操作
蒼は、今の声が碧黎の念の声だとやっと思った。人の世に慣れてき始めていたので、まさかここで念を聞くとは思っていなかったので、一瞬何が起こったのか分からなかったのだ。しかし、それを人に気取られる訳には行かない。蒼は、同じように念で答えた。
《碧黎様、では、今のでやはり?》
碧黎は、頷いたようだった。
《心地良うまどろんでおったら、突然にの。しかし人は、驚くようなことをしおる。我の身のうちの流れを留めようてか…しかし、何やら心もとないことよ。この度に身が地から引き離されるような心地がする。》
猛の念が、気遣わしげに割り込んだ。
《我が王よ…人など、我がどうにかしてしまいまするゆえ。》
碧黎は、笑ったようだった。
《良い。猛、そのように思わなくても良いのだ。我は気が遠くなるほど長く生きて来た。人が己を保とうと我の身の流れを制御しようとするのなら、それもまたこやつらの能力ぞ。一度黄泉へ参るのも、良いかもしれぬと思うて陽蘭と言うておったのだ。あちらは良い場所ぞ…案ずるでない。》
しかし、猛は首を振った。
《王!》
リックが、自分をじっと見ているのを感じて、猛は慌てて気持ちを目の前の人へと向けた。念の声ももちろん聞いていた箔翔が、それをちらと振り返って言った。
「猛。あれは、我には影響はないゆえ、案ずるでない。」
猛は、何のことか分からなかったが、とにかく頷いた。リックは、猛が箔翔に危険が及ぶと、どうやって守れば良いのかと思っているのだと解釈して、同じように言った。
「人には害はないと言われておるので…ただ、もろに受けたらどうなるかは分からない。ここに居れば、影響はない。」と、力なく五人を促した。「こちらへ。座って話そう。」
蒼は、その後について歩きながら、やはりそうだったのかと表情を険しくしていた。これを知ったら、維心様達がどう思うか…もしかして、もうオレ達の目から見て知っていて、全てを破壊してしまおうと話し合っているかもしれない。
龍の宮で十六夜が、深いため息をついた。維心が、目の前の椅子に維月と並んで座って険しい顔で居る。炎嘉が、十六夜と同じようにため息をついた。
「…そうか。人の世にも、不可解な力関係があるの。それにしても、金のためにとな。そんなにも価値のあるものなのか、金とは。」
箔炎は、首を振った。
「確かに、人世へあやつが行くと決めてから調べると、何をするにもそれが居ることが分かっての。我は、人世の軍のコンピュータに念で入り込み、そこから衛星とやらのコンピュータと繋がって内部へ入り込み、額を適当に書き込んだだけ。昔は金やら宝玉やらを紙の金と変えてこなければならなんだから、今は我らには簡単よの。」
維心は、二人を見た。
「昔、人世ではそれは神世の「気」と同じようなものだと聞いた。持っているものほど力を持つのだと。」そして、十六夜が尚も映し出している、蒼の目から見ている映像を見つめながら言った。「碧黎のあの様子は、結局人が起こしたものだった。仕方のない…消すよりないの。」
維月が、維心の腕の中で身を固くした。維心はそれを感じ取って、維月を見た。
「そのように脅えるでない。すぐにではない。」と、二人を見た。「碧黎の状態から、我はここ数日かと思うが、どうか?」
炎嘉も、箔炎も頷いた。
「そう長くは待てまいな。七日待つと伝えてはどうか。その間に、あちらがどうにか策を見出すようならば、良いであろう。」
箔炎の言葉に、炎嘉も頷いた。
「そうよな。その間に手を打つのは難しいかもしれぬが、碧黎の様子を見ておったらヤバイの一言であるからの。」
十六夜が、居ても立ってもいられない風に立ち上がった。
「じゃ、蒼に知らせて来る。」
維月は、驚いて言った。
「え、行くの?ここから念を飛ばしたらいいじゃない。」
十六夜は、首を振った。
「気になって仕方がねぇ。ちょっと見て来る。心配しなくても、人にはオレは見えねぇよ。」
維心が呆れたように、蒼の目から見た映像を十六夜から引き継いでそこへ投影した。
「我も、そのうちに参らねばならぬやもの。」
炎嘉は、立ち上がった。
「我が先に参る。百人ほどか。」
維心は頷いた。
「ああ。歳が若い者を優先せよ。」
維月が何のことかときょろきょろしていると、箔炎が言った。
「生き残る者達よ。こちらで選ぶ。人が、生き残った先に困らぬように、その力添えを出来る者達を残す。」
維月は、ハッとしたように維心を見上げた。維心は、頷いて維月の頬に触れた。
「何事も、準備をせねばならぬ。まだ皆滅してしまうと決めた訳ではないぞ。だが、生きるべき人が居るのも事実。それらを、我らは認識して避けねばならぬ。維月、神の仕事ぞ。主は何も案ずることはない。」と、側に控える慎怜を振り返った。「慎怜。兆加にヴァルラムに連絡させよ。それから、出撃の準備を始めておけ。」
維月は、次々に準備を始める維心に、不安で仕方がなかった。維心にしたら、碧黎が命を落とす前に全て終えてしまわねばならないと、先に準備を進めているのだろう。だが、このままでは本当に都市部は破壊されてしまう。一部の、神が良いと判断した人だけを残して。
そして、山間の人類が、その人たちの知識に頼って生き始めるのだろう。維月は、そんな悲劇が起こらないようにと、ただただこれが、穏便に終わってくれることを願っていた。
海上磁場研究所では、リックが四角いテーブルを前に座って、暗い顔をしていた。蒼も箔翔も、維明もそのテーブルを挟んで座っている。相変わらず裕馬と猛は、箔翔の後ろだった。
リックは、隣りに座るエレーナの方を見もせずに、言った。
「エレーナも、オレと同じようにこれに疑問を持っていたのだ。」リックは、言った。「北極の、オレと同じ立場のスコット、それに南極のライリーも同じ。皆、地球が好きだからこそこの学問に没頭した。そして、この位置に据えられたんだからな。地球を、上のやつらのいいように操作するためじゃない。」
エレーンが、頷いて続けた。
「この二年、どうにかしてこれを阻止出来ないかと考えたの。ハク、あなたにも連絡を取りたかったけれど、国へ帰ってしまっていたし、あの国は他の国からの通信を受け付けないでしょう。そんなものに煩わされたくないって人たちの集まっている国なのだと、後で聞いたわ。」
箔翔は、頷いた。
「しかし、あちらでもやはりこの磁場の変化はわかっておったからの。なので、主に連絡を入れてみたのだ。」
エレーンは頷いた。リックが、顔を上げた。
「ハク、どうにか出来ないか。今のT-X波では、こうして止まりそうになったのをまた動くように促すことしか出来ないが、上はそれをもっと強くして、完全に流れを作ってしまおうとしている。つまり、北極と南極、そしてここ赤道直下で一斉に照射し続けて、磁場を思う方向へ流し続けられるように操作しろというんだ。もちろん、オレ達にだって強化は出来るだろう…でも、したくない。なので、今の状態では無理だと上に食い下がっているのだ。だが、反転が近くなって来た今、もう誤魔化しようが無くなって来ている。さっきアレックが言ってただろう。間に合わなかった時のためと。磁場反転が起こることは、もう仕方がないと上も思っている。だが、すぐに向きを変えて流れるようにと、こちらへ操作するように言っているのだ。」
蒼が、そこで言った。
「地下都市は、もう出来ているのか?」
リックは、頷いた。
「ある程度は。だが、大都市の地下が真っ先に計画に上がったので、そこだけだ。まだ、地方は掘り進んだぐらいしか進んでいない。今のままでは、地方の小さな国々や、山間に住んでいる人々が犠牲になる。なので今、反転してもらっては困るんだ。」
神世で今言われているのとは、反対の状態だ。つまりは、大都市の人だけを守ろうと…要は、社会的に力を持っている者達の住む場は残そうというのが、人の考え方なのだろう。
蒼は、ため息をついた。このままでは、人が嫌いになりそうだ。こうして頑張っている人も居るのに、結局は金と権力なのか。それが、人の世か。命さえも、金で買ってしまうのか…。
それから箔翔とリックが話しているのをじっと黙って聞いていた蒼だが、そんな失望にも似た気持ちを持ってその様子を眺めていると、目の前にいきなり、十六夜の姿が見えた。あまりに驚いたので、口も聞けずに呆然とそれを見ていると、十六夜は自分の口に指を立ててあて、黙ってろ、という仕草をした。言われなくても、言える状態ではない。
もちろん、人以外の皆がそれを見ていたが、人に見えないものなので、どうすることも出来ずにいた。すると、十六夜は言った。
「どうせ見えねぇし聞こえねぇから来た。蒼、維心達は七日後、都市部を攻撃する。七日後までにどうにかできたら、そこまでしないってさ。」
七日?!早過ぎる!
蒼は言いたかったが、前にリックとエレーンが居るので黙っていた。念で、とにかく言った。
《無理だよ、七日じゃ!》
十六夜は、頷いた。
「分かってるが、親父がもたねぇ。七日後、一斉に神の軍が都市部を襲い、今あるテクノロジーの塊なんかを全て消して行く。人はなるべく殺さないらしいが、それでも回りが爆発してるんだからよ…恐らく、巻き込まれて多数が死んじまうだろう。それにその後、間髪置かずに親父の反転が起こるだろうから、磁場が喪失して、その時の太陽風に晒されたら人はどうしようもない。」
箔翔が、眉を寄せて念を飛ばした。
《そこまで分かっておって、どうしてそんなことが出来るのだ。見殺しではないか!》
十六夜は、じっと箔翔を見た。
「じゃあお前、二度とあの変なT-X波とかを照射させねぇか?だったら、オレが自分の本体を解放して、何とかしてもいい。」
蒼と箔翔は仰天して目を丸くした。何とかってどういうことだ?!
《え…何とかできたなら、どうして始めからそうしないんだよ!》
十六夜が、真剣な顔で二人を見た。
「…わからねぇんだ。どうなるかな。オレだって無敵じゃねぇ。親父の代わりだぞ?親父の力に抗えたことなんて、オレはただの一度もなかった。」
箔翔が、ためらった顔をして十六夜を見た。もはや、人の二人など見えていないかのようだ。
《それは…主、磁場喪失の間、地を守るつもりか?主には磁場が、ほとんどないんだぞ。それを、どうにかしようと言うのか。》
十六夜は、首をかしげた。
「さあな。磁場なんてもんはしらねぇが、どうにかして気を込めて地上を守ってみる。今まで、親父の気の流れに守られてたから、オレも平気だったのだろうしな。」
箔翔が、その手があったかと身を乗り出そうとすると、蒼が首を振った。
《駄目だ。》皆が、蒼の方を見た。蒼は険しい顔で言った。《十六夜が、地表を守るなんて駄目だ。》
さすがにリックが、皆が見ている方向を振り返った。しかし、何もない。蒼は、相変わらず険しい顔をしている…エレーンも、戸惑っているようだ。訳が分からず、回りを見回す二人に、箔翔が言った。
「…月が来ている。」呆気に取られている二人に、箔翔は続けた。「そこに。」
リックとエレーンは、また振り返った。
そこには、青銀の髪の男が、光り輝いて浮いていた。




