、今日はなんで出てきたんだよ」
俺はため息混じりそう言った。
『それはねぇー、恭ちゃんをサポートしてあげるためだよ!』
「俺をサポートってどういう風の吹きまわしだよ」
俺は呆れながらそう聞く。
『だから、リア充である私たちが恭ちゃんの彼女ゲットに協力してあげるんだよ!』
ミナはそう言うと中でくるりと一回転した。ふわりとスカートが揺れる。
「で、恭弥は何をして欲しいんだ?」
俊樹は俺にそう聞く。
「何をって……。んー、とりあえず俺でなんとかするから……」
「なんだよ、みずくせぇな。俺は天下のリア充様なんだぞ。なんでも聞いてこいよ」
『そうだよ!としくんは最強なんだよ!どんと聞いちゃって!』
「ミナは何にもしないのかよ……」
「まぁ、彼女のためなら俺は何だってするからな」
そういうと俊樹は立ち上がった。
「ほんとは大体調べはついてるんだよ!理事長の娘さんがお前にぞっこんだってことくらいな!」
「何を的外れなことを言っているんだお前は……。ミナもどうして教えてあげないんだ?」
『えー、だってそっちの方が面白いじゃん!あんまりにも何でも知ってたらスリルがなくなっちゃうでしょ?』
ミナはそう言うとウィンクをした。悩殺という言葉を体現するに相応しい彼女の動きに俺はつい目をそらした。
「何だよ、人の彼女に惑わされてんのか?横取り禁止だぞ?」
「うるせぇ、もう諦めてるよ。それに俺は付き合わなきゃならない人が出来たんだ。ミナに構ってられない」
「へー。遂にミナを諦めたか。これはいい傾向だな……」
俊樹はそう小さく呟いた。
「何の話だよ?」
「こっちの話」
意外なところで意趣返しが来た。
「なんだよ、俺が信じられないのか?」
なのでおんなじセリフを返してやった。
「お前に話すとややこしくなるからな」
結果は予想通り。
「お前もかよ」
俺はそういうとため息をついた。全く、こいつの考えていることはよくわからん。理事長の娘関連の話なら的を射ていない訳ではないのだ。そんな不思議な洞察力をこいつは持っている。
それなのに、こいつはミナのことを助けられなかったのだ。
まぁ実際ここにいるからいいのだが。
「クッッッ」
その時急に頭が痛み始めた。
その時は心なしか、景色が歪んで見えたような気がした。
「どうした、恭弥!!?」
「大、丈夫だ……。収まった。くっそ、これも例の呪いの効果か?」
あの阿呆らしい呪いならありえる。
例えば、警告機能とか。
例えば、浮気防止機能とか。
例えば、被呪者の気持ちが他の異性に向いた時に頭痛を起こすとか。
「呪い?なんの話だよ?」
「こっちの話だ……。全部終わったら教えるよ」
「はぁ……!?だけど……。……でも、俺も俺で隠し事はあるしな……」
「助かるよ。分かってくれて」
俺がそういうと始業のチャイムが鳴った。