目覚め
碧黎は、暗く沈んで何も分からなかった。
そんな中でも、何かが自分に語り掛けていたような気がするのだが、分からない。深い深い眠りについていたように思うのに、今、何かに鋭く叩かれたように感じて、目が覚めた。
もっと眠っていたい…。
そう思って、碧黎が再び眠りの中へと沈もうとした時、聞きなれた声が語り掛けて来た。しかし、かなり弱弱しい声だ。碧黎は、その様に心が痛むのを感じ、それがどうしてなのかわからなかった。
《ああお父様、十六夜も維明も、もう気が枯渇してしまいまする。私も、もう…。お父様の守りの代わり、出来ませんでした…。》
十六夜…?維明。
碧黎は、急に目が覚めた。我の子。そして孫。弱々しく語り掛けていたのは、我が最愛の娘維月!
《おお》碧黎は、その声に必死に伸びをするように手を伸ばした。《おお維月よ!なぜにそのように弱っておるのだ…我の代わりなどを、主が出来ようか。すぐに助けてやるゆえに!》
「!!」
維明は、思わず目を庇った。神である自分ですら、直視出来ぬほどの光…いや、神であるからこそ見える光なのかもしれない。それが、突然に地から大きな光の柱となって立ち上り、激しく渦を巻いて大きく昇ったところで、四方へと分かれてまるで地表を包むように広がって行く。その気は大きく、地表どころか遠く月までも包み込み、一瞬にして、維明達を襲っていた激しいあの、太陽からの気は消え去った。
「お、お祖父様…?まさか、これはお祖父様の気?!」
維明は、そう言って呆然と空を見上げていた。
「う…。」
箔翔が、呻き声を上げる。我に返った維明は、慌てて下りて箔翔に手を貸した。
「…どうなった…?なぜに、急にこのような。」
維明は、頷いた。
「我の祖父よ。」その顔は、どこか誇らしげだった。「祖父が戻って来られた。これは、間違いなくお祖父様の気ぞ!」
箔翔は、ホッとしたように肩を落とした。
「ああ、ほんにまあ、主の一族らしいわ。何でも一瞬にして解決してしもうてからに。」と、隣りでまだ空を睨んで瞬きひとつせず、必死に手を上げている猛を見た。「ほれ、猛よ。もうそのようにせずとも良いと言うのに。」
しかし、猛からは反応がない。維明と箔翔が顔を見合わせて、そして維明が猛に歩み寄った。
「猛?」
猛は、まるで人形のように空を睨んだままだ。維明は、その顔の前に、手を翳してひらひらとさせた。
「…気を失っておる。」と、箔翔を見た。「何との。目を開けて空を睨んだまま気を失うとは。」
箔翔は、呆れるのを通り越して、おかしくなった。なので、プッと噴き出すと、笑い出した。
「こやつは!我らにこれほどに手間を掛けさせて、己は寝ておるとは!」
維明も、釣られて笑い出した。
「あーあ、我は必死にやって損をした気分ぞ!」
二人は、その雪の上で笑いに笑った。
アザラシ達は、すっと側の海へと入って行くと、どこかへと泳いで行ったのだった。
広い、重力さえも何もない空間で、十六夜と維月は体を丸めて抱き合うように眠っていた。温かく、薄暗いそこは、驚くほどに心地よかった。何か覚えのあるようなその心地よさに身をゆだねていると、深い声が呼び掛けた。
《十六夜…維月。》
維月は、スッと目を開いた。何か、待ち望んでいた声のような気がする…。
目の前の十六夜は、まだ微睡んでいるようだった。維月は、回りを見回した。
《誰…?》
《我が分からぬか。》その声は、しかし微笑んでいるようだった。《まだここに居ると申すか?》
維月は、段々にはっきりして来る意識の中で、まさかと回りを見回した。
《お父様…?お父様なの?》
すると、目の前に見慣れた青い髪の人型が空気が凝縮するかのようにして現れた。
《よう思い出した。それに、よう頑張ったの。》と、寄って来てまだ微睡む十六夜の髪を撫でた。《無理をしおって。しかし、地上は保たれた。ここは…どうやら主らが母の腹に居る時に居った空間のようぞ。回復するために、選んだのであろうの。しかし、探し出すのに苦労した。さ、参ろう。》
維月は、十六夜の手を握った。
《どこへ参るのですか?もしかして、黄泉?》
それをさらっと何の構えもなく言う維月に、碧黎は笑った。
《黄泉であるならどうするつもりよ。十六夜も共に連れて参るのか?》
維月は、頷いた。
《だって、お父様がそう判断なされたのでしょう。》と、十六夜を見た。《十六夜だけ、置いて行く訳にはいかないし。》
碧黎は、維月の頭を撫でた。
《そうよな。しかし、黄泉ではないぞ、維月よ。我らは、やはり死ねぬのだ。》と、十六夜を小脇に抱えた。《ついて来れるな?維月。維心が待っておるぞ。》
維月は、微笑んで頷いた。
《はい、お父様。》
そうして、三人はその空間から出て飛び立った。
その途端、維月には何も分からなくなった。
維心は、すっかり元の状態になった空を、居間の窓から見上げていた。維明も箔翔も、蒼もまだ戻っていない。十六夜も維月も、月にすら居ないようだった。碧黎の気配はあるものの、呼んでも維心の前に現れることはなかった。
しかし、地は再び大きな気を戻し、間違いなく地上を守っているのが分かる…人世の乱れはまだ続いているようだったが、それもそう長くは続かないだろうと維心は見ていた。人は、復興ということに関して大変な能力を持っていることを、維心は知っていたのだ。
維心がせつなげに月を見上げていると、側の空気が渦を巻いて、すーっと大氣の姿がそこに現れた。維心は、もはや驚くこともなく、それよりもと必死に言った。
「大氣!維月は…どうしておるのだ。まさか、黄泉へ…?」
すると、大氣は苦笑して腰に手を当てた。
「いきなり維月か。碧黎のことを聞いて来るのかと思っておったのに。」
維心は、首を振った。
「あれは戻ったのであろう。こうして地が通常通りに活動しておるのだから。それよりも、十六夜と維月の気配が、月にない。力は戻っておるようなのに…。」
そう、碧黎が復活した直後、一時は全く気取れなかった月の気が、一気に戻ったのが見えたのだ。あれは、碧黎の力なのか。
大氣は、じっと維心を見つめて言った。
「碧黎が、迎えに参っておるよ。あれらは、力を無くした直後、二人して回復を待つために自分達を違う空間へと飛ばしたのだ。恐らく、無意識であろうがの。探すのに苦労した。先ほどやっと突き止めて、碧黎がそこへ入って行った。もう戻るのではないか。」
維心は、ホッとして大氣を見上げた。
「そうか、良かった…。では、二人共無事であるのだな。」
大氣は、頷いた。
「碧黎が戻ったゆえな。あれも、何かに叩き起こされたと言うておったが、詳しいことがまだ聞けておらぬ。我も大層に疲れておったし、気の回復に時間が掛かったのだ。」と、目を南の方へ向けた。「…皇子達は、まだ戻らぬのだな。どうも、人の後始末をしておるようよ。」
維心は、眉を寄せた。後始末?
「…それは、人の仕事であろう。」
大氣はまた首を振った。
「そういったことではない。関わった人から、己らの記憶を抜き去る仕事が残っておるだろう。神の存在は、あれらの記憶に残ってはならぬのよ。」
維心は、ふっと息をついた。
「…面倒なことよな。我らも、これより密かに都市にある危険な玩具を消しに掛かる予定だ。人は利口であるが…知らずに危険なものを弄ぶ傾向にある。もっと精神的に成長してから力を持つ方が良いの。」
大氣は、プッと噴き出して笑った。
「人も神も同じようなものよ。確かに神の方が、己の力のみに依存しておるゆえ、自然に逆らうようなものを作り出すことはないが、人は危険ではある。我らから見て、神とて愚かではあるのだぞ?」
維心は不機嫌に眉を寄せたが、ため息をついた。
「反論出来ぬな。確かにの。未だ権力などを求めて戦をしようとするような輩が居る神世で、偉そうには言えぬ。だが、我らには分かっておる…地が、我らを生かしておるということが。なので、己に与えられた能力以上のものを手にして、己の親をも操ろうなどとは考えぬのだ。そこが、神が神たるゆえんぞ。」
大氣は、大きくひとつ、頷いた。
「では、我はあちらを見て参る。主らの子らが、まだ立ち働いておるのだからの。ではな、維心よ。」
大氣は、スーッと空に溶け込むように消えた。維心は、取り残されてまた月を見上げた。維月、十六夜。主らは今どこに居る…?




