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休息

コロシアムの裏手には、給水所のように茶を配る場が出来ていた。皆、そこで好きな飲み物を受け取って、回りの林などを散策しながら思い思いに話している。維月も、維心に手を取られてオレンジジュースを手に、他の青組の神達や、その親族と話していた。ふと見ると、麗羅が麗鎖と采と共に炎嘉と歓談していた。こちらでは、咲華が父の昧と兄らしい男神と話しているのが見える。維月は、声を掛けた。

「まあ、咲華殿。それが、父上と兄君?」

咲華は、振り向いて維月だと分かると、微笑んだ。

「はい、維月様。父の昧と、兄の(めい)ですの。」

二人は、どうして咲華が維月と知り合いなのか分からないまま、慌てて頭を下げた。維月は、微笑んだ。

「私が、下の観覧席に居るので。席がお隣ですの。でも、昧様は見事に旗を取っていらしたわね。感心しましたわ。」

昧は、頭を下げたまま言った。

「いえ…ただ夢中で。運が良かったのでございます。」

すると、後ろから維心が言った。

「いや、昧は大変に足が速いゆえの。瞬発力がある。リレーにも出そうかと考えておるところよ。」

維月が、振り返って言った。

「まあ。此度のリレーは、何人でございまするか?」

「10人で一人200メートル。アンカーだけ400メートルだそうだ。」

維月は思った…結構長いリレーだわ。

すると、昧が自信なさげに言った。

「しかし維心殿、我などがそのようなものに出て、大丈夫でありましょうか。」

維心は、フッと笑った。

「バトンの受け渡しさえうまくやれば、後は主の足なら楽勝よの。案ずるでない、もし遅れても、我がアンカーで遅れを取り戻してやるゆえ。」

維月は、苦笑した。確かに、維心様は速いけど。

しかし、昧は真剣に頭を下げた。

「は、では、仰せの通りに。」

ふと見ると、あちらで維明と箔翔が二人で何か話している。それを見た咲華が、ぽっと頬を染めた。それをじっと観察していた維心が、何を思ったのか二人に言った。

「主ら!そのようなところで二人。こちらへ来ぬか。」

維月はびっくりした…まさか、この維心様が二人を皇女に接しさせてやろうなんて、思ってはいないと思うけど。何しろ、そんなことには全く気が付かないかただから。

維明と箔翔は、ハッとしたような顔をしたかと思うと、こちらへ歩いて来た。父が呼んでいるのに、維明も来ないわけには行かず、箔翔も龍王に呼ばれて動かないわけにはいかなかったからだ。

「父上。」維明は、頭を下げた。「して、何のお話を?」

維心は、頷いた。

「リレーよ。午後からのの。昧が大変俊足であったから、メンバーに入れようと思うておって。」

維明は、じっと昧を、そしてその横の銘を、そしてその流れで咲華を見た。途端に咲華は、真っ赤になって扇で顔を隠して下を向いてしまった。維明は驚いたが、それには言及せずに言った。

「はい。昧殿は大変に瞬発力があるので、良いかと思いまする。」

維心は頷いて、箔翔を見た。

「主もの。義心と話しておったのだが、維明を始めに、主を次にと思うておるのだ。そして、第三走者が昧。なので、昧とバトンの受け渡しなど練習しておくと良いぞ。」

箔翔は頷いて、昧を見た。

「昧殿。では、後で共に。」と、維明と見た。「主もやるか?」

維明は、頷いた。

「ああ。あれを落としては後に続かぬしの。」

そうして、昧と銘も交えて、話し始めた。咲華は、離れるわけにもいかないので、じっとそんな四人の横に立っている。維心はそれを見て、薄っすら笑うと、維月の手を取って言った。

「さ、我らはこちらへ。またしばし離れて居らねばならぬのだぞ?二人で歩こうほどに。」

維月はためらいながらも、維心に従ってそこを離れた。

維月には、分からないことだらけだった。まさか維心が、気を回すなんてことはないはず。何しろ、恋愛ごとにも他人との交流にも、からっきしなかたなんだもの。

維月はただ、不思議に思っていた。

すると、維心は少し離れた所まで歩いて、言った。

「我らが居ったら、あやつらも寄って来づらいであろう?」維月が振り返ると、ほんの今まで誰も居なかった咲華の隣に、わらわらとおそらく友であろう皇女達が寄って来て話し掛けていた。「あれぐらいの歳は、ああしてこういう茶会の場で話をするものだと聞いたゆえの。」

維月は、びっくりしたように維心を見上げた。

「い、維心様、そういうことが、お分かりになるのでございまするか?!」

維心は、苦笑して維月を見た。

「確かに前世は、全くわからなんだ。だが、今生は回りの者達からよう聞くのだ。」

維月は、確かに、と思った。前世は孤独であった維心も、今生では早くから自分と結婚して、回りの神達や友も増え、よく話をしている。恋愛の話など、前世なら気にも留めていないのだろうが、今生では知らないふりをしていてもきちんと聞いていたのだ。

「まあ、維心様…人並みにこういうことがお分かりになるようになられたとは。心強うございまする。」

と、維明達のほうをソッと見た。寄って来た皇女達の目当てが、維明と箔翔であるのは間違いないようだ。だが、維明はあまり気が進まないようで昧と銘の方ばかり見ている。箔翔は、維明より咲華寄りに立っていたので、何やら話しかけられて仕方なく、と言った風情で答えていた。維月は、ため息を付いた。

「…でも、せっかくお気を遣ってくださったのに、あの子達はあんな風ですわね。困ったこと…。」

維心は、クックと笑った。

「まあ、維明には無理であろうの。しかし、此度は箔翔のためなのだから。」と、維心は目を丸くする維月を見て、言った。「であろう?」

「まあ…」維月は、心底感心していた。「勝負に必死で、そんなことはお忘れであろうかと思うておりました。そんなお気遣いがお出来になるなんて。」

維心は、真面目な顔をして頷いた。

「一人でも主から気を反らさねば、これ以上増えては困るのだ。」そこは、必死のようだった。「維月、我以外を見てはならぬぞ。それに、白を応援するのは仕方がないとして、赤はやめよ。炎嘉が調子に乗りよるだろうが。」

維月は、それには困った顔をした。

「ですが維心様…私は、分け隔てなく見ておりまするの。こんな所で、争いの元を作りとうないので。」

維心は、首を振って維月の正面からじっと目を見つめた。

「主は、我の妃であろう?前世から変わりなく。十六夜は良い。しかし、他はならぬ。碧黎ですら、我は嫌でならぬのに。」

維月は、どう答えたら納得するのかと悩んだ。

「あの…父は父でありまするもの。あの、とても好きですわ。」

維心は、何かを思い出したようで、ハッとしたように言った。

「そういえば…あの主らが変調をきたしておった時、我を失った主は碧黎に迫ったの。蒼には、無関心であったのに。聞こうと思うておったのだ。父という認識ではなく、別の意味で思うておるのでは?」

維月は、びっくりして首を振った。

「あ、あの、迫った?私は、覚えておりませぬ。お父様に?何を?」

維心は、眉を寄せて言った。

「我と毎夜することぞ!幸い、碧黎が口付けておっただけで手を出さなんだゆえ、事なきをえたが…まさか、まさか主は我と同じように碧黎も…。」

維月は慌てた。我を失っていた時のことなのだから、本当に分からない。蒼には無関心で、お父様には迫ったって…お父様は、何もおっしゃらないけれど。いったい、どう思われたことか…。

維月が心底困っておろおろしていると、スッと目の前に人型が浮いた。維心が、それを気取ってすぐに振り返る。

「…碧黎。」

維月は、真っ赤になった。どうしよう。お父様に、本当に私…。

碧黎は、維月の様子を見て、ため息を付いた。

「我がわざわざ詳しく言わなんだことを。主はどうも、嫉妬深いの、維心。己の見ておらぬところで、維月が何をしておっても良いではないか。何もかもを己に向けようとするのはおかしい。」

維心は、碧黎を軽く睨んだ。

「本来、奥で篭っておる妃であるのに。我がおかしいのではない。神世の王は、皆同じようにしておるわ。我は、こうして自由にさせておるだけ、寛大なほうぞ。」

碧黎は、維心を無視して、維月に歩み寄った。

「維月、そのように気にするでないぞ。我は気にしておらぬから。それにの、本来はそうあってもおかしくはない間柄。親子と名乗っておるのは、神世の便宜上なだけよ。」と、維月の頬に触れた。「案ずるでない。主が我を慕わしいと思うておることは、あれで分かったゆえ。維心にはほんに…少し、灸を据えねばならぬの。」

維心が、驚いたように碧黎を見る。維月も、慌てて言った。

「あ、あのお父様!私は、お父様がお気になさっていないなら、よろしいですから!」

碧黎は、首を振った。

「いや、我とて試してみたいことがあったのよ。」と浮き上がった。維月と維心が慌ててそれを見上げる。碧黎は、続けた。「主も皆も、今の生き方に囚われておるようよ。維明も箔翔も、妃だなんだと言われる柵や、皇子であるという柵の中で、ああして交流せねばならぬ。これでは、警戒し過ぎて真の相手などわからぬであろうに。」

維月は、どんどんと浮き上がって行く碧黎に向かって叫んだ。

「お父様!いったい、どういったことでしょうか?!」

碧黎は、笑って手を振った。

「良い、主は気にするでないぞ。久方ぶりに、おもしろいことをしてみようほどに。我も、主らの本当の気持ちとやら、知りとうなった。」

維心が、必死に言った。

「何をするつもりだ!まだ、競技中であるのに!」

碧黎は、表情を変えなかった。

「ああ、問題ない。競技が終わるまで、待とうほどに。楽しみにしておるぞ。ではの。」

碧黎は、スッと消えた。

維心と維月は、ただ不安に顔を見合わせたのだった。

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