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好きでもないのに彼女になるだと?  作者: しーたけの手
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傍迷惑な交際宣言

「ぐぅ……。痛いじゃないか………」


 俺は一人しかいない個室でそう呟いた。


『だって、恭ちゃんがわるいんだよ!私、まだ、トシくんのも見たことないのに……』


 いや、もう死んでるんだから今更純情ぶるなよ。ってか幼稚園の頃なんて俊樹と一緒に入ってただろ?そんなことを飲み干しつつ、俺はトイレの外に向かって話しかける。


「全く、自分が幽霊であるってことをもっと自覚して欲しいぜ」


『やだよ!私はお嫁に行って幸せに歳をとっておばあちゃんになってから死ぬんだから!』


「いや、お前もう死んでるよ……」


『もぉ、恭ちゃん!一回私にフラれたくらいで意地悪するなんて、器が小さいよぉ〜』


 コイツ……。俊樹と同じこと掘り返してきやがる。


「お前らカップルはどうしてそんな昔のネタをいつまでも引きずれるんだよ!ってか、どうして今日は男子トイレになんていたんだ?」


 俺は諸々のことを終わらせてズボンをあげながらそう聞いた。


『あぁー、話を逸らしたー!ミナー!お前のことが好きだー!ってトシくんの前で大告白してくれたあの都合のいい恭ちゃんはもういないんだね』


「『都合のいい』ってなんだよ……。ってかお前また俊樹に影響されたな?」


 俺はため息まじりに立ち上がるとトイレの狭いドアに背中を預けた。


 大丈夫だよ、うちのトイレ超清潔だから汚くなんてない、と俺は誰にともなく心の内で言い訳をした。


『そりゃあ、まぁ私の彼氏ですしー?えへへー』


 眩しい笑顔を向ける彼女に俺はなんとも言えなくなる。


 もう彼女は死んでいるし、それに彼女はもう俺以外の誰かのものだ。その事実は今でもチクリと胸を刺すことがある。


『で、恭ちゃんはどうしてそんなに悩んでるの?』


「いやー、それがさ、めんどくさい奴と付き合えないとおれの人生が終わるらしいんだ」


『えー、何いってるのかわかんないよー』


「いや、幽霊なんだからそれくらい知ってるだろ……」


 俺はそう言うとため息を吐いた。


『えー、そんなの知ってるって言ったらつまらないじゃん』


「やっぱ知ってるのかよ……。ん?」


 そんな時に呼び出しの放送が流れた。


『恭ちゃん、呼ばれてるよ?』


 理事長の声で流れた放送は俺を高校の中央に立つ大きなビルへと呼び出すものだった。


「そうみたいだな、行かなきゃ」


 そう言うと俺はドアを開けた。


 彼女の体をすり抜けてドアが開く。


『じゃあね、恭ちゃん、また後でねー』


 涼やかな声でそう言う彼女の声はいつの間にかどこかへ消えて行った。


 俺はやり場のない悲しみを抱えて小さくため息を吐いた。


 --------------------------------------------------------------------------------


 この学園で知らぬ者はいないと言われている者は二人いる。


 一人目は、我らが完璧理事長。経営から勉学、たまには生徒を惑わせるジョークまで、何を取っても才覚を感じさせる彼の生き様は全ての生徒の憧れとなっている。


 二人目は、その娘。まぁ、こいつに関しては俺は知らなかったのだから噂の信憑性というものは往々にしてないも等しいと思っておいた方がいいだろう。


 外国人的な容姿の特徴を持ちながら、どこか淑やかさを感じさせる西洋と大和のハイブリッドが、この性格の悪い女の印象だ。


 基本的に、他の生徒とは距離を置いており、それが俗世とかけ離れた高貴ささえも醸し出し、彼女もまた憧れとなっている。……のだが、まぁ最近の一連の行動で化けの皮が剥がれつつあるわけで、俺はそんな彼女の破滅への道を内心ほくそ笑んでいる。え、性格が悪い?これくらいは許せよ。


 だがそんな中、一部の界隈ではより人気に拍車がかかるという異常な事態が起きているのだという。全く、おめでたい奴らだ。


「それで、理事長。どうしてあなたが俺を呼び出したのですか?」


 そこには落ち着いたダークブラウンの絨毯がシワひとつなく敷かれていた。壁は高級そうな木材が使われており静謐な印象を見る人に抱かせる作りになっている。窓からは程よい採光が計算されており、部屋を照らす光は、心を癒すような暖かい色がチョイスされている。そんな部屋の中央には、部屋の空気に負けない机が鎮座している。多分、樹齢何百年という巨大な木から切り出したのだろうそれはきっちりと部屋を会議室たらしめているこの空間の王だ。


 一目でわかる。


 ここは間違いなく金持ちのための部屋だと。俺みたいなひよっこが来ていい場所ではないのだと。


 だからこそ俺は疑問に思ったのだ。


 どうして俺がこんなところに呼び出されたのか。


 加えていうのなら、どうしてとても偉い雰囲気を醸し出している中高年のレディースエンドジェントルメーンに囲まれているのか、ということもだ。


「あぁ。わたしが君を呼び出したのは他でもない、うちの娘のことについてだ」


 しんと静まった会議室の空気が一気に固まる。


 だが、誰も話さない。


 きっとそれは誰もが次を待っているのだ。衝戟を噛み殺しながら、彼らは年季の入ったその心臓を尖らせる。


「あなた方、理事会の皆さんにも聞いていただきたく、お集まりいただきました。この少年が、コウの人。つまり、わたしの娘に成功をもたらす、高所で知り合った、幸運の人と成ります。つきましては、結婚を前提としまして、私の娘に交際の表明をすることに相成りました」


 その言葉を書き終えた途端に、あるものは目を見開き、あるものは周囲の顔色をあたふたと見回し、あるものは驚きで失神するものまでいた。


 まて、お前ら、そんなに俺が嫌か?


「ちょっと待ってください!理事長!それはあんまりでしょう?俺があなたの娘の婿にならなきゃならないって話は聞きましたよ!でも、今はまだ早いでしょ?まだ高校生ですよ。少しは娘さんの気持ちを考えて上げてください!」


 俺は咄嗟に反論をした。


 こいつらの反応を認めるのは本当に癪だ。それになんかものすごい勢いで首肯してらっしゃるお偉方がたくさんいるがきっと気にしたら負けな気がする。


 それに、あの強情娘がこんなことを認めるわけがないだろう。


 曲がりなりにも、恋する女の子だ。確かに方法はやっちゃいけないことかもしれないし、褒められたものではなかったのかもしれない。


 それでも、自由恋愛が許されるこの世の中でこんなのはあんまりだ。


 それに、ある程度のイケメンなら理事長の娘も報われるだろうが、オタクルックスの俺だ。なんなら内面もしっかりそれだ。俺が言うのもなんだが流石に気の毒だ。


 さらにもっと重大なのは俺としても誰かと付き合ったら、俺の深夜アニメにかけられる時間が減る。これは案外大きい。


「だが、君に任せていてもいつまで経っても関係は進展しないだろう?ここ一日ほど君を観察していたが、娘のことを怒らせはすれど、好感を抱かれることは残念ながらなかったね。だからこのまま手をこまねいていては本当に娘に不幸が訪れると私はそう危惧するに至ったのだよ。それだけは絶対に避けなければならない……!」


 そう熱弁を振るう理事長に俺はただただ、圧倒されるしかなかった。


「お言葉ですが、旦那様、あくまでコウの人の伝説は迷信なのでしょう?そんなもの信じていては、黄瀬家の真の繁栄には……」


「君はそれで私の娘に祟られた場合、責任が取れるのかね?」


「そ、それは……」


 明らかにお偉いさんという感じの厳つい顔をしたおじいさんが、理事長からの射殺するかのような言葉に、口を魚のように何度かパクつかせるくらいしかできなかった。


 重たい沈黙が訪れる。


 今はどんな正論を翳そうとも、理事長が全て撃ち落としてしまうだろう。それほどに彼の愛情は深い。


 それは、人としてあるべき姿なのだろうが、いくらか度を過ぎた感じもする。


「さて、口を開く者もいなくなったということは、反論はないと考えてもいいかな。それでは、娘には入ってきてもらおう。希、入ってきなさい」


 その言葉とともに、ドアが開かれた。


「はい、お父様」


 そういうと、彼女は完璧な立ち振る舞いで、流れるように理事長の隣に一つ空いていた席に座った。


「希、すまない」


 彼は、徐に立ち上がると娘に頭を下げた。


 会議場は再びざわつく。


「分かって、もらえるね……」


 理事長は娘に本当に申し訳なさそうにそう言った。


「頭をお上げくださいませ、お父様!もちろんですわ!私、きっと幸せになってみせます!」


 あー、えっと、こいつだれだ?


 人間の輪郭が霞むほどに別人のように振る舞う彼女だったが、しかし、俺はこいつを知っている。


 信じたくないが、理事長の娘だ。


「あぁ、ありがとう、希、ありがとう……!」


 理事長は涙を幾筋か光らせながらそう言った。重役の方々も涙ぐむ。


 だが、まて。なんだ、この三文芝居みたいな状況は……。そして、泣くほど嫌かお前ら?


「さて、それではここに宣言しますわ」


 涙をぬぐいながら、まるで美術品のように完璧な少女は言う。


「わ、私、黄瀬希は今日から高槻恭弥君と正式にお付き合いすることを宣言します!」


 …………は?


 いやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!ちょっとまて!!!!!!


 コイツ今なんて言った、付き合う?


 え、もしかしてアレ?あの日本刀使って殺しあうアレ?


 んなわけない、そして、何勝手に宣言してる?俺は認めてないぞ!?


「ちょ、俺に拒否権って……」


 そう言いかけたところで、理事長は物凄い眼光を俺に突き刺した。


 ちくしょう、なんだこれ、声が出ねぇ……。


「そういうことだ、恭弥君、娘をよろしく頼むよ」


 そう言う理事長の顏は目だけが笑っていた。不気味だ。こんなに気味の悪い理事長見たことない!?


「…………はい」


 そして、俺にはぎこちない笑みを浮かべながらそう言うしかなかった。


 そして、その流れで会議は解散となった。


 誰にとっても心臓に悪い会議だったことは間違いないはずだ。


 そして、俺はそのままそそくさと分をわきまえて退場するつもりだったのだが、最後の最後で声が掛かった。


「そういえば、恭弥君。一つ君にアドバイスをしよう」


「……?な、何でしょう?」


 もう勘弁願いたい。


 そんな本音を脳内に全力で蓋をして、俺は理事長の方を振り向いた。


「その、だね。トイレで独り言を言うのは、やめておいた方がいい。学年中で噂になっているよ」


 あ……、終わった。主に学校生活が。


「し、失礼します!!!」


 そう確信した俺はそう叫んでなりふり構わず会議場を後にした。

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