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逃走

碧黎は、七つの気が同時に結界を抜けて外へと出たのを感じ、舌打ちをした。同時に出たが、それぞれ別の場所から出て行った。

「全く…やってくれたものよ。」

碧黎は呟くと、意識を集中させた。そうして、維心達が逃れて行く先へと意識を飛ばした。

「く…!」

維心が、頭を押えて空中から高度を落として地面すれすれまで落ちた。慌てた維明と将維が、維心に慌てて近付いた。

「維心殿?!どうなされた?!」

維心は、唸るように言った。

「碧黎…ぞ。来る。」

それを聞いた将維、維明、箔翔は、慌てて回りを見た。しかし、碧黎の姿はない。

「いったい…どこに…」

将維がそう言って見ると、宙にその姿が半透明になってスッと浮いて現れた。思わず構えた四人は、その透き通った碧黎と対峙した。碧黎は、フッと笑って言った。

《そうか、もうここまで逃れて来たか。》と、回りを見た。《かなりの距離ぞ。しかし、我から逃れることは出来ぬぞ。この地上におる限りはの。》

将維が、その碧黎を睨みつけて言った。

「どういうつもりぞ!やはり、主が我らの記憶を操作しておったのだな!」

碧黎は、頷いた。

《そう。我にはそれだけの力がある。この地上を任せる主らのこと、我はもっと知らねばならぬと思うた。つまりは、資質を知りたかったのだ。常の生活では、おっとりと平和に暮らしておって、女の取り合いをしたりと能力がかすんで見えなかったゆえな。》と、顔をしかめた。《だが、出来ることが限られておっての。我とて万能ではない。なので主らを滅することなど、よほどの愚か者でない限り出来ぬのだ。力が無うなってしまうゆえ。》

それを聞いた維心が、まだ痛む頭を押えて碧黎を見上げた。

「…居場所を突き止めるために、我の目を使ったか。やり方を間違えたの、碧黎よ。我は、主の力を利用させてもろうたわ。」

碧黎は、それは意外であったようだったが、すぐに悟って言った。

《そうか。主、我の力を使って記憶の封を解いたのか。》

維心は、頷いた。

「なぜにこのようなことを!我ら、月の宮へ運動会とやらを参加しに参ったのではなかったか。これらの記憶を戻せ!神世をどうするつもりよ!」

碧黎は微笑んだ。

《やはり主は優秀よな。我が地上の王として作っただけはある。主は良い、資質は充分だともうとうに我は判断しておったゆえ。》と、他の三人を見た。《主らはどうか?我に証明出来ようか?》

碧黎は、手を上げた。途端に、維心も含めた四人がバタバタと地上へと落下した。体が、鉛のように重い。

「どうしたこと…体が重い。気が使えぬ。」

将維が、戸惑うように言う。維心が、苦々しげに言った。

「…気を封じられたのだ。十六夜に出来ること、主に出来ぬはずはないの。ぬかったわ。」

碧黎は、頷いた。

《あれは己の結界の内でなくばまとめて気を奪うなど出来ぬが、我はこうして人数に関係なく結界外でも出来る。何しろ、我の気はこの地上を包んでおるからの。どこへ行っても同じこと。》そして、その姿はスーッと消え始めた。《逃れてみよ。それでどこまで行けることか。しかし聖が追っておるぞ。あれは気を使える。主らの健闘を祈っておるぞ。》

碧黎は、消えた。維心は、他の三人を見て言った。

「逃れるぞ!龍の宮の結界まで、あと少し。宮へと逃れるのだ!」

維心は、走り出した。戻った記憶の中で、あれほどに走った記憶があったので、それはスムーズに走りぬけることが出来た。しかし、他の三人も、記憶がないはずなのに、まるでずっと走っていたかのように綺麗なフォームで走った。

間違いない…皆覚えておるのだ。

維心は、思いながら今はただ、必死に走った。


炎嘉達も、碧黎の幻の訪問を受けていた。それは真っ暗な通路を抜け、外の森を必死に抜けている時だった。

「!!」

炎嘉が、慌てて止まった。久島と志心も、それに倣って急停止する。すると、目の前に碧黎が現れた。

《ほう。地下を抜けるとここへ出るのか。知らなんだ。》

碧黎が、まるで散歩の最中のように言う。炎嘉は、碧黎を睨みつけた。

「我らの記憶をこのようにしてしもうたのは、主であるな!」

碧黎は、頷いた。

《ああ、そうよ。我は知る必要があったからの。我は地の化身。記憶の封じられた主には分かるまいが、この地上に居る限り我から逃れることなどできぬのだ。》と、月の宮の方角を見た。《聖が追っておる。主ら、ここまでは順調であったが、これで逃れることは出来ようか?》

炎嘉は、声を上げた。

「あのような低級な神!我らの敵では…、」

その時、炎嘉も志心も、久島も地上へと落下した。驚いた炎嘉は、気を使って立ち上がろうとして、出来なくてもがいた。碧黎は、それを見て笑った。

《主はやはり、維心ほどではないの。維心は、我が居場所を探ろうとあやつの目を使ったのを気取って、すぐにそれを使って己の記憶の封を解いたのだ。なのでそれが、気を奪われた状態であることもすぐに分かったぞ?主は、己の目を我に使われておったことすら気取れなかったであろうが。》

炎嘉は、それを聞いて驚いていた。自分の目を使われたのか…維心は、それさえも咄嗟に利用して封を解いたというのか。

「…我があやつに敵おうか。いつなり、あれに勝てた例などない。」炎嘉は、それを思い出した。そうだ、いつも維心と争って…。「この状態で、聖から逃げよと申すのだな。」

碧黎は、頷いた。

《逃れてみよ。ま、無理であろうがの。だが、主ならば何かしら策を見出すのではないか?我に、己の価値を証明してみよ、炎嘉。》

碧黎は、スーッと消えた。志心が、険しい顔で炎嘉を見た。

「急がねば。今の我らは、人と同じ。人が神から逃れるなど、至難の業ぞ。幸い、龍の結界が近い。早よう参ろう。」

炎嘉と久島は頷いて、龍の結界を目指して必死に己の足だけで走った…そして、それが初めてではないような気がしていた。


それを空から見ていた維月は、十六夜に言った。

《十六夜…!どうしたらいいの?気が使えないのに、聖がもう、ほら、あそこに…!》

十六夜は、低い声で答えた。

《どうにも出来ねぇよ。オレ達には親父に対抗出来る力はねぇ。親父は、試してるんだろう。維心達は、やり遂げる。きっと大丈夫だ。》

それでも、維月は心配だった。維心から、目が離せない。どうしても、維心が心配でならなかった。記憶の奥底で、維心を絶対に失いたくないと思っている自分が居ることに、維月は気付いていた。

維月が維心のほうばかりを見ていると、十六夜が急に驚いたような声を発した。

《維月!あれを見ろ…炎嘉達の方だ!》

維月は、慌てて炎嘉達の方を見た。

すると、必死に逃れて行く炎嘉達の後ろにも、全く同じ姿の聖が追って行っていた。


蒼は、まだ碧黎とは遭遇していなかった。

月の力を使うことを思い出した蒼は、密かにその力で月の気に溶け込み、自分の個としての気を消すことに成功していた。何しろ、ここは月の宮、月の気が充満しているのだから、碧黎が自分の居場所を特定しようと思ったら、目視で探し当てる他ない。相手の目から見て居場所を探る方法も、その本人の気を追ってそこへ自分の気を飛ばすのであって、気が探れなければ、その方法も使えなかった。

十六夜の声が、蒼に言った。

《蒼、聖が二人居る。》蒼は、びっくりして目を上げた。十六夜の声は続けた。《炎嘉のグループと、維心のグループ。両方を追って飛んでいる。どういうことなのか、オレにもわからねぇ。》

蒼は、考え込むような顔をした。

《…もしかして、聖は実在の神じゃないのか?碧黎様が作ったものなんじゃ。》

十六夜の声は、頷いたようだった。

《そうだろうな。それしか考えられねぇ。親父は、人型を作るなんて造作もねぇことだ。作った人形に、記憶を書いて自分のいいように動かす。やりそうなことだ。》

維月の声が、割り込んだ。

《だからかしら。私、いつも聖を見たら一瞬木とか草みたいに見えたの…維心様も、なぜか軽い命に見える、とおっしゃっていたわ。》

蒼は、思い出して頷いた。

《つまりは、そういったものから作られたんだろう。あの困った性格だって、きっとオレ達を試すために場を乱そうと碧黎様が作ったものなんだ。》

十六夜が、険しい声音で言った。

《なんてこった。じゃあ聖は悪くねぇ。ただ、そういった記憶を刷り込まれてそんな性質に作られただけで。》

維月が、不意に叫んだ。

《ああ!十六夜、維心様達に聖が追いついたわ!》

《ほんとだ。》十六夜の声も、緊迫感を伝えて来た。《蒼!お前勝手に歩き回るんじゃねぇぞ!親父に見つかったら、また記憶を封じ直されるかもしれねぇんだからな!》

十六夜の声は、途切れた。

しかし、蒼は今潜んでいる場所からそっと抜け出すと、臣下達を目覚めさせるために宮の中を移動し始めたのだった。

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