破壊
リックについて着いた先は、リックの部屋だった。どうやらリックには整理整頓という考えはないらしく、かなり散らかっていた。リックは、乱雑に辺りの物を避けて、ノートパソコンのようなものを掘り起こすと、それの画面を叩いた。画面が機動して、その画面上をすっすっと指を走らせる。
すると、ピンと音がして、何かの図が現れた。
「これだ。」と後ろから見る皆に言った。「心臓部がこれ。ここを作るのに20年かかってる…それだけ、難しい機械でもあるし、これの開発中に何人も犠牲が出ている。空気に触れると、さっきも言ったように爆発するからだ。」
裕馬が、呟くように言った。
「しかも、核並の破壊力。」
リックは、頷いた。
「そうだ。ここも消し飛ぶだろう…いっそ、いいのかもしれないがな。」
蒼は、首を振った。
「何を言ってる。そんな終わりを迎えたら、心残りで仕方がないだろう。それで、それ以外なら大丈夫だって事だな?」
リックは頷いた。
「他は大丈夫だ。」
蒼は、維明と箔翔を見た。
「二人共、覚えたな?」
二人は、何でもないことのように頷いた。
「造作も無いわ。」
猛の声が、突然に割り込んだ。
《蒼様、1分前だと言うておりまする。》
蒼は、慌てて二人に向き直った。
「一分前だ!」
二人は、急いで手を翳した。途端に、光が先ほどと同じように広がって行く。
《…30秒前。》
箔翔が、眉を寄せた。
「何ぞ…北極が?」
維明も、眉を寄せた。
「ならぬ!間に合わぬぞ!」
二人は、何やら必死に戦っているようだ。蒼は冷や汗が背を伝うのを感じた。
「何が間に合わない?」
維明が、眉を寄せた。
「…北極が、先に照射した。」
リックが、パソコンを放り出して立ち上がった。
「なんだって?!そんなことをしたら…!」
《照射。》
猛の声が言う。そして、しばらく沈黙が流れ、維明が、そして箔翔が目を開いた。二人共に険しい顔をしている。
「北極が、先に照射しおった。少し地に波動が伝わってしもうたやもしれぬ。」
箔翔が言うのに、エレーンが叫んだ。
「そんな…どうして?!同時でないと、均衡が崩れると言っていたのに!」
リックが、慌ててパソコンを拾い上げると、何かを急いで入力した。すぐに、画面にはスコットが現れた。
「スコット!どういうことだ?!」
リックは、画面のスコットに向かって叫んだ。スコットは、首を振った。
『こっちも同じだ。オレも首になった。だからお前にこうしてすぐに答えられたんだろうが。こっちの所長は、何が何でも充填が終わったらすぐに、単独でも照射するように指示したんだ。何も知らないくせに。』
「無知ほど怖いものはない。」箔翔は言って、画面を覗き込んだ。「今からそっちへ行く。その装置の内部を破壊する。」
スコットは、仰天した顔をした。
『なんだって?!ここまで何時間かかると思ってるんだ!南極にも行くつもりか?!』
蒼が、苛々と言った。
「説明している暇はない。だが、とにかく行く。時間がない。首になったのなら、君達は地下退避セクションの者に働きかけて、皆に避難を呼びかけるんだ!何でも急がないと、大変なことになるんだぞ!人が滅びてしまう!」
蒼は、必死だった。七日まで、もう時はない。維心は、絶対に待ってはくれない…。
猛が、すーっと壁から入って来た。照射が終わったので戻って来たのだろう。すると、突然に十六夜の声が降って来た。
《蒼!蒼、神達が出撃し始めたぞ!》
蒼は、顔色をなくした。
「え…まだ、七日経ってない!」
十六夜の声は、暗かった。
《親父の意識が、なくなった。まだ意識はあるようだったのに…ついさっき、それが消えた。》十六夜は、まるで泣くのを我慢しているようだった。《最後に感じられたのは、オレと維月を呼んだ声。そのまま、気がスッと消えた。今では、微かに感じる程度だ。》
維明と箔翔は、顔を見合わせた。ついさっき。では、あの北極の照射が伝わったのか。それならもう時はない。
「…神が動きだした。」箔翔が、十六夜の念が聞こえないリックとエレーンに言った。「大都市は攻撃し始めたら一瞬だろう。恐らく、一日ももたない。」
リックが、箔翔にぐいと近寄った。
「七日後と言っていたんじゃないのか!」
箔翔は、ひるむことなくリックを見て答えた。
「地の様子が変わったのだ。このままでは、滅んでしまうだろう。なので、地を助けるために神達はすぐに行動したのだ。」
蒼が叫んだ。
「だったら、急げ!避難を!こんなことをしている間に、助かる人数がどんどん減って行くんだ!オレ達には、そんなことをしてる暇はない。それは、お前達人類の仕事だ!」
リックは呆然としていたが、エレーンと視線を合わせると、呆然と聞いているパソコンの向こうのスコットを見た。
「スコット…状況を把握しよう。オレも今から司令室に戻って磁場を確認して来る。そっちの地下セクションのヤツに、急いで準備を進めるように言え。もう、制御出来ないんだから、逃げるよりないんだと。」
スコットは、今聞いたことが信じられなかったが、とにかく磁場の様子を確かめようと思ったらしい。すぐに頷くと、通信を切った。
蒼は、そんなリック達を見ずに維明と箔翔を見た。
「維明は猛を連れて北極へ。南極へは箔翔が…一人で行けるか?」
「私が行く。」エレーンが、リックから離れて進み出て言った。「あそこには見学に行ったから。装置の場所を知ってるわ。」
箔翔が首を振った。
「主は人。姿が人に見える。潜んで行くことが出来ない。我は一人で行ける。」
エレーンは、食い下がった。
「確かにそうかもしれないけど、場所が分からないと時間が掛かるわ!」
箔翔はエレーンを見た。
「我は神。気を探ることでだいたいの場所を探ることは出来る。主は人の避難にいそしんだ方が効率的ぞ。」
蒼が言った。
「確かにそうだが、何があった時に状況を説明出来る者が必要だ。連れて行け。」と、エレーンを見た。「エレーン、何かあったら、絶対に自分でどうにかしようとせずに、空に向かって言え。月が聞いている。すぐに、誰かが助けに行く。分かったね。」
エレーンは、険しい顔で頷いた。箔翔は、ふいと横を向いた。
「…己を寒気から守ることも出来ぬのに。防寒着を急いで身につけて参れ。我はもう出発するぞ。」
エレーンは、ひとつ頷くと駆け出した。維明が、猛と共に浮き上がった。
「では、我は北極の装置の内部を消滅させて参る。あの心臓部だけを残しての。父上はもう都市の上空へ到達されておるだろう…時間が無いぞ。」
「月から連絡する。」
蒼が言うと、維明は黙って頷いてそのまま壁を抜けて猛と共に去った。神モードに切り替えて抜けて行ったので、目の前でスッと消えた維明に、リックは目を丸くした。…だが今更、もう何も驚かないが。
「オレは司令室へ行く。蒼は?」
蒼は頷いた。
「オレもそっちへ。途中で姿を消して装置の内部を破壊しに行く。とにかく、現状を把握しないことには。」
頷いたリックと共に、蒼は箔翔に頷き掛けてから裕馬を連れてそこを出た。今、地はどうなっている。磁場は、いったいどう動いているのだ…!
箔翔は、エレーンを待ってリックの部屋で立っていた。まだ数分だが、それでもそれが惜しい。もう、維明と猛は北極に近付いているはず…その気になれば、光速で飛ぶことも出来る神の、皇子の維明なのだ。
エレーンが、防寒具で顔がはっきりと分からないほどにコロコロになって息を切らして入って来た。
「ハク!お待たせ、行きましょう!でも、どうやって?」
箔翔は、ため息をついた。
「我ならばこのままここから壁をすり抜けて飛びたてようが、主が壁を抜けられぬだろう。窓などないか。」
エレーンは、頷いた。
「こっちよ。」
箔翔は、駆け出すエレーンについて走って行った。エレーンは、小さな休憩室のような所へと入って行き、そこの窓を開いた。窓の外は、ただ海だ。夜も明けていないので、まだ真っ暗だった。
「…ここから、どうするの?」
「飛ぶ。」箔翔は言って、エレーンを抱き上げた。「しっかり掴まっておれ。我も気をつけるが、かなりのスピードで飛ぶゆえ、主らは息が出来ぬようになる。顔を我の体の方へ向けて、そちらから動かすでない。我の体は気で守るゆえ、恐らく主にも大丈夫なはずぞ。」
エレーンは、突然に抱き上げられて真っ赤になったが、防寒具で顔が見えないのをいいことに、黙って頷いて言う通りにした。すると、箔翔は突然に窓からそのまま飛び出した。
「きゃ…!」
エレーンは、びっくりして思わず回りを見た。広い海の上、海上研究所が遥か下に見える。飛んでいる…自分は、飛んでいるのだ。
「言うておるのに。」箔翔の、面倒そうな声が言った。「スピードを上げる。こちらに顔を向けておらねば、窒息するぞ。」
エレーンは、慌てて箔翔の胸の方を向いた。その途端、エレーンには回りが見えなくなった…何が起こっているのか分からない。ただ、物凄いスピードで運ばれているような、感覚だけが通り過ぎて行ったのだった。




