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続・迷ったら月に聞け5~道  作者:
人世の道
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箔翔

箔翔は、黙って会合の席に座っていた。

この大きな長テーブルの上座には、維心と炎嘉、そして蒼が並んで座っていた。そして、その隣りに箔炎が、その斜め後ろに椅子を置いて箔翔が、本来なら王しか入ることが出来ない会議なので、特別に座っていた。そして、このテーブル以外には、ずらりと並んだ椅子に並んで、神のほかの王達が座っている。聞いているところによると、序列の順なのだという。つまりは、この長テーブルについているのは皆序列の高い宮の神の王で、その他、数百は居ると思われる神達は、そこそこの序列と位置づけられているのだと分かる。

神の王達…幼い頃から育って来たのは、間違いなくこの世界だった。しかし、父に言われて仕方なく行った人の世は、とても興味深かった。

勢力争いなど、とうになかった。力社会と言われたら、違った意味で力社会なのだと思う…技術力を持っている国が、他の国への発言力を持っていたのは確かだ。しかし、殺し合いはもう、一部の地域でしか行なっていなかった。箔翔は、その世界に魅了された…知識だけに頼り、神のように空を飛び、そして神が知らぬ力まで作り出してしまう、その能力。

確かに、人は道具がなければ何も出来ない。しかし、それだからといって、神より劣っているとは、箔翔は思っていなかった。

最近では、月にも建物を作り、そこで滞在している者も居る。気軽な旅行感覚で行くらしい。神で、月まで到達出来たものは、未だいなかった。

今、目の前で繰り広げられている神世の話し合いは、とても古いもののように箔翔には見えた。しかし、自分は神で、人の世に住むことは出来でも、その仕組みに組み込まれて生活することは出来ない。自分の居る場所は、あくまでここなのだ。

それを悟ったのは、あちらで人の女に想われた時だった。

自分も、何も分からない自分の世話を焼いてくれるその女を慕わしいとは思った。しかし、意識が違う。自分は神で、女は人。初めから、種族自体が違うので、箔翔はそんな対象には見ていなかった。

それに、父は折り紙付きの女嫌いだった。それを小さな頃から見て来た箔翔は、女にそんな気持ちを持つこと自体が罪のような気がしたのだ。

ずっと、同じ研究室に居たその女に、ある日皆で食事に出かけた帰り、自分と付き合って欲しいと言われた。

もう何年も人世に居た箔翔は、とうにその言葉の意味を知っていた。しかし、どうしても箔翔には首を縦に振ることが出来なかった。妃にするほどの感情もない。それに、これは人。自分ともしも婚姻となれば、死するよりない。

なので、箔翔は答えた…自分は、自分で相手を決めることが出来ない。婚姻までは、女と共に居てはいけないし、婚姻の相手も、国の父が決めること。なので、主と共に居ることは出来ない。

相手は、ショックを受けた顔をしたが、寂しげに微笑んで、でも、これからも仲間よね、と言った。神である箔翔には、相手から深い失望の気を感じ取った。傷つけてしまったのを感じた箔翔は、ここまで無償で自分によくしてくれていた人を傷つけてしまった、と罪の意識にさいなまれた。

その時、大学を出たらどこかの研究所へ行こうと考えていたが、やはり博士号を取得したら神世へ帰ろう、と決心した。自分は、やはり人ではない…ここでは、よそ者なのだと。

「…長らく交流がなかったが、ここに神世に戻ることになった。皆、よろしく頼む。」不意に、炎嘉の声が箔炎の耳に入った。「箔炎、主から挨拶を。」

父が話す。

箔翔は、急いで気持ちを今目の前の会合へと向けた。箔炎が、座ったまま皆を見回して言った。

「知っておる者も少ないであろう。我はもう、1800歳を数える。これまで長きに渡って神世に関与して来なんだが、我ももう長く王座に居て、次を息子に譲ることを考え始めた。」と、箔翔を振り返った。「箔翔、前へ。」

箔翔は、緊張して立ち上がった。後ろに座っている、数百の神の視線が一斉に自分を見たのを感じる。一見、人世でプレゼンテーションをしたのと変わりないような状態だったが、しかし神の王達の気は尋常でなく強く、身に痛かった。人は、普通の神ほども気が強くない。これほどに圧倒されるほどの気を一斉に浴びたのは、箔翔も初めてだった。

箔炎は、箔翔が立ち上がったのを見て言葉を続けた。

「我の跡継ぎの皇子、箔翔ぞ。これはまだ若く、まだまだ学ばねばならぬことがたくさんあろう。しかし、我の治世とは違うものを作ることも、また良しと思ったので、こうして連れて参った。我ら鷹族は、神世にあった時、龍や鳥と並び立って世を治めていた。こうして上座に座ることを不思議に思った者も居るやもしれぬが、これから我らの力を知って行けばおのずと納得するものと思うておるゆえ。」

神の王達は、何も話さない。しかし、そこに無言の何かを感じるようで、箔翔は居心地が悪かった。維心が、口を開いた。

「箔炎の跡を継ぐとなると、それは荷が重いやもしれぬが、見たところ箔翔も箔炎の気を継いで他の神など歯牙にも掛けぬ気の強さを感じる。我も力添えしようぞ。」

会合の間、一切口を開かなかった維心が口を開いたので、箔翔は驚いた。しかし、その言葉と共にその目の前の何百という神の王達が、一斉に頭を下げたので、箔翔は龍王の力をそこで思い知った。龍王、維心。転生したと聞いている、神の王の王。この王の言葉は、他の神にとって絶対なのだ。

炎嘉が、満足げに頷いた。

「我とて同じよ。友の子となればの。」と、箔翔に身振りで座れ、と促した。「では、本日の会合はこれで終わる。後で次の会合で願いなどがあれば、出てすぐに居る龍の臣下達に申して記させよ。審議して、次の議題に加えようほどに。」

炎嘉の言葉が終わると、維心が黙って立ち上がった。それを見た神の王達は、一斉に立ち上がった。箔翔も慌ててそれに倣って立ち上がる。

すると、維心はそんなことには構いもしないでさっさと立ち並ぶ神の王達の間を、歩き抜けて行った。それに炎嘉が続き、その後ろに蒼が、そしてその後ろに箔炎が並んで歩き出した。箔翔も、遅れてはいけないとすぐに父の後ろに付いて歩き出した。

見ていると、先頭の維心が歩き抜けて行く先から皆が頭を下げて行く。皆の頭だけを見るような状態で箔翔が会合の間の戸を抜けると、その途端に後ろからまた列になって、たくさんの神達が歩いて出てき始めた。

戸惑うようにそれを見ながら箔炎の後ろにぴったりついて歩いていると、箔炎が振り返って言った。

「宮の序列の順に会合の間を出るのだ。維心が筆頭であるから、こうして先を歩く。我もこれまで、龍以外が筆頭であったことなど見たこともないがの。維心は、人の後ろ歩いたことなどないの。」

やはり、完全な力社会か。

箔翔は、思いながら後ろを振り返った。序列が下の神達が出て来始めているところだった。まだ若い神の王も居て、箔翔は出来ればあの王達と話したかった。年が近いほうが、何かと話しやすいと思ったからだ。しかし、向こうは恐らく、自分を恐れて対等には話してはくれまいな…。

箔翔は、名残惜しげにそこを跡にしたのだった。


月の宮へと向かうことになった炎嘉と箔炎、維心は、準備があると奥へと入って話し始めたので、箔翔は放ったらかしになり、好きにせよと言われて困って宮の中を、ふらふらと歩いていた。

知らない宮、しかも神世最大の宮なので、絶対に迷うと思った箔翔は、遠くにまで行くのはやめようと辺りをきょろきょろと見回しながら歩いていた。

すると、前から甲冑に身を包んだ龍が一人、歩いて来た。その身から溢れる気は、龍王に匹敵するのではないかというほどで、箔翔は知らずに身構えていた。すると、その龍は箔翔に気付いて立ち止まった。

「このように奥近くに。主、何者ぞ。」

若いながらも、驚くほどに威厳のあるその龍に、箔翔は答えた。

「我は、鷹の宮箔炎の皇子、箔翔。主こそ、誰か。」

相手は、ああ、という顔をして、答えた。

「箔翔殿か。父母から聞いておる。我は、龍の宮第一皇子、維明。」

箔翔は、やはり、と維明をまじまじと見た。維明は維心にそっくりなのだ。

「月の宮へ参ると言われておるが、父達は何やら準備あるようで算段をすると維心殿の居間で話を。我は、そこに居ても仕方がないゆえ、好きにせよと言われてこうして歩きまわっていたのだ。あまり遠くへ行ってしまったら、戻って来れぬのではないかと思うて。」

維明は、微笑した。箔翔は驚いた…維心はこんなにすぐに表情を変えたりしないからだ。

「確かにの。我は幼い頃よりずっとここで過ごしておるからあり得ぬが、月の宮に居る我の異父姉などは、よう迷っておったの。」と、箔翔を促した。「では、主暇であるのだな。我も月の宮へ参るし、ではしばらく共に過ごそうぞ。」

箔翔は、ためらいながらも、維明について歩きながら問うた。

「まさか、立ち合いか?」

そうだとしたら、自分はここ数年全く刀を握っていない。しかし、維明は首を振った。

「我は今訓練場から戻ったばかりよ。母上が、我に着物を準備してくれておるのだ。主も来い。」

箔翔は、立ち合いでないと知ってホッとしたのもつかの間、固い顔をした。母…女神か。

「…我の母は亡うなって居らぬから。」

維明は、そんな箔翔をちらと見て、ため息をついた。

「父上が言うておった。主の父、箔炎殿は大変な女嫌いだそうだの。だが、我の母であるから。来るが良いぞ。」

箔翔はまだ気が進まなかったが、維明に言われるままに、維明について歩いて行ったのだった。

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