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最後の砦

維心は、相変わらずシンとした回廊に痺れを切らしていた。維明と箔将はどうなった…物音ひとつ聞こえない。あちらから、大丈夫だという連絡すら来ない。しかし、争っているような音もまた聞こえなかった。

炎嘉が、横で苛々として言った。

「…やはり駄目か。入ったと同時に滅しられでもしていたら、声も上げられぬであろう。」

聖が、暗い声で言った。

「今、三つあった気が一つになった。」

それを聞いた維心が、キッと聖を見た。それは…。

「維明と箔翔が、そこから消えたということだ。」志心が、暗い声で言った。「仮に死んでおらぬとしても、もうそこには居らぬ。」

維心が、前へ進み出た。

「ならば同じこと。あれは、話し合うつもりなどないということだ。」と、大扉に向かった。「行くよりない。」

しかし、聖が言った。

「ならぬ!碧黎様の気に抗おうとするからこそ、消されてしまうのだ!従うより、ない…。」

聖は、下を向いた。炎嘉は、そんな聖を見て、肩に手を置いた。

「聖。我らは行かねばならぬのだ。碧黎に従うということ、それは己の一族がこのまま永久に眠りについたままになってしまうということ。王たる我らだけが、生きて碧黎に飼われておる訳には行かぬのよ。敵わぬとしても、我らは一族のために戦わねばならぬのだ。」

聖は、炎嘉を見た。

「やっと、我らこうして分かり合えたのではないのか。もう一度月の宮へ戻って、穏やかに暮らすふりをしながら策を練ることもまた良いのではないか。」

それには、志心が首を振った。

「同じこと。聞く耳を持たぬ相手であるのは、今分かった。ならば、どんな策を練っても無駄なのだ。我らは参る。万が一にも、一族が目覚めてまた繁栄することもあるかもしれぬではないか。」

維心が、頷いた。

「そうだ。聖、主は逃れよ。我らに付き合う必要はない。どこかでひっそりと生きることも出来る。その身は神であるが、人に紛れることも出来ようぞ。さすれば、人形であったその命も、誠の命へと変わることもあるであろう。」

聖は、黙って大扉を開いて中へと入って行く四人を見送った。維心、炎嘉、志心、久島の四人は、そうして、碧黎とついに対峙したのだった。


十六夜が、ふと顔を上げた。蒼が、それに気付いて言う。

「十六夜?どうしたんだ?」

維月が、将維の隣りで立ち上がった。

「維明だわ!」

十六夜が、頷いた。

「箔翔も。戻って来たのか…」と本宮の方を伺った。「ああ、客間の方。あの小さい部屋だ。動かないから、二人とも意識はないな。」

維月は、頷いた。

「では、お父様は二人をもう見極めたということなのね。」

十六夜は、頷いて明けて来て明るくなって来た空を見て目を細めた。

「ああ。もう終わりだな。やっとオレも安心出来る…」と、目を見張った。「…いや。これからか。」

維月は、急いで空を見上げた。月から、あちらの状況を見ているのだ。

「ああ…維心様…。」

十六夜は、苦笑して言った。

「だから、維心を殺すこたぁないよ。親父にとって、維心は手中の玉的存在だ。問題は、他だろう。どう判断したことか。」

蒼は、ごくりと唾を飲み込んだ。これから。では炎嘉様や久島様、志心様はどうなると言うんだろう。皆かなりの長命だ。転生している炎嘉はまだ普通の神の寿命にされても命はあるが、志心と久島はもう1000歳を越えている。無駄だと判断されていたら、もう…。

三人は、不安げに空を見上げたのだった。


碧黎は、正面の玉座に座ってこちらを見ている。維心は、そこが自分の場所であることをもう知っていた。抗う事の出来ない気の王が座る玉座…。

ここへ自分に会いに来ている数多の神達は、皆こんな気持ちで自分を見上げているということが、維心にはやっと分かった。碧黎は、微かに笑うと言った。

「維心よ、ここは主の場所。主には、ここに座る権利がある。」と、立ち上がった。「ここはもう、主に返そうぞ。」

維心は、それでもじっと黙って碧黎を睨んだ。炎嘉が、横から言った。

「主に返してもらわずでも、そこは紛れも無く維心の席。こしゃくなことにこやつは、龍王として神世を統治している最強の王なのだ。」

碧黎は、炎嘉を見て片眉を上げた。

「ほう?主はいつなり維心に食ってかかっておったのにの。しかし主はどうか?王として生きることが間違いではないと証明出来ようか?」と、わざとらしく首をかしげた。「どうかのう…王らしゅうない方法で聖から逃れようとしたり、主はとかく出たところ勝負の手を使うことが多いようよ。」

炎嘉は、ためらった。確かに、自分は維心のように真っ当な方法よりも曲がった方法を選ぶ。そうしなれば、逃れる術がないからだ。維心のように、絶対的な力を持っているわけではない炎嘉が、真っ当な方法のみで事を収めるのは難しかった。

維心が、庇うように前に出た。

「炎嘉は、我の助けになっておる!いつなり、我の収められぬことを収めて参った。こやつが居らねば、我は世を皆の憂い無しに治めることなど出来ぬ。」

炎嘉は、維心を見た。

「維心…。」

碧黎は、少し眉を寄せた。

「ふむ…しかし、主一人でも、特に困りはせぬであろう。要は、逆らうのならば斬ってしまえばよいのであるから。炎嘉のように、別の道など模索せずとも、それで事は足りる。」と、うんざりしたように肩をすくめた。「何しろ維月の回りにいろいろ神が集って主も大変であろう?この際、一掃してしまえば良いのよ。さすれば維月と主、二人で落ち着いた生活も出来ようが。気に病むことも減る。案じる必要はない、我はここで滅してしまうのではなく、寿命を一般の神並にするだけであるから。神の王は、その能力と責務からながく寿命を与えられておるのだ。別に責務を与える必要もなければ、早々に黄泉へと帰して良かろうぞ。」

維心は、慌てて首を振った。

「そのような!我はそんな個人の感情で必要な者まで失うことはせぬ!世を治めるのに本当に必要であるから申しておるのだ!」

すると、それを聞いた碧黎が、急に神妙な顔をした。そして、少し黙った後、維心を見て言った。

「…維心。我がなぜにこのようなことをし始めたと思うか。ただ、思いつきで試してやれ、と思うたと?」

維心は、ためらった。そうではないのか。

「それは…主の性質から考えて恐らくそうであろうと。」

しかし、碧黎は首を振った。

「いや、我だってこれほどのことをするからには、もちろん理由があるのだ。」と、自分の胸を叩いた。「こうして身が一新され、我は世をより精密に見ることが出来るようになった。そして、気の流れに気付いた…主らも知っての通り、気とは神の命の源であるの。」

維心は、頷いた。そう。それを取らねば己の身の中にある気が枯渇して死に至る。

碧黎は、続けた。

「我の気の流れが変わったことで、その気の流れもよりよう見えるようになった。それは良かったが、今までどれほどに使おうとも、ある程度は地が生み出して皆を育んでいたのだが、最近では少なくなっておる…もしかして、我が一新されたせいか。分からぬが、つまりは神世に流れる気の量自体が以前より減っておるのだ。」

維心は、驚いたように碧黎を見た。つまり…それは気が枯渇しようとしていると?

「気が、充分にないのか。枯渇するというのか。」

碧黎は、頷いた。

「今は良い。まだ足りておるからの。しかし、これから先のことを考えよ。このまま行くと、皆の気の必要量とあわせて、どう考えても枯渇する。」と、炎嘉、志心、久島を見た。「神の中で、気をたくさん消費するのはどういった輩か知っておるの。」

それには、久島が答えた。

「力の強い者。つまりは、我ら神の王よな。」

碧黎は、また頷いた。

「そう、その通りよ。」と、維心を見た。「つまりは、我は無駄な力を持っておる、相応しくないと判断した神は、黄泉へ行ってもらわねばならぬと考えた…一般の神達が、飢えに苦しまぬためにな。我にその価値を示せなかった者達は、無駄な気を消費する者でしかない。これは、必要なことだ。」

維心は、ためらうように碧黎を見た。あの磁場逆転が、そんな影響を与えているというのか。ならば、碧黎が、突然にこんなことをし始めたのも頷ける…ふるいに掛けようとしているのだ。

炎嘉が、そんな維心と碧黎を見て、九島と志心を見た。二人が、じっと炎嘉を見ていたかと思うと、頷いた。炎嘉は、頷き返して碧黎に向かって足を踏み出した。

「…ならば、迷うことなどないの。」維心が炎嘉を見る。しかし炎嘉はそちらを見ずに続けた。「我らは他の神達の生活を脅かしてまで生きようとは望まぬ。無駄と申せばそうであろう…維心一人で、世の平和は事足りる。」

維心は、慌てて首を振った。

「何を言う!我には主のように平和に事をおさめるだけの能力はない!話し合うなど、真正面からしか見ることの出来ぬ我が、主に敵うはずなどないであろう!」

炎嘉は、苦笑して首を振った。

「維心…主には此度は維月が居ろう。案じずとも、あれが主を導いてくれようぞ。なに、主自身も今生はかなりまマシになったではないか。もう、我が居らずとも大丈夫よ。」

維心は、何度も首を振った。

「ならぬ!何を言うのだ!」

志心が、言った。

「良い。我らは長く生きた…一族の者が何不自由なく生きて行けるよう、世を去るのもまた王の責務ぞ。主にはわかっておるはずだ…我らは、主に後を託すぞ。」

九島も、苦笑して言った。

「忌々しいが、主には助けられた。こうして太平の世に導いて皆を押さえ付ける役目を果たしておってくれたからこその、我が一族の繁栄があると思うておる。いろいろと争うたがの…あのように、運動会とやらで戯れる事が出来たのも、皆平和であるからこそ。我は、あれもまた楽しかったのだと今思う。」

維心は、絶句して三人を見た。そんな風に思うていたのか。なのに我はあのように意地になって…しかし確かに、楽しかった。

碧黎は、手を上げた。

「…ようわかっておるではないか。では、寿命を切る。炎嘉はまだ少しあるであろうが、九島と志心はすぐに老いが参るの。あちらは平穏、案ずるでない。」

三人は、頷いた。維心は、慌てて我に返ると三人の前に飛び出そうとした。

「待て…!」

すると、維心より先にサッと影が過ぎったかと思うと、聖が飛び出して炎嘉達の前に気で膜を張って浮き、碧黎の前に立ち塞がった。

「聖!」炎嘉が、叫んで慌てて言った。「何をしておる!ならぬ、主は早ようどこかへ去らぬか!」

しかし、聖は首を振った。

「させぬ。こやつらの価値とは何ぞ。我にとり、生き方を示してくれたこやつらの価値は計り知れぬ。」

碧黎は、じっと聖を見た。その表情からは、何を思っているのかは分からない。だが、碧黎は口を開いた。

「やはり人形などには分からぬか。世の全ての神のことを考えれば、自ずと結果は明らかなのだ。主とて、これが終ればもう用済みぞ。維月を望んでおったようであるが…あれは月。主には手の届かぬ女ぞ。弁えよ。」

聖は、首を振った。

「分かっておるわ!我など、主にとりその辺の虫にも劣るものであろうて。だが、そんな我にでもこれらは生きよと言うてくれたのだ。ただの草で作られた、人形でしかない我なのに…」と、聖は、膜を大きくして炎嘉達を包んだ。「敵わぬことは分かっておる。しかし、我はこれらを守ると決めたのだ!」

碧黎は、日を見上げるように目を細めた。

「…面白いことよ。主、それが滑稽とは思わぬか。力を戻した維心ですら、我に力には抗えぬ。主など何の盾にもならぬぞ?」

炎嘉は、何度も頷いた。

「そうよ、聖!我らは、良いのだ!主まで巻き添えになる必要はないと言うたであろうが!早よう去れ!」

聖は、首を振って碧黎を睨みつけた。

「…最後ぐらい、己の意思を貫きたいのだ。」

碧黎は、呆れたように上げた手の上に光の玉を出した。

「では、そこを動かずで良いわ。主など、ただの草。また元に戻るだけのことよ。」

光は、聖を目掛けて飛んで来た。

聖は、最後までそこを動かなかった。


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