異世界強制召喚
「………」
妙にヒヤリと冷たい澄んだ空気。
大理石なのだろうか。
真っ白なチリ一つない磨き上げられた石台の上。
ぐるりと見渡せば、白い石造りの神殿の様な建物の中。
会社帰り。
先ほどまでいたのは地下鉄だった。
ゴウゴウと唸る風の音を聞いていたはず。
それなのに…。
足元にはグルグル回りながら光輝く魔法陣。
目の前では数人の妙な格好をした外国人達が何やら喚きながら激しく言い争っていた。
言葉はまったく聞き取れない。
その事実が一層不安を煽る。
高そうなローブを着た人達と重そうな甲冑を身に付けた人達が言い争いを始めて、どの位時間が過ぎただろうか。
ーー まさか、異世界召喚…?
誰も私には目もくれず………、いや、一人居た。
ありえない位の美しい顔に浮かぶのは、冷めた表情。
豪華な椅子にゆったりと座り、ひときわ豪華な衣装に身を包んでいる。
一目で権力者と見て取れるその風格。
時折、その美形から向けられる冷徹で鋭い視線…。
ゾクリ、と背筋に悪寒が走る。
寒さ故か、その冷たい視線の所為なのか。
私はただただその様子を眺めているしかなかった……。
ー ピロリロン♪
ポケットのスマホが軽やかな音を立てる。
をを?!
杏ちゃんからLINEだ。
『久しぶり!明日の休み遊ばない?ヨッちゃんが見たいって言ってた映画に行こうよ!』
えっ?!マジで?!
やったね!
マニアックな映画だったんで、一人で行こうと思ってたんだよね!
急いで返信。
『遊ぶ!って、映画付き合ってくれるの?!マジで?!杏ちゃん天使!マジ天使!愛してる!ってかさー、今、絶賛異世界召喚され中(笑)』
ポチポチ、ポチポチっと!
ピロリロン♪
『あの映画の前評判聞いてたら私も観たくなったし。って……、マ・ジ・か!!(๑°ㅁ°๑)さすがヨッちゃん!レアな経験値積んでくるねぇ!話の流れ的に映画が無理になったらまた連絡してね!』
イヤイヤ、帰る!
すぐに帰るよっ!
異世界エンジョイするより杏ちゃんと映画取るわ。
『いやいやいやいや、帰るし!絶対帰るし!面倒そうな異世界よか、絶対面白い映画取るしっ!!明日は絶対行くから!(`・ω・´)b じゃ、明日の10時に駅前のスタバでヨロ!』
ポチポチっと。
ピロリロン♪
『りょーかい(笑)んじゃ、明日スタバでね!(o´罒`o)』
うわ〜い!明日は何着て行こうかな!
この間買ったばっかのワンピとか?
あ〜、杏ちゃんと遊ぶの久しぶりだし、めちゃくちゃ嬉しい!
あ、ついでに明日の話のネタにこの状況を撮っとこう。
ムービーの方が良いかなぁ?
あ、あの超美形も撮っとこう!
きっと杏ちゃんのタイプだよ、あいつ。
杏ちゃんはああ言うツンデレ、ヤンデレ属性っぽいcool美形が大好物だしっ!
ついでにズームしてアップの写真も撮っといてやるか!
あ、足元のなんか光ってる模様とか撮っておかなきゃねー。
提出用に。
忘れるトコだった!
一周ぐるっと回って…、と。
あ。
そろそろ充電なくなるなぁ…。
ま、ギリギリまで写真撮ってやるぜ!
…うん。
つーか、長え。
話し合い、長えわ。
そろそろ30分は過ぎてるわ。
いつまでごにょってるつもりだ。
定番の異世界召喚って事は、勇者か王子の嫁探しか、はたまた巫女か…。
何にしろ早く要件言えよ!
そう言えば、高校生の時の先輩は召喚されて1年契約の巫女をして留年した人が居たなぁ。
しかも勉強について行けなくなってて夏休みも丸々「召喚者特別夏期講習」に通うハメになったって嘆いてた。
会社の柳先輩は召喚勇者で魔王を倒して帰ってきたんだー!って飲み会で酔っ払って身体中の古傷アピールしてたな。
素晴らしい肉体美を手に入れて元勇者の肩書きでモテモテだった。
親戚の美人なお姉さんは嫁召喚で困ってたなぁ。
イケメン王子がこの世界まで追いかけて来て、親戚の前で砂糖が吐けそうな位の甘々なセリフをぶっこいてた。
まぁ、どれも私は面倒くさいから嫌だけど。
つーか私は美人でも無いし賢くもないし性格は悪いし気合も根性も無いしむしろ見たまんまの人間だし、早く帰してくんないかなぁ…。
つーか、まだごにょごにょやってる。
意味がわからん。
揉めてるみたいだし。
つーか、揉めるなら呼び出すなよ。
話し合いしてから召喚したらどうよ。
うーん。
あんまり自信無いけど、自力で帰還するしか無いのかなぁ。
そろそろ飽きてきたしなぁ。
まぁ、もう少し様子見るかぁ。
ー 1時間後。
いい?
もう良いよね?
お腹も空いてきたし。
帰りたいわ。
一応、あのー、とか声を掛けてみる。
って、無視か。
こんだけ人居るのに無視か。
言葉通じないみたいだし、仕方ないかな〜。
なんてな。
無視とか微妙にムカつく。
強制召喚しといてそれかよ。
スゥ、と深呼吸すると、腹の底からスペルを唱える。
「twgmpj tgwpmrt md wpjtmn gqmb pxm!!」
足元の輪っかが激しく点滅し、光を放つ。
ごにょごにょやってた奴らが慌てて魔法の杖らしき物を掲げてるけど、甲冑を着た奴が必死で走り寄ってくるけど、超美形が慌てた顔で何か叫んでるけど。
知ったこっちゃない。
「haibecam khcniydxb euhvfk!」
帰りたい場所を強く念じて、と。
地球の日本の私ん家の玄関前!
「帰還!」
パチン、と両手を打つ。
強烈な閃光。
そして瞬きの瞬間。
私は玄関前に居た。
うん。
良かった。
成功した。
帰還の呪文はいつも合格点ギリギリだったから不安だったけど。
「ただいまぁ〜〜!っておかーさーん、ちょっと聞いてー!!さっき異世界召喚されて来たよ〜!!え?召喚魔法陣?あたりまえ。ちゃんとムービー撮ってきたって。これで金一封貰えるんでしょ?抜かりは無いっ!」
☆☆☆
それまで普通に生活していた少年少女が突然行方不明になるという失踪事件が後を絶たず政府、教育関係者は頭を抱えていた。
一部で異世界召喚じゃないのか、と噂は流れていたが詳細は不明だった。
そんな時、異世界から帰還したと言う者(猛者)が現れた。
東 雪矢25歳。(失踪時は15歳)
異世界で賢者となり研究に研究を重ね高い魔力を保有したまま帰還する事に成功したという。
彼の能力により少年少女の失踪事件の大半が異世界召喚によるものであると判明。
東氏の協力の元、異世界強制召喚対策本部を設立。
対策本部の所長となった東氏は少年少女達の強引な異世界召喚を阻止すべく、魔力の無い者でも周りの魔力を強引に奪い自らの魔力に変換し自力で帰還出来る魔法を編み出した。
「ユキヤ式帰還術」と名付けられた帰還術は義務教育の一環に組み込まれ特に10代20代の若者は行政から厳しい指導と2か月に1回の抜き打ちテストが義務づけられた。
これにより失踪者や非人道的な異世界召喚が減少。
10代20代の若者の強制召喚および失踪事件は減少する。
更には東氏を代表とした異世界能力保有者を集めた対異世界特殊部隊を結成し、長年失踪していた者達、いわゆる異世界に誘拐されていた日本人達の奪還に着手する。
相次ぐ青少年の奪還に成功し、ついに日本に平和が訪れた。
だがしかし。
最近では帰還術が義務教育ではなかった働き盛りの30代、40代が狙われ召喚される事態となった。
しかも不景気の煽りで生活に困窮し生きるのに疲れた者達が異世界に癒しを求め始めさらには異世界に伴侶を持つなど、強行手段を取り始め、もう日本には帰らない!などと言い帰還を拒むと言う事態に日本政府は深く頭を悩ませている……。