クラスメイト
とりあえず、記憶に従って校舎へと向かった一同は、そこで自分の教室へと入った。二クラスに分かれていて、女神は一クラスに5人ずつに分かれ、男神は多かったので、ひとクラスに15人ほどで分かれていた。蒼は、記憶ではクラスメイトだと思っていた炎嘉と維心が別のクラスだったので驚いた。
「あれ?維心様と炎嘉様は、そっちのクラスでしたっけ?」
維心と炎嘉が、教室に入りかけて振り返った。
「おお、そうよ。主、そっちか?…そうか、記憶が混乱しておるの。まあ、また終わったら話そうぞ。」
維心が言うと、炎嘉が頷いて言った。
「ここの談話室で待ち合わせようぞ。終わったら参れ。ではの。」
二人は、戸を抜けて入って行く。蒼が、少し心細く思っていると、後ろから維明がポンと肩を叩いた。
「何を不安そうな顔を。我らが居るではないか、蒼よ。」
蒼は、振り返って維明の顔を見た。箔翔も、隣りに立ってほんのりと微笑んでいる。
「そうだった。一緒だったよな。なんだか、記憶があやふやだと不安になってしまってね。行こうか。」
維明が頷いて、蒼はその教室に入って行った。
すると、教壇に立っていたのは、記憶の中でも友達だった、裕馬だった。
「裕馬!」
蒼が、素直に嬉しそうな顔をすると、裕馬も微笑んだ。
「蒼。お互い辛いな。こんな変な気に翻弄されてさ…実は、オレも記憶が揺らいでいる所があるんだが、それでも神世のことについてよく知っていると、碧黎様から教員を任されているんだ。思い出したか?」
蒼は、じっと考えた。裕馬は、ここで会う前から友達だったような気がする…ここに来てからも、もちろん友達だった。
「詳しいところは思い出さないんだが、裕馬が友達だってことは覚えてるよ。それも、めっちゃ仲良かったような気がするんだよな。」
裕馬は、苦笑した。
「だろうな。オレもだ。」と、ソファのような、あちこちにランダムに散らばっている椅子を指した。「さ、座って。寛いで授業を受けるのが、ここでのスタイルなんだ。」
蒼は、人の世のことを知っていたが、教室には机と椅子がぴっちりと並んでいるものだと思っていたが、ここは寛ぐ雰囲気で、ばらばらに配置された柔らかそうなソファがおっとりと見えた。先に入って行っていた女神のうち、蒼の記憶で維月という名だった女神が、こちらを向いて微笑んだ。
「蒼?こちらへいらっしゃいな。不安そうな顔をしておるわよ?」
隣りの女神が、びっくりしたような顔をした。
「ま、まあ維月様、そのような…女から、そんなことを。」
維月は、きょとんとした顔をした。
「あら、何が悪いのかしら。だって、蒼とは友だったでしょ?良いではないの。」
維月には、蒼が友だという記憶があるらしい。すると、維明がすっと前に出て、蒼に言った。
「蒼、せっかくに声を掛けてくれておるのだから、そちらへ座ろう。」と、維明は、蒼より先に維月の隣りの席へと向かった。「良いか?維月殿。」
維月は、頷いてそのソファに置いていた自分の扇を拾い上げた。
「え?ああ、はい、維明様。どうぞ。」
維明は、そこに座った。箔翔が、苦笑してその隣りに座る。蒼も、仕方なくその隣りへと座った。だが、維月の側に座ると、なぜかホッとするような気がした。だが、女として意識しているというよりも、母親から受けるような印象だった。維明が、維月に控えめに話しかけている…それを見た隣りの箔翔が、蒼にそっと耳打ちした。
「…この数か月のこと、覚えておらぬのに一目見て目が離せなくなったとか言うての。話がしたくてならなかったらしいぞ。」
蒼は、そうなのか、と頷いた。維明は、信じられないほど綺麗な顔をしているし…そういえば、維心様にそっくりだ。どうしてなんだろう。龍だから?それとも、覚えていないだけで親類なのかも。
蒼が思っていると、裕馬が教壇から言った。
「じゃあ、授業を始めましょう。といって、皆どこまで覚えているのか分からないから、今日は雑談でもしながら記憶を戻して行こうか。」
裕馬が話始める。
蒼は、話し上手な裕馬の話を聞いているうちに、段々と記憶が安定してくるような気がしていた。
そうして、その日の授業は終わった。どうやら、授業とは言っても、日にほんのニ、三時間だけのことらしい。その他は、皆で自由に話していいとのことだった。その方が、記憶も戻りやすいということらしかった。
蒼が、維心達と待ち合わせている談話室へと行こうとすると、維月が話しかけて来た。
「蒼?どこへ行くの。私も行こうかしら。」
蒼は、振り返った。維月の回りには、控えめに他の女神達が集っている。どうやら、維月は頼られるタイプの女らしかった。強くはないものの、ほんのりと珍しい気が漂う維月は、言うなれば御香の優しい香りがするような、そんな印象の女神で、他の華やかで美しい女神達とはまた違っていた。しかも、言うことがいちいち気が強そうで、そこも、何事にも控えめな女神達とは違っていた。
蒼は、頷いた。
「じゃあ、一緒に行く?談話室で、維心様と炎嘉様と待ち合わせてるんだ。」
蒼が、思わず気軽に答えると、維明が横から言った。
「では、我も。」と、箔翔を見た。「主も行くよの?」
箔翔は、また苦笑した。しかし、頷いた。
「ああ、良いよ。しかし、維月殿は蒼には親しげよの。なぜか?」
維月は、それを聞いて顔をしかめた。
「なぜかって…なぜかしらね。気になって仕方がありませぬのよ。殿方に対するような気持ちではありませぬのよ?言うなれば、飼っていた猫が寂しげにしている時のような…面倒を見なければ、という気持ちになりまするわ。」
箔翔は、笑った。
「おお、蒼は飼い猫と同じか。」
蒼は、それはそれで面白くなかった。
「別にいいけどさ。オレも、なぜか維月殿って親戚みたいな感じ。それも、母親みたいな。不思議なんだけね。」
維月は、ふふと笑った。
「ああ、そういえばそうね。私も息子のような感じなのかもしれないわ。」
維明が、進み出て維月の手を取った。
「では、参ろうか。談話室とな?階下よの。」
維月は、微笑んで頷いた。
「ええ、維明様。参りましょう。」
二人は、仲良さげに歩いて行く。それを見た蒼が、箔翔に言った。
「…あれ?維明、もしかして僅かな間に、維月殿と仲良くなったのか?」
箔翔は、首をかしげた。
「いや、あれはどうも蒼と維月殿と同じような感じよな。維月殿は、維明のことも子供扱いしておるように見える。だが、歳は変わらぬようだがの。」
蒼は、顔をしかめた。なぜだろう、こんな光景を、見たことがあるような気がするんだけど。
「…なんか思い出しそうなんだけど。」蒼は、歩きながら眉を寄せて言った。「どこで、だったか…。」
そう、別の宮の中で。
しかし、はっきりとは出て来なかった。箔翔は、笑って蒼の背を叩いた。
「そんなに急いで思い出す必要はないわ。我ら、病なのだろう?では、今は療養中なのだからの。しっかり治してからでなければ、戻ることも叶わぬ。今は、自然に己が何処の誰であったのか思い出すのを、ただ待とうぞ。」
蒼は頷きながら、談話室へと歩いていた。月の宮…強い印象のある名。月…。物凄く親しいような感じを受ける。
そのまま、他の女神達と共に、蒼は維明と箔翔と共に歩いて行った。
談話室では、既に炎嘉、維心、将維、志心、久島が座って待っていた。五人は、茶を間に何やら談笑していたが、ぞろぞろと一行が着くとこちらを振り返った。
女がたくさん居るのを見て取った久島が、ぐっと眉を寄せる。維心は、一瞬黙ったが、すっと横を向いた。志心は穏やかに微笑んで皆を迎え、炎嘉が立ち上がって言った。
「蒼!また大勢連れて参ったの。それは、主のクラスの女神達であるな?」
蒼は、頷いて言った。
「はい。こちらから、維月殿、咲華殿、麗羅殿、沙耶殿、真由殿。皆、己の身分出自はまだ思い出せておりませぬ。」
炎嘉は微笑んで、椅子を示した。
「良い、皆同じよな。さ、座るが良いぞ。維明?主、維月殿を覚えておったか?」
維明は、まだ維月の手を取ったままだったのだ。しかし、首を振った。
「いえ、残念ながら。しかし、授業の最中、よう話をしたので。」
隣りの維月は、微笑んで頷いた。
「そう、なぜだか他人の気がしませぬのよ。きっと、親類か何かであったのでしょう。思い出せぬのが口惜しいこと。」
それを聞いた維明は少し残念そうな顔をしたが、炎嘉は笑って手を差し出した。
「ではこちらへ、維月殿。我らとも知り合って、早よう思い出さねばならぬだろう?」
維月は、少しためらったが、頷いて炎嘉のところへと歩き、その手を取った。炎嘉は、維月を自分の隣りに座らせた。
「少ししか気取れぬが、珍しい気がほんのりとするの。主は、何の神であったことか。」
維月は、袖で口元を押さえて笑った。
「本当に。思い出せれば良いのですが、あくまで自然に思い出すのが良いというのが、王の碧黎様の方針であられるようですので。気長に待ちまするわ。」
炎嘉は、維月を見つめながら、微笑んだ。
「そうよな。我もそう思うぞ、維月殿。」
維月は、首を振った。
「ああ、私のことは、維月と。同じ境遇の神同士なのでございます。」と、あちらで遠慮がち座っている女神達を見た。「あの子たちのことも、よろしくお願い致しまするわ。皆とても引っ込み思案で。」
それを聞いた、志心が微笑んだ。
「おお、女神とはそんなものであると我は記憶しておる。つまりは、主ようにはっきりと物怖じせずに話す女神の方が珍しいのよ。なので、無理を申してはならぬぞ。我らも、そのように押し付けがましいことはせぬからの。」
維月は、少し驚いたような顔をしたが、頷いた。
「まあ。そうなのですね。私はそこのところの記憶が曖昧なのですわ。お恥ずかしいこと。」
炎嘉が、首を振った。
「良いのだ。我は、主のような方が好みぞ。」と、びっくりしている皆を後目に、炎嘉は続けた。「何としたことか、我は主に釣られて本音でものを言うてしまうではないか。主の前では、嘘がつけぬの、維月よ。」
維月は、声を立てて笑った。
「まあ!神は嘘などつかぬと聞いておりまするわ。」
炎嘉は、頷いて言った。
「しかし、伏せて置くことは可能であるからの。」と、維月の手を握った。「良い…主が居ると、心地よいから。」
維月は、困ったように下を向いた。
「炎嘉様…。」
すると、将維が口を挟んだ。
「炎嘉殿。そのように皆の前であからさまに言い寄るなど、感心せぬの。維月が困っておるではないか。」
炎嘉は、ふふんと笑うと将維を見た。
「何を言うか。己が好みであるならば、先に押さえておかねば他に掠め取られてしまうもの。主も、心得よ。」
将維は、ふんと鼻を鳴らした。
「我はどうも、その様な下々の恋愛のような様には慣れておらぬ生まれであるようよな。礼儀は弁えておるわ。主は、そうではないのかの?」
炎嘉は、明らかに気を悪くして顔色を変えた。
「何を申す!おとなしく言うておれば…」
維月が、おろおろと二人を見ている。蒼も、これは止めなければと思ったが、どうやったらいいのか分からなかった。維明も箔翔も黙っている。すると、低い声が鋭く一喝した。
「やめよ!」維心だった。「見苦しい。このように皆が揃っておる場で、何と言う様ぞ、炎嘉、将維。」
なぜか、皆がシンと静まり返った。維心の威厳は、どうも王であるような気がする…しかも、普通の王ではなく、かなり格上の王だ。その大きな強い気でも分かるが、いったいどんな王だったのだろう。維心は、じっと炎嘉と将維を睨んでいる。将維は、そうする必要はないのに、黙って軽く頭を下げた。炎嘉は、言い訳がましく言った。
「…しかしの、維心。我とて焦る気持ちもあるのだ。なかなかに好みの女など居らぬように思うし…」
しかし、維心は険しい顔を崩さなかった。
「どうであろうと、皆が揃う場ではやめよ。他が話も出来ぬではないか。」と、皆を見た。「さて、茶でも飲めばどうか?ここは己で持って来ねばならぬ場ぞ。好きに選んで取って参るが良い。」
そう言われて、後から入って来た者達はぞろぞろとセルフサービスのカウンターへと歩いて行く。維月も、すっと立ち上がると炎嘉から離れて、そちらへと遅れて歩いて行った。炎嘉が、維心を恨めしげに見つめた。
「維心。主、邪魔をしおって。」
維心は、涼しい顔で言った。
「場所柄も弁えぬのは、我は好かぬ。久島を見よ、苛々して今にも爆発しそうぞ。」ふと見ると、久島は本当に苛々しているようだった。それというのも、女神達がちらちらと久島や維心、志心や炎嘉を見ては、あちらではしゃいでいるからだ。維心は、ため息をついた。「我も、ああいうのは苦手での。確かに維月のように、真正面からはっきり言う女は、清々しいので珍しいがの。」
その維月は、女神達が、離れたからと遠慮なくこちらをちらちら盗み見てはしゃいでいるにも関わらず、一切こちらを見ないで自分の飲み物を選らんだ上に、他の神達の飲み物も世話してそっちに一生懸命になっている。確かに、はっきりしていて分かりやすかった。
「我が、先に目をつけたのに!」
炎嘉が言うと、維心は眉を寄せた。
「何を言うておる。珍しいと言うただけであろうが。それに、我らはそれどころではなかろうが。記憶を取り戻さねば、己の身分も分からぬのに、妻が何だと言えぬだろうが。ここで、この病のまま婚姻か?あり得ぬだろうが。碧黎殿に世話になっておる身で、そのように厚かましいことは出来ぬよ。」
炎嘉は、ぐっと黙った。維心が言っていることは、真実だからだ。だが、この身の内を突き上げるような焦りのような感情は何であろうか。やっと、機会が回って来たような気がしてならないのに。
そんな話を横に聞きながら、蒼は皆を見ていた。維月…なぜか親しみのある女。だが、炎嘉のような感情ではない。早く、記憶を取り戻したい…。
そうして、第一日目が過ぎて行ったのだった。




