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箱庭の住人

作者: 【Farfetch'd】ネギ愛好家

『箱庭の中の住人』           

                                  ネギ愛好家




 世界は箱で出来ていた。


 箱の世界の中にはいくつもの小さな檻が一列に並んでいた。大きな箱の中に小さな箱を規則正しく並べただけの、単純で殺風景な世界。それは牢屋に似ていた。そして、小さな箱、『個室』は冷たくて無機質な物質で出来ていた。箱は体を余裕をもって伸ばせるほどの広さ。直方体の一面だけスライド式の鉄柵になっていて、柵の隙間は頭がギリギリ通るほどの幅だった。そこから顔を出せば『個室』から外の箱の世界が見えた。私はそれで自分が箱の世界にいることを知った。箱の世界の中の箱。均等に揃えられた、何列もの小さな箱たち。それが唯一見える世界だった。


 私は気がついたら箱の中にいた。


 物心ついた頃から私はここにいた。けれど記憶の片隅には、今とはまったく違う感触が残っている。もっと沢山の温かい何かと一緒にいたはずだった。今はもう思い出せないけれど、シアワセという言葉を知っていたら、その形容が当てはまっていただろう。

 大きな箱、大きな建物は、一つの出入り口を除いて一切の外部との接触を遮断している。建物は完全に密閉されていた。だからそこは薄暗くて、温もりがなかった。一日中つきっぱなしの微かな電灯の明かりだけが、世界を照らす太陽だった。冷たい私たちの太陽は、わずかな点滅と唸りを上げるだけで本物とは似てもにつかない飾りにすぎなかった。それでも、当時の私たちには大切なものだった。



 何日か暮らしてみて、ここではルールがあることを知った。

・一日に二回、同じ食事を出される。

・一日に一回、決められた仕事をこなす。

 そのルールに従っていれば、他は何をしてもいい。残された時間を寝ること、食べること、そして歌うことで潰していく。外に出られないので暇だが、これと言って文句はない。私は寝ることが出来ればどこでもいい。快適ではないし圧迫感があるが、安全であることにはかわりがなかった。

 そうしてここで何千と何百日過ごした。



 私のいる『個室』のように、他の『個室』にも私のように住んでいる者がいる。部屋の一つ一つに、私と同じような境遇の者がいた。本当に箱の数だけいるのだとしたらものすごい数になるのだろう。直接見たことはないのだが、皆すべて私と同じ年代、比較的若い女ばかり集められているようだ。彼女らも同じように暮らしている。一度気になって隣の檻の中にいる子に話しかけてみたのだが、私のしゃべる言葉がわからなかったのか、まったく意味をなさない泣き声だけが帰ってきた。

 それと、定期的に箱の世界の外からやって来る生き物がいる。私はそれを彼等と呼んでいる。彼らを形容するならば『でかい』の一言に尽きる。彼等の体はとても大きい。いったい何を食べればこんなに大きくなるのだろうか?見上げないと彼らの目は見えないし、その大きな手なら私の頭など簡単に握り潰せるだろう。

 そして、彼等が私たちの仕事を確認するのだ。まず『個室』の前に止まり、扉を開ける。そして、その大きな手で私の体を仰向けにし、体の隅から隅まで弄くりまわす。どんなに「やめて!」と叫んでも、彼等の手は止まらない。そしてそれが済むと、彼等は仕事の成果を回収し、食事を置いて隣の『個室』に行く。毎回のことだが、体を弄られ、自分が苦労して作り出した物を機械的に取られるのは何とも言い難い悔しさがあった。

 彼女らの悲鳴にも似た歌声は、この箱の世界では一秒たりともやむことはない。ある意味ここは自由であり、終わっている世界だった。



 ここでは仕事が出来なくなった者は、彼等によって外の世界に連れていかれる。戻ってくることはまずない。代わりに誰か新しいのがやってくる。それがここの最後のルールだった。どうやら、私たちの代わりは沢山集められているようだ。

ある日、隣の『個室』に住んでいた奴が連れていかれた。そいつは歌うことすら出来なくなっていた。そいつが連れていかれるのを目で追っていたとき、私は見てしまった。


 それは光だった。


 その眩しさに、体中に電気が走ったようにしびれた。外の世界の光。ここの仮初めの太陽とは違う、本物の光。その輝きを身体が本能で求めていた。

閉じられた世界の唯一の出入口。そこから彼等が出ていくとき、首を鉄柵の隙間にねじ込んで光を見つめた。

それはどこか懐かしく、とても美しかった。

 ほんの数秒の光景だが、いつまでも脳裏に残っていた。いつまでもその光を忘れることができなかった。それからというもの、移動が行われるたびに、食い入るようにその光を暗闇で濁ってしまった眼球に焼き付けた。そしていつしか、外の世界に生きたいと願うようになった。それ以来、体を弄られても、仕事をしても、まだ見ぬ世界を考えていた。その扉の向こう側を。

 そして後日、代わりの新しい奴が連れて来られた。箱の中に、また新しい歌声が加わった。



 ある日、仕事中によろめいてしまった。一度や二度ではない。最近足腰が弱くなってきた。仕事の効率も落ちてきたし、そういえば最近声がだしづらくなっている。

ああ、もうだめか…。そう思いながらも、心の中では期待に満ちていた。

ここの最後のルール。

 仕事の出来なくなったものは、彼等によって『外』に連れていかれる。

待ち望んでいた世界をとても身近に感じた。身体の重さも、怠さも、喉の痛みもそれを思うと心地よかった。

 そしてしばらくすると、とうとう迎えが来た。そのときには私の体は痩せ細って、トウモロコシも喉を通らなくなっていた。

 そして彼等が私の箱の前に来た。黒一色の簡素な服を着た彼らが二人。その大きな手で、鉄柵の扉を嫌な音を立てながら開いた。そして二人の内の一人が、私の体にゆっくりと手を伸ばす。私は抵抗する気はなかった。そもそもそんな体力もなく、ただ無抵抗に彼等に身を委ねた。ただ、心の中は若い頃のようにときめいていた。

運ばれる私。箱の外にはやはり沢山の箱があった。今にも眠りそうな重い眼を開きつつ、感慨を込めながら『個室』を一つ一つ見ていく。

最初は夜光虫がいるのかと思った。

 箱の中に光る丸い粒があったのだ。どの箱にも必ず二つ。箱の中をせわしなく動きながら私の方へと飛んでくる。決して外には出ない。初めはとても幻想的で、送り火のようだと思った。ところがあまりもの数と、どこか見たことのある光の動き方に、だんだんと心の中が冷えていくのを感じた。その違和感に私はよく目を懲らす。霞んでよく見えないので、眉間に力を込めた。


 そして私は、誰かの目と合った。


 そう、それは『目』だった。

 夜光虫だと思ったそれは、血走って酷く充血した彼女たちの目、目、目。

すべての箱に、彼女達の食い入るような目があった。せわしなく動き回る『目』。皆私を見ていた。すべてに狂気の色を感じた。外の光に憧れ、外の世界を目指していたのは私だけではなかった。みんな自分の迎えを待っていた。だからそれはかつての自分の姿だった。


 近付く光。彼等の一歩ごとに優越感が満たされる。

 また一歩。彼等の一人が出入口に手をかける。

 ああ、夢見ていた世界がすぐそばに。きっと今なら飛べるんじゃないかと思った。

私を抱き抱えている彼等は、ひどく機械的な目をして運んでいた。一歩一歩がひどくもどかしい。すべてがスローモーションに感じる。

 扉が開く。隙間から、純粋な光が私の体を照らす。

 そして、『世界』を見た。


 世界は美しかった。


 光があり、色があり、風があった。そして空には世界を区切る壁がなかった。

 光は暖かい物だと知った。

 空の色が蒼だと言うことを知った。

 風には匂いがあることを知った。

 木々は風になびかれながら、本物の太陽に向かって手を伸ばしていた。

 耳を澄ませば美しい鳥たちのさえずりが耳に入ってくる。

 太陽は、痩せ細って冷たくなってしまった私の体を暖めてくれる。

 無限に広がる青い空には、私が求めていた、本物のヒカリが…。

 待ち望んでいた光景に目を奪われていた。しかし、感動は長く続かなかった。

 突然、視界はブラックアウトした。外に出てすぐ、私は黒い袋を頭に被されたのだった。

 『世界』に見とれていた私は、突然の暗闇に驚きパニックに陥った。

 もう一度見たい!

 あの蒼を。

 もう一度だけでいい、光を全身で感じたい。世界を目に焼き付けたい。

 私は叫んだ。

「~~~!」

 彼等もなにかを叫ぶ。私には聞き取れない。

 ものの数秒で彼等に押さえ付けられた。

 何かが振り下ろされた音がした。そして、肉のちぎれる音。


 そしてその瞬間、世界が終わった。

 それが最後に五感で感じたモノだった。そして『ワタシ』が体から離れていく。

ワタシは死んだのか…。だからそう、こうして思い返せているのか…。体のないワタシは心で苦笑する。どうやら、まだまだ世界はワタシを許してはくれないらしい。

 体が急速に何かに引っ張られる感覚。

 また、生まれ落ちる感覚。

 いったい、何度繰り返せばいいのだろうか?



「ふぅ。今日は三羽か…。あと一羽」  

 沈黙は老人の呟きで破られた。

あれだけ狂ったように叫び続けていた雌鳥は、鉈を振り下ろされると静かになった。

「うぅ…」

 屈んでいた体を伸ばす。簡単な作業のはずなのだが、年老いた体には辛い。

 老人は、首を撥ねられ血を垂れ流している雌鳥をいつものように運ばせた。そしてもう1羽、年老いた雌鳥をこちらにつれてこさせた。無論処理するためだ。血が付いても目立たないからという理由であてがわれた、年季の入った黒服がその繰り返された歴史を物語る。


 儂はこの仕事を、まるで死神のようだと最初は嫌悪していた。だが、今はそんなことを考えず全て機械的に行っている。感情を捨てられれば、これは簡単な単純作業だ。

 ただ、ここの雌鳥はどれも変だった。どの雌鳥も静かなのだ。普通は移動させようとすると抵抗するのだが、ここの雌鳥は抵抗するのは極端に少ない。まるで光に見とれているかのように、出入り口の一点を見ているのだ。そして外を見るとまるで人間のように、鶏が外の景色に見入っているのだ。そんなものを見て何が楽しいんだ?儂が袋を被せ、体を押さえ、他の奴が首をはねる。熱心に景色を見つめる雌鳥に袋をかぶせるとき、そう思わざるを得ない。

 死体は夕食に使う。囚人である儂らは、働くことでようやく食事にありつける。だから誰もが真剣に働いている。

 そして、実はもう一つ理由があった。

 儂らはただの囚人ではない。大きな罪を犯してしまった犯罪者、死刑囚である。ただそれだけでは、儂のように老い先短い者は恐怖などあまり感じない。だが、ここの死刑方法がここにいる者を狂わせていくのだ。何人もの死刑囚が死刑執行より先に精神をやられた。

 この国の死刑方法は、ギロチン、斬首刑である。黒い袋をかぶらされ、次に両腕を押さえつけられ、首をはねられる。

 それは実に雌鳥と似た死に方だった。だからなにも語らず、黙々と殺していく。そうでもしないと、頭がおかしくなってしまいそうだった。

 自分を押さえつけ、首を撥ねている幻覚さえ見えてしまうときがある。夢の中で、鶏になった自分が殺される夢を見たと言い、発狂した若い奴がいた。そんなことはここでは日常茶飯事だ。ここはおびえる声と後悔で満ちている。儂たちはこうして毎日、自分たちの確定された未来を鶏に対して予行しているのだ。自分たちの本番まで、自分たちの罪を悔いながら。

ふとした拍子にいなくなってしまう仲間や、首を撥ねられ静かになった鶏を見て儂は時々思う。外に出たら死ぬことを知らない鶏たちと、死ぬまでここから出られないことを知っている儂たちは、とても似ているが実は異なる者同士であると。


―ならば儂は鶏になりたい。 もう、こんな苦しみは嫌だ!外に出たい!


 そしてまた、誰が処理された。



―ワシは生まれ落ちた。消えていく自分を感じながら、ワシは苦笑いした。どうやら、一度殺させただけでは許されないらしい。今、箱の中に歌声がまた一つ加わった。


―あぁ、世界は箱で出来ている。


とり丸「私は鶏になりたくない」

ネギ愛「いきなり、なに当たり前の事言ってるんですか(笑)」

とり丸「なんか、たまに『鳥になりたい』っていう人がいるじゃないですか…。そういう人って、鳥が飛ぶって言う行為を、常に『死』と隣り合わせであると言うことを無視しているような気がするんですよ」

ネギ愛「(なにこのひといってるんだろう…、とりまるだけに)」

とり丸「翼が折れるということはイコール『死』ということを無視していると思うんですよね」

ネギ愛「でも、これ『鶏』じゃない?鶏は飛べないからこそ、そこに留まるしか術がないんじゃないんですか?」

とり丸「はぁ、まぁそうっすね」

ネギ愛「北京ダック食べたいですね」

とり丸「北京ダック食べたことある?」

ネギ愛「ないですね」

とり丸「ないんかい」

ネギ愛「この物語は、囚人が鳥になりたいと願わなくても、『罪』を償う過程として必ず、『鶏』にならなければいけないという運命を背負っています。いわば、今日の食事は過去の罪人。とってもデリシャスですね」

とり丸「焼き鳥も良いよね」

ネギ愛「お前テキトーだね!」


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