第九話 妖精の村
「ここは…どこだ?」
三人は一斉にその言葉を口にした。
そうだろう。
フルはともかく、メアリーとルーシーには初めて目に写る光景だったからだ。
広がるばかりの青い海。
そして白い砂浜。
照りつける太陽。いや、この世界では『サン・スター』と呼ばれているのだが。
全てフルの住む世界では普通の事だった。
やはり世界が変われば常識も違うんだな。
フルは思った。
「あ、あれ!」
メアリーの言葉を聞いてフルは、ハッと我に返った。
そしてメアリーが指差す方角を見たフル。
「?」
馬車がこちらに向かってくる。
「構えた方が良いかも」
フルが言った。
しかし、途中まで言った所でメアリーが口に手を当てる。
「大丈夫よ。たぶん」
「え?」
パカラッ、パカラッ、パカラッ。
しばらくして、馬車はようやくフル達の所に辿り着いた。
「もしかして…あなた方がラドーム学院から来た者かな?」
中にいた老人が言った。
「は、はぁ…。」
「じゃあ、乗りなされ。」
言われるがままに馬車に乗り込んだフルたち。
ゆっくりと進む馬車。
「…まさかこんなのに乗れるとは思ってなかったね。」とフル。
「えぇ。」とメアリー。
「この世界で馬車を持ってる人は殆どいないからね。」とルーシー。
しばらく揺られ、三人はうとうとしていた。
当然だ。
冷たい海の水の中に長時間いたら、肉体的にも精神的にも疲れる筈である。
「…うーん。ムニャムニャ。」
フルはメアリーの方に倒れ込む。
「スー、スー。」
どうやらメアリーは気づいていないようだ。
「…………」
同様にルーシーも倒れ込む。
しばらくして、シャーッとカーテンを開けた。
「着きましたぞ。降りなされ。」
「…あ、もう着きましたか…」
先にメアリーが目を覚ます。
「!!」
「起きてよっ!!フル!!ルーシー!!」
「う、うーん。うるさいなぁ…。」
「何だよぉ…。」
二人はそれぞれ起きる。
そして、現状を目にする。
「…………あ…」
三人は顔を赤らめ、フルとルーシーは同時にメアリーに頭を下げた。
「ほっほ。さぁ、そこの出口から降りて風景を見てみなされ。」
「え?」
ガチャ。
扉を開けるメアリー。
「わぁ…。」
そこには巨大な樹とその根に寄生してるかのように家が造られている村があった。
「ここは…エルファスの村。自然と共存する村です。」
「自然と…共存する…。」
村の中を進む馬車。
「…さっきから、ジーッと見てるな。」とルーシー。
「当たり前ですよ。あなた方はあのお方の学校から来られたのですからな。」
〔長老の家〕
「やぁやぁ。よくいらっしゃられました。私がこの村の長老で御座います。」
「こんにちは」
三人は頭を下げる。
「ささっ、堅苦しくせず楽になりなされ。」
「は、はぁ…。」
フル達は長老の言う通りに胡座になる。
「…さて、あなた方が何故ここに来られたかわしは知らん。だが、あのお方の学校の生徒となれば、わしは力を貸す。村の人とて同じ考えじゃろう。」
「あのお方、というのは…。」
「あなた方は知らずにラドーム学院に居たのかね?」
「?」
三人は首をかしげた。
「あのお方、というのはラドーム学院、あなた方が居た学校の校長ラドームじゃよ。」
「?」
「ラドームは祈祷師という事を知らなかったのかね?」
いえ、と言ってるかのように三人は首を横に振った。
「ラドームは博識豊かな祈祷師じゃったよ…。」
「まさか長老、あなたも…」
メアリーが聞く。
「あぁ、わしも昔は祈祷師としてハイダルク城に務めてたものじゃ。まぁ、ほんの4,50年前までだ。ハイダルク城から辞めさせられて、この村の長老となった。『祈祷師』というのは"未来をミる"力があるからな。この世界の長老や町長は全て祈祷師だった、または現在も祈祷師の職につく、者が殆どだ。」
「…知らなかった…。」
「しかし祈祷師と一言で言ってもいいヤツもいれば悪いヤツもいる。そういうのはそれぞれ違うもんじゃ。」
「………」
「はっきり言おう。わしとラドームは長年の仲だが、やつは善い祈祷師だ。無論わしも、な。」
「そんなに良かったんですか。」
「仲が」
「ああ」
「さて、どうせラドーム学院の生徒が来てくれたんだ。」
「頼みたい事があってね。」
「?」
「え?それって…?」
「実はな…。」
「見て分かる通り、この村は自然で溢れている。だが昔と変わった点が一つだけある。」
「村の守り神の"エルフ"が消えてしまったのだ。」
「!!」
チラッ。
長老は空に目をやる。
「みたまえ、あの木を。」
「あの樹はこの世界が出来た頃からずっと生えている樹だ。その枝は緑に染まって生い茂っていた。だが…今は、」
「あの有り様じゃ」
長老が空のある一点を指差す。
つられて見るフルたち。
そこにあったのは枯れた枝だった。
「あ…」
「昔はこんなもの、無かったというのに…。やはり、」
「エルフが消えてしまった事と何か関係が…有るのかの…。」
「…」
「そこで、」
長老はグルッと回ってフル、メアリー、ルーシーの目を一人ずつ見る。
「君たちに頼む事は、エルフが何故この村から去っていったのか、それを調べてもらいたい。」
「え?」
「場所は分かっとる。こっからしばらく南東に向かえば山が見えてくるはずじゃから、そこを抜ければよい。そこにはエルフが隠れ棲むという…。」
「ちょっ、ちょっといいですか?」
メアリーが長老に聞いた。
「なんじゃ」
「あなたは随分と前からそこを知ってたみたいでしたけど、だれもそこに行こうとしなかったのですか?」
「行こうとしたさ。何人もの勇敢な若者が、しかし…。」
「帰ってくる者はいなかった。そして皆口々に『山の怪物にやられた』だとか『エルフの呪いにかかった』とか言っているがな。」
ブルッ。
三人は身震いした。
「でっ、でも…。私達ここに来てからそう経ってないんですよ?右も左も分からない人に頼んだって…。」
「大丈夫。あの者が連れていく。」
そこには先程の馬車のおじいさんが。
「…分かりました。行きます。」
「…ありがとう。宜しく頼む。」
「おい、シュリア。」
長老が名前を呼ぶと奥の大きな扉が開いた。
ギィッ。
そこから出てきたのは端正な顔立ちをした美しい女だった。
「はい、長老。お呼びですか?」
「うむ」
フル達の方を向いていった。
「この三人のサポートをしてもらいたい。」
「……分かりました。」
シュリアはフルの方に近づき、右手を出した。
「はじめまして。私はシュリア。暫くあなた達のサポートをすることになるわ。よろしくね。」
フルも手を握る。
「名前は?」
「フル。フル・ヤタクミ。」
(もうフル本人もこの名前で慣れたらしい。)
「フルね。えーと、隣は?」
「メアリー。メアリー・ホープキン。」
「メアリーね。よろしく。」
二人は握手をする。
「隣は?」
「ルーシー。ルーシー・アドバリー。」
「ルーシー……。分かったわ。よろしくね。」
この時、メアリーは思った。
フルと私の場合、反応は普通だった。でも、ルーシーの名前を聞いた瞬間、少し反応がおかしかった。うーん。なんでだろ…。
「メアリー!」
フルが大声でメアリーを呼ぶ。
「な、なに?」
「なに、じゃないよ。そろそろ行くよ、と何度言ったって聞かないんだから!」
「あ、ごめん。」
フルの後にメアリーが続く。
最後にメアリーが馬車に乗り、扉を閉めた。
パカラッ、パカラッ…。
馬車はゆっくりと進んでいく。
この先何が待ち受けているのは…。
誰も分かりはしない、神のみぞ知ることだった。




