大変面倒なことに巻き込まれてしまった。
呪いって馬鹿みたいだが、理事長はその後も史実と交えて彼らの繁栄と凋落が結婚相手と出逢った場所の高さにある、ということをその後30分もかけて説明してくれた。いや、決して迷惑なんかじゃないよ、うん、授業は始まっちゃってるけど……。
「と言うわけだ。まぁ、最後に付け加えるとすれば、高い場所に初めて呼び出した異性でないといけない、というところだろうか。まぁ、はっきり言って君だ」
はっきり言おう、意味がわからん。
「あの、理事長?それでも時代が時代ですし、やっぱり結婚相手は本人の意思に反しない方がよろしいのでは?」
「別に私のわがままで娘に想い人を諦めろと言っているわけではないんだよ、高槻くん。娘が不幸になると知っていて、それが止められるのなら止めてやりたい。こういうのが親心ってもんだ」
「…………」
言い返すことはできなかった。
真剣そうな顔つきでまゆつば物の呪い(笑)を語っている理事長に対して半分ドン引きしそうになっていたことを置いておくとしても、もう半分は彼の父親としての真剣さに気圧されてしまって俺は言い返す言葉を失っていたのだ。
「まぁ、ぽっと出の君にそう簡単に娘を譲るわけにはいかない。だが、それでも最終的には私の家に婿に来てもらう。これはもう確定事項だ。心しておくように」
そして彼はそのままくるりと華麗にターンを決めるとそのまままっすぐ階段を降りていった。
彼の靴音が妙に頭に残った。
一体、俺はどうしたらいいのだろう。
「あぁ、そうだ」
姿の見えない理事長の声が階段に響く。
「君が娘と結ばれなかった場合は、君も不幸になるからね。そういえば先先代が初めて山に呼び出した彼を振った女性の家は買い換えるたびに焼失したらしいよ?」
…………。
ちくしょー、あの尼とんでもないもん俺に押し付けやがったなぁぁぁぁぁ!!!
--------------------------------------------------------------------------------
さて、放課後
どうする。
振られれば不幸のどん底に落とされることになる。理事長の話しか聞いていないが、あのスーパー理事長が言うのだから、信憑性がありそうだし、今はこの呪いがあること前提で考えていくしかないだろう。
だが、誰かと付き合わなくてはならないだけでも既に俺の許容範囲を遥かに超えているのに、その相手は学校一の美少女、それもその子は俺の親友のことが好き。
どん詰まりである。
「どうしたよ、兄弟?お前がそこまで落ち込むなんて珍しいな。ミナに振られて以来じゃねぇか?」
「辛そうにしてる人間に対して追い打ちをかけるんじゃねぇよ。あの虚しさ思い出して辛さ倍増だ」
俺は机にだらんと体を投げ出していた。自称降参のポーズである。このポーズの欠点は俺以外このポーズの内容を知らないので降参しても容赦なく攻撃が来るところだ。あれ、これって意味なくないか?
「ははは。なんだ?あの時、ミナが彼氏持ちだったって知らなかったのかぁ?」
「やめろ、三年も前のことを掘り返すのはマジで!俺の心のライフはもうゼロよ!」
「何言ってんだお前……?」
おっとこれ以上はいけない。俊樹にも伝わらないみたいだしな。
俺は気持ちを切り換えるように俊樹にこう聞いた。
「あのさ、俊樹。好きな子に好きな子がいた時、どうする?」
俺は裏事情を全部省いて分かりやすくそう聞いた。俺の中で表向きは理事長の娘のための恋愛相談で、本音は、不幸にならないために理事長の娘をゲットしなくてはならない俺のためだ。
……俺は何に言い訳をしているんだか。
「なんだ?恭弥てめぇ、好きな子が出来たのか?」
俊樹はその口調とは裏腹に目を輝かせながらそう聞いた。
「いんや。ただ、こっちの方が分かりやすいからな」
「なんだそれ?まぁいいや。どうせ俺がすぐに調べをつけるし」
やだ、何そのストーカーみたいな発言。ってか、マジでリア充力を駆使すればなんとでもできそうなところが怖い。
「まぁいいやで片付けられることじゃないような気がして来たが……。まぁ、とにかく答えろよ」
「んー。どうせ俺様の方に振り向くし考えたことなかったな」
は?何だと?喧嘩売ってんのか?
「殺すぞ」
「……おい。今の明らかに一般人が出していい殺気じゃ無かったぞ……」
「うるせぇ、御託はいい。用件だけ話せ」
俺の非リア力をなめてもらっては困る。一般人ごときと比べるなど無礼千万だ。その辺の殺人鬼ならちびらせてやれる自信がある。
「若干お前の執念に引いてるところだが、し、仕方ねぇな。俺の秘策を教えてやるよ」
そう言って華麗に髪をかきあげた俊樹だったが、俺は手が震えているのを見逃さなかった。
これは、チャンスだ……!!!
「おう、さっさと教えろ、さもなくば……」
俺は続く言葉の代わりに首を切るジェスチャーをした。
「なんだろう、急に安っぽくなったな……」
目論見は見事に失敗した。俊樹は優しい目でこっちをみて来ている。痛いよ、優しさが刺さるよ!?
「ちくしょう、この失敗体質をどうにかしたい……」
「お前はどうせ死ぬまで失敗を続けるのだ、ザマァ……。とまぁおちょくるのはこれくらいにしておいてだな。んー、そうだな。まずはライバルの悪口をいう、かなぁ」
そう言って、俊樹は目をキラキラ光らせて部活のカバンを引っさげて立ち上がった。
「なんでニヤニヤしてんだよ?」
「いいからいいからー」
「俺は良くねぇよ!?」
そう抗議したが、やつは俺が食ってかかろうとしたところで、一目散に走って逃げやがった。
うわ、確かに足早ぇ。理事長の娘の言う通りだな……。
--------------------------------------------------------------------------------
翌日。
かくして俺は一応親友の片桐俊樹の悪口を理事長の娘に言うことになった。だが、あれだ。俺はコミュ力がないので理事長の娘に会う機会を作ることからして難しい。
偶然という運命の力に頼ってみようとしたものの、微塵も会う気配がない。ってかあいつ本当にこの学校で授業受けてんのか?
「ちくしょー、クラスは全部見たしなー。見てないところといえばもう女子トイレくらいのもんだが……。ダメだ、警察に捕まるビジョンしか浮かばねぇ……」
もちろん、女子トイレに入っても法律上犯罪ではないのだが軽蔑されることは確定と言ってもいいだろう。
俺は諦めて教室に引き返した。
「ちょっと、いくら待っても来ないって一体どういうことなの?何、顔がクソなのに飽き足らず私の計画まで捩じ曲げるって何事よ?」
するとそこには傲慢な態度で俺を歓迎する美少女がいた。俺の中で彼女は唯一のあばずれという地位に届きそうな存在なのだが、その達成がぐっと現実味を帯びてきた形である。ちなみに教室はざわついている。当然だ。完璧だと謳われていた理事長の娘がこんな狂犬だと思い知らされてさぞ驚いたことだろう、はっはー。
「なんだよ、俺になんの恨みがあってそんな酷いことを言うんだよ、そんなに俺が悪いことをしたか?」
「自覚がないだなんて全く救いようがないわね」
まるで俺が間違ってるみたいに責め立てる彼女は俺をその綺麗な目でキッと睨みつけた。それだけでクラスのどよめきが静まり、一部の男どもの荒い息の音だけが空間を支配した。……なんて嫌な空間なんだ。
「自覚も何も俺は親切にしたことならあるとしても酷いことをした覚えはないよ」
「うるさい。私に昼休みの半分を待ちぼうけに使わせた時点でそれは既に罪なのよ」
俺はその言葉に大きくため息を吐いた。
あの完璧理事長は一体どこでこの子の育て方を間違えてしまったのだろうか?
「で、今度はなんだよ。まさか俺に悪口だけ言いに来たんじゃないだろ?俺に何か用があるのか?」
彼女は依然として厳しい顔をしている。なんだ、リア充ってそんなに非リアのことが嫌いなのか?まぁ、いくら寛容なリア充でもことあるごとに爆発しろとか言われてたら嫌いにはなる……のか?
「用事って程でもないけど、ちょっとね、話があるのよ、また放課後あそこに来なさい」
「……どうしてメールを使わないんだよ……?」
「そんなの……、このクラスにいるから……ってなに言わせんのよ!」
なるほど、俊樹に会いに来たのか。努力を欠かさない感じの好印象のはずなんだが、こいつの性格を鑑みると応援する気が失せる……。
だが、メシウマなことに俊樹は今教室にはいない。大方他のクラスの女子をナンパにでも行っているのだろう。理事長の娘ざまぁー。
「あのなぁ、お前は知らないと思うが、あいつは女泣かせのクソ野郎だぞ?彼女がいる癖にナンパするわ、すぐ女変えるわ、俺の人生で見てきた男の中でクズと言ったらあいつにかなう奴はいないくらいだし。」
そうやって唐突に俊樹の悪口をブッ込んでみた。俊樹に教わったアドバイスを今ここで行使しようという腹である。
「うるさい、あんたがどう感じようと私には関係ない!」
……。おい、全然上手くいってねぇぞ。俊樹、どうなってるんだ?
それに女の子に怒鳴られるような経験をしたことの無い俺にこのシチュはだいぶきついぞ。涙出てないか、俺?
「……そうかよ、まぁ別にいいけどさ。お前がどうなろうとどうせ俺には関係ないしな」
「あっそ。あんた本当に口を開けば憎まれ口しか叩かないわよね」
一体どの口がこんなことを言うのか……。こいつ自己中通り越してサイコパスじゃね?
そう思っていたところに俊樹が教室に帰ってきた。
「お、理事長の娘さんじゃん、珍しいねぇ、どうしてこのクラスに?」
「ひゃっ……、え、えと、その……」
先ほどまでの勢いは一体何だったのかというほどの勢いで彼女は縮こまった。色白の頬をリンゴみたいに染めて、耳のあたりまで熱を発しているのが見ただけでわかった。そして、視線はそこら中を泳ぎ回っていて俺は彼女のダメっぷりにため息をついた。
「あ、怖がらせちゃった?へへ、大丈夫だよ?金髪でイカツイけど中身はホントピュアだから」
その一方で頭痛のタネがもう一つある。こいつだ。彼女がいるのに普通に口説きに行ってやがる。
「おい、俊樹……。怒られるぞ……」
「大丈夫大丈夫!一日三回までは許可もらってるんだ。代償が……その酷いんだけどな」
「……」
俊樹は脳で考えるよりも先に口が口説きにかかってしまう病気(笑)なのだが、割と深刻らしい。初対面の女の子を目の前にすると確実にナンパするのが症状(笑)だが、そのおかげで彼女を散々泣かせている。許可を出す代わりに泣くと言いだしてこいつかなり困ったそうなのだ。なんだかんだ言って彼女が泣くのは嫌ならしい。
俺は深くため息をついていると理事長の娘は耳を引っ張り俊樹の側から俺を離した。
「ちょっと、オタク!私の俊樹くんとってんじゃないわよ!」
「うるせぇ、間接的にテメェら二人のことを想っての行動だよ!」
俊樹には彼女との約束を守らせ、理事長の娘には操を守らせるという最高にクールなフォローのはずなのだがその意図は一切伝わっていないようだ。はぁ。損な役回りをする俺みたいなやつが世界を支えてるってのに……。ふっ。
「何悦に入った顔してんのよ、きんも。ブサイクな顔の攻撃力なんてあげてなんか楽しい?」
「ねぇ、なんで、なんで俺そんなに嫌われてんの、ねぇなんで……」
「はぁ、恭弥。分かってないねぇ。理事長の娘さんと俺の両方を取るようなことするから……。はぁ、欲張りな男は痛い目見るぜ……」
一体どうして俊樹と理事長の娘とを二股かけたみたいな流れになっているのかさっぱり理解はできない。ってかどうして自分がもう一方の天秤に乗れると思ったんだ、俊樹は。リア充ってのはこれだから恐ろしいな。
そう思いながら俺は無視を決めるとその場から身を引いた。本当は身を引いてはいけないはずなのだが、それに身を引いてやる義理すらもないのだが、女の子には基本優しくするのが俺のポリシーだ。仕方なくその場を去る事にした。
-------------------------------------------------------------------------------
さて、そうは言うもののよくよく考えたら理事長の娘と結婚しなくては自分が不幸に叩き落されることを忘れていた。まぁ、理事長の娘と無理やり結婚させられたところで幸せな生活が待っているなどとは到底思えないのだが。
しかし、自分のヘタレベルに悲しくなってくる。本当はもっと俊樹の悪口を言って理事長の娘に俊樹を幻滅させるべきだったのではないか。そうやってあわよくば自分の方へ意識を向かせる。そういう計画だったはずだ!
「だが、待てよ……」
俺はトイレの個室で手を顎の方へ持って行った。いわゆる考える人のポーズである。
「俺が悪グチを言ったところであの理事長の娘絶対に折れないよな……。むしろ悪化してる……。これは別の一手を考えなくては……」
『どーしたのー?』
「ん?彼女を作る方法で悩んでて……。いや、まて、ここはトイレの個室……。どうして誰かが隣で話を聞いて……」
ふと疑問に思って声の方向に自然と目がいった。それが多分俺の間違いだったのだ。
『みぃーたぁーなぁー』
「ひぃぃぃぃぃぃいいいっっっ!!!!オバケェェェェェ!!!???」
眼窩には虚無が収まり、口からは鋭い歯の間からだらりと長い舌が垂れ下がっている。
髪は長く漆黒の艶があり、我が校の制服を血に染めたテンプレお化けがそこにいた。
『もー、恭ちゃんったらー!そんなに怖い?これでも私女の子なんだからちょっと傷ついちゃうよ!』
そう言いながら、バケモノは俺の幼馴染の姿へと急激に姿を変えた。
「驚かすんじゃねぇよ、ミナ!なんで物の怪モードで来るんだよ!心臓吐き出すかと思ったじゃねぇか!」
お化けと知り合いだと聞いてさぞドン引いた方もいるかもしれないので一応説明しておこう。
こいつは湊橋ミナさんだ。
俺が中学の時にフラれた相手であり、小学校の頃から俊樹と付き合っている容姿と性格が最高レベルの女の子なのだが、彼女は16歳の若さでこの世を去っている。
『えー、でもー!恭ちゃんが悩んでたからー!』
「そうやって非リアを惑わすような言葉を吐くんじゃありません!ってか、お前精神図太すぎないか?」
『え、何がぁ?』
「いや、俺一応半裸なんですけど、主に下の方が」
『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!』
「べふぅぅぅぅぅうううう!!!???」
そして、向こうの世界の偉いさんを手篭めにして、こちらの世界を漂える強力な死霊でもある。
ちなみに、幽霊だからと言って俺に触れられない訳ではないので、普通に人間は殺せるくらいには実体化するため注意が必要だ。