後始末
維明と箔翔は、意識を失った猛を担いで海上研究所へと到着していた。
神としてそこへ降り立ったので、誰の目にも映ることはなかった。しかし、人は皆避難していた地下シェルターから出て、磁場セクションの司令室へと上がって来ていた。そこに現れている表示を見て、箔翔はホッとした…かなりしっかりとした磁軸が南北に一本、地球を貫くように出来ていて、それを中心に間違いなく磁場は形成されていた。大きく、はっきりとした磁場だった。
少し具合が悪そうな蒼と、それを支えるように側に立つ裕馬を見た維明は、そっと蒼に寄って行って言った。
「蒼。全て終わったの。」
蒼は、微かに頷いた。見えてはいるが、維明達がそこに居ることを、もう人に気取られてはいけないと思っているのが、それで分かった。リックが、そんな様子には気付かずに他の職員とともに軽快にパネルを叩いている。
「…衛星がいくつかやられてしまったようだが、それでも観測用のは残ったみたいだ。」まるで、別人のように生き生きとした表情をしている。目はキラキラと輝いていた。「まさか、こんなに早く戻るなんて。奇跡に近い…まるで、神様が力を貸してくれたようじゃないか。」
リックは、椅子から蒼を嬉しそうに見上げた。蒼は、フッと微笑んだ。
「奇跡は、人が起こすものだ。今度も、突然に磁軸が現れた原因が分かっているんだろう?」
リックは、首をかしげた。
「北極の、アンチメタライト結晶が、太陽風の影響で崩れた研究所の中で爆発した直後だったんだが。でも、因果関係は分からない。そんなことで戻るほど、地球は単純じゃないと思う…。」
蒼は、首を振った。
「案外に単純なところもあるかもだぞ?ま、何度も同じ手は通用しないだろうが、とにかくは今回は、きっとそれで起こされたんだよ、地の神様ってのがね。」
冗談めかして言う蒼に、リックは急に表情を引き締めると、立ち上がって手を差し出した。
「本当に、感謝している。きっと、神様達はオレ達のために頑張ってくれたんだろうから。」
蒼は、じっとリックを見ていたが、その手を握った。
「いや、人類だけのためじゃないんだろうよ。きっと、地上のみんなのためだ。リック、それを忘れないでくれ。この地は、人類のためだけのものじゃない。もっとたくさんの生物が生きてるんだ。これからも、地球のために研究を続けてくれ。人類のためじゃなく。」
リックは、しっかりと一つ頷いた。
「そのつもりだ。どこで神様が見てるか分からない…月は、いつも空にあるしな。」
そう言って笑うリックに、蒼は微笑み返した。そして、手を離した。
「もう、行く。オレの臣下達が待ってる。」
リックは、名残惜しげに蒼を見た。
「もう?まだいいじゃないか…せめて、エレーンがここに戻って来るまで待ってやってくれ。ハクも、戻ってないだろう。」
蒼は、黙って首を振った。リックは、それを見てハッとしたように回りを見回した…何も見えないが、もしかして戻ってるのか。
「…居るんだな。」
蒼は、微笑んでその位置から後ろへ下がった。
「リック、君達はオレ達のことを忘れるだろう。だが、こうして誰かと話したことは覚えている。きっと、君はやってくれると思っているからな。月から、時々に見ているよ。」
リックは、その言葉の意味を考えて、顔色を変えた。
「蒼!オレは、忘れたくない!」
蒼は、首を振った。
「オレは、不死の月だ。君は最新科学技術の創造者だろう?」
蒼と裕馬は、その場からスーッと消えた。人が忙しくパネルを叩いて、皆がモニターに嬉しげに釘付けになっている状態でのことで、誰もそれに気付かない。リックは、それを追おうと蒼と裕馬が居た場所へと飛び込んだ。
しかし、何にも触れなかった。
「蒼!裕馬…ハク!」
一人叫ぶリックに、側に立っていた職員が怪訝な表情で振り返った。
「リック?どうしたんですか?」
リックは、勢いよくその職員を振り返った。
「あの学者だよ!あの、国から来た…!」
職員は、困ったように顔をしかめた。
「どこの国ですか?名前は?」
リックは、口に出そうとして、止まった。
「名前…!」そして、首をかしげた。「え…誰の名前だって?」
職員は、困惑してリックの肩に手を置いた。
「お疲れですか?どの学者をお探しですか?」
リックは、困ったようにその職員の顔を見た。学者を探していたのだったっけ?
「いや…何でもない。」
あちらのパネルの前に座る職員から、声が飛ぶ。
「リック!大統領から現状を詳しく報告せよと今、衛星を通して連絡が!」
リックは、嬉々としてそちらを振り返った。
「衛星が復活したのか!」
その職員は、笑って頷いてパネルを指した。
「通信だけですが。こっちから話せます。」
リックは、急いでそちらへ走って行く。
それを見送って、そこから五人の神がそっと出て行ったことには、誰も気付かなかった。
エレーンは、もはや正常に巡り地上を守っている磁気があるだろう空を、一人見上げていた。ハクと二人、あの空をここまで飛んで来て、この窓から入って来たのはつい昨日のことだった。ハクは自分を望んでいないとはっきりと言って、突き放した…あの後は、いっそ地上が滅んで自分も死んでしまえればとまで思った。
しかし、皆が外へと飛び出して、晴れ渡った空を見上げて寒い中喜び合っていたのを見て、間違っていたと思った。自暴自棄になっても、何も始まらない…。
衛星は、軍事衛星を含む数機が消滅しているのが確認された。残ったのは、観測用の衛星と、通信用の衛星だけだった。通信衛星は、先ほど機能を取り戻し、世界各地で一斉に使われ始めた。月基地は壊滅状態だったらしいが、人が居たスペースコロニーは残った。磁場が安定して通信が復活したのを見て、全員地球へ帰還の準備に入ったと聞いている。
エレーンは、自分だけが取り残されているように思った。手離しに喜べないのは、徹底的にハクに拒絶されてしまったせいだ。それでも、諦め切れずにいる自分にまた、腹が立ってもいた。
そこに、ライリーがやって来て声を掛けて来た。
「エレーン?ここに居たのか。皆、続々と自分の国へ帰還準備に入ったぞ。オレはしばらく残るが、本国の方では今度の件を詳しく聞きたいとみんなを召還してるんだ。実際のところ、詳しく分かるヤツなんてオレも含めて誰も居ないんだけどな。」
ライリーは、肩をすくめて笑った。エレーンは、頷いた。
「そう…分かるのは、きっとあの人達だけね。」
ライリーは、驚いたような顔をした。
「あの人達?エレーン、オレ達の他に専門家なんて居たのか?」
エレーンは、首を振った。
「専門家っていうか…ほら、あの…。」
エレーンは、言いかけて黙った。あの。誰だったかしら。
「エレーン?」
ライリーが、期待を込めた目でエレーンを見ている。エレーンは、困ったように微笑んだ。
「…ごめんなさい。私、どうしちゃったのかしら。今、心当たりがあるように思ったの。」
ライリーは、がっかりしたように肩の力を抜いた。
「なんだよ、謎が解けるかと思ったのに。」と、エレーンの肩を抱いた。「謎っていうと、困ったことになってるんだ。エレーン、君にも見てもらわなきゃな。」
エレーンは、ライリーに促されて歩きながら不思議そうに言った。
「何?何かあったの?」
ライリーは、エレベーターへと乗り込みながら頷いた。
「T-X波発生装置だ。誰がやったのか、隔壁が引き千切られたようになってしまっててね。まるで握りつぶしたように、中もめちゃくちゃになってしまってる。オレ達が地下へ退避してる間にやられたんだろう。」
エレーンは、びっくりした顔をした。
「え…アンチメタライト結晶は?!」
ライリーは苦笑した。
「無事。まるで、知っているかのようにそれだけを残してね。だから、内部のヤツの犯行だと分かる。」
エレーンは、ホッと息をついて、頷いた。
「誰がやったのかしらね。でも、もうあんなもの必要ないんじゃない?」
ライリーは笑いながら、止まったエレベーターから降りて言った。
「ああ、オレもそう思う!やっぱり、今度のことは教訓なんだよ。人が地球を操作しようなんて、考えちゃだめだ。」
ライリーについて司令室のガラスへと歩み寄ったエレーンは、その様を見て心のどこかに衝撃を感じた…それが、何なのか分からない。それなのに、どうしてこんなに切なくなるの…。
「…本当に…どうやったのかしら。人がこんなことを出来るはずないのに…、」
エレーンは、それを言葉にして、胸に迫るものを感じた。人ではない、何か…。
そんなエレーンの目の端に、白い靴が一足、隅に転がっているのが映った。置いてあるというより、放り出されたような感じだ。しかも、それは自分が無くした靴にそっくりだった。
エレーンがそれを拾い上げていると、ライリーが気遣わしげにエレーンの肩を抱いた。
「エレーン…。」
エレーンは、ライリーにそっと頬を拭われて、やっと自分が涙を流している事実を知った。どうして、こんなに涙が出るの。何か、忘れているような気がする。でも、何なのか分からない…。
ライリーが、優しく言った。
「疲れてるんだよ。いろいろあったしな。さあ、少し休もう。それから、帰国の準備だ。君にも、きっと山ほどオファーがあるぞ。今のうちに休んでおかなきゃ。」
エレーンは頷いて、拾った靴を抱きしめてそこを出た。何を忘れたか分からない。でも、前を向いて行かなきゃならない。地球を守りたいと、強く思った気がするから…。




