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2.転生

――過去

 余は薄暗がりの中にいた。


「むぅ……これは一体何が?」


 周囲を見まわそうとし……身体の感覚が無い事に気付く。

 ……そうか。

 思い出した。先刻、余は“勇者”達と戦って倒され、死んだのであった。

 それにしても、この場所は一体? 造物主の造りたもうた世界には、この様な場所は無かったはずだ。

 まさかとは思うが、異界よりの来訪者らしき男にとどめを刺された為、あの世界の輪廻の輪から外れてしまったのだろうか? いや……それとも、余を不要な存在と断じた主上によって世界から放逐されたのであろうか?

 まぁ、良かろう。

 一万年、いやそれ以上生きた。今更もう一度転生しようなどとは思わぬ。

 ここで消滅していくのも一つの在り方かもしれん。


『……それで良いのか?』


 不意に“声”が聞こえた。


「……誰だ」


 声の方を振り向こうとし……“何か”に引き上げられる感覚があった。



 余を取り巻く“空気”が変わった。

 そこは、光に溢れた世界。

 主上たる造物主の御前……ではなかった。

 光の“質”が異なるのだ。

 全ての闇を切り裂く様な峻厳さを持った主上の“光”ではなかった。柔らかく、温かみを持ったこの“光”の主は……。

 目の前に、一人の男がいた。

 黒髪の、長身の男だ。

 その姿は、何処となくではあるが余に似ていた。

 何よりもその“波長”だ。

 この男は、余に似た存在であるのが見て取れる。


『私はあなたのいた世界と並行して存在する異界の者だ。そこの管理者を務めている』


 男が口を開いた。


「ほう……我が主上と同様の存在か」


 “管理者”という言葉が引っかかったが、とりあえず問うてみる。


『いや……私は創造者ではない。我が世界の創造者は異界へと去った』


 ふむ……去った先が気にならなくもない。それに、微かに言葉に篭る憤りも。が、聞くべきことは他にある。


「何故、余に呼びかける? 死したる異界の魔王などに」

『まずは、あなたに一つ謝罪せねばならない事がある』


 男は意外な言葉を口にした。


「謝罪?」

『ああ。私が管理する世界に時空の断裂が発生し、様々なモノを飲み込むという事が起きたのだ。私はその調査を行うべく人員を送り込んだのだが……どうやらその裂け目は、この世界に繋がっていたようなのだ。そして送り込んだ男の一人がその行き掛かり上“勇者”と協力し、結果あなたの命を絶ってしまった』

「……なるほど。あの男から感じた違和感はその為か」


 あの男の放った魔力は、この世界の魔術体系とやや異質なものであった。


「だが、気にする事は無い。敗れたのは、余に迷いがあった為だ。それに……かつて余は多数の異界人をこの手で斃してきた。異界人の手によって倒されるならば、それもまた運命」

『そうか……』


 男は一旦そこで言葉を切った。

 一瞬余から視線を外し、思案する様な素振りを見せた。そして再び口を開く。


『今一度、生きてみるつもりはないか?』


 生きる、か。一万数千年の生涯を終えた余に。


「ほう……何故だ?」

『それは、とある人物の願い故に』

「……願い?」


 余に再びの生を望む物好きがいるのか。


『共に生きて欲しい、と』

「共に、か……。願いの主は、誰だ?」

『――だ』

「……そうか」


 余は頷いた。あの者の願いか。ならば、躊躇う理由はない。


「相分かった。ならば、余も再び生きよう。ところで、転生先は何処だ? 元いた世界か? それとも貴公の世界か」

『転生先は……そのどちらでも無い。“源世界”……全ての始まりの場所だ』

「“源世界”、か」


 異界人の侵入に対処する過程で、分かった事がある。

 余の世界と同様の世界が幾つか存在する事。そして、その一つとの間に、大きな時空の裂け目によるトンネルが存在する事。そして……それらの異界の中央に、ひときわ大きな世界が存在する事。

 おそらくは……この世界とのつながりが大きい世界が、目の前の男が管理者を務める世界。そしてひときわ大きな異界が、この男の言う“源世界”なのだろう。


『そうだ。だが……あなたの“力”の大半は、元いた世界の運命律を源とするものだ。転生先ではほとんどその“力”を使う事は出来ないだろう』

「良いさ。新たな生を生きるのだ。まっさらな状態から始めるのもよかろう」

『了解した。ならば……道を開こう。始源の世界、魂の故郷へと……』


 男は胸の前で指を組み合わせ、印を結ぶ。

 直後、上方より降り注ぐ光の束が余を包み込む。


『それが、魂を導く光の道だ』

「そうか……さらばだ。また輪廻の果てにでも会うことがあるかもしれぬ」

『ああ』


 そして、余の意識は光の渦に飲まれていった。



 永遠とも思える一瞬の後、視界が晴れた。


「……!」


 ここは、見知った場所。

 先刻、余と勇者一行が戦った場所、魔王城の謁見の間だ。

 それほど時間は経っていないのであろう。炎の魔法で炙られた瓦礫が熱気のもやを放っていた。そして部屋の中央では、余の大剣が墓標の様に突き立っている。

 ふむ、これはどうした事か。先刻、あの男は“源世界”への道を開いたと言っていたが……。

 と、その時、背後に気配を感じた。


「……?」


 振り向くと、数人の魔族が地に伏し、悲嘆にくれていた。

 どうやら余の死を嘆いている様だ。

 声を掛けようとし、ふと気づく。

 この者たちには、今の世の姿は見えていない様だ。

 ……そうだった。余は霊体のままだったな。もう、ねぎらいの言葉を掛けるのも叶わない、か。

 と、その時。

 余の身体が浮き上がる感覚があった。


「何!?」


 余の身体はゆっくりと上昇していく。天井にぶつかる……と思いきや、難なくすり抜けてしまった。そして気がつけば、魔界を足元に見下ろしている。

 そうか。あの男の言っていた“道”か。

 やがて余は魔界の上空を覆う岩の天蓋と金属質の地盤を抜け、地上界へと飛び出した。

 目下には、霊峰エルバスと大神殿が見える。そしてそこに向かう大勢の人々。

 勇者の勝利を祝う宴でも開かれているのだろうか?

 と、思う間に大神殿は小さくなり、地上を覆う不可視の天蓋が頭上に迫っていた。

 ふむ。余はここから外へは出た事が無かったな。さて、どうなるか、だ。

 その天蓋を抜けた先は……


「……!」


 これが、我々のいた世界、か。

 世界の中央に大地(アストラン)と周辺の島々があり、その周囲を海が囲っていた。

 そしてその周囲を切り立った壁が覆っている。そしてそこから続く天蓋が上空を覆う。

 その様は、まるで蓋をかぶせた円盤だ。おそらくその下方には、魔界を収める空間も存在するのだろう。全体としては、相当扁平な球体になるのだろうか?

 ん?

 痺れるような感覚。

 これは……結界か?

 どうやら我々の世界を覆う結界に到達したらしい。これを抜ければ、完全な“外”という事になる。

 そして結界の中を進むにつれ、我々の世界の姿は徐々に薄れていった。

 これで我が故郷も見納めか。

 そして、その向こうにあったらしい、更に巨大なものが姿を現した。


「!」


 思わず絶句する。

 青い、巨大な球体だ。

 なんという美しさだ。

 同時に、余の頭の中で、誰かが囁く。この球体こそ『始まりの地』であると。

 その直後。

 余の身体が急速にその球体へと引きつけられる。

 何が起きたのだろうか?

 余の身体は、その球体の一点へと向かっている様だ。

 そこに何かがあるのだろうか?

 余のいた世界全体よりも広大な海、そして大陸。その辺縁に、島々が見えた。弧を描く様な島々だ。

 あるいは、そこが余が次に生きる場所なのだろうか?

 そう思った直後、強い衝撃を受けて余の意識は暗転した。



 光が、見えた。

 あれからどれほど経ったのかは分からない。

 だが……余の魂が、何らかの肉体に固着した事は理解出来た。

 つまり、転生に成功した訳だ。

 余は一体いかなる存在となったのか?

 周囲を見まわそうとし……何かに掴み上げられた。

 そして覗き込む顔……といっていいのか。

 何やら白い面の様なものを着けている。

 服装も奇妙だ。

 白っぽい無地の服に身を包んでいた。

 ……果たして余はいかなる生物に生まれ変わったのか?

 そう思っていると、もう一つの顔が見えた。

 黒髪の若い女だ。余がいた世界の人族(ソリス)に似た姿だ。

 どうやら余は、その女の胸に抱かされたらしい。

 そうか。これが余の母か。

 造物主によって造られた余にとっては、初めての母、という事になるか。

 ふむ。

 ここは暫し母の愛とやらに甘えてみるのも良いのかもしれぬな。

 そう思った途端、意識が精神の奥底へと沈んでいくのを感じた。

 そうか。“眠り”につくのか。

 意識が途切れる直前。

 どこかで赤子の泣き声がした。

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