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準備

運動会というと、数百年前に維心とその他、維月を望む男達とその軍神が、神の力の源である気を使えないように十六夜に制限されて、地を這いずって人と同じように駆け回り、己の肉体の能力だけを使って競ったのが始まりで、月の宮で定期的に開催していたものだった。

その、神世では慣れない気を使わない競技というのが案外にうけて、次の年からいろいろな宮が参加して楽しく競技に興じたものだった。

それが、闇の出現で月が黄泉へと逝き、龍王維心が逝き、その喪に服していた月の宮と龍の宮に配慮して開催をしなかった年があり、それを境にぷっつりと途絶えていた。

要は、蒼もすっかり忘れてしまっていたのだが、月が復活して維心が転生して再び君臨し、こうして落ち着いた世になった今、また開催しても良かった。神世は皆、変わった娯楽に飢えていたのだ。

そんなわけで、打診を受けた宮は軒並み出場すると即座に返事して来た。下位の宮々は全て出場とは行かないので、抽選で今年の出場を許された宮だけ出ることになる。来年からは、今年抽選に漏れた宮からまた抽選となるのだ。

ただ、観戦だけは、どの宮の王族も来て良かった。但し、事前に連絡が必要で、人数が限られていた。いくら巨大な月の宮のコロシアムでも、入れる人数は限られているからだ。

月の宮では、急ピッチで準備が進められていた。

龍の宮で、出場選手の一人として選ばれた義心は、懐かしそうに目を細めた。

「ほんに懐かしいことでありまするな。我も、あの時は初めてあれほどに地を駆けたものであった。本来なら、急いでおる時は飛んでおりましたので。」

義心は、少し年を取ったか、といった程度で、とっくに600歳は越えているだろうに、見た目はまだ400歳代ぐらいだった。老いが止まっているのだと気付いたのは、つい百年ほど前のことだった。維心が、頷いた。

「我も、あの時初めて己の肉体というものを目いっぱい使ったものよ。」と、維明を見た。「のう、維明。主はまだ地を全力で走ったことはなかろう。一度、気を使わずに訓練場で試しておいた方が良い。」

維明は、ためらいがちに頷いて隣りに座る箔翔を見た。箔翔は、遠慮がちにしている。義心が言った。

「おお、此度は箔翔様も、龍と共に出られまするか。」

維心が、頷いた。

「箔炎がどうしても出ぬと申して。あれは意固地になっておるのだ。維月のことで拗ねておるからの。せっかくであるのに、箔翔も出てみると良いということになっての。」

箔翔は、申し訳なさげにうつむいた。

「は…足手まといにならぬように、これより維明と共に催しまで精進致しまする。」

維心は、フッと笑って手を振った。

「良い。久しぶりのことであるゆえ、皆それほど慣れてもおらぬゆえ。」と、少し表情を険しくした。「…が、久島のヤツには負けるわけには行かぬがの。あやつは此度、かなり張り切っておると聞いた。あれも相当な長生きであるが、まだ老いが来ぬようで、あの当時と少しも変わっておらぬのだ。ほんに腹が立つことよ。」

慎怜が、控えめに言った。

「しかし王…。同じ組になってしまいましたら、どうしても手を組まぬわけには行きませぬ。蒼様も、組分けばかりはくじであるので、どうなるか分からぬとおっしゃっておられましたし。」

維心は、険しい顔のまま頷いた。

「分かっておる。しかし一度も同じ組になったことがなかろうが。恐らく此度も大丈夫ぞ。それより蒼から知らせて来た競技の内容で、気になることがあっての。」と、維心は巻物を開いて、皆の前のテーブルに開けて見せた。「見よ。玉入れの籠、常より三メートル高く設定しておる。籠も縦長く変えられておって、口が狭い。何でも神対応の入れづらい籠に変えたのだとか。これと同じもの、急ぎ作らせて一度試して見なければならぬぞ。」

義心が、その巻物を覗き込んで他の競技も見た。

「…知らぬものが混じっておりまする。これは、一度試してみておかねばなりませぬな。あちらでは、前のように競技の説明はしてもらえぬのだとか。そのために、こうして事前に知らせて来ておるのだと書いてございます。」

維心は、真剣に頷いた。

「維月ならば知っておるものもあろう。あれに見せて、説明させようぞ。それにしても、またこのようなことをすることになろうとは。」と、月の宮から届けられた塗りの厨子を振り返った。「そら、ジャージとやらが届いておる。スニーカーもぞ。」

慎怜が立ち上がって、厨子を開けて中身を出した。

「おお、深い青。龍軍の色と同じでありまするな。」

箔翔は、それを見て驚いていた。人の世で見た、運動着と同じだ。そうか、月の宮は、人の世との架け橋であると聞いた。人の世のことは、知っているのだ。

義心が、同じように立ち上がって中からスニーカーを持ち上げた。

「王、我の分を戴いて行ってよろしいでしょうか?少し、これを履いて走るのに慣れておこうと思いまするので。」

維心は、頷いた。

「そうするが良い。我も、維月と共に庭でも走るかの。あれはよう着物でも駆け回っておるから。」

すると、そこへ維月が入って来た。侍女が後ろに控えており、茶の準備を持っている。

「維心様。」

維月が頭を下げると、維心は途端に表情を緩めて微笑んだ。

「維月。」と、手を差し出した。「調度良いところへ。主に聞きたいことがあっての。」

維月は、その手を取って維心の隣りに座りながら、不思議そうに言った。

「まあ。何のお話でしょうか?」

侍女が、せっせと歩き回って茶を配り始める。維心は、目の前の巻物を指した。

「月の宮から、こうして競技の内容を知らせて参ったのだ。人数は五人とのことであったので、こやつらを選んだ。」と、維明、箔翔、義心、慎怜をぐるっと指した。「此度は将維が、月の宮の方で出よう。油断は出来ぬからの。」

維月は、頷いた。

「はい。十六夜から聞いたところによると、蒼、将維、嘉韻、明人、慎吾なのだと聞きましたわ。皆とても体を使う事に慣れておりまする。人の世に居たものが多いので。」

維心は、深刻な表情で頷いた。

「そこで、主は我の側につくよの?教えて欲しいのだ。」

維月は、困ったように維心を見上げた。

「つく、と申して、私に出来ることは限られておりまするけれど。何をお教えしたらよろしいのでしょうか?」

維心は、義心を見た。義心が、巻物に視線を落として、言った。

「…まず、このビーチフラッグとは何でございましょうか。」

維月は、首をかしげた。

「ええっと、これによると50メートル先ですわね。そこに旗が立ててございます。それを掴んだ者が勝利でありまするが、スタートのところで反対を向いて、うつぶせに寝転んだ状態で合図を待つのです…つまりは、起き上がって後ろを向いて走るという、瞬発力が勝負の競技でありまするわ。」

維心が、感心したように維月を見た。

「気を使えば簡単であるが、確かに体だけであれば大層よな。」

皆、真剣に頷き合っている。維月は、少し呆れた。運動会に、ここまで真剣になるものかしら。

すると慎怜が、横から言った。

「借り物競争は?」

維月は、巻物を覗き込んだ。借り物競争まであるの?

「走って行って、拾ったカードに書いてあった品を、どこからか調達して借りて参り、それを持ってゴールでございますわ。借りるのが困難なものでありましたら、いつまで経っても見つけられずゴールできませぬ。簡単な物なら、すぐにゴール出来まするけど。」

維心が、眉を寄せた。

「借りるのが困難なもの?いったい何が書いてあるのか。」

維月は、苦笑して首を振った。

「そこまで私には分かりませぬ。ようは、運も試されておるのでありまするわ。」

皆、一様にフムフムと頷く。維明が、言った。

「では母上。この、騎馬戦とは?」

維月は維明を見た。

「三人で、馬を作って、それに一人乗って、一つの騎馬なの。それで、他の騎馬と戦うのね。」と、説明書を読んだ。「…ここでは、頭に被っている帽子を取り合うみたい。取られたら、その騎馬は負け。制限時間内に、より多くの騎馬が残った方が勝ちよ。」

維心が、頷いた。

「それは前も一度やったことがあるゆえ、知っておるぞ。」

維月は、記憶を辿った。そう、あれは第三回運動会の時のこと。久島と維心の騎馬が壮絶な戦いを繰り広げたのだ。あの時は将維が正面、義心と慎怜が左右で、維心が上だった。選手はほとんどが軍神だったので、水を得た魚のようにそれは生き生きと戦っていたものだった。

しかし、今回は月の宮在住の将維は、こっち側ではない。また壮絶な戦いになりそう…。

維月は、今から身震いした。しかし維心は、他の四人と真剣に巻物を中に話をしている。

「よし、ではまずはこの玉入れの籠ぞ。義心、急ぎ細工の龍に言うて作らせよ。明日から、一つ一つ競技の練習をするぞ。」

「は!」

至極真面目に、義心は頭を下げる。維月は、ため息を付いた。神の男って、どうしてこんなに勝負ごとには熱くなるのかしら…。

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