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維月は、露天風呂で昇って来たばかりの月を見上げていた。どうしたことか、月が懐かしくてたまらない。自分の記憶の中では自分は人であったけど今は神、ぐらいしかなかった。なのに、月を見ていると帰りたくなるような衝動が湧き上がって来るのだ。どうしたのか、それは日に日に強くなって来るようだった。

それに、時々に月から何かを語りかけられているように感じることがあった。そして、それがとても慕わしい。維月は、それに戸惑っても居た。

そして、維心のことも気になっていた。聖をここの王にしたくないばかりに、自分は碧黎の妃になってしまった。しかし、維月の心の奥底では、それが間違いだとずっと違和感を感じていた。碧黎は、確かに慕わしい王だった。側に居たら、それは落ち着くし、心が穏やかになる。拒絶反応も無い。抱きしめられると、安堵感はあっても嫌だという気持ちはこれっぽっちもなかった。ただ、碧黎は最初の夜以降、共に寝ているだけで求めて来たりはしなかった。最初の夜のことも、維月はまったく覚えていなかった。しかし、目が覚めた時自分から碧黎の気がするのを感じて、確かにそれがあったのだと思っただけだった。

今更どうにもならないのに、維月は維心が思い出されてならなかった。あまり話したこともなく、ただ側に居ただけの神なのに、維心のことが気になって、時に泣きたくなる時まであった…側に居たくて仕方がないのだと、維月は思った。

考えていると、自然とまた涙があふれて来た。会いたい…どうしたわけか、維心様に物凄く会いたい。

そう思いながら、涙を拭おうと目を閉じて顔を湯で流すと、急に寒さを感じた。まるで、湯が水になったかのようだった。

「寒…。」

維月が思って目を開けると、そこはどこかの部屋の中で、暗く灯りは落ちていた。維月がびっくりしていると、同じく驚いたような声が横から飛んだ。

「維月…?!」

維月は、声を方を見た。そこには、維心が居て、目の前の椅子に座っていたのだが、袿を脱いで慌てて維月をそれで包んで来ていた。

「い、維心様…?!」

維月は、慌ててその袿を引っ張って体を隠した。湯に浸かっていた時だったので、布で前を覆っただけの格好だったのだ。

「どうしたのだ、このような格好で、突然に。」

維月は、自分でも分からなくてしどろもどろに答えた。

「あの…湯に、浸かっておって。それで…維心様に、お会いしたいなと、思ったら…気が付いたら、ここに。」

維心は、維月を驚いたように見た。維月は、自分で言ってしまってから恥ずかしくて下を向いた。

「申し訳ありませぬ。このような、私は碧黎様の妃でありまするのに。あの、袿をお借りして、戻りまする。どうしてここに居るのかも、分からぬような状態で。」

維心は、維月が立ち上がろうとするのを、ぐっと肩を掴んで止め、抱きしめた。

「戻ることはない。」そして、維月に頬を寄せた。「我が妃よ。主は我の妃なのだ。このようなこと、前にもあった。我は覚えておる…離れておる場から、主は我に会おうと無意識に飛んで参った。それも、同じように湯殿から、我の居る居間へと。覚えておるぞ…維月。おお維月、我は主を手放すことなど出来ぬ。」

維月は、それを聞いてまた頭の中で何かが弾けた。同じこと…確かにそう。会いたくて、私は維心様の元へ飛んだ。無意識に。

「維心様…」維月は、また勝手に涙が出て来るのを感じた。「でも、私は碧黎様の妃で…。」

維心は、首を振った。そして、念で言った。

《維月、主は碧黎の娘なのだ。》

維月は、目を見張った。私…あれは、お父様。ああそうよ、どうして忘れていたのかしら。お父様よ!

《維心様!思い出しましたわ!お父様ですわ!でも…ああどうしよう。私、お父様とあのような…。》

維月が、思いつめたように下を向くと、維心がまた首を振った。

《おそらく碧黎は主に手を付けてはおらぬ。》

維月がびっくりして顔を上げる。

《え…でも、あの、確かに最初の夜以外は共に休んでおるだけでありまするけれど、最初の夜は…朝、起きたらお父様の気が確かに私からして…。》

維心は、それでも首を縦に振らなかった。

《そのようなもの。主に己の気をまとわせれば済むことよ。確かに碧黎に抱かれた記憶はあるか?》

維月は、首を振った。

《いいえ。確かにお父様の気はしましたけれど、覚えておりませぬ。》

維心は、ホッとしたように維月を抱きしめた。

《思うた通りよ。碧黎は主に手を付けておらぬ。》と、真剣な顔で維月を見た。《維月、碧黎がなぜにこのようなことをしたのか分からぬ。だが、我は宮へ戻らねば。臣下達が気に掛かる。》

維月は、頷いて維心を見上げた。

《はい。王がお戻りならねば宮はたいへんなことになりまするから。》

維心は、しかし表情を緩めなかった。

《維月、我と共に宮へ戻ろう。》維月がびっくりした顔をしたので、維心は続けた。《主は我の妃。我は、主と離れてなど生きてはいけぬ。たとえそれが臣下のためと言われても…主を手放すことなど出来ぬのだ。覚えておらぬでも、今の我に気持ちに偽りなどない。》

維月は、維心を見上げた。愛している…どうしても、そう思わずには居られない。どんなに身分が違っても、人であったという記憶があっても、それでも維心を諦めることが出来ない…。

《ああ維心様。》維月は、言って維心の頬に触れた。《愛しておりますわ。これが記憶であるのか今感じておるのか分からぬのですけれど、私は維心様を愛しておるのですわ。》

維心は、頷いて維月をしっかりと抱きしめた。

《維月…維月…もう離さぬ。参れ…まだ時はある。》維心は維月に口付けた。そして、側の寝台へと促した。《共に過ごそうぞ。》

維月はそちらへ足を向け掛けて、立ち止まった。そして、悲しげに首を振った。

《なりませぬ。維心様、お話の流れから、こちらから逃れようと思われておるのでしょう?》

維心は、頷いた。

《皆で、策を練った。主を助け出すのが先かと思うておったが、手間が省けたではないか。》

維月は、維心を真剣に見つめて言った。

《維心様、どうかお聞きください。私は、ここに残っても何もありませぬ。お父様は、私に危害を加えることは絶対にありませぬから。それに…》と、窓から見える月を見た。《私の兄、愛する十六夜が居る。思い出しましたの…私は十六夜と二人で、お父様とお母様に育てられて生きていた。維心様、手助け致します。私は、月へ戻らねば。月から維心様の宮へ参ることも出来まする。それまで、どうかお待ちくださいませ。》

維心は、維月を抱きしめる腕に力を入れた。

《維月…片時も離れとうないのに。》

維月は、維心にそっと口付けた。

《私もですわ。でも、皆をお助けするためには、私はあちらへ戻って十六夜のこのことを知らせなければなりませぬ。空から、皆様をお助け致します。どうか、策をお教えくださいませ。月へと持ち帰り、見守りまする。》

維心はまだ何か言いたげだったが、意を決したように頷いて、維月に唇を寄せた。

《心を繋ぐ。そこから読めば良い。維月…愛している。逃れた後、宮で待っておるから。》

維月は、頷いた。

《はい、維心様。すぐに参りまするから。》

そうして、維月は維心の口付けを受けた。そうして、維心と心を繋ぎ、その策の全容を自分の心に刻んだのだった。

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