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忍び寄る何か

大広間では、蒼を始めとして参加宮の王、それに軍神、そしてその家族の王族達が、楽しく酒を酌み交わしていた。翔馬が、そこへ入って来てそっと蒼に言った。

「王、何とかお部屋は確保できましてございます。ですが、気の乱れは収まっておりませんで…。」

蒼は、頷いた。

「ま、今はとにかく落ち着こう。碧黎様が言うに、自分の体調のせいであちこちに歪んだ場所が出来ておるようですまない、と言っていらした。まだ、地軸が逆転したばっかで、きっと本調子でもないんだよ。」

すると、それを横で聞いていた維心が言った。

「仕方がないの。あのような大きな変動は我でもまだ見たことがないほど。碧黎も、落ち着くまでしばらくかかるのだろうて。」と、維月を見た。「そのように案じるでない。主の父は強いではないか。それに…本調子になったら、何をしでかすことか。」

維月は、ハッとした。確かにそうだ。あの時、灸を据えるとか言っていたっけ。調子が悪いのなら、今はそれどこではないはず。その間に、忘れてしまってくれていたら…。

維月は、小さく頷いた。炎嘉が言った。

「して、我らの部屋は?どこぞ。」

翔馬が、神妙な顔をして頷いた。

「は。王であられる御身に、個室ではと思いましたが、今はそこしかありませず。広めのお部屋をご用意してございます。ですので、そちらへ。」

炎嘉は、手を振った。

「ああ良い良い、個室であれば。維心と同室などと言われたらどうしようかと思うたわ。本日は、皆小分けで部屋へ入るのであるの。たまには良いよ。」

しかし維心は眉を寄せた。

「我の対も、おかしいことになっておるから、主達と同じ部屋ぞ。維月が来たら、共に休むには狭い…」

すると、それには十六夜の声が答えた。

《こーら維心。ここは月の宮。オレと維月の部屋は同じだろうが。お前はここでは遠慮するのがルール。維月がお前の部屋へ行くこたねぇから安心しな。》

維心は、膨れっ面で空を見上げた。

「ふん、分かっておるわ。我慢する。」

炎嘉が、酒瓶を差し出した。

「ほれ、拗ねるでない。今日は我と飲もうぞ。こんな機会も最近ではついぞなかったしの。」

久島が、上機嫌で杯を手に寄って来た。

「おーおー、何だ、飲み比べか?我も混ぜよ。のう、今夜はとことん飲もうぞ!ほれ、蒼も!」

既にかなり飲んでいる。しかし、蒼は苦笑しながらも杯を出した。


そんな様子を見ていた大氣は、傍らに浮かぶ碧黎を見た。

「のう、本当にやるのか?主、神に面倒なことはせぬと言うておったではないか。体調が悪うて、変なことを考えておるのではないのか。」

碧黎は、呆れたように手を振った。

「何を言うておるのよ。体調など悪くはないわ。あれは、皆を個室へ篭めるための口実ぞ。あのな大氣、あれらは我らを、自由だの気ままなどと言う。しかし、あれらはどうか?あの、個々人にある(しがらみ)が無うなったら、どういった行動をするのか?興味がある。本心が分かろうほどに。今の関係も、崩れるやもしれぬぞ。」

大氣は、フッとため息を付いた。

「主の言うことは、分かる。しかし恐らく我であるからぞ。十六夜も反対しておったではないか。どうなっても、我は知らぬぞ。」

碧黎は、ニッと笑って頷いた。

「良い。どうせ元へ戻すのだからの。ただ、あれらの心というもの、あれほどに言うからには大層なものだろうから、我に証明して見せよということぞ。調度、こんな運動会とやらを開いて皆一同に介しておるのだ…面白いことになろうぞ?」

大氣は、渋々ながら頷いた。

「分かった。手を貸そうぞ。だが、維織は巻き込まぬぞ。我から話しておく。良いの。」

碧黎は、満足げに頷いた。

「良い。では、明日の朝が楽しみであるの。」

嬉々として飛んで行く碧黎を、大氣はため息を付いて見送った。皆明日から、大変だろうの。


蒼達はしこたま飲み、王は宮へ泊まることが許されたが、臣下達は気の異常で入る場所がなかったため、何とか宮に収まる王族だけを残して、宮へと帰って行っていた。また次の日迎えに来るとだけ言い置いて、臣下軍神は帰って行った。

「ではのー!我は寝る。また明日の!」

久島が、不必要に大きな声で言うと、あちら側の戸を開けてあちこちにぶつかりながら入って行った。志心も、それを見て静かに維心と炎嘉に会釈すると、その隣りの戸を開けて入って行く。

維心は、炎嘉と隣り同士になる部屋へと向かい、戸口の前で言った。

「まさかこのように手狭な場所で我らが休むとはの。寝室しかない部屋とな。」

炎嘉は笑った。

「おお、主はあまり遊びに出ることはなかったものな。我など前世、いろいろな宿で身分を隠して泊まったものよ。ここは広い方よ…狭い部屋に寝台が二つも入っておるような場所もあったわ。庶民というものを学ぶのも王として必要なことであるぞ?というて、主はまあ、庶民の感情など考える必要はないやもしれぬがの。」

維心は、フンと横を向いた。

「これでも、今生は少しは皆と交流するように努めておる。維月が居るから、我が変なことを言うても、何とかしてくれるからの。記憶があるからと言うて、前世と同じ生き方をせずとも良いと思うておるからの。なので、少しは人付き合いというものも知って来ておるのだぞ?」

炎嘉は、意外にも真面目な顔で頷いた。

「確かにの。あのように皆で酒を酌み交わす場では、いつも一人険しい顔で上座に座っているだけであったのに。今夜は馬鹿な冗談にも微かに頬を緩めたりしておったではないか。あのような様、見ることが出来るとはの。大したものよ…2000年ほどかかったがな。」

維心は、微笑んで戸を開けた。

「我は時間が掛かるのだ。主には感謝しておるぞ?」

炎嘉が、中へと入って行く維心に、慌てて言った。

「なんと?主、我に?」

維心は、振り返って笑った。

「今の我には、前世の我がどれほどに堅物であったのか判っておるつもりよ。そんな我を、ずっと補佐してくれておったではないか…今でもそうやもしれぬが、まだマシであるだろう?」

炎嘉は、絶句して維心を見た。

「維心…。」

まさか、この維心からそんな言葉を聞くとは。

維心は、そんな炎嘉に困ったように眉を寄せると、言った。

「炎嘉?もう我は休むからの。また明日の。」

炎嘉は、黙って頷く。維心は、戸を閉じた。

炎嘉は、しばらくとのままそこに立ち尽くしていたのだった。


蒼は、今使えない王の寝室から離れて、奥寄りの客間へとついていた。今日は飲みすぎた…。

蒼が思ってホッと息を付いていると、十六夜の声がした。

《蒼?戻ったか。》

蒼は、窓から空を見上げた。

「戻ったっていうか、部屋へ入ったよ。今、奥が使える場所が限られてるんだよな。碧黎様の様子はどう?」

十六夜は、少し黙ってから、答えた。

《元気なもんだ。なあ蒼、お前も王になって長いよな。》

蒼は、いきなりだったので、面食らったが、頷いた。

「ああ。もう何百年になるんだろうね。ここで王になったのがまだ、40歳ぐらいの時だったんじゃないかな。もっと若かったか…記憶が遠いよ。」

十六夜は、頷いたようだった。

《お前は何も変わらねぇ。もちろん、王として立派になったもんだと思うが、根っこの気立ては全く変わってねぇと思う…素直で優しくてよ。》

蒼は、急に何を言い出すんだろうと思ったが、顔を赤くして言った。

「なんだよ。やっぱり歳行った分、中身は親父になったかもって思うよ。オレだって、そんなお綺麗な生き方してないと思うし。」

十六夜は、しかし首を振ったようだった。

《いいや。お前は変わらねぇ。》蒼が、その声の真剣さに驚いて月を見上げると、十六夜の声は続けた。《それを証明しな。お前なら出来ると思う。》

蒼は、びっくりして窓枠に掴まって言った。

「え、どういうことだ?十六夜?」

十六夜は、しばらく答えなかったが、言った。

《ま、困ったらオレに言え。覚えてたらだけどな。》

蒼は、困惑した。どういうことなんだ。

「十六夜!どうしたんだ、何かあったのか?」

十六夜は答えない。そのうちに、蒼は急に意識を失うように、側に崩れて眠り始めた…その時間帯、月の宮はシンと静まり返ったのだった。

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