決壊
箔翔と維明は、貫くように海上研究所、地下退避研究セクションの地下に設置された、シェルターへと隔壁を突き抜けて下りて行った。突然に現れた維明と箔翔に、蒼はびっくりして叫んだ。
「維明!箔翔!びっくりしたよ!」
蒼は、まだ天井付近に浮いている二人に向かって言った。裕馬もそちらを見ていたが、リックはきょろきょろと蒼が見ている辺りを見回した…そうか、人には見えない状態で居るのか。
「十六夜が、今太陽風を必死に押さえていて。」蒼は、とにかく説明しようと話し出した。「オレは、そちらへ力を取られて使えないんだ。だから、ここに居る。二人は、戻ってくれていいぞ。」
維明が、下へ降りて来て、そこへ降り立った。
「蒼を置いて参るなど出来ぬわ。それより、十六夜がどこまでもつのか、主には分かるか。」
蒼は、頷いた。
「今にでも、決壊して放射線が漏れて来てもおかしくない。」維明がそれを聞いて、眉を寄せるのを見て、蒼は続けた。「だから、オレはここに居る。落ち着いて、もしも迎えに来れそうだったらまた来てくれたらいい。それまで、二人は父王の側に戻っていた方がいい。どうあっても、父王達のほうが力が強いんだ…オレも裕馬も元々人だから、人の間でも大丈夫なんだよ。ここは、人でも安全な仕様になっている場所。真上で核爆弾が爆発しても平気らしいぞ。オレ達はここに居るよ。」
箔翔と維明は、顔を見合わせた…確かに、自分達の力でどこまで持ちこたえることか。蒼と裕馬を背負って運べば、それだけ遅くなる。その上に気を遮断する膜を張って、その太陽風がどれほどの圧力なのかもまだ知らぬのに…。
維明が口を開こうとした瞬間、蒼が急に頭を抑えた。
「う…!」
足元から、崩れるように膝を付く。それには、リックも裕馬も驚いて駆け寄った。
「蒼!どうした、具合が悪いか?!」
蒼は、必死に意識を保ちながら、目を上げることすら出来ずに、それでも言った。
「十六…夜が、意識を、失いそうだ。力が…。」
蒼は、裕馬にもたれ掛かって青い顔をしている。リックは、急いで蒼に肩を貸しながら、引っ張って歩いた。
「こっちだ!まだ混乱していて個室がないんだが、こっちに救護室がある!」
裕馬は、反対の肩を貸しながら、箔翔と維明を振り返った。
「とにかく、急げ!蒼が言った通りにしろ!十六夜は、もう駄目だ!」
維明と箔翔は、思い切って頷いた。そして、また来た時と同じように上に向かって全ての壁を通り抜けて外へと飛んで出た。
すると、そこに猛が浮いていた。目は、二人を見ていない。それは、遥か北を見ていた。そういえば、猛は一緒に下へ来なかった。ここで、ずっと空の様子を見ていたのか。
維明が、猛に声を掛けた。
「猛。すぐに父上の所へ。もう、十六夜が力を無くす。」
猛は、維明を振り返らずに、北の方角を見たまま言った。
「…月が、力を。我が王は、まだお戻りにならぬか。」
維明がためらっていると、箔翔が進み出て猛の肩に手を置いた。
「猛…碧黎殿は、もう戻らぬかもしれぬ。分かっておろう…月も力を無くして行く。」
猛は、何やら強い力が天上から降り注いで、地を熱しているのを、北の地に見ていた。
「手から、こぼれておるようだ。」
箔翔も維明も、目を凝らした。気を探って集中すると、遠くまで見通せる…確かに、北極辺りの空からは放射線が降り注ぎ、地が見る間に熱しられて氷河が音を立てて割れているのが見える…空は、まるで穴が開いているのかのように、まだらに十六夜の力が塞いでいるのが見えた。つまりは、そこから穴が開いて来ているのだ。力が、失われつつあるのだろう。
「そのうちに、こちらへもやって来よう。」維明は、猛に並んだ。「さあ!早よう宮へ!」
しかし、猛は北極から、目を反らすことがなかった。
「我が王が、守られておった地が!月が…月は王の大切なお子であるのに!」
猛は、必死の形相で北へと弾丸のように飛び立った。維明と箔翔は、慌てて叫んだ。
「猛!」
しかし、猛は答えることは無かった。維明が、舌打ちをして飛び立った。
「箔翔!主は父の元へ帰れ!」
そうして、猛を追って行く。箔翔は、同じように舌打ちをすると、飛び立ちながら言った。
「…馬鹿な。同じような歳で、我だけ父の元へなど戻れるものか。」
そうして、箔翔も猛を追って北へと飛んだ。
十六夜は、薄れていく意識の中で、どうしても抑えきれずに手からこぼれて行ってしまうその太陽風を、なす術なく見送っていた。どうしようもない…自分には、これ以上抑え切ることが出来ない。
すると、維月の声が言った。
《十六夜!私の力があるわ!早く、少しでももつように!》
しかし、十六夜は維月の力だけは使いたくなかった。維月が、気を失ってしまったら、もしかして自分より弱い命の維月が、先に黄泉へと旅立ってしまうかもしれない。不死だと聞いては居るが、今は非常時なのだ。同じように不死の命の両親が、こうして逝こうとしているのに。自分達だけ、特別などとは思ってはいなかった。
《お前は、残れ。》十六夜は、言った。《お前は弱いじゃねぇか。親父も、小さい頃から維月を助けよと言って育てたんだ。親父に会った時に、維月を辛い目にあわせたと知れたら、何を言われるかわからねぇ…。》
維月は、必死に言った。
《何を言っているのよ!私達は二人で月でしょう?!十六夜だけが、つらい思いをしなくてもいいのよ!》
十六夜は、それを聞いて維月の方を見た…実際には、同じ体の中に居るので、見たというか命を向けたような感じだった。
《維月…。》
維月は、涙声で訴えた。
《私の力も、使ってちょうだい。二人で地を守るのよ。》
十六夜は、頷いたようだった。
《わかったよ。じゃあ、お前の力も分けてもらう。》十六夜は、維月の方へと身を寄せた。《ちょっと苦しいぞ。構えろ!》
途端に、維月から物凄い勢いで気が吸い取られて行くのが分かる、維月は、その急激な気の喪失に、まるで人だった頃に怪我をして、大量出血した時のようだと思い出した。命の危機を感じる…まさに、そうだった。
十六夜は、こんな感覚に耐えているの。
維月は、気が遠くなって行く中で、そう思っていた。十六夜は、最後の力を振り絞って気で必死に太陽風を反らせるための力を放っていた。維月の意識が、段々に無くなって行くのを感じていたが、十六夜にもどうしようもなかった…これで、もう自分達は全くの空になってしまう。つまりは、月の力が枯渇する。
《親父…!》十六夜は、叫んだ。《もう駄目だ!もう、オレ達じゃあ守り切れねぇよ!すまない…!》
手から零れ落ちて行く太陽風は、その途端に僅かばかり漏れていただけの北極を飲み込み始め、ついに結界を破って地を焼き始めた。
地上がこれに飲まれてしまうのも、もう時間の問題だった。
北極では、ずんという重い振動が、遥か上階でしたのを、階下のシェルターに避難して、固唾を飲んで見守っていた一同が感じていた。
「…氷河が、崩れ落ちてるんだろう。」スコットが、その地下シェルターで皆に言った。「衛星がまだ生きているらしい。ここの受信機が上手く拾えていないが、解析させた所によると、月の磁場が弱まり始めている。調度この真上、北極の上空から穴が開いたように途切れて、それが広がり始めているんだ。何てこった…各国の避難状況はどうなってる。間に合ったのか?」
スコットが言うのに、他の職員が首を振った。
「飛んでいる電波を拾い集めて聞いているところによると、まだ全く進んでいないようです。皆混乱している…何しろ、民間の衛星が全く使えない上、軍の衛星も使える機能が限られている。こちらがデータを解析したりするには何とか出来ますが、音声や画像がうまく送れないのですよ。」
司令室の隅には、ここの所長だったローガンが、皆に隠れるように身を縮めてうずくまっていた。あれから、使える通信で海上とも南極とも話したが、その最後の通信でも、両者はローガンを批判していた。まるで、この磁場喪失が、ローガンのせいであるような言い方だった…必然的に、こちらの職員達もローガンを責任者から引きずり下ろし、脇へと追いやってしまった。
しかし、スコットはローガンのせいだとは思っていなかった…これは、遅かれ早かれ起こったことなのだ。ただ、単独照射が引き金になっただけで…。
「オレは、ローガンが悪かったとは思っていない。」
スコットが言う。ローガンが、びくっと肩を震わせた。皆が、それを聞いて少し批判的な顔をしたが、スコットは首を振って見せた。
「分かっていたことだ。あれは、引き金になったに過ぎない。我々は、早く避難させるべきだったのだ。磁場など、そんな大きなものを自由に動かすのは不可能だったのだ。それなのに、それが出来ることが前提の開発だった。我々は…自分達の力を過信していた。先に、全人類を避難させてから、対策を考えるのが順序だったのに。」
じっと黙っていた他の職員のうちの一人が、口を開いた。
「おっしゃる通りです。」その職員は、皆を見た。「ここで、誰が悪いだの言っても始まらない。見てのとおり、磁場は今喪失している。我々はここから出ることが出来なくなった。どれぐらいの間ここから出れないのか分からないが、再び太陽の光を浴びるためにも、生き延びなくてはならない。全員で。」
今、司令室には10人あまりしか居ないが、このシェルターには、二つのセクションの300人あまりが避難している。少なくても、人類はまだ生きている。これから、先の対策を練らなくては…争っている場合ではないのだ。
皆が、決心したような顔をして頷きあい、そして微笑み合っていると、急に階上から、ゴゴゴゴという、低い何かが振動しているような音が聞こえて来た。スコットは、上を見上げた。
「…なんだ…?氷河にしては、変な振動だ。地震か?」
職員の一人が、慌てて研究所全体の図をスクリーンに出した。今の研究所の状況が手に取るように分かる。上階の施設は、どうやら傾いて崩れているようだ。氷河の状態などは分からないが、そんなことでは地下まで振動が伝わるはずはなかった。
スコットの目は、もっと下を見ていた。そこに、赤いアラートが出ている。
「…格納庫だ。」スコットは、突然に悟って皆を顔を見合わせた。「…アンチメタライト結晶か!」
T-X波発生装置の心臓部、空気に触れただけでも化学反応を起こして激しく爆発する、動力源だった。これは、人が作り出したもので、核分裂に変わる、クリーンなエネルギー供給の物質として重宝がられているものだった。しかし、確かに核分裂のように放射性廃棄物を出すことはないが、空気に触れると爆発するため、取り扱いを間違って大惨事を招いたことも、一度や二度ではない代物だった。
職員は、慌しくパネルをタッチしている。
「今、計算しています。」職員は、必死だった。額に汗が光る…それの恐ろしさは、研究していた自分達が一番良く知っていた。「あの場所でアンチメタライト結晶が爆発した場合の損傷率は、シェルターの60パーセント。研究所でも、かなり下に作られておりましたから。この司令室は最下層にありますが、上階の方…地下四階までは、完全に消し飛びます!」
「すぐに階下へ避難させろ!」スコットは叫んで、その指揮を取ろうとそこを出るために走り出した。「皆に地下六階以下へ下りるように放送を流せ!今から15分後に、四階と五階の間の隔壁を閉じろ!」
スコットは、必死に走った。爆発する…あれも、人類が作ったもの。自然に逆らった、これが代償なのか。だが、自分達は生き残ってみせる!




