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借り物

出て来たのは、蒼、維心、久島、炎嘉の四人だった。

要は、主要宮の王ばかりが集ったのだ。翔馬は、満足げに頷いた。

「では、皆様位置についてくださいませ。それから、簡単にご説明を。」

皆が、スタートラインに並んで立つ。真っ直ぐ行けば、100メートルでゴールだが、その真ん中に、カードが散らばっている…それが、問題だった。

翔馬が、言った。

「そこから、真ん中まで走って頂きまして、お好きなカードを一枚だけ拾うことが出来まする。拾ったカードに書いてあるものを持ってまたあの位置へ戻って頂き、そこからゴールまで走ってくださいませ。難しいものであるからと、他のカードを拾うことは反則とされて失格になります。時間制限がありまして、20分以内にゴールを。出来なければ失格になります。」

皆は、慎重に頷いた。他の観客も、じっと黙って聞いている。翔馬は、手に持つピストルを上げて叫んだ。

「位置について!」

四人は、線に並んで立った。

「用意、」

パン、と鳴ると同時に、一斉にカードへと走る。そのスピード自体は、それほどでもなかった。ただ、皆変なものだけは引くものかと、慎重にカードを選んだ。

維心のカードには、こう書かれていた。

『筆頭重臣(但し、観客席に居る者に限る。)』

「何ぞ…神?!物ではないのか!」

維心は、広く観客席を見上げた。自分が見上げた先からふらふらと皇女達が倒れていたが、そんなことはどうでも良かった。とにかく、筆頭重臣を探さねば!兆加をつれて来れば良かった!

一方、蒼は手近なカードを拾って、恐る恐る開いて見た。中には、こう書いてあった。

『妃の靴』

蒼は、高い位置にある貴賓席を見上げた。そこには、蒼の妃である三人が並んで座っている。あそこまで行くのかよ。

もちろん、普通ならなんでもないことだったが、今は飛べないのだ。蒼は、仕方なくそちらへ向かって走った。

久島は、じっとそれを見て固まった。なんだこれは。

『皇女』

中には、そう書いてあったのだ。

「なんだこれは!皇女など、我に担いで来いと申すか!」

翔馬は、叫んでいる久島に言った。

「簡単なほうでございまする、久島様。皇女など、そこらじゅうにたくさん居るではありませぬか。維心様など、筆頭重臣というカードを引かれて、今大変でございまする。」

久島は、唸った。女などを抱いて走ったら、それこそ妃だなんだと大騒ぎになる。誰を選んだだのどうだのと、大騒ぎになるのは避けたかった。それに、女など鬱陶しくて触れたくもない。唯一触れたいと思う維月は、月であって皇女ではない。

そんな久島を後目に、炎嘉は、覚悟を決めて落ち着いてカードを開いた。そして、端目にも分かるほど、目が点になった。

『維月』

そう書いていあったのだ。

しかし、会場のざわめきにハッと我に返ると、さっき維月を見た辺りに目を走らせた…しかし、維月は座っていない。

「どこへ行った!」炎嘉は、走り出した。「維月!」

飛べないうえ、気が探れないのが、これほどに不自由だとは。

炎嘉も維心も、蒼もそれを感じていた。久島は、まだフィールド上で唸っていた。


蒼が、コロシアムの裏の階段を上がっていると、維月が上から降りて来た。

「あら、蒼?もう借り物競争終わったの?」

それを見て、蒼ははっと気付いた…そうだ、妃の靴ってことは、誰の妃の靴でもいいんだ!母さんは維心様の妃なんだから、母さんの靴でもいいじゃないか!

「母さん!」と、蒼は維月に駆け寄った。「靴、貸して!」

維月は、びっくりして言った。

「え、競技中っ?!いいけど、私の靴なの?!え、え?」

「妃の靴なんだよ!母さん、維心様の妃なんだから、母さんの靴でもいいんだ!」と、靴を拾うと、駆け出した。「ありがとう!維心様は、筆頭重臣を探してらしたよ!」

維月は、驚いた。筆頭重臣を、どこから借りて来るの?

そして、はたと思い当たった…自分が元座っていたところに、麗羅の宮の筆頭重臣、采が座っていたじゃない!

「教えて差し上げなきゃ!」

維月は、蒼と同じ方向へと駆け出して行った。


観客席へと出ると、皆大騒ぎで悲鳴まで聞こえて来ていた。みると、維心があっちこっちを見て回って、必死に何かを探している…きっと筆頭重臣を探してるんだわ!

維月は、声を張り上げた。

「維心様ぁー!!あちら!あちらの選手親族の席に、麗鎖殿の宮の采が居りまするー!!」

維心は、どんなにうるさくても、維月の声だけは聞き分ける。くるりとこちらを見ると、維月に頷きかけて、そしてそちらへ向かって走って行った。維月がホッとしていると、がっつりと自分を抱く腕があった。びっくりして振り返ると、炎嘉が自分を抱き上げて走り出していた。

「え、炎嘉様っ?!こ、このようなところで、あの、運動会が終わるまでお待ちくださいませ!」

炎嘉は、維月を見て必死の表情で言った。

「何っ?ああ、そっちの用ではない。借り物のカードに主の名が書いてあったゆえ!主の叫び声が聞こえたので、来てみて良かったことよ!」

「ええー?!」

気が使えないので、炎嘉は維月を小脇に抱えて正味走っている。額から汗を滲ませて、必死にゴールへと向かっていた。すると、目の前で蒼がゴールしているのが見えた。炎嘉は、維月を抱いてその次にゴールした。

そして、膝に手を付いて、ぜいぜいと肩で息をして、呼吸を整えている。維月は、慌てて側の侍従からタオルを受け取って、炎嘉の額と首の汗を拭った。すると、炎嘉が、ふっと微笑んで維月の腕を引っ張ると、戸惑う維月を連れて歩いた。そして、自分の控え席奥へとつれて入る。維月は、困惑しながら炎嘉を見た。

「炎嘉様…あちらで勝敗を聞かねばならないのでは?」

炎嘉は、笑って維月を抱き寄せた。維月は慌てて言った。

「炎嘉様?あの…そういった用向きではないとおっしゃっておったのに…。」

「もうゴールしたしの。」と、維月に唇を寄せた。「年に二度しか会えぬ我が妃よ。良いではないか…これから少し休憩を挟むのであろう?」

炎嘉は、維月に深く口付けた。維月は、それを受けて困っていた。どうしよう、運動会の真っ只中なのに!いくら維心様が年に二度は黙認しているとはいえ、ことが公になってしまっては…。

すると、激しい調子の声が割り込んだ。

「炎~嘉~!!」

びっくりして維月が唇を離して振り返ると、そこにはまだ采を背負ったままの維心が居た。

「何をしておる!我が妃に手を出すなと言うておるのに!」

炎嘉が、呆れたように言った。

「それでゴールテープなど見えずにこっちに向かって走ったのか。」

維心は、首を振った。

「ゴールテープは切った。」とハッと気付いて采を下ろした。「ああ、ご苦労だの。戻って良いぞ。」

維心は、背負っていることも忘れていたらしい。采は、何が何だか分からないままに、維心の背から下ろされて、頭を下げて出て行った。維心は、維月をぐいと引き寄せた。

「我の妃なのだ!触れる事は許さぬ!」と、維月を引っ張ってそこを出て歩いた。「ほんに油断も隙も…ちょっと約してしもうたから、仕方なく年に二度ほど許しておるからというて。」

外へ出ると、翔馬が発表している最中だった。

「ただ今の借り物競争の結果、一位白、二位赤、三位青、紫は棄権となりました。では、ここで休憩を挟んで、午後からの競技に入ります。コロシアム裏手に、茶を準備してございますので、どうぞ。」

皆、ぞろぞろと席を立って出て行く。

維月は、ホッと息を付いたのだった。

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