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続・迷ったら月に聞け5~道  作者:
人世の道
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消滅

碧黎は、地の底でまどろんでいた。

陽蘭の気配は、微かにしか感じられない。しかし、死んでいるのではないようだ。ろくに返事もしなくなったと思ったら、ついに反応がなくなった…だからと言って、側に居ない訳ではない。同じ体を共有しているのだ。なので、碧黎は気にしていなかった。

というよりも、気にするような状態ではなかった。まるで麻酔にでも掛けられているかのように、辺りを気にするような頭が働かなかったのだ。

これが、もしかして死ぬということかもしれぬ。

碧黎は、そう思って今までのことを思い浮かべた。これほどに長い年月を生きて来たというのに、今この時になると、思い出すのは神達と過ごしたここ数百年のことだった。

思えば、自分は生きていたのだろうか。碧黎は思った。結局は、自分という命が本当に生きていたと思えるのは、他の自分が生み出した生命達と戯れて、その世話をしていた数百年だけだったのだ。

碧黎の脳裏に、ここ数百年のことが映像になって流れた。生まれ出た双子の維月と十六夜…。陽蘭が言うままに、それを他の神のように育て、共に笑い、共に喜び、いろいろなことを一緒に学んで行った年月…。初めて立って歩いた時は、それは嬉しかった。小さな二人が、自分を追って一生懸命飛んで来るのが見える。

《お父様》

碧黎の耳に、愛娘の声が聞こえる。

《父上。》

まだ子供だった十六夜が、そう呼んでいたのを、碧黎は思い出した。思えば、自分はどれほどに幸福だっただろう。あの二人に、自分は幸福というものを教えてもらった…。

《十六夜。維…月…。》

碧黎は、真っ暗な中へと沈んで行った。


「お父様!!」

維月は、龍の宮の奥の間で叫んで飛び起きた。維心が、驚いて隣で起き上がって維月を見た。

「維月?!どうした?!」

維月は、息を上げて維心を見た。夢…でも…お父様が、確かに私と十六夜を呼んだ。

維月が、涙を浮かべて思いつめたような顔をしているのを、維心は横から抱き寄せた。

「維月…?夢を見たか?」

維月は、首を振って維心を見上げた。

「いいえ。維心様…今父が私達を呼びましたの。でも…」維月は、維心の胸に顔を埋めた。「父の気が…感じられない…。」

維心は、維月を抱きしめながら、険しい顔で地を探った。確かに…あれほど大きく感じていた、あの気が気取れぬ。

「…出撃せねば。」

維心は、維月の額に口づけると、上布団を避けて床へと降り立った。まだ外は暗い。維月は、維心を呼び止めた。

「維心様!ですがまだ…!」

維心は、維月を振り返って頬に触れた。

「まだ微かに残っておる。まだ碧黎が残っておる間に、我らは人を止めねばならぬ。維月、案ずるでない。これが神の役目。我は、神世最大の力を持つ王。これは責務ぞ。地を、生物を守らねば。」

維月は、何も言えなかった。維心は、もう一度維月の額に口づけると、すっと踵を返して居間から回廊へと出て歩いて行きながら、叫んだ。

「慎怜!出撃する!炎嘉と箔炎、それにヴァルラムにも知らせを!かねてより割り当てていた都市へと迎えと!」

まだ夜も明けきれぬ午前、龍達や鷹、ドラゴンやヴァンパイア、主要な力を持つ神達が、一斉に己の宮より飛び立った…人の住む、都市へと向けて。


七日と期限を切られていたにも関わらず、磁場は安定していた。あれだけ乱れていたにも関わらず、反磁束斑ですら大きくなるわけでもなく、何の動きもなかった。それに、逆に不気味さを感じながら、黙って時が過ぎて行くのに耐えられなかった箔翔と蒼と維明は、共にアレックの地下退避セクションへと入り、共に山間部の人類をどうやって助けるのかと知恵を絞っていた。

そんな状態で四日が過ぎた深夜、突然に警報が響き渡った。

蒼は、慌てて割り当てられた部屋から、そこら辺の上着を引ったくって飛び出した。すると、隣りの部屋の箔翔も維明も、同じように飛び出したところだった。

「磁場が弱まったのか!」

蒼が叫ぶと、箔翔はもう、駆け出しながら言った。

「恐らく、何らかの異常だ!急げ!」

裕馬がふらふらと必死に出て来る。猛は、まるでずっと起きていたかのような状態で箔翔を追ってもう走っている。蒼も、それに遅れてはと必死に走った。神世ではついぞ走っていなかった…飛んでばかりだったからだ。蒼は、自分の運動不足を呪った。

箔翔が先頭で司令室に飛び込むと、そこには、もうリックが着の身着のままの状態で来て、画面を見つめていた。あの時と同じように、両側のモニターにも、同じように北極と南極のスコットとライリーが映っている。

「30秒前だ。」

リックは、箔翔と維明に言った。それが、照射の時間のことを言っているほかに、自分たちのその時の行動を促しているのだと蒼には分かった。

箔翔と維明が、頷いて構えた。どのみち、神の力の波動など人には見えない。とにかく、このT-X波が地に到達するのを防がねばならぬ。

画面の向こうのスコットとライリーは、今日は静かだった。あちらも、リックから阻止する方法を知っている者達とは聞いていたが、それがなんなのかは知らされていない。皆が固唾を飲んで見守る中、職員の声が告げた。

「10秒前。9、8、」

箔翔と維明は、同時に手から気を発した。それは、蒼には眩しく見えたが、人には全く見えていないらしく、誰も目を庇ったりしない。

「5、4、3、2、1」職員の指が動いた。「照射。」

箔翔と維明の気は地下へと真っ直ぐに降りた。

蒼が気配を探ってその力の波動を追っていると、それは薄く大きく半球を描くように瞬く間に両横へと広がって、地を包んだ。

見えなくなったので、月からの視点に変えて見ると、その力は長く横へ伸び、北極と南極を突き抜けていた。つまりは、三つの研究所の地下へと、その膜を伸ばした状態だったのだ。

蒼が、その壮大な気の膜を感心して見ていると、しばらく、全てが音をなくしたようにシンと静まり返っていた。

モニターを見る職員の、画面をタッチする指だけが忙しなく動いている。皆が皆、眉根を寄せていた。

「…駄目です。何も変わっていない。」一人が、リックを振り返って言った。「磁場は、まだ乱れています。弱い箇所と、無数に生まれ出た反磁束斑…どうなっているのか、分かりません!」

『やはり、懸念した通りT-X波が利かなくなったんじゃないのか。』モニターの向こうの、スコットが言った。『リック、お前が言ってた通りに。』

リックは、頷いた。それは、暗にうまく阻止出来たな、と言っているのだと、リックには分かっていた。

「…上に、報告を。もう、打つ手はない。これで、磁場を誘導ももう出来ない。避難するよりほかないだろう。急がねば!」

しかし、職員の一人が立ち上がって叫んだ。

「今まで有効だったのですよ!もう一度、照射しましょう!いえ、利くまで何度だって!」

すると、他の職員も叫んだ。

「そうです!たまたま今回が利かなかっただけかもしれません!皆が避難し終えるまで、ここで諦めずに照射し続けましょう!」

リックは、箔翔を見た。箔翔は、頷いた。

「最もなこと。しかし、そう何度も連続で照射出来る物ではないだろう。T-X波は一度の照射にかなりのエネルギーを必要とする。」

リックは、頷いて職員の一人を見た。

「それに、装置自体が連続照射に耐えられる作りではない。焼き切れるかもしれない。出来たとしても、時間を置かねば。」

職員の一人が、目の前にディスプレイを叩いた。

「だから、もっと大型にしないと磁場の制御は無理だと言っていたのに!間に合わない!」

そこに、エレーンに引っ張って来られながら、ジェファーソンが寝巻きのままふらふらと入って来た。そして、皆が叫びあっているのを見て、目を白黒させた。

「なんだ?それで、磁場は戻ったか?」

リックは、険しい顔でジェファーソンを見た。

「いいえ。やはり、数日前からオレが言っていた通りに、T-X波は利きませんでした。職員達が続けて照射することを主張しておりますが、それには大きなエネルギーが要る。充填を待たねばなりませんし、それに連続照射は装置が持たない。出来ません。」

ジェファーソンは、目を見開いた。利かない?!

「それは…どういうことだ?!つまりは、磁場の制御は…」

「出来ぬ。」箔翔が、言った。「最初から無理な話ぞ。地球規模の磁場を制御するのに、地球から供給されるエネルギーで賄えると思ったのか。せいぜい、時間を稼ぐほどにしか最初から無理だったのだ。」

ジェファーソンは、目の色を変えた。

「何を言う!だから、君に来てもらったのじゃなかったのか!」と、リックに詰め寄った。「とにかく、何としてももう一度照射するんだ!ここ一つで無理でも、三つの装置を合わせたら理論上は出来るはずだぞ!何が何でも、制御して磁場喪失を防がねば!」

リックは、激昂してジェファーソンを見た。

「何を言っている!全人類の命が懸かってるんだ!今すぐに避難勧告を!山間の人達の避難が間に合わなくなる!」

ジェファーソンは、怒鳴り返した。

「お前こそ何を言っている!何が何でも、磁場を制御しろ!出来ないなら、お前は首だ!」と、隣りに立つ職員に言った。「ああ、お前が指揮を執れ、デイヴ!私はこれから、北極と南極の所長と話をせねば。」

ジェファーソンは、足音を荒げてそこを出て行った。リックが視線を落として横を向く中、デイヴがためらいがちに皆を見た。

「ああ…では、次の照射を。」

回りが、黙ってモニターをタッチして指示に従い始める。エレーンが、リックの肩に手を置いた。

「リック…。」

リックは、エレーンを見た。

「あいつが大人しくハイハイと言うとは思ってはいなかったさ。」と、箔翔を見た。「オレはここではもう用無しだ。こっちへ。」

皆、気遣わしげに後ろを振り返りながら、リックに促されるままそこを出た。ドアを抜けて閉まったのを確認してから、維明が言った。

「リック、我らは照射の時間を知らねばならぬ。あの阻止をする膜は、長く張っておれぬのだ。大きく張るので、幾ら我らでも気に限界があっての。」

リックは、頷いた。

「大丈夫だ。まだあれの充填には最低でも10分は掛かる。それよりも、根本的なことだ…あの装置を何度か壊せないか。」

箔翔が、頷いた。

「簡単なことよ。しかしあれを食らう訳には行かぬし、あれらが照射準備をして居る間は無理よな。皆見ておるし。」

しかし、蒼は言った。

「まだ十分あるだろう。」と、維明を見た。「忘れがちだけど、オレ達は神だから、普段は人には見えないんだよ。今は見せてる状態なだけだろうが。」

維明が、ハッとしたように蒼を見た。

「そういえばそうよ。忘れておったわ。では、見えぬようにして参れば良いの。」と、後ろを振り返った。「ひと思いに破壊するか。」

箔翔が、維明を見た。

「生半可な破壊では修理してしまうぞ。消してしまうほどでないとの。徹底的に破壊するのだ…北極と南極も合わせて。」

しかし、蒼は首を振った。

「そんなに徹底的に破壊したら、ここの人も巻き込まれて犠牲者が出るだろうが。」

リックが、顔をしかめた。

「確かに、あれには普通の部品は使っていないからな。心臓部だけは残して置かないと、あれは空気に触れたらその爆発の力は核爆弾一つほどの威力があるはずだ。退避させるにもどう言えばいいものか。オレの言うことなど、もう誰も聞かないしな。」

蒼が、ため息をついた。

「とにかく、次の照射は同じように膜で凌ごう。それで、三つに分かれて装置を機動不能にするんだ…あれの、設計図は?」

「こっちだ。」

リックは、足早に歩き出した。蒼は、猛を振り返った。

「猛、姿を消して司令室へ戻れ。念で、オレ達に照射の時間を知らせてくれ。」

猛は頷くと、すっと司令室へと戸が開くのを待たずにすり抜けて入って行った。

そして蒼達は、それこそ飛びようにリックについて急いだ。

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