知らないでいいことって割とある。
「どうする、俺……」
俺は厳しい選択を迫られていた。
相手は確かに美人だ。金髪だし、目は青いし、その割に外人っぽいわけでもないが突出して整った顔立ち。それに背は低いからどんな男とでもお似合いのカップリングになるだろう。
だが、関わるなと言ってきたのは向こうだ。それに、あの横暴な態度には本当に腹がたつ。今まで女子からまともな扱いを受けたことはないが、それでもあいつの対応は塩対応で誤魔化せるレベルを明らかに超えていた。
俺は自分のプライドに聞いた。
さて、どうする?
「おい、何をそんなに深刻そうな顔をしてるんだ?」
俺に金髪のフリをスルーされて若干落ち込んでいた俊樹は不思議そうな顔をしながら聞いてくる。
「いや、なぁ……。その、こんな感じだ」
俺は俊樹に携帯を押し付けた。
「なんだ、乱暴なやつだな。ん?なんだこのメール?」
「理事長の娘さんからだ」
「はぁぁぁぁ???なんでだよ、泣く子も黙る塩対応じゃなかったのかよ?」
俊樹が驚くのも無理はない。手の平を返すなんてレベルじゃない。なんなら仰向けからうつ伏せになるレベルに言っていることがひっくり返ってるのだから。オセロもびっくりだぜ。
「そうだよ、泣く子がショックで自殺して永遠の沈黙に沈むほどの酷い扱いをしてきた奴から二度目のお呼び出しだよ、一体なに考えてるんだよ!?」
俺はそう言いながら、怒りに拳を震わせていた。
「とか言って、半分腰を浮かせているお前になんと言ってやったらいいのか……」
「なっ、体が、勝手に……」
「へへっ、体は正直なんだなぁ?」
「おえ、気持ち悪いい!」
指の動きがリアルだ、やめろ。あと、そこの女子どもキャーキャー言うな。俺がやったら悲鳴をあげる癖にちくしょうめ。
俺は目の前に現れた貞操の危機から逃れるべく、足早に教室から立ち去った。
別に、呼び出された屋上に行こうだなんてしてないぞ!
はい、来てしまった。
来てしまいましたよ、ちくしょー!
……いや、決して欲望に負けたとかそんなんじゃない。
決して、あの綺麗な顔をもう一度拝みたいとか思ったわけじゃない……!!!
「遅い」
そこには、金属くらいなら余裕でぶった切れそうなくらい鋭い目をした理事長の娘が待っていた。
風の無い屋上で二人。ただでさえ女子にいい思い出がないのに、この扱いである。ブルっちまいそうだぜ。
「な、なんか文句あるかよ?」
俺はなけなしの勇気を振り絞ってそう言った。
敵の戦闘力は止まることを知らない天井なしだ。油断するな、俺。こんな奴に心を折られて堪るもんか。
「オタクごときに割く時間はないの。私は忙しいんだから」
こいつ、初っ端から俺の体力をごっそり持って行きやがった……。
「……。それで、その私ことこのオタクごときに割く時間がないほど忙しい君は一体俺に何の用だ?」
俺は崩れ落ちそうな精神力をかき集めてそう聞いた。辛うじて表情は保てている。まだ、人間として負けてない……!
「そのことなんだけど……、えと、その……」
彼女は顔を真っ赤にして、もじもじし始めた。
俺は空気が急に激変したのを肌で感じた気がした。
「なんだよ、突然……」
俺は怪訝そうな顔でそう聞いた。
「あ、あなた今朝言ってたわよね、名前を教えたらメアドを教えてくれるって……」
「言ったがそれが何か?」
理事長の娘は、顔を真っ赤にしながら口をもごもごさせた。何か葛藤しているようだが、残念だったな。俺は女心など分かりやしないのだよ。
「その……、ね。私、好きな人がいるのよ」
「そうかい、そりゃよかったな」
何だ?リア充の自慢話か?そんな風に聞き流した。
「それで、ね。あなたの割と近くにいる人なのよ。その人」
もったいぶった態度に俺はそろそろイライラしてきた。よりによって今は風がない。つまり、景色になにも変化がない……。
まるでノベルゲーがフリーズした時みたいな気分なのだ。
「さっさと言えよ、俺も君にあんまり時間を割きたくないんだが?」
「何よ、私これでも我慢してんのよ!人に好きな人のこと打ち明けるのも初めてだし……」
そして、彼女はまた身をくねらせ始めた。ムカつくが紛れもなく可愛いことは事実だ。あぁ、自分で自分が嫌になりそうだ。
「そうかよ。ならさっさと済ましちまえよ、どうせ何十人目の夫候補なんだろ?」
きっとクソビッチなのだ、こんな女。どうせ、彼氏を取っ替え引っ替えしているに違いない。
「そ、そうね……」
こいつ、否定しないぞ……。俺の超シャープな皮肉が伝わらなかったのか!?
俺が唖然としていると彼女は大きく息を吐いた。
そして、何かを決意したように俺の目をその青い目で見据えてこう言った。
「私の好きな人はね、片桐 俊樹くんなんだ」
へ?
瞬間。屋上に一筋の風が通り抜けた。
「え、あのクソリア充を好きになっちまったのか!?」
パニックである。脳みそ大混乱である。
だってあの俊樹だぞ!?クソモテるけど、アホみたいに浮気ばっかする俊樹だぞ!?
「俊樹くんを悪く言わないで!俊樹くんはすごい人気者だし、かっこいいし、足も速いし」
選考基準が小学生じゃねぇか!特に最後のやつ何だよ!そんなにかけっこ一番がいいなら陸上部にでも行ってきやがれ!
俺は片手を痛み始めたこめかみに宛てがい、人生でベストスリーに入るほど深いため息を吐いた。
「そうかよ……。だが残念だったな。あいつには彼女がいるぞ?」
「そんなの嘘よ!今まで一度も見たことないわ、何?私に俊樹くんを諦めさせて、自分が付き合おうなんて考えてないでしょうね?」
「はぁ?誰が俊樹となんか付き合うか!男は恋愛対象外だっての!」
急に取り乱し始めた彼女に俺はそう言った。まぁ、自意識過剰なお姫様にはちょうどいい薬になったろうよ。なんせ、俺が自分を狙ってるだなんて勘違いしてる痛い奴なんだからな!あぁ、俺は初めから期待してませんでしたよ、こんな女とのフラグなんて!
だが、まぁ、取り乱す気持ちもわからないではない。
思い人に彼女がいりゃ辛かろうよ。俺も分かるぜ、そう言う経験しかないから。最後の方なんて、女子が俺に聞こえるようにいつも彼氏がいることを公言することで、自衛を始めたからな。
くそ、頭がいてぇ。嫌な思い出を思い出してしまった。
「何言ってんの、気持ち悪い!私と付き合おうとしてんのよ、あんたみたいなキモオタがね!」
はい、俺の同情返してくださーい。
偏見が甚だしいことこの上ないご意見を頂戴して、俺の中でこいつの株が大暴落した。クソが……。人を見た目で判断しやがって。信用の基準も外見ですか?イケメンに騙されて痛い目見とけ。
俺はそんなことを思いながら、もはや理想も何もない理事長の娘を睨みつける。
相変わらず屋上には二人だけだ。ここに来るまでのウキウキなど、地平の彼方まで消えてしまっていた。
「嘘じゃねぇってば。ムカつくことにあいつは本当にリア充なんだよ」
だから、無視して帰っても良かったが、俺は人間できてるのでちゃんと答えてやった。あぁ、ブサイクでも中身は立派で居たいからな、頑張れ俺!
「はぁ?ふざけないで!私がどれだけ彼のことについて調べたと思ってるの!探偵を十人派遣して、ハッカーも三人雇ったわ。それで彼の行動をリアルもバーチャルもずっと監視し続けたけど、そんな素振りはなかったわよ!この一ヶ月間、ずーっとね!」
え、今こいつなんて言いやがった?
そう思って彼女の顔を見るとしまった、というように手を口に当てていた。
いや待て、そんな。そんなまさか。
「お、お前、もしかして……」
「い、いや……」
掠れるような声でそう言う彼女に俺は容赦なくこう言った。
「ガチのストーカーなのか?」
その言葉を聞いて彼女はリンゴのように真っ赤になった。
「ち、ちち、違うわよ!何言ってんの?ばっかじゃないの!私は理事長の娘でこの学校で一番の生徒なんだから!そんなことがあっていいはずないでしょ!」
きっと理事長の娘なんだから才色兼備でできた生徒を演じて居たのだろう。
まぁ、化けの皮剥がれてるけど。いや、ほんとどうやったら、こんなのがバレないんだ!?
それは置いておこう。彼女は人としての一線を超えてしまったのだ。あぁ、哀れだぜ。
「やっちゃったんだな……。恋は盲目ってこういうことなんだな。なんかガチで引いたけど他人に見せられない趣味があるって点では微妙に親近感が湧いたし続けていいぞ……」
「何を続けろっていうのよ!」
「決まってんだろー?言い訳だよ」
「ふざけないで!私は何もしてないわ!」
この期に及んでもまだ認めないつもりみたいだ。
そんな時俺にある考えが頭を駆け巡った。
「あっ、もしかして俺のメアドに俊樹宛のメールが届いたのって、交友関係を調べた時に出てきたメアドと間違えたとかそんなオチ?」
「……………」
彼女は答えなかったが限界まで顔を赤くして、俯く顔や、震える唇、握りこぶしをみてだいたい分かった。
「やれやれ、図星か」
この日俺は学校一の美少女に幻滅した。