手立て
蒼が、怪訝な顔をして箔翔を見た。
「ポールシフトって?」
箔翔は、ああ、と蒼を見た。
「磁場反転のことぞ。英語ではそう申す。今の世界共通語は人世では英語であるからの。その磁場研究所も皆どこの国の者でも英語を使う。我は、日本の大学に行っておったが、外国人のハク・ショウだと思っておったようよ。」
蒼は、表情を険しくした。
「そうか、苗字が要るな。人の頃のを使おう。」と、裕馬を見た。「裕馬も、人の頃の…ええっと、なんだっけ。」
記憶が遠い。何しろ、もう数百年離れているのだ。神世では使わない苗字など、忘れてしまっている。裕馬は、苦笑した。
「山下。」そして、箔翔を見た。「では、行く者達の肩書きなどを決めましょう。そして、どうしてもその磁場研究所へ行かなくては。その知り合いを頼って行くことは出来ますか?」
箔翔は、首を振った。
「部外者は、完全立ち入り禁止だ。だが、我は恐らく入れる…あそこにある計器の設計をした一人なのだ。」皆が、驚いた顔をした。箔翔は、肩をすくめた。「我の論文に基づいて設計されたのだ。博士号を取得するのに、論文を書かねばならなくての。だからこそ、オファーがあったのだから。なので、主らを国の研究機関の仲間だと言って、連れて行くよりないの。パスポートなどを偽造せねばならぬ…人世では、皆生まれた時から一人一人IDとやらを持っておって、数字とアルファベットで識別されるのだ。我は既に死んだ者のIDを記憶の改ざんとコンピュータの操作で己のものにして、登録していた。まだあるはずぞ。主らも、そのようにして作るよりないの。」
蒼は、頷いて横に控える翔馬を見た。
「急いで、やってくれ。」
翔馬が、頭を下げて出て行こうとすると、炎嘉が口を開いた。
「待て。」と蒼を見た。「行くのは、箔翔と維明、それに主と裕馬だけか?」
蒼は、何かいけなかっただろうか、と炎嘉を見た。
「はい…あまりに多いと、おかしいかと思いまして。」
炎嘉は、首を振った。
「確かに維明はかなりの腕を持っておるし、護衛代わりにはなろうが、それでも心もとないの。それらしい者が要るのではないか。」と、顎に手をやって考えた。「…猛。そうだ、やつなら獣の体があるのだから、良いではないか。体も大きいし、護衛だと言って連れて参れ。あれは居るだけで、回りへの牽制になる。人は、見た目で判断するからの。」
蒼は、箔翔と維明、それに裕馬を見た。確かに、この四人だけで行くのは、心もとないだろう。皆、経験が少ない。神と言っても、維心や炎嘉に比べたら、神らしくないかもしれない。だからこそ、行くというのもあるが。
「…では、猛の分も、急いで頼む。」蒼は、翔馬に言ってから、十六夜を見た。「十六夜、逐一十六夜に向かって聞こえるようにしておくよ。オレの目を使って状況を見ててくれないか。」
十六夜は、頷いて立ち上がった。
「よし。オレはそれを皆にモニターできるようにしておくよ。心配すんな、力は今半分だが、それぐらいは出来る。」
蒼は、同じように立ち上がった。
「じゃあ、それで。箔翔殿、維明、服を選ぼう。人世に行くのに、着物はおかしいだろうから。それで、お互いの役柄をしっかり把握して置かないと。」と、炎嘉を見た。「炎嘉様、では急ぎ猛をこちらに。」
炎嘉は、頷いた。
「すぐに呼び寄せようぞ。」
蒼は、維明と箔翔を連れて、裕馬と並んで出て行った。それを見送った、箔炎は言った。
「…知らぬ間に、あれは訳のわからぬことを覚えて帰ってきおってからに。」
維心が、苦笑して箔炎を見た。
「良いではないか、結果的にそれが役に立つのだ。それにしても、大層なことになって来たの。簡単に戻せるかと思うておったのに、まさか人のせいでこのようなことになっておるとは。」
維月が、黙って維心を見上げた。確かにそうだ。人は、自分達が生きていた頃より遥かに高度なテクノロジーを持っている。人は貪欲で、力を持たない分知恵を使って道具を作り、それによって己の能力以上のことを成し遂げる…。そして、己が住む星ですら、思うままにしようとする…。
十六夜が、出て行こうとしていたのに、戻って維月の横に座った。
「…あれから、人も変わったのさ。」と、維月の肩を抱いた。「でも、原点回帰を唱える人だって居るんだぞ?オレは、ずっと空から人を見ているが、人ってのはいろいろだ。これだけコンクリートで固められた何もかも機械がしてくれるような世界に住むことも出来るのにも関わらず、昔ながらの自然と共に住むことを望んで、山深くの地を広く皆で買い取って、そこで農業や酪農をしながらのんびりと暮らしている人たちも居る。ほんとに、それぞれなのさ。それに、そんな極端なハイテクの都市に住んでいるのは、全人類の三分の一ほどだぞ?残りの三分の二は、やっぱりまあ、金ってのが無くて昔とあまり変わらない暮らしをしてる。今は、電子マネーとかで都市部では現金は既にないけどな。」
維月は、十六夜を見上げた。
「私も、すっかり神になっちゃって。」と、寂しげにした。「人だったのは、遥か昔だもの…変わっていても、仕方がないわね。ノスタルジックな思いがしちゃって。あの…人の頃の家を、一度訪ねてみたいなあって。もうとっくに無いのにね。」
維心が、逆側から維月を覗き込んだ。
「今の人が気に入らぬか?ならば我が都市部だけを壊滅させてやっても良いぞ。人には気取れぬ。気候変動ではないからの。我の気がいつ降って来るかまで、あれらは知ることは出来まいよ。我の心が読めねばの。」
冗談かと維心を見上げた維月は、維心が至極真面目であることに気付いて、慌てて手を振った。
「そんな維心様!そこまで良いのです、私は訪ねるなら山奥へ参りますから!」
十六夜も、慌てて言った。
「そうだぞ、維心!都市部を殲滅って、なんてことをさらっと言いやがるんでぇ!」
しかし、炎嘉がまた、真面目な顔で言った。
「十六夜、維月。維心の言うておることは、間違ってもいないのだぞ。」
二人が驚いた顔をして炎嘉を見ると、箔炎も維心も、同じように真剣な顔をして二人を見ているのが見えた。炎嘉が、続けた。
「昔から、神はそうして人を間引いたのだ。生き残るのは、決まって世を正しく導く人だった。確かに、巻き込まれて死して逝った人も居ったが、ほとんどがけしからぬ志を持っていた人だった。もしも今の都市部の人が、地を殺して己の良いようにしようとしておると言うのなら、悪気がなくとも我らはそれらを滅しなくてはならぬ。地は、人だけの物ではない。我ら神も、それに他の動物もはぐくんでいるのだ。殺してしまってから、知らなかったでは済まぬからの。」
箔炎も、それを聞いてもっともだと頷いた。
「そう、それが神の役目。我らは、我らの地を守らねばならぬ。罪のない人もの。都市部を全て破壊することで、今のテクノロジーとやらは消え去ろう。残った人は、また一から始めなければならぬが、それでも賢い人のこと、また繁栄するだろうて。」
維心が、後を継いだ。
「碧黎も陽蘭も、己が作った命を消すことは容易いだろうが、しかしそれをしたら力を無くすだろう。それに、元々地は大変に寛容なのだ。人の大量殺戮など、しないだろうて。なので、出来る我らがせねばならぬ。ここで、蒼達の報告を待とうぞ。結果次第では、我らは都市部の人類を消し去らねばならぬ。」
維月が、必死に言った。
「でも…人は、磁場反転で起こる磁場喪失を恐れておるのですわ!仮に都市部を壊滅させたとして、自然に起こった磁場反転の時に、残った人類は抗えるのでしょうか?やはり、人のためには都市部を破壊してしまわぬ方が…。」
維心は、維月の肩を抱いて、首を振った。
「維月、人は賢い。生き残るはずぞ。地表は確かに…そう、主の言うところのチンする状態であるだろうが、地下はどうよ?」
十六夜が、横で唸った。
「…確かにな。」
維心は、満足げに言った。
「あれらは、きっと生き残る。しかし、今破壊すると決めたわけではないぞ?あくまでも結果次第よ。蒼達が、何を我らに見せるのか分からぬが、その結果が良いものであることを祈ろう。」
維月は、頷いた。人が、愚かではないように。きっと、他の道を見つけてくれておるはず…。




