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その夜

そうは言っても、途中まで一緒に居たにも関わらず、様子を見て来る、と言った後、自分が解放した臣下達の所へ戻ってしまって、何を考えているのか分からなくなった蒼を捕まえるのには苦労した。基本、蒼のことは任されていた十六夜も、蒼が十六夜すら警戒し始めたようでどうにも捕まえられなかった。あれだけこれの必要性がどうの、と説明したのがまた悪かったらしい。十六夜が完全に碧黎に言いくるめられて、碧黎の味方で自分達をまた篭めようとしているのでは、とでも思っているようだった。皆を目覚めさせる予定時間に間に合わないので、碧黎が見かねて蒼を眠らせて、やっと捕まったほどだった。維心達が元の位置へと戻ったのが早朝であったので、丸一日掛けてやっとのことで蒼を部屋へと戻し、蒼が目覚めさせていた臣下達を元の位置へと戻した時にはもう夜中だった。

十六夜が、ホッと息をついて空を見上げると、月が出ていた。寝台の上ですやすやと眠っている維月の頭を、その隣りに座って撫でながら、十六夜は考えていた。自分達、人でも神でもない命の責務とはなんだろう。その存在価値は、一体何なんだろう…。

すると、碧黎が、スッと目の前に現れて、十六夜を見た。

「ようやったの。どうやら全て元の位置に戻ったようぞ。我も大氣と、神世の全ての神の術を解いて参った…明日の朝には、何事もなかったように目覚めるであろうて。」

十六夜は、頷いて碧黎を見た。そうして、しばらく黙ったが、口を開いた。

「なあ親父、この数週間、オレはこいつらを見ていて思ったんだ…記憶をなくしても維心は維心だったし、炎嘉は炎嘉だった。それに、維月も維月。みんな変わらねぇ。これって、みんな生まれた時から持って来た性質なのか?」

碧黎は、降りて来て部屋へと入ると、十六夜の側の椅子へと腰掛けた。十六夜も、その前に座る。碧黎は、どうも腰を据えて息子の話を聞いてやる気になったらしい。碧黎は、言った。

「生まれた時からというと語弊があるの。それは魂の性質であるから、何度生まれ変わってもそのままであるから。つまりは、この世に魂が発生した時からと言うべきか。」

十六夜は、それでもじっと碧黎を見つめた。

「だが、維月もそうだが維心だって、こうしてこの世っていうのに出て来た時の回りの環境から、そうなって行ったように見えるんだ。維月も、前世の人としての記憶があるから…前世、たった一人で回りの人から隠して闇と戦っていただろう。維心だって、最強の力を持って龍王の子として王になるべく育てられたからああなったんだろう。炎嘉だってそうなんじゃないのか。環境が作ってるんじゃないか。」

碧黎は、頷いた。

「確かに生まれた環境である程度は左右される。だが、あちらでもただ闇雲に転生させておるのではなくて、その魂のレベルに合わせて次の環境を選んで転生させておる…維心はああいう器であるから何度生まれ変わってもそうであるし、維月はああいう強い性質であるから、何度生まれ変わっても己と戦うような立場にある。人でもそう。その魂が耐えうるであろうぎりぎりの環境で転生させ、魂のレベルを上げて次は更に良い環境へと向かえるようにと回しておるのだ。つまりは、皆この世は修行よな。魂が高いレベルに到達したものは、その証拠に転生せずにあちらに居ることが多い。もちろん、望めばまた世に戻れるが、そうなるとまた、責務が重いからの。それを知っておるのだ。」

十六夜は、下を向いた。そして、思い切ったように言った。

「じゃあ、オレは?」碧黎が、驚いたように十六夜を見る。十六夜は続けた。「オレはどうなんだ?オレの命って、どうやって発生したんだ?」

碧黎は、十六夜がそれを聞きたかったのかと悟った。そして、フッと息をついた。

「…分からぬ。」十六夜が、驚いた顔をした。碧黎は、苦笑した。「分からぬのだ。我とて同じ。なぜに発生したのか分からぬ。その我が同じ地である陽蘭との間になしたのが主であるのだから、我に主の命がどう発生したのかまでわからぬのよ。何しろ、我らには親が居らぬ。居るのだろうが、見たこともない。」と、寝台に眠る維月を見た。「維月も、今は同じであるの。前世、これは我が陽蘭に似せて作った命であったが、その前に存在した魂を使ったもの。転生のサイクルに組み込まれた命であって、我が生み出したものではなかった。十六夜、主が、我らの真の子というべきか。そこは、難しいのだ。我らとて、全てを知るわけではない。誰が教えてくれるわけでもないし、長きに渡って見て来たゆえに、恐らくそうであろうといえるだけでの。」

十六夜は、碧黎ですらわからないことが、自分に分かるはずはないことは分かっていた。だが、維心達がこうして試練を与えられてまで試されているのに、自分は何もない。自分こそ、月で居るのがもったいない男かもしれないのに。

「オレ…自信が無いんだけどよ。」十六夜は、正直に言った。「親父が皆を試してるのを見て、オレだったらどうだっただろうって考えたんだ。でも、きっとあいつらほどには出来なかった。蒼ですら、あれほど頑張ってたのにさ。」

碧黎は、しばらく黙って十六夜を見ていたが、身を乗り出してその頭を撫でた。十六夜は、びっくりして身を退いた。

「え…急になんだよ、親父?!」

碧黎は、笑った。

「親は皆、己の子がかわいいとこうするだろうが。」と、笑いながら続けた。「主は月。世間で期待される、月の性質を持っておる…慈愛の月。月は、慈愛の象徴だ。主は、そんな風な言動で気ままなようだが、我よりずっと人や神に対して慈悲の行動をする。時に、己の命を危機に晒してまでの。案ずるでない。主は月としてこれ以上にないほど適任であるよ。維月はたまに、驚く行動を取ることがあるがな。」

十六夜は、そう言われてなぜかホッとした。碧黎は、まだ穏やかに微笑んでいる。今生での記憶が、また蘇って来た…自分を育ててくれた父。失うかと思った時は、本当に悲しかった。やはり、碧黎は父親なのだ。

「…子ども扱いするくせに。」

十六夜は、そう呟いて横を向いた。碧黎は、フンと軽く鼻を鳴らして言った。

「子供であるからの。良いのだ。親があるのだから、親に甘えてもな。我は、そう思うぞ。」

そう言って、碧黎は月を見上げた。月は美しく輝いている。十六夜は、そっとその横顔を見た。碧黎は、親も知らずに気が付いたら存在していた命。何を教えられることもなく、善悪すらも知らずに、全ては自分で学んで生きて来た。前世の自分も、同じだったから分かるが、それは孤独な日々だった。しかし碧黎はそれ以上に、誰よりも大きな力を持っていてしまった。なので、気が付いたら回りに発生していたほかの命を守り育むことを考えるようになった。たくさんあるその命の全てにいいようになど難しい。偏った考えは出来ない…公正でないといけない。

その考えの下、多数を生かすために人や神には非情と思われるようなやり方で、皆を影で導き生かしていた。今はこうして、神に混じって生きるようになり、すっかりただの神のような扱いになっていたが、元はそうなのだ。神がああして他愛も無い遊びに興じていたり、女の取り合いなどをしていたりするのを見て、これではならぬと憂いるのもまた、仕方がなかったのかもしれない…。

碧黎が、じっと黙っている十六夜を振り返って、微笑んだ。

「何ぞ?静かになったの。もう、不安はないのか?明日からまた忙しい。このようにゆっくりと話を聞いておる暇もないと思うぞ。」

十六夜は、頷いた。

「いい。どうせいつでも聞けるじゃねぇか、親父は、ずっとオレの親父なんだし。」

碧黎は、また驚いた顔をした。だが、フッと笑った。

「そうよな。我はいつまでも主の親。それは確かぞ。」と、立ち上がると維月の寝ている寝台の脇に座り、そっと頬に触れてから、触れるように唇を合わせた。「ほんにもう、困った娘よ。押しかけ女房よろしく、我を寝台に押し倒しおってからに。こやつには、いつも驚かされる。」

十六夜は、面白くなさげに言った。

「ふん。親父は余裕があるから、神世の理に従って手を出さずに見守ろうってんだろ。分かってるよ。」

碧黎は、笑って頷いた。

「そうよ。いつなり娶れる…その気になればの。だが、我はこれで良い。父と娘、良い関係ではないか。維月が我を慕っておるのは確かであるし、今はこれ以上など望まぬのだ。それに対してうるさく申したら、我とて黙っておらぬがの。」

十六夜は、まだ面白くなかったが、頷いた。

「それはオレに言っても無駄だ。維心に言え、維心に。親父に妬くのはあいつだろうが。」

碧黎は、立ち上がって窓へと歩きながら頷いた。

「もう言うたわ。」

そうして、部屋を後にして飛び立って行った。

もうすぐ、夜が明けようとしていた。

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