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今日は、風は穏やかだった。

しかし、教室の中は嵐が吹き荒れていた…というのも、二クラス合同の授業の前、維月が部屋に入って来て開口一番、叫んだからだ。

「もう!思い出しただけで腹が立って仕方がないわ!どうして私が、あんな皇子かなんだか知らないけれど、どこかの神に馬鹿にされなきゃならないの?!耐えられない!ムカつく!」

そう言って、ソファの上に乗っていたクッションを掴んでバンバンと叩き付けていたのだ。志心が、なだめようと言った。

「維月、気持ちは分かるが、辛抱せよ。我ら、ここの居候である立場は変わらぬのだからの。ましてあれが養子にでもなれば、次の王。我らの病の治癒に、どれぐらい掛かるのか見当もつかぬのだから。」

維月は、キッと志心を見ると言った。

「志心様は、昨日しか会っていらっしゃらないからそう思われるのですわ!私なんて、ご丁寧にも昨夜と今朝、二度も部屋の前に現れたのですのよ!そして、嫌味ばっかり言って、帰って行きましたわ!もちろん私も嫌味を返しましたけど!」

わざわざ訪ねて来たのか。

蒼はそう思ったが、きっと聖の方も気持ちが収まらなかったのだろう。なので、維月のところへ行って、言いたい放題言ったのだろう。

志心が、困って言った。

「そのように…人のようぞ、維月。落ち着くのだ。」

維月は、クッションから羽を飛ばして暴れていたが、ふと止まった。人…。

志心は、維月が急におとなしくなったので、顔を覗き込んだ。

「維月?どうした、何かまた気に障ったか?」

維月は、神妙な顔をしていた。驚いていると、維月は言った。

「志心様…私、人でしょうか。」

黙って恐々見ていた回りの皆も、驚いて維月を見る。志心は、首を振った。

「何を言うておる。主の気、それは神のもの。確かに行動は人に通ずるところがあるが、主は神ぞ。」

維月は、首を振った。

「夢を、見ました。私は人だった。月を見上げて…蒼を産んで、育てていたわ。他にも子供は居たけれど、私はやはり人だった。当然のこと、蒼も、人で…。」

蒼は、驚いて反論しようとしたが、出来なかった。人…自分も、覚えがあるような気がするのだ。人だったという。

志心は、首を振った。

「蒼も、どう見ても神。維月、ただの夢ぞ。このような病にかかっておるから、そのような夢を見たら気になるのかもしれぬがの。」と、志心は、ため息を付いた。「それにしても…困ったことよ。あの、聖という皇子。あれがここに留まらぬと良いが。」

炎嘉が、口を開いた。

「そのように無礼なのか?その聖とは。」

志心は、頷いた。

「維月は確かに気が強いが、常識は弁えておる。これほどに憤るのだから、どれほど我慢がならぬのか分かろうほどに。我とて、若かったらその場で滅しておったやもしれぬからの。」

炎嘉は、長く息をついた。

「面倒な…それにしても、碧黎殿はなぜに養子など。そういえば、妃の噂も聞かぬものな。子が居らぬか。」

それには、蒼が頷いた。

「ご本人と、一度その話になったことがあります。何でも面倒だからとこの歳まで来てしもうて、とか。今更に子を産むだけで妃をなど、考えられないのではないでしょうか。」

炎嘉は、頷いて黙ったままの維心を見た。そして、軽く小突くと言った。

「こら、何を黙っておる。何か言わぬか。」

維心は、炎嘉を軽く睨んでから、言った。

「…あの聖、我にはどうも、軽く見える。」

炎嘉が、驚いたような顔をした。

「なんだ、主会ったのか?」

維心は、首を振った。

「昨日庭に出ておった志心達を、図書室の窓から見た。確かに、常識を知らぬ神…言うことに、嘘はないがの。あれは、悪気も何もないのだ。」

維月は、維心をすがるように見た。

「悪気もないのに、ああして私の部屋まで来て嫌味を申しまするの?」

維心は、苦笑した。

「主には腹が立つであろうが、恐らくあれには悪気はない。主と話したいから、主の所へ来たのだろう。」と、考え込むような顔をした。「…しかし、ほんに解せぬ。我には、あれは、本当なら存在しておらぬようにしか見えぬのだ。あのように軽い命、我は今まで見たことがないように思う…まあ、記憶があやふやな我が言うて、主らに分からせようというのに無理があるがの。」

炎嘉が、何かの衝撃を受けたように額を押さえた。

「炎嘉様?!」

蒼が、びっくりして叫ぶ。炎嘉は、笑って額を押さえたまま首を振った。

「ああ、大事ない。たまにあるのだ。」と、維心を見た。「…主、命を司っておる神であったの。」

維心は、険しい顔で炎嘉を見た。

「思い出したか?」

炎嘉は、頷いた。

「今、の。話を聞いて、そう思った…命のことなら、維心だと。」

蒼は、その話を聞いて頭の中でまとめた…命を司る神。命を司る…授業で倣った。龍だ。

「維心様は、龍王?!」

蒼が叫ぶと、維心は、頷いた。

「思い出したわけではないが、恐らくそうだろう。我も書籍を調べて、いろいろと知った。奇異なことに、図書室には神世の歴史に関するものがすっぽりと抜けておるのだ…有ったであろう場はもぬけの空での。そこに、我らの記憶を辿る記述があるだろうにも関わらず。」

蒼が、横から言った。

「でも、碧黎様は、あくまで自然に思い出すように、とおっしゃっておられた。なので、わざと抜いたのでは?」

維心は、首を振った。

「どうであろうの…我には、そう感じられなんだ。」と、息をついた。「しかし今、何を言うても無駄ぞ。記憶はまだない。憶測ばかりを並べておる…証明出来る、己の記憶がまだ戻って来ぬのだから。」

維月は、立ち上がった。

「私、この授業をお休みしますわ。」

志心が、驚いて言った。

「何を言うておる?まさか、聖殿に文句を言いたいとかではないの?」

維月は、首を振った。

「いいえ。確かにそれはそうなのですけれど、碧黎様とお話を。こうなった経緯も知りたいし、養子だって、本当にお迎えになるならばきちんと選別をしてくださらないと。」

維月は、戸口へと歩いて行く。蒼は、それを見送りかけて、思った…もし、途中でまた聖に会って大喧嘩なんかしたら?

蒼は、仕方なく立ち上がった。

「維月殿、オレもついて行くよ。」

維月は、振り返って手を振った。

「あら、いいわよ蒼。碧黎様とケンカなんかしないわよ?」

それは分かっているが、問題は聖なんだって。

「分かってるけど、他の問題もあるじゃないか。何を言い出すか分からないからね。オレがついて行く。」

維心が、頷いた。

「そうせよ。その方が良いと我も思う。」

そうして、二人はそこを出て行ったのだった。


蒼が懸念したにも関わらず、奥へと向かう道すがら、聖に会うことはなかった。

突然に先触れもなく来たにも関わらず、二人はすんなりと王の居間まで入ることを許され、緊張気味に入って行った。その大きな造りにも見惚れていたが、それよりも、蒼はここへ来るととても落ち着いた気持ちになることに驚いてもいた。やはり、月は癒しの力があると聞いているので、碧黎が居るところはこうして寛ぐのだろうか。

蒼がそう思っていると、碧黎が入って来て二人を見て、そして、正面の大きな椅子へと腰掛けた。そして、言った。

「調度良いところであった。我も、蒼を呼ばねばならぬと思うておった所よ。」

蒼は、意外なことに顔を上げた。

「え、オレに何か?」

碧黎は、頷いて、維月を見た。

「良い。先に維月の話を聞こうぞ。何を聞きに来たのだ。」

維月は、碧黎を見上げて言った。

「碧黎様、どうか、ここに至るまでのことをお話くださいませ。私達は、ここに来て病でこうして記憶が混乱しておるのは分かっておるのでございます。でも、己が何者かも知らぬまま、こうして過ごすのは心もとないのです。」

碧黎は、じっと維月を見ていたが、フッと息を付いた。

「そうよの。誰しも、己が誰だが知りたくなるだろうて。しかし、それは記憶が混乱しておらぬでも同じこと。維月、皆己というものを探して生きておるのだ。主らは、新しい生を生きることも良しとされたのだと思えば良い。失ったものにすがるより、これからのことぞ。主らの士気にも関わるといわなんだが、もしかして終生戻らぬやもしれぬのだぞ?それなのに、己の過去のことを聞きたいか。良い地位であっても、戻ることは敵わぬ。咎人(とがびと)であっても、覚えておらぬのにその罪を心に背負わねばならぬ。あくまで自然に任せることぞ。」

維月は、下を向いた。どうあっても、教えてはくださらないのだわ…。

維月が黙ったので、碧黎は蒼を見た。

「ところで、蒼よ。主、維月に付きまとっておるとか聞いておるが、相違ないか?」

蒼も維月も、びっくりしたように碧黎を見た。付きまとう?

「え…オレが、維月殿に?!」

碧黎は、真面目な顔をして頷いた。

「昨日は我も具合悪うての。結界内を見て回ることも出来ぬ始末で、それを今おる聖に頼んでおったのだ。昨日は維月を、あのような風の中庭へひっぱり出して、あまつさえベールが飛んだりしたそうではないか。女のベールを剥ぐなど、あってはならぬこと。維月は良識があるゆえことを荒立てたりせぬとのことだが、我の結界内で双方合意でない婚姻は許すことは出来ぬぞ。」

それには、維月が慌てて叫んだ。

「へ、碧黎様!そのような…あれは偶然の出来事でありまするわ!蒼が何かしたわけではありませぬの!それに、お互いに親子のような心持ちで、おっしゃるような感情は、お互いにありませぬ!」

碧黎は、首を振った。

「良いのだ、維月。そのように庇わずともの。」と、蒼を見た。「此度は、維月がこう申すゆえに不問に伏すが、これからは気を付けよ。まさか、主がそのような心根であったとは…思いもせなんだことよ。」

碧黎の顔は、険しい。蒼は、必死に首を振った。

「そんな!碧黎様、オレは決してそんなことは…!」

「もう良い。」碧黎は、不機嫌に立ち上がってそこを出ようとした。「これ以後は、気をつけることぞ。」

蒼は、呆然としていた。身に覚えがないのに…どうして、そんな風に思われてしまったんだろう。

しかし、維月は、静かに言った。

「…それは、聖殿がご報告を?」

碧黎は、そのいつにない維月の物静かな様に少し驚いて出て行きかけたのに、振り返った。

「ああ。聖が報告して参った。」

すると、維月はがばと顔を上げた。碧黎は、退いた…これは、怒っている時の維月。それも、かなり怒っている時の維月だ!

「では、碧黎様は私達のような頭のおかしい者達の言うことなど、信じられぬとおっしゃるのですわね!」

碧黎は、退いたまま慌てて言った。

「何を言うておる…主らは病であって、頭がおかしいのではない!」

しかし、維月は退かなかった。

「そうではありませぬか!あんな、どっかの宮の第二皇子だかなんだか知りませぬけれど、昨日今日来たばっかりの新参者の話を間に受けて、一生懸命真実を話しておる私達の話を頭から聞かぬのですから!」

蒼は、どうしたらいいのかとおろおろした。こうなった維月を止められるのは、維心様のような気がする。そう、維心様しかいなかったような。

しかし、こちらでは碧黎がまだ急いで答えていた。

「あれは、確かに新参者やもしれぬが、我の養子にと考えておる一人なのだ。信頼せぬでは、そうは出来ぬだろうが!」

維月は立ち上がってずかずかと碧黎に迫った。碧黎は、他に逃げる場がないことを見て取って、仕方なくそこで維月が迫るに任せた。

「信頼する神を間違っておりまする!神は嘘はつかぬのでしょう!なぜにそのような偽りを申すような稀有な悪い気質を持つ神などを、ご養子になど考えられましたの!幼い頃から見て来た子と違って、ぽっと来た神など信用なりませぬ!」

碧黎は、維月の迫力に言葉が出て来なかった。確かに、こやつは昔から気が強かった…我が娘ながら。

「しかし、我が亡き後月の宮をどうするのだ!いつ老いが来てもおかしくはないのに!」

維月は、碧黎を見つめて言った。

「まだ、老いが来ておりませぬわ。まだ、お子だってお作りになれるはず!」

碧黎は、呆然と維月を見た。確かにそうだが。

「今から人選して妃をなど…、」

維月は、我慢がならずに、叫んだ。

「私が!」蒼も碧黎も、仰天して維月を見た。「私がお産みしまするわ!別に妃の待遇など要りませぬ!それよりも、月の宮の将来がかかっておるのですから!私が碧黎様のお子を、一人でも二人でも産んで見せましょうほどに!」

蒼も、碧黎も絶句して維月を呆けたように見つめた。なんだろう、こんなシーン、遥か昔にあったような。なんだか戦いの最中、子供を産んであげるから死ぬなとかなんとか叫んでいたような…。

維月は、ぐいと碧黎の手を取ると、奥へと引っ張った。

「何を呆けていらっしゃるの。老いが来るやもしれぬのでしょう?!早ようお子を作らねば!」

蒼がまだ口も聞けないで居る前で、碧黎は必死に言った。

「維月、それはならぬと思うぞ。その、別に我ら支障はないが、しかし神世の対面というものもあるし、それに今は、非常時であるし、」

碧黎が引っ張られて歩きながらも続けようとしているのに、維月は首を振って遮った。

「何をごちゃごちゃと。母を聞かれても、答えなかったら良いのです。私は、別にどっちでも良いのですわ。王の妃なんて、気負うから嫌ですし、公表などして欲しくもありませぬ。ただ、お子でしょう?」

「しかし維月…」

バタン、と奥の間の戸が閉まった。

蒼は、これを皆にどう報告したらいいのかと、頭を悩ませながらそこから戻った。

聖は、それを影から伺って険しい顔をして立ち尽くしていた。

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