創作 怖い話
初めて投稿します。おそらく、自分が初めて書いた完結した作品です。1、2年ほど前に書いたのを少し修正したものです。一応、作家になることを夢見ている者ですが、まだまだなところがあると思います。どうぞお手柔らかに、閲覧お願いします。
※2018/11/24 推敲済み
最初に、番組への応募の話を持ち出したのは、当事者の一人である友人・Fだった。
ご存知の方も多いだろう。『本当にあった! 怖~い話』である。有名なアイドル集団の一人が長らく司会を担当している、あの番組だ。番組宛てに送られた人々の恐怖体験の手紙を、進行役である「志郎先生」と彼の生徒である子どもたちが読み上げ、それを再現VTRで放送するという、おなじみの形式。もはや夏の風物詩といっても過言ではないだろう。いや、季節を問わず放送されているので、風物詩とはいえないのかもしれない。
僕もFも、よくこの番組を見ていた。そして、Fはよく「俺たちもいつか、この番組で読み上げられるくらいの恐怖体験をしたら面白いよなあ」と話していた。本気にはしていなかったが、僕も少なからずFの言葉を想像し、ワクワクしていたときもあった。
まさか、その言葉が現実になってしまうとは。あのときは僕もFも、もちろん想像していなかった。
これは、僕が体験した出来事である。
あれは、中学二年生の夏休み、確か八月の半ばに差しかかろうとする日のことだった。僕は当時一番付き合いのあった友人Fと、夏休みということもあって何か特別なことをしたいという話をしていた。何か、夏らしいことをしてみたいと。そのとき、Fが言い出したのが「肝試しなんかどうかな。まさに夏って感じじゃない」ということだった。
最初は、僕たちの住む地域には肝試しにうってつけの場所はこれといってないように思えた。だがインターネットで検索してみると、学校の山と隣接する近くの公園に、小さな廃病院があるという情報が載っていた。掲載されている写真を見てみると、確かにその公園は、僕たちの通う学校の裏手側にあり、僕たちも知っている公園であった。
あの公園の近くに廃病院なんかあったのか。多少不気味ではあったが、肝試しにはうってつけのスポットだと、僕たちは盛り上がった。いいな、まさに夏ならではのイベントじゃあないか。
だが、思わず近場でよいスポットを発見できたことに夢中だった僕たちは、ネットのページの一番下に書かれていた注意書きを、すっかり見落としてしまっていた。
今考えると、あれさえきちんと読んでおけば、あのような怖ろしい体験はしなかったのかもしれない。
数日後、僕は家族に「Fの家に泊まりに行ってくる」と嘘をついて、Fは、両親が同窓会や社員旅行に行っているその日を利用し、肝試しを実行することにした。Fの家で夜になるまで過ごし、時計が午後八時を回ったころ、Fの家を出て二人で廃病院に向かった。廃病院はすぐそばが山ということもあって、小ぢんまりとしてはいるが中々におどろおどろしい雰囲気が漂っていた。
「じゃあ、行くか」
「F、何だかちょっとびびってない?」
「まさか。お前こそ、怖くてちびったりすんなよ」
お互い言い合って、手に持っていた懐中電灯のスイッチを入れると、病院の入り口に向かった。
そういえばさ、この廃病院、変な噂があるんだって。
一階の階段をゆっくりと上り始めたとき、僕はFに話しかけた。好奇心はあったものの、やはり夜の廃病院は怖い。その怖さを紛らわすため、僕とFは話をしながら歩き回ろうということにしたのだ。
ネットの掲示板とかでこの病院のことを少し調べたんだけど、この廃病院の階段、四階までしかないのに、夜に行くといくら上っても最上階にたどり着かなくなるとか。何でも、ここにいる霊の仕業らしいぜ。あ、それと、この廃病院、本当は工事で取り壊される予定だったんだって。小ぢんまりとしているし、何でもここのお医者さんが最小限のお金で患者を診ていたらしくて、それで経営が悪化したって。でも、ここを追い出されて、他の病院じゃ治療費が高くて通えなかった患者も結構いて、それで亡くなってしまった人たちの霊がここに集まっているとか。何だか、やけにリアルで怖いよな。
そんなことをべらべら喋りながら階段を上っていると、いつの間にかFが無言になっていることに気がついた。さっきから一言も言葉を発していない。最初は僕の後ろから「へえ」とか「マジでか」とか返していたのに。
「おいF、僕の話ちゃんと聞いているのか」
咎めるような口調で言って、後ろのFを振り返った。いや、正確には後ろにいたはずのFを振り返ったのだ。
そこにFはいなかった。Fは、忽然と姿を消していた。
「おい、F……どこにいったんだよ。おおい、F、どこだよ! 怖気づいて逃げたんじゃないだろうな!」
怖さを紛らわせようと、僕は思い切り叫んだ。だが、Fどころか人の気配さえ微塵も感じない。妙に重たい空気だけが周囲に淀んでいた。
ヤバい。本格的にヤバい。
そう感じた僕は、さっきまで自分が話していたことを思い出した。
この廃病院の階段、四階までしかないのに、夜に行くといくら上っても最上階にたどり着かなくなるとか。
僕は、一体何階分の階段を上ったのだろうか。話すことに集中していたせいか、自分が何階にいるかなど考えてもいなかった。だが、四階分よりも確実に多い段数を上った気がする。中学校の階段は三階分だから、それより一階分多いだけの階段が、こんなにも長いだろうか。
僕は、自分が今いる階がどこかを知ろうと、病院の見取り図や案内板がないか探した。だか、そんなものはおろか、階段の途中に普通は書かれているはずの階数も、何も見つけられなかった。
ここは何階なんだ。僕は、一体今どこにいるんだ。
背筋を悪寒が走った。冷や汗がこめかみから頬を伝う。僕は階段を上るのを止め、何階かもわからないフロアに立ち尽くした。
これ以上、上っていくのは危ない。直感がそう叫んでいた。
とりあえず、僕はそのフロアを少し歩いてみることにした。ここで階段を下りても、今と同じ結果になるだけだと考えたのだ。
このフロアはどうやら病室専用らしい。ナースコーナーを通り過ぎ、暗闇の中を懐中電灯で照らしながらゆっくりと進む。どの病室の扉も閉まっているのが救いだった。どこか一か所でも開いていると、そこから何かが出てくるのではないかと想像してしまい、怖くてとても行けたものではない。今でも十分に怖いが。
歩いているうちに、どうやら一番奥までたどり着いたらしい。目の前に壁が見えた。行き止まりだった。左右の個室の扉に、懐中電灯の光を当てる。右側の扉やその近くには何も標識がない。しかし左の扉を照らしていると、扉の取っ手に何かぶら下がっているのが見えた。近づいてみると、どうやら子どもが身につけるようなおもちゃのブレスレットらしかった。よせばいいのに、何を考えたのか僕はその取っ手を静かに横に引いた。今思い返すと、何か人ならざるものの存在によって、そうさせられたのかもしれない。
そこは、一人専用の病室らしかった。ベッドとテレビ、そしてテレビを置いている小さめの棚と来客用のイス以外は何もなかった。ベッドのシーツはボロボロに裂かれていて、イスはひっくり返り、テレビも一部分が壊れている。窓に下がったカーテンは僅かに開かれていて、隙間から何かがこちらを覗いていそうでそら恐ろしかった。
懐中電灯で部屋を照らしていると、ベッドの端に何かが置いてあるのが見えた。少し近づいてそこを照らしてみる。クマのぬいぐるみだった。廃れた雰囲気のこの部屋で、それだけが何故か妙に新しくアンバランスだった。
僕はそのぬいぐるみを手に取った。かわいらしいクマであった。
「かわいそうに、一人ぼっちにされたんだな」
場違いな独り言とともに、俺はそのクマの頭をなでる。ぬいぐるみと懐中電灯を手に、僕はその病室を後にした。
再び元の場所に戻った。とはいっても、結局何の手がかりも得られないままだった。恐怖と闘いながら、懐中電灯で辺りを照らしていると、ふと足音のようなものが耳に届いた。怖さもあったが、それよりも「Fかもしれない」という希望の方が僅かに勝った。
「F、いるのか!」
ありったけの声で叫ぶ。しかしFの声はしない。何の返事もない。再び声を上げようとしたら、階段の下の方から微かな足音が聞こえた。
「F? Fなのか!」
必死で声を張り上げながら、階段を駆け下りた。左手に持っていたクマのぬいぐるみを、汗ばむ手できつく掴みながら。
しばらく階段を下りたら、いつの間にか足音は聞こえなくなっていた。僕は立ち止まり、息を切らしながら辺りを懐中電灯で照らす。Fの姿は見えない。あの足音はFではなかったのか。じゃあ、他にも人がいた、ということなのだろうか。それとも。
冗談じゃない、と首を思い切り横に振る。
「まさかな。いやないない……」
呟いていると、突如遠くの方から「……―い。おーい!」という声がした。あの声は、間違いなくFのものだ。声は上の階からだった。
僕は早足で階段を二階分ほど上がった。見覚えのある景色が目の前に広がった。割られた廊下の窓。足元の瓦礫。そして、奥の方には僕たちが入った入り口。
駆け足で出入り口に向かう。外に飛び出した途端に吹き抜けた生ぬるい空気が、汗ばむ肌に心地よい。辺りを見回しFを探す。
「おーい! やっと見つけたぜ。お前、一体どこに行っていたんだよ」
Fがどこからともなく駆け寄ってきた。走ってきたせいか、若干息が切れている。
「それはこっちのセリフだって。お前こそ、何で急にいなくなるんだよ」
僕は喧嘩口調でFに怒鳴り返す。
「だってお前、俺がうつむきながら階段上っていたら急に消えちまって。本当に忽然と、って感じで。だから俺怖くなってさ。とりあえず、一階に下りて外から様子を見たり、一階でお前を探し回ったりしていたんだよ。さすがに上に行くのは正直ヤバいかな、って思ったし。おい、どうしたんだよ、そんな大口開けて」
そのときの僕はきっと、狐に包まれたような顔でぽかんとしていたのだろう。さぞかし間抜け面だったに違いない。「だって、お前が」と言いかけ、口をつぐんだ。そして溜息をひとつ。
「とりあえずここから帰ろう。これ以上いたらヤバいって、絶対」
Fと二人で、廃病院を後にした。Fの家に帰り着いて気がついたが、それまで僕は、あの病室のクマのぬいぐるみをずっと左手に握りしめたままだった。廃病院からこんなものを持ち出すのはヤバいか。そう思いつつも、何故か僕は、そのクマのぬいぐるみが僕をずっと勇気づけてくれていたような気がした。
後日談であるが、僕はその後、Fと一緒に近所にあるお寺に行った。やはり、あんな体験をしたし、何かに憑かれでもしていたらそれこそ大変だ。二人で話し合い、お寺の人にお祓いか、できなければせめて僕が持って帰ってしまったクマのぬいぐるみを預かってもらおうという結論に至った。Fには、僕があの日体験したことは洗いざらい話していた。
お寺に行くと、お寺の入り口でお坊さんが誰かと話しているのが見えた。後ろ姿だけを見ると、還暦は過ぎていそうな白髪の老人であった。老人の後ろにたどり着くと、穏やかな表情のお坊さんが僕たちに視線を向けた。
「君たち、何かこちらにご用ですか」
お坊さんの言葉に、老人が僕たちを振り返る。僕とFは顔を見合わせた。Fは少し困惑気味の表情を浮かべている。だが僕は意を決して、お坊さんにお祓いをしてほしいのだと頼み込んだ。お坊さんは「はて」というふうに首を傾げていたが、僕たちをお寺の中に招き入れてくれた。老人も僕たちに続いて中に入る。
冷たい麦茶をすすめられ、一口飲んだあと、僕とFは廃病院での出来事をなるべく詳しく話してきかせた。お坊さんは一度も口を挟まず、僕たちの話を真剣な面持ちで聞いてくれた。近くに座っている老人は、僕たちの話の途中で、何故だか急に顔色を変えた。
話が一通り終わると、お坊さんは老人の方に体を向けた。
「偶然と言いますか、何と言いますか」
お坊さんはとても神妙な顔で呟いた。意味が分からない僕とFは、そっと老人を見やる。老人は、長い長い息を吐き出し、僕たちに、自分がお坊さんを訪ねた理由を話してくれた。
何とその老人は、僕たちが行ったあの廃病院の医者であったらしい。建設以来、小さいながらも必死で患者を診続けてきたその病院は、だが経営難の末に、今からちょうど五年前に取り壊されることになった。この過程は、僕があの夜Fに話した内容と同じだった。そして、行く宛てのなくなる患者が出ることを阻止したかった彼は、どうかもう少しの間、せめて患者たちの次の宛てが見つかるまで続けさせてほしいと、工事関係の会社に頭を下げた。しかし努力の甲斐なく、結局病院は閉鎖、高額な治療費の払えない患者らの末は想像の通り……ということであった。彼がお坊さんを訪ねていたのは、その廃病院に、もし今もまだ成仏できずに留まっている患者の霊がいたら、なんとかつてなどを当たって成仏させてやってほしいと頼みに来ていたということだった。
老人は、僕の手元にあるクマのぬいぐるみを悲しそうに見つめると、誰に言うでもない口調でぽつりぽつりと話を続けた。
あの病院には、難病の女の子が入院していたこと。本当は自分が手術をしたかったが、取り壊しの日に間に合わず、結局亡くなってしまったこと。クマのぬいぐるみは、母親からの誕生日プレゼントで、少女は息を引き取る直前まで「病院に置いておくのは可哀想だから連れていきたい」と言っていたらしいこと。そして、両親は最愛の娘がいなくなってしまったことを認めたくなくて、遺品となってしまったぬいぐるみを持って帰らずそのまま病室に置いたままにしていたこと。
あまりにもやるせない話に、僕とFは口をつぐみ、正座をしている太ももの上で両の拳を握りしめていた。
その後、申し訳程度だが、一応ちゃんとした形でお祓いを済ませた僕とFは、お寺を後にした。帰り際、老人は俺にぽつりと話しかけた。
その女の子が、きっと僕を救ってくれたのではないか。一人ぼっちになって可哀想というぬいぐるみに対する僕の想いが、女の子に伝わったのではないか、と。
それ以来、僕もFも、心霊スポットやそのような類の場所には一切近づいていない。仮にもし、そのような場所に行こうとする友人でもいたら、何が何でも引き留めるつもりだ。あのときの僕だって、一歩間違えればあの世行きだったのかもしれないのだから。
ちなみに、この体験を通して僕はもうひとつの教訓を得た。あの後、例のネットのサイトを改めて見てみると、一番下に「なお、この廃病院に行く際には、何かお守り代わりや身代りになるようなものを持っていくように。そうすれば、無事に最上階の四階にたどり着き、一階に戻ることができます」と、小さな字で注意書きが書かれていた。
文章や読み物は、最後までしっかり読むこと、だ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『へえ、遂に出すのか』
「へえ、じゃないよ。あの文量を書き終えるのに、どれだけ時間がかかったことか」
『だって俺の字汚いし、お前の方がそれらしい体験していたから』
「まったく」
電話越しの相手に鼻を鳴らし、僕はペンだこのできた右手を見やる。三年も前の出来事なのに、よくもまああれほど詳細に書けたなと、自分を褒めたい気分だった。だがしばらくは、手にペンを持って何かを書く気にはなれない。
かなりの枚数になった手紙の四隅をきれいにそろえ、茶封筒に入れた。慎重に糊付けをし、封をする。表面には、東京の住所と『本当にあった! 怖~い話』番組の宛名が書かれている。これから郵便局に向かうつもりだ。
手紙を書いている間の苦労を散々Fに言い散らしたあと、電話を切った僕は靴を履き家を出た。自転車の籠に封筒を入れる。空を見上げると、ジリジリという音が聞こえそうなくらいに日差しが強く照りつけていた。雲一ひとない青空は、Fとともにお寺を訪ねた日と同じだと思った。あのときと、同じような夏の日だ。
郵便局へ自転車を走らせていると、右手に小さな雑貨屋が見えてきた。通り過ぎようとしたが、ふとブレーキをかける。ちょうどショーウィンドウの前で止まり、自転車に跨ったまま首を横に向けた。
あの日、僕を助けてくれたのかもしれないクマにそっくりな人形が、ガラス越しに僕を見上げている。首には、子どもが作るようなおもちゃのネックレスがかけられていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その部屋は、原稿用紙やら本やらペンやらで辺り一面が散らかっていた。雑多な薄暗い部屋の中で、机の上に置かれている携帯電話を、眉間に皺を寄せ睨むように見つめる男がいる。彼は現役の作家だ。
重々しい静寂を、無機質なコール音が打ち破った。男は机の上に素早く手を伸ばし、携帯電話を取って通話ボタンを押した。
『ああ、先生。どうも』
「どうも」
『読みましたよ、原稿』
「はい」
『いやいや、いいですね。話自体には背筋も凍るといった怖さはそこまでありませんが、細やかな描写から少年たちが体験した恐怖がよく描き出されていると感じました。体験で学んだことを入れた小ネタもいいですし、そこで終わらずに手紙を出す、という終わり方になっているのもありきたりなオチで済ませず面白い』
「そうですか」
『あのお、これを今回使わせていただいても……』
「ええ。そのつもりで書いたのですから」
『ありがとうございます。最近は当番組でもなかなかよい脚本が思いつかないもので』
「いえいえ……では、楽しみにしていますよ。その作品が『本当にあった! 怖~い話』で放送されるのを」