1.プロローグ
思いついたものを勢いで書いてみました。
銀色の光が虚空を閃く。
それは、神々の祝福を受けし聖剣の軌跡。
しかしそれは、余の大剣でいともたやすく跳ね除けられる。
軽い。
鍛錬は積んではいるであろう。気迫も技量、力量も十分だ。
……しかし、それはあくまで“人間”の範疇を超えたものではない。
こんなものでは、余に傷をつける事など出来まい。
すかさず余の横薙ぎの一閃。それを受け止めたものの、相手はたたらを踏んで後退り、がくりと膝をつく。
「どうした? 貴様は神に選べれし“勇者”なのであろう?」
まだ何処と無くあどけなさを残す青年を見下ろし、嗤う。
「何だと……!」
“勇者”は鋭い視線を余に向けた。
良い目だ。
彼我の力量の差を知り、なおも闘志を失わぬ瞳。仲間は全て地に伏しているにもかかわらず、だ。
惜しいな。確かに英雄と呼ばれるに足る男だ。
ただの“戦士”ではない。智勇と徳を備えた、まさに“勇者”。
だが悲しいかな、相手が悪い。いや……生まれ落ちた運命が、か。
「まだだ!」
“勇者”は立ち上がり再び斬りかかってくる。
なかなか良い太刀筋だ。だが!
「甘い!」
数合打ち合った後、大剣を逆袈裟に振るうと勇者の聖剣を弾き飛ばす。
「なっ……」
“勇者”は己の手に視線を落とし、悄然とする。
心が折れつつあるのだろうか。
……まぁ、仕方のない事だ。この戦いは、余の勝利で終わることが宿命づけられている。
この世界は“天秤”の上に存在している。善と悪。光と闇の……。
その天秤か偏る時、この戦いが起きる。“勇者”と“魔王”との……
今、この世界は光の側に偏り過ぎていた。それ故に、“魔王”である余が軍を起こし、世界の釣り合いを保たねばならない。
これは、造物主が定めし茶番劇なのだ。一万年もの間、繰り返されてきた……。
「貴様には恨みがあるわけではない。だが……これは定めなのだ」
余の声に、無意識のうちに憐憫の色が混ざっていた。
彼らは決してこの戦いで勝つことは出来ない。この世界を縛る因果律ゆえに……。今回は“魔王”が“勇者”を倒し、世界の天秤は均衡に戻る。
所詮我らは造物主のコマに過ぎないのだ。
ここは運命に縛られし世界。造物主はあらゆる運命の糸を、己の意思の赴くまま操る。
それは、余とて例外ではない。
世界創生の折、造物主の第一使徒として余は造られた。原初は使徒としてヒトを導き、後に天より堕して魔王となった。これもまた、造物主の意思。光と闇の均衡を保つ事で、この世界の破滅を未然に防ぐ為である。
「さらばだ。次に相見えるときは……何!?」
その時、地に伏していたはずの勇者の仲間の一人が、勇者の聖剣を手に取ると、猛然と斬りかかってきた。
「莫迦な! まだ動ける者がいたとは!」
“勇者”のもとに集った義勇軍。その中でも精鋭が、“勇者”とともに我が城に乗り込んできたのだ。元剣闘士奴隷であり、名うての傭兵であった“戦士”。敬虔な神の使徒であり、慈愛に満ちた救い手、そして時には魔を退ける勇敢なる闘士である“僧侶”。そしてこの世の全てを知り、森羅万象を操る“魔導師”……。皆、英雄と呼ばれるに相応しい。
その三人は“神託”により“勇者”のもとに集い、そしてここで敗れる。四人の命の灯火は、間もなくここで消える、はずだった。
しかし……これはどうした事か。
「!」
そういえば、“神託”の勇者一行は四人。しかし、今この場にいるのは五人。
そして、聖剣を構え、斬りかかってくる男は……先の三人ではない、五人目。従者の類だと思って見逃していたが、この男も紛れもない戦士。
「貴様は……何者だ!?」
一瞬反応が遅れた。
余はかろうじて大剣で聖剣を受る。すかさず繰り出される二撃目は、上体を反らしてかわした。上段からの三撃目はバックステップで。
と、“五人目”は体を泳がせ、隙が出来る。
……今だ!
すかさず踏み込み、袈裟懸けに斬り捨て……何!?
目前から奴の姿が消えていた。
そして……左脇腹に、鋭い痛みを感じた。
死角に回り込んだ“5人目”の突きが、魔力障壁を貫き、鎧のわずかな隙間に潜り込んでいた。あの隙は、わざとか。
「ぐうっ……莫迦な!」
余らしくもない声を漏らしてしまう。
その時感じた、微かな違和感。言い知れぬ“何か”が余の心の奥底に、淀みを作る。
だが、これまでだ。
この程度の痛みで動きが鈍る余ではない。
大剣を横薙ぎにし、“五人目”を跳ね飛ばす。
小癪なことに、奴は剣で受け止めつつ後ろに飛んでいた。
なかなかやる。だか……
魔力を集中して左手で“結印”する。魔力が凝縮し、白い光の塊が生まれた。
「……“光弾”!」
“力ある言葉”とともに解き放つ。
無数の魔力の矢が“五人目”を襲う。
前後、左右、そして上方。
逃れる術はない。
殺到する光の矢。幾多の光が弾け、生命を削り取っていく。
そして、“五人目”は、跡形もなく消滅した。
「ああ……」
勇者の嘆声。彼の全ての希望は潰えた。
「終わりだ。……苦しむことなくあの世に送ってやろう」
そして貴様は転生し、次の戦いで余を倒すであろう。我が“戦友”よ。
再び印を結び、魔力を集中していく。
全てを焼き尽くす地獄の業火。苦痛を感じるまもなく、全てを焼き尽くす。いかなる痕跡も残さずに……。
しかし、その瞬間。
「!」
“五人目”のいた場所の地面が弾け、“何か”が飛び出した。それは銀の光を煌めかせ、余に斬りかかってくる。
「何!?」
“五人目”だ。奴は地に潜り、魔力の矢をやり過ごしたのだ。
「小癪な!」
鋭い打ち込みをかわしつつ、大剣を振るって奴に致命的な一撃を与えようとし……わずかに反応が遅れた。
魔力を集中させていた為だ。
奴は余の大剣を受け流すと、口中で呪文を唱えた。そして聖剣から左手を離し、手刀を作って印を切った。手刀に淡い光が宿る。
「ぬぅ!」
それ以上はさせじと追撃をかけようとする。が、
「我が掌に集え電荷のマナよ。我に宿りて敵を滅ぼす刃となれ……“雷閃”!」
「ッ!」
“勇者”は雷霆の呪文を放ち、余を牽制する。
渾身の魔力を込めたと思しき一撃は、魔力結界を貫き、したたかに余の身体を撃つ。
しかしそれが限界だった様だ。その呪文を放つと、“勇者”は崩れ落ちた。
その間に“五人目”は飛び退くと、構えた刀身に光を宿す手刀を滑らせる。聖剣に手刀の光が移り、眩い光の剣と化す。
「おのれ!」
今度こそ倒す。余は大剣に魔力を集中し、斬りかかった。闇をまといし大剣が、大上段から奴を襲う。
「今度こそ……終わりだ!」
奴の光剣と余の大剣が真っ向から打ち合う。
光と闇が弾け、電光が舞う。
「! ……こ奴」
剣に宿る魔力の質。それは、この世界の魔術体系といささか異なるものだった。そして今までに感じたことがない“力”も……
まさか……
あの違和感の正体とは……
一瞬、意識が奴から逸れる。
鋭い横薙ぎの一閃が、余の脇腹を切り裂いた。
だが! この程度で余は倒れぬ!
振り下ろした余の大剣が、奴の左肩に食い込む。
むぅ……踏み込みが甘いか! 根元を受けられ、威力が弱まってしまった。
ならば!
「フン!」
魔力解放。衝撃波で奴を吹き飛ばす。
奴は宙返りし、無事着地した。
身構える隙を許さず、追撃。逆袈裟に斬り上げる。
奴も負けじと剣を振るい、再び光と闇の剣がぶつかり合う。
魔力が弾け、一瞬視界が失われる。
だが、問題は無い。
余は飛び退くと、再び魔力を集中させた。
例え地に潜ろうが関係無い。全てを吹き飛ばし、灰燼に帰す。
「受けよ! “爆……”ぬぅっ!?」
光と闇が入り乱れる中、それを突き抜けて目の前に現れた影。
……ヤツだ。
ヤツの頭上で光の剣が弧を描き……
「魔法剣……“光牙”!」
剣は光の尾を引き振り下ろされる。
「!」
剣は余の身体を左の肩口から右の腰まで斬り下ろし、走り抜けた。剣に宿る光の粒子は、余の身体をくまなく駆け巡り、血肉を灼いていく。
「ゴフッ!」
余の口から鮮血が溢れる。
だが、余は大剣を地に突き立て、足を踏みしめて立ち続けた。
魔王が……この世の覇者が安易に跪く訳にゆかぬ。
「み……見事だ……! よくぞ“運命”を覆した」
そう。この戦いで勝利を約束されていたのは余だ。それは、いかなる場合でも覆ることはない。かつて、余の敗北を運命づけられていた戦いで、せめてもの抵抗を試みたことがあった。前回の戦いのことだ。
まずは勇者の出現を阻止ようと試みた。しかし、それは失敗した。勇者は思いもよらぬ場所に逃げ延びたのだった。次は、軍を整え、万全の体制で待ち受けた。圧倒的な兵力を持って正面からすり潰す。だが、それは奇襲により破れた。余は運命に破れたのだ。
あるいは今回の敗北は、前回の余の行いを造物主が翻意と受け取ったが故なのかもしれない。
「貴様は……」
ヤツを見る。
……違うな。
ヤツは造物主に関わりがある者ではない。むしろ、真逆の存在だ。
「そうか。貴様は運命に縛られぬ存在……」
かつて、余が造物主の使徒であった頃の話だ。
未だ不安定な存在であったこの世界には、時折異界より迷い込むものがいたのだ。
そうした存在は、運命の糸を乱す。
完全なる世界を目指した造物主にとっては、目障りな存在だ。
一人一人は些細な存在だ。だが、小さな乱れが積み重なると、いずれ世界が混沌に覆われる。故に排除しなければならない。だから、殺す。
余は無慈悲に殺し続けた。
返り血に塗れし非情なる使徒。それが余であった。
いや……非情にはなりきれていなかったのかもしれない。異界人の血脈が僅かながらに残っていたのだろう。
そうして生まれた“揺らぎ”は次第に大きくなり、この場にあり得ぬはずの“五人目”を呼び込んだ、という訳か。
非情になりきれなかった余の心の弱さが招いた敗北かもしれぬ。
しかし……なぜか悔いはなかった。
あの者達は罪を犯した訳では無いのだ。ただ、この世界に迷い込んだだけの哀れな漂流者。
その罪を償う時が来たのかもしれぬ。
まぁ、良かろう。
余に忍び寄る死の足音が聞こえる。
例え光と闇の戦いに敗れたとしても、余は死ぬ事は無い。ただ、眠りにつくだけだ。しかし、この感覚は違う。
ゆっくりと余の体が希薄になっていく。
これが、死か。
やがて一陣の風が吹き、余の身体は霧散していった。
後には大剣が残されただけだ。我が墓標のように。
悔いは、ない。
いや……一つだけあった。それは……
「マヤ……また、いつか……」
そのつぶやきだけを残して、余はこの世界から消滅した。
そして、現在。
我が居城の一室、余の寝室。
朝の光が柔らかく余の頰を撫でる。
「う……む。夢、か」
またつまらぬ夢を見てしまった。
余の前世。
勇者達と戦い、敗れた時の夢。
だが、余はここにいる。転生し、再び生を受けたのだ。
捲土重来。
再び魔王として君臨し、いずれは世界のすべてを手に入れるのだ!
扉を開け放ち、バルコニーに出る。
そこにあるのは、いずれ余のものになるであろう街。
しかし今は、何も知ることもなく、平和を貪っている。
そう、今のうちだ。
愚かな子羊たちよ。今はただその小さな幸せをかみしめているがいい!
余は嗤った。
「クク……フハハ……ウワーッハハハー……うごっ!?」
「煩い!」
気品のかけらも無い声とともに、飛来した柔らかいモノが余の顔を直撃した。しかし、かなりのスピードである。首が妙な音を立てた。
思わず顔を押さえてうずくまる。
「ぶ……無礼者が!」
痛む首を押さえ、声の方を見やる。
「あんたねぇ! 朝っぱらから何やっってんのよ! 騒々しい!」
バルコニーの柵のすぐ外側。隣家の屋根の上で十代半ばの女が俺を睨みつけていた。
「……いきなりこんなモノを投げつけることはないだろう、麻耶」
落ちていた枕を拾い上げ、投げ返す。
「雄介……あんたまたおかしな病気が出たの?」
「失礼な」
余は肩をすくめて見せた。
“雄介”……それが、今の余の名だ。
ここは、かつて余が“魔王”として君臨した世界とは違う。あるいはここが、“異界人”たちの故郷であったのかもしれぬ。“運命”の皮肉か。とはいえ、余を縛る“運命”の鎖は既に途切れてしまっている様だ。
新たなる“生”……。
余はこの世界で精一杯生きるつもりだ。それが、余に与えられた使命。そう考えることにした。
「ま、いいけどね。いい加減、その中二妄想癖なんとかしなさいよ」
麻耶は枕を受け取ると、そう言い残して踵を返した。
窓から隣家の中――彼女の自室――へ入っていく。
彼女は、村瀬麻耶。
そう、“マヤ”だ。
前世において愛した女と同じ名。
これもまた、“運命”なのか?
しかし、名は同じであるが……気質はかなり違うようだ。
まぁ良い。
余も自室へ戻ろう。
「ゆうちゃん、起きなさい。朝ご飯出来てるわよ」
母親……余をこの世界に生み落とした女の声。
「わかった。すぐ行くよ」
余は返事をし、階下へと向かった。




