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L  作者: さくなり
5/11

睡眠

 味は決して悪くはないが、食べ慣れていない味と食感のためか不自然だ。先生の右腕。美味しいが美味しくない。何とも言えない感想の矛盾だ。

これから、食べ慣れていけばきっと美味しく感じるだろう。今回は加工して調理したから味が合わないのかもしれない。ということは、生で刺身として食べればいいんじゃないか。よし、刺身だ。とりあえず、明日の朝ごはんは刺身定食だ。今日の晩ごはんはステーキで、次は刺身とかものすごく贅沢だ。少し嬉しくなる。残った肉片も口に詰めた。冷蔵庫の中は本当に空っぽで、お茶さえなかった。仕方なくビールを飲んだ。ものすごく冷たく冷えていた。先生が好んで飲んでいたビール。先生が、飲んでいた、ビールだ。先生についてを考えただけで笑みがこぼれ、幸せな気持ちになれる。冷えたビールは安い味がした。元々好きではなかったが、先生が飲んだものなら好きになれるかと思った。それはまだ難しいようだ。大人の味のビールを理解するにはまだ若すぎたのかもしれない。なんだかんだ言って私もまだ16歳だからね。

 リビングに飛び散った血は黒く生臭さを増していた。持ってきていたカバンの中には雑巾数枚と着替えしかない。

一枚を水で濡らして床を拭いた。ベットリとして、不愉快な感触だ。しかし、先生だ。あ、舐めたい。いや、これは先生でも汚いからダメだ。雑巾を洗いに行く。上から透明な水が出て、下から赤黒い水が流れていく。もう一回拭こう。きつく絞って床を拭く。端から端からきれいにしていく。先生の部屋を汚すわけにはいかないもんね。言って、汚したのは私です。笑えてくる。でも、ここハイツだからあまり大きな声出したらダメだ。小さく笑う。先生、死んでも可愛かったな。生きてても可愛くて死んでも可愛いって反則だよね。ああ、可愛かったなぁ。

 そんなことを考えながら壁や床を元の色に近い色にするのに3時間以上かかった。大好きな人の家だからここまで綺麗にできたのであって、これが自分の家だったら放置していただろう。

 あらかた綺麗になった頃には、雑巾はもうボロボロで私の手も汚く変色していた。

部屋の中には未だ生臭い血の匂いがこびりついている。私が殺した証拠になる匂い。先生の香り。素敵だ。部屋を見渡し、もう血の汚れがないことを確認する。ない、綺麗だ。さあ、寝よう。昨日で終業式は終わった。今日から夏休みだ。しかも今日は土曜日だ。当番なら先生は学校へ行って仕事をしなければならないが、今日はない。だって、もう任期切れたんだもんね。さあ、寝よう。リビングの横にある部屋の襖を開け、布団を取り出す。先生の香りがする。気持ちいい。クーラーは着けず、扇風機を回して私は眠りに就いた。先生の香りに包まれて寝るという最高の幸せの中で私は久々にぐっすりと薬なしで寝ることができた。ああ、先生。大好きだよ、愛してる。大好きだ。殺させてくれてありがとう。

上も下も右も左もない夢の世界の中で、唯一の私の存在はなく、周囲に溶けて混じっている。先生の布団の中という現実と何もない世界の中という夢の狭間で、私は私なのだろうかという疑問と、私の頭が作り上げた先生を私の頭の中のもうひとりの私がそれをただひたすらに見ながら、私は意識を手放すことに専念した。私の中の私の後ろで先生が私を見ている、そんな気がした。もう、何も考えることはできない。何を考えて、何を思ったかさえももうあやふやだ。おやすみ、先生、永遠に。



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