第三十六話 危険な状態
「うわぁ…なんだこりゃ……」
フルは目の前のそれを見て、言葉を漏らしてしまった。
オリジナルフォーズはみえない。しかしその代わりに、島に巨大な穴が、地下に向かって掘られていた。
縦穴の巨大さとあれば、島の面積、そのおよそ8割を占めるほどの大きさだろう。
「この下…行くの?……」
ルーシーはフルを見て、恐る恐る訊いた。
「行くしか…ないでしょ……」
「そう、だよね……」
フルの答えに、ルーシーは仕方が無く承諾した。
「じゃあ、これを使おう」
そういうとフルは、分厚い本を取りだした。
神の名が冠せられし魔導書、“ガラムドの書”
「これには、これを持つ人の、今は僕の望みを叶える魔法を見つけてくれるんだ」
数百ページに渡り、魔の術が記された魔導書には、そんな力があった。
先刻の守護魔法“ヘイロー・イレイズ”も、フルの『みんなを守りたい』という望みから示されたのだ。
「二人が王水の材料を探してるときに、見つけたんだよ」
そして、フルは『この穴の下に、安全に降りてゆける魔法を』と念じた。
その想いに応えて、“ガラムドの書”は薄く青白い光を放ち始める。
魔導書はフルの手を離れ、目線の高さまで浮かび上がった。
ページが徐々にめくられてゆく。
本の動きは止まり、選ばれし者に一つの魔法を啓示した。
フルはそのページを一目する。
それだけで、魔法の構成を理解した。
まるで術式を直接脳にぶち込まれたかのようだった。
そして、その魔法を展開する。
「移動魔法“サイト・ス…”… うぁぁあ゛……」
突然、魔法は中断され、フルは頭を抱えて地面に倒れ込んだ。
「「フル!? どうした!?」」
ルーシーとメアリー、同時の声。
二人とも倒れるフルの元に駆け寄った。
「頭が!…… 頭がっ!…… 割れるように…痛い……」
フルはそう訴える。
「何か…私に何かできることはないの!!?」
「大丈夫だよ…… すこし…治まってきた……」
メアリーにそう言いながらも、フルは痛みに耐え、気張った顔をしていた。
そして、立ち上がろうとする。
「フル…… 無理すんなよ……」
フルに肩を貸しつつ、ルーシーはそう言葉にした。
しかし、フルは丈夫を装いきれていない、苦しさで歪んさ表情でこう言う。
「ちょっと失敗しただけさ…… もう一回いくよ……」
フルは、地面に放られてしまっていたガラムドの書を拾い上げた。
『お止めなさい。フル・ヤタクミ』
どこからか声がした、フルは敵かと一瞬警戒する。
「なんだラルクか…… フル、大丈夫、こいつは僕の守護霊なんだ。今まで、僕以外には姿をみせてなかっただけさ」
目の前には、その長い黒髪と同じ色をしたワンピース、それをまとった女性が現れていた。
その女性は3人よりか、大人びた顔つきをしていた。
そしてラルクは、フルを見つめて再びこう言う。
『魔法を使うのはお止めなさい。フル・ヤタクミ。あなたの脳は、限界に近づいています』
「えっ!?…… 脳?……」
フルは目を見開いて、ラルクを見つめ返す。
『そう、脳です。守護神ライトの御言葉によれば、あなたの魔法は、他のそれとは異質なものだそうです』
「……」
『違いはあっても、それはただの一点だけ。しかし、その一点がもっとも重要であり、あなたの魔法の欠点なのです』
わざとなのか、ラルクは遠回しな言いかたに、フルは少しいらついた。
だが、ラルクはことの核心を語った。
『その欠点とは、魔法のエネルギー源が、あなたの“記憶”そのものだということです。』
「えっ?……」
フルは全く理解できなかった。
『今言った通りです。普通、この大自然の力をエネルギーに変換して行使する魔法を、あなたは、自身の“記憶”という、力とほど遠いものを、むりやりエネルギーに変換しているのです』
そこにいきなり、一陣の風が吹いた。
ラルスはなびく髪をおさえる。
そしていつのまにか、2つの人影ができあがっていた。
「なんだか、いい情報を聞いてしまったようですね」
「そうですわね、バルトお兄さま。まさか、予言の勇者がそんな制約付きの似非魔法使いだったなんて、笑いものですわ」
イルファ兄弟だった。
2人並んで、3人を見つめている。
「勇者の彼も、そのせいで手負いのようですし、みんなまとめて片付けてしまいましょうか。いつか、本気の君たちと戦いたいと常々思っていたのですが…… 本当に残念です」
「そうしましょう、お兄さま。私はまだ、いつぞやの屈辱を晴らしていないのです」
兄弟のことばでフル達に、緊張が稲妻のように走った。




