混乱
司令室に飛び込んだリックと蒼、裕馬の三人の目に、モニターに映し出される地球のグラフィックと、その周りを無数の線が取り巻いている不規則なグラフィックが映った。デイヴが、必死の表情でリックを振り返った。
「北極なのです!」デイヴは、顔を見るなり言った。「北極が、タイミングを合わさずに充填が完了してすぐに照射して!こちらのT-X波には反応しませんでしたが、あちらの照射したものには少し反応したようで…途端に、このように!」
蒼が見ても、めちゃくちゃな状態だった。いつもなら、真ん中に大きな磁軸があって、それを中心に回っているグラフィックが主に見え、その他は小さくある程度なのに、今はどれがメインなのか分からない。中心部分が、ない…。
「これ…大混乱なんじゃないのか。」
蒼が呟くと、リックはそれを見つめた。
「何が起こったのか分からないが、北極と南極と赤道直下のここで、同時に行うことでバランスを取っていたんだ。それが、北極から微弱でも影響を受けた結果、こんなことになったんだろう。もう、どうしようもない。」
そこへ、ジェファーソンが飛び込んで来た。そして、目の前のグラフィックを見ると、叫んだ。
「どうなってる!あっちこっちの国の元首から説明を求められてるんだ!衛星も大混乱していて、地上の通信もおかしくなっている!通信が、有線でなければ出来ない事態になってるんだぞ!」
リックは、もう我慢ならずにジェファーソンの襟首にいきなり掴みかかった。
「うるさい!見て分からないか、もう終わりだ!これを今更どうやって戻すんだ!一時的に磁場を喪失しても、戻るならいい!もしかして、もう永久にこのままかもしれないんだぞ!」
ジェファーソンは、リックの剣幕に脅えたような顔をしたが、しかし気を取り直して叫んだ。
「私のせいではない!北極のローガンがやったことだ!ここからもう一度、T-X波を照射して…」
リックは、激昂してジェファーソンをそのまま床へと叩き付けた。
「どうにもならないと言っるだろうが!自分の立場がそんなに大事か!命が無くなったら、そんなもの無いのと同じだ!」と、デイヴを振り返った。「皆を避難させろ!いつ磁場が喪失するか分からんぞ!見ろ、こんなめちゃくちゃの波形を描いてるが、段々に弱くなっている。直に消失する!ここじゃあ一溜まりも無い!海底へ避難するんだ!」
デイヴが、ためらうように皆を見た。
「ですが…誰かがここで、地下のコンピュータに切り換えられるまで、磁場をモニタリングしなければ。」
リックは、頷いた。
「オレが残る。行け。」
デイヴは、リックを一瞬尊敬するような目で見た。そして、黙って頷くと、他の職員と共に、慌しくドアを出て行った。リックは、ふらふらと立ち上がろうとしていたジェファーソンに言った。
「お前も、ここで死ぬか?」
ジェファーソンは、脅えたようにリックを見た。放射線で死ぬかという意味だったのだが、まさに、今殺されるかのような顔だ。
「…北極と南極にも、それに、世界にも磁場喪失が迫っていると、連絡を。」
リックは、頷いた。
「ここでしろ。」と、側のモニターを指で叩いた。「さあ!」
ジェファーソンは、脅えながらモニターに向き直る。蒼と裕馬は、その隙にそっとそこを出て、階下の格納庫へと向かった。
グラフィックは、まだ混乱する磁場の流れを映し出していた。
維明と猛は、不意に何かに呼び止められたような気がして、海上で浮かんでいた。そこは、もう北極まであと数百キロの場所だった。
「どこへ参る。」
振り返ると、そこには父の維心と、炎嘉が並んで浮いていた。維明と猛は、急いで膝を付く形になった。
「父上!北極の、研究所へ。あの装置を破壊するために参りまする。」
維心は、首を振った。
「その必要はない。もう、あれらは我らが建物ごと破壊してしまうと決めておる。」
しかし、炎嘉が言った。
「だが、後回しになろう。都市部の破壊に一日として、二日目までにまたあの変な気を碧黎に照射されては困るからの。行かせたほうが良いだろう。」
維心が頷くと、維明は言った。
「なぜに、父上はこちらに?父上はこちらの都市を受け持たれたのですか。」
維心は首を振った。
「いや。我はあちら、人のいうアジア地域よ。あまり日本から離れたくないゆえな。ヴァルラムとその部下がヨーロッパ、サイラスは北アメリカ大陸、箔炎が南アメリカ大陸、炎嘉がアフリカ大陸。残る細かい部分は、それぞれの宮の軍神の将達で事足りるゆえ。ちょっと主らの様子を見に参ったら、主がこちらへ向かって飛んでおったから、呼び止めた。炎嘉も、気になったようにそこで会ったのだ。」
まるで、すぐその辺りへでも散歩に出て来たような言い方だった。だが、思い切り飛んだらいくらでも速く飛べる神にとって、所詮移動の距離など問題ではなかった。
「碧黎の気が、激しく乱れておるの。しかも、段々に弱くなっておる…どうにも分からぬ。」
炎嘉が言う。すると、急に側の空気が大きく渦を巻いたかと思うと、そこに大氣の姿が形作られた。維明も猛もびっくりしていたが、維心が呆れたように言った。
「ほんに主の一族は。いつなりそうやって突然に割り込んで参って。して、主から見て碧黎はどうよ?何か、以前の反転の時と同じような感じか。」
大氣は、首を振った。
「以前は、意識がないとは言うて、もっと生命力を感じたものだ。だが、違う。…まあ、はっきり覚えておらぬのだがの。かなり昔のことぞ。」と、空を見上げた。「…どこまで守りきれるものか。それを、主らに言いに参ったのだ。人のことは、もう放って置け。恐らくもう、都市部であろうと生き残ることは出来ぬ。まだ人類全体に何が起こっておるのか行き渡っておらぬのだ…このままでは、恐らく皆死ぬだろう。あれらが作っておる、地下シェルターとやらにも、いったい幾人が到達できることか。」
維心が、眉を寄せた。
「…では、あれらを放って置いた方が良いと?」
大氣は、頷いた。
「そうだ。主らは己の身を考えよ。もうそろそろ、碧黎の気が驚くほどに乱れてすっと消える…その瞬間、我でも抑え切れぬ変わった気が天上のあの赤い炎の星…太陽というか?あれから吹き付けて来る。とにかくも我は守るが、どうなるか分からぬ。その後のこと、あまり覚えがないほどであるから。我も、気を失ったのやもしれぬ。」
維心と炎嘉は、顔を見合わせた。そして、頷いた。
「では、一時撤退させようぞ。我が民達が案じられる。他の王もそうであろう。人に構って居る暇はない。維明、主も急ぎ蒼と箔翔を連れて戻るが良いぞ。」
維明は、それでも顔を上げた。
「父上、しかしながら、生き残った人類があれを照射しようとも限りませぬ。我は、やはりあれを排除しとうございます。」
維心は、踵を返しながら言った。
「好きにせよ。しかし母が案じるゆえ、長くは許さぬ。早よう戻れ。」
まるでまだ遊びたいと言っている我が子に言うような言い方だが、維明は頭を下げた。
「は!」と、猛を慌てて見た。「参る!」
猛は、慌ててそれに従って北極へと向かった。しかし、心の底で思っていた…我が王が、意識を失われておる。我を作った、何よりも強い地の王が。全て、人があのようなものを作り出し、王のお体を蝕んだせい…。
猛は、唇をかみ締めた。どうあっても、あの装置を滅してしまわねばならぬ。我が王に、お戻り願うために!




