第四十話 兄弟の絆
ロマは完全にオゾン化し、怒る激しい形相も、大きな怒鳴り声も場から消え去った。
妹が“死んだ”という驚愕。
それに追い打ちをかけ、フルはシルフェの剣を引き抜く。
すると、深々とえぐられたバルト・イルファの脇腹から、彼の放つ炎のように真っ赤な液体が、大量に吹き出した。
自分の作り出した血の池に、バルトは前のめりに倒れ込む。
その反動で、バシャッと血が辺りに飛び散った。
「ここまで、ですかねぇ……」
バルトは、残りの生命力を絞り出すようにして話す。
「楽しい勝負でした…… こんなにも心踊る戦いはしたことがない。純粋な“力”でだけでなく、知識と知識のぶつかりあい…化学反応の連鎖…… 最高です」
しかし、次の瞬間、バルトの目に燈が灯る。
「でも…… “敗北”なんて、私には許されない」
炎が舞う。
奇襲かとフルは後退するも、彼の発した火は、彼自身を燃やしていた。
そして、その炎の中から声が伝わる。
「自分の炎を、今まで幾千の命を奪った炎を、この身で体感できるなんて最高です。私はこのために生きていたのかもしれない」
己の火に焼かれているというのに、バルトの声は冷静だった。
「それに、これであなた達との決着はついていない。ドローですね」
3人に聞こえたのはここまでだった。
しかし、バルトの言葉は続く。
「これで、負けずに済んだのでしょうか?…… 彼女に…私の“敗北”を見せずに済んだのでしょうか?……」
炎の中で仰向けになった彼は、その手を天に捧げる。
「ロマ、私もすぐそちらに逝きますよ。こんなクサイ台詞を平気で言う兄ですが、待ってくれますか?」
数分後、炎は鎮まり、後には何も残らなかった。
あの業火は、彼の骨さえ焼き付くしたのだろう。
そして三人は研究所を抜けだし、再び巨大な穴にたどり着いた。
「もう一回、やってみるよ」
フルがそういいだす。
「だめよ! フル。 あなた、記憶を代償に魔法を使ってたんでしょ!? さっき魔法をつかうときなんか急に頭が痛そうにして…… 無理しちゃだめよ!」
「いや、脳は十分に休めたよ。だから、もう一回やらせてくれないかな」
「絶対だめ! 記憶がなくなるなんてそんなのだめよ。私たちとの記憶も、いつ消えるか分からないのよ? フルが私たちのこと忘れるなんて絶対にイヤ!
なにか別の方法はないの?!」
「そのことなら大丈夫なはずさ。今思えば、前々から記憶喪失の兆候があったんだけど、昔のから順に消えてるっぽいんだ。だから、下に降りるくらいの魔法を使ったて、2人のことは忘れないはずさ」
「そんな…… でも……」
そこに、今までだまっていたルーシーが口を挟んできた。
「フル。下まで降りる魔法、頼む」
「ルーシー! なに言ってるのよ!」
「メアリー、よく聞いてくれ。フルの魔法以外に、ここを降りていく方法があるのかい? 僕が主従融合してパワーアップして飛び降りたところで、底が見えないこの高さじゃ怪我するのがオチさ。メアリーには、なにか案があるのかい?」
「……私の錬金術で下まで階段を!」
「だめだな。時間が掛かりすぎる。今は一刻を争っているんだ」
「……」
「じゃあフル、よろしく頼む」
「ああ、任せてくれよ」
「でも……死ぬなよ」
フルはガラムドの書を取り出し、目の前にかかげて、意識を集中させる。
下まで素早く降りる魔法を思い浮かべる。
それに応えるように、本の全体が淡く光り始め、パラパラとページがめくれていった。
本の動きがとまり、ある1ページがフルに示された。
それを一目。
見覚えのあるページ。
先ほどは失敗した魔法の、そのスペルを叫ぶ。
「“サイト・スイッチ”!!」
穴の上、ちょうど地面と同じ高さのところに、ガラス板のようなものが現れた。
大きさは4・5メートル四方。
その透明度は、綺麗に下へ下へと続く闇を映していた。
「よし、行こう」
フルのかけ声で3人は乗り込む。
すると、板は下に向けて、徐々に加速していった。




