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抵抗

炎嘉の部屋は、維心の部屋の隣りだった。炎嘉は、朝であるのにカーテンも開けずに、じっと部屋の中で座っていた。蒼は、その姿を見て声を掛けるのをためらったが、維心は炎嘉に話し掛けた。

《炎嘉。》

通常、その声は蒼には聞こえないはずだった。神は、念で語りかける時、相手を選んでその相手に直に念を飛ばす。なので、回りに気取られないのだ。しかし、複数に向けて念を発すれば複数が気取ることが出来る。つまり維心は、蒼にも聞こえるようにと思っているのだと分かった。

炎嘉は、少し驚いたような顔をして、こちらを見た。

《何ぞ、維心。突然に念などで話し掛けおって。》

維心は、近付くと言った。

《大事な話がある。先ほど、蒼と話して分かったことぞ。》

炎嘉は、側の椅子を示した。

《座るが良い。》

維心は、頷いてそこへ座った。蒼も、慌てて維心に倣ってその横へ座った。維心が、口を閉じたままじっと炎嘉の顔を見た。

《…主も、同じか。維月のこと、思い悩んでおったのであろう。》

炎嘉は、ふんと鼻を鳴らした。

《主が思うようにではないわ。理不尽だと思うたまでよ…あの、聖とかいう力も無い我がままな世間知らずの神に、維月が望むならまだしも、無理に嫁がされるのだと思うとの。しかし、主が知っておるように我らにはそんな権利はない。我も、恐らく王であろうに。どうにもしてやれぬ己に、嫌気が差したのだ。》

維心は、重々しく頷いた。

《我とて同じ。しかし炎嘉、これが誰かに操られておるがゆえのことであったらどうよ。》

炎嘉は、目を見開いて維心を見た。そして、そのまま黙っていたが、一度視線を落とし、そして、また維心を見つめた。

《…碧黎か。》

維心は、頷いた。

《そうだ。》

蒼は、どうして炎嘉がすぐに碧黎へと思いが至ったのかと思ったが、こうして念で話しているのを考えたら分かることだと悟った。誰かに気取られたくないからこうしている…蒼にまで聞こえるようにしているのだから、それは蒼ではない。ならば、ここに結界を張ってどこでも見れる神…碧黎しかいないからだ。

炎嘉は、一瞬その瞳に絶望のような色が過ぎったが、すぐに持ち直して言った。

《ならば、こうしては居れぬ。維月が騙されて碧黎の妃にされてしもうておるのだからの。助け出さねば。》

維心は、首を振った。

《事はそれほどに単純なことではないぞ、炎嘉。我と蒼が思い出したことであるが、維月は月。我が昨日言った通り、二人居るうちの一人で、もう片割れとは双子の兄妹ぞ。そして、更に我の思い出したことによると、兄の方は碧黎の息子。》

炎嘉は、身を乗り出した。

《…では、維月は碧黎の娘。つまりは妃にはなっておらぬというのか!》

維心は、黙って頷いた。炎嘉は、自分に言い聞かせるように目を泳がせながら言った。

《…ならば維月はただ碧黎に保護されたおるだけの状態か。ならば碧黎は、なぜに我らをこのようにここへ篭めておるのだ。月を子に持つほどの力を持つのなら、ここの王ごとき力ではあるまいが。世を統べようとしておるとしても、このようにまどろっこしいことをせずとも我らを滅してしまえば済んだこと。記憶を奪って、ここで世話など。どういうことぞ。》

維心は、じっと炎嘉を見た。

《炎嘉、そんなことをどうでも良いのよ。それよりも、我らは王。宮へ戻らねばならぬ。我らを頼っておった民達が案じられる。どれほどに心細く過ごしておることか。どうあっても、我らは己の宮へ戻らねばならぬのだ。碧黎と対峙するなら、その後対策を練れば良いのだ。》

炎嘉は、眉を寄せた。

《確かにその通りであるが、維月はどうするつもりよ。》

維心は、炎嘉を睨んだ。

《あれは我が妃。連れ帰る。》

炎嘉は、維心を睨み返した。

《維月は覚えておらぬ!それに、主の記憶が確かだとなぜに言える。ただの己の望みなのではないのか。》

維心は、炎嘉から視線を反らさず言った。

《思い出せれば済むことぞ。あれは確かに我の妃ぞ。誰にも渡さぬ…龍王である我の妃を、他の誰にも渡しはせぬわ!》

炎嘉は、激昂して立ち上がった。

《ならぬ!維月は主を望んでおらぬ!それならば、我は我の力で道を切り拓く。主は好きにすれば良いわ!》

《待ってください!》蒼が、同じように立ち上がって念で叫んだ。《碧黎様の力を知っているのでしょう!皆が一丸になって抗わねば、到底勝てるようには思えない。それでも、無理かもしれない。それなのに、維月殿一人のことで仲たがいなどしておったら、それこそ碧黎様の思う壺ではありませんか!今、本当に何が大切なのか考えてください!》

炎嘉が、ハッとしたように黙った。維心も、蒼を見る。蒼は、ホッと肩を落として二人を見た。

《…争っている場合ではないのですよ。娘というのなら、維月殿は大丈夫だ。それに、陽の月が居ります。常に、見ているはず。だから、最悪置いて行っても危害を加えられることはありません。》と、維心を見た。《維心様、責務を考えてください。維月殿が思い出して、自分も共にと言うのなら、どうあっても連れて帰るべきかもしれませんが、今の維月殿は違う。何も思い出してはいないのですから。それより、臣下達の身を案じるべきです。本当に弱い、危険に晒されておる者のことをまず考えねばならないのではありませんか。》

維心は、下を向いた。炎嘉も、言葉を失って視線を反らした。そうだ…確かに蒼の言う通り、己の感情に振り回されている場合ではない。碧黎の力は、皆の気持ちがばらばらの状態で破れるようなものではない…。

しかし、維心は苦しげに言った。

《分かっておる。分かっておるのだが…我は、維月を置いて行くことなど出来ぬ。記憶が蘇って来るにつれて、我は維月と離れているのが辛くてならなくて…恐らく、片時も離さず側に置いておったのだと思う。》

維心が、本当につらそうに下を向いて胸を押さえるのを見た炎嘉は、しばらく黙っていたが、肩の力を抜いてわざと音を立てて椅子へとどっかりと身を預けた。

《ああ、もう!分かったわ!頑固で困ったヤツよ。どうも我も、維月が主の妃であった記憶が湧き上がって来て仕方がなかったのだ。しゃくだから押し潰しておったがの。》

それを聞いた維心が、驚いたように炎嘉を見ると、炎嘉は呆れたように微笑んでいた。炎嘉は続けた。

《我の友であった記憶が濃い。》炎嘉は、フッとため息をついた。《主を放って置けぬ。》

そう、時には己を抑えても、維心の幸せを願ったのではなかったか。炎嘉には、その記憶が濃く残っていた。維心は、炎嘉を安堵したような目で見つめた。

《炎嘉…。》

炎嘉は、ふんと横を向いた。

《仕方のない。いつもいつも手間ばかり掛けさせおって。》

蒼は、ホッとして二人を見た。この二人ならば、きっと碧黎に対抗出来るはず。力では敵わなくても、どうにかして突破口を見つけ出すはず…。

そうして、炎嘉と維心は手分けして他の神の所へも話しに出掛け、策を練った。


それから数時間、暮れて来る夕日の中、碧黎は、じっと険しい顔をして居間で腰掛けていた。維月は、そんな碧黎に気付いて不思議そうな顔をして、碧黎の顔を覗き込んだ。

「碧黎様?いかがなさいましたか。」

碧黎は、その声に我に返って維月を見た。そして、フッと微笑んだ。

「いや、何でもない。主、そういえば湯殿がどうのと申しておったの。宮の露天風呂の用意が出来たと侍女が先ほど申しておったぞ。行って参るが良い。」

維月は、嬉々として立ち上がった。

「まあ!では早速に。」と、侍女を呼んだ。「湯殿へ参るの。準備を。」

侍女は頭を下げた。そして、維月もそれに従って、碧黎に頭を下げてから出て行った。碧黎はそれを見送り、維月の気配が去ってから宙に言った。

「大氣。」

すると、目の前の空気が凝縮するように渦を巻いて、大氣が人型を形成した。

「なんぞ。主、我は本当に維月を娶るのかと冷や冷やしたぞ。」

碧黎は、呆れたように大氣を見た。

「見ておったならどうにかせよ。我ら、あのごたごたからあの衝動には抗えなくなっておるであろうが。今までなかったあんなものに流されるかと、我とて肝を冷やしたわ。何しろ維月は、我にしては望むところであるからな。」

大氣は、長い息を吐いた。

「ほんにもう…陽蘭が居ったら何と申しておったことか。して、此度は何ぞ?納得せねば我は手を貸さぬぞ。」

碧黎は、大氣をちらを見た。

「手を貸せというのではない。聞きたいだけぞ。あれらが不穏な動きを始めておるのは知っておるの。」

大氣は頷いた。

「不穏というのか何なのか、確かに念で話しておるの。」

碧黎は頷いた。

「我には聞こえぬが、主には聞こえよう。何しろ、人も神も大気を呼吸して身に取り入れておるからの。して、あれらは今日一日何を話しておった。」

大氣は、じっと碧黎を見たが、宙に浮いたままあぐらをかいた。

「それこそルール違反というものぞ、碧黎よ。あやつらは主の力と対峙しておるのであろう。ならば主も、己の能力だけで戦わねばならぬ。」

碧黎は、手を振った。

「何を言うておる。戦うとて、争いになどならぬわ。我がその気になれば、あれらは一瞬で滅しられよう。我はあれらを試しておるだけのこと。ただ、先に知っておったら上手く考えられるやもと思うただけよ。」

大氣は、そんな碧黎に首を振った。

「同じであろうが。主の手の中で、あれらは必死にもがいておるのだろうて。その支配から逃れられたら、あれらの勝利なのだろう?」

碧黎は、キッと大氣を見た。

「何を言う。あれらのことを試して、資質を見ておるのだ。我が満足すれば、元へ戻そうぞ。あれらに勝機などない。」

大氣は、碧黎を見てフッと笑った。

「…面白い。主がむきになっておる。」と、ゆっくりと姿を消し始めた。「我は見て居ようぞ。碧黎、あれらが抗うのを抑えて、己の手からこぼれぬようにしてみよ。我らの記憶の封じ、後で元に戻せるようにと軽いものにしておったが、ほころぶのが思うたより早い。そろそろ何か動きがあってもおかしくはないぞ。」

碧黎は、慌てて大氣を呼び止めた。

「大氣!知っておることだけでも教えぬか!」

大氣は、スーッと姿を消した。そして、念の声だけが響いた。

《碧黎、我も主らを観察する側になる。正々堂々と対峙せよ。主ならば、出来るのではないか?》

大氣の気配は、消えた。

碧黎は、苦々しい表情でそれを見送ると、また険しい表情で椅子に腰掛けて物思いに沈んだ。

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